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第31話 野営


 部屋にノックの音が響く。眠りについていたジャックは軽く体を解すとドアの向こう側を窺った。気配は1人だけだ。恐らく宿屋の者だろう。

 ジャックはそう判断するとドアを開いた。全開することなくジャックの体がギリギリ通れる程度だ。


「おはようございますジャック様。お食事のご用意ができました」


 メイドは淡々と食事の準備ができたことをジャックに伝えた。ついでに彼女の主目的であるもう1人を拝もうと部屋を覗き込む。だが、それはジャックの巨体によって阻止された。


「ありがとさん。今から行くから下で待ってていいぞ」

「かしこまりました」


 ジャックの言葉を聞くとメイドは、渋々といった感じにその場を後にした。去って行くメイドを見てジャックは彼女の内心を察する。

 貴族や高ランク冒険者が宿泊する宿には、各部屋に専属のメイドが配属される。多くの場合、メイドは部屋主の命令に絶対服従だ。そこには有力な冒険者をその地に留める狙いがある。貴族の場合は、ご機嫌を取ることでお得意様になってもらうことが目的だ。

 もちろんメイドはそれ相応の見返りを受け取っている。出来高によっては臨時ボーナスもあるだろう。


 そんな彼女の前にマスターであるハルが現れた。今の所、ハルはAランク冒険者のパーティーメンバーであり彼自身は低ランク冒険者ということになっている。対外的に見るとハルよりもジャックに擦り寄る方が賢い選択だろう。

 だが、ハルの容姿は作り物のように完璧に整っている。更には、身に着けている装備の節々から商人もしかすると貴族の子息ではないかと思うだろう。事実はエターナル・ヴェインという世界を相手取ることができる組織のトップであるのだが、たかが一メイドにそのようなことを知る故も無い。

 整った容姿、富豪の可能性―――これらだけでもメイドがジャックよりもハルに狙いを定める理由になる。


「まったく罪な男ですね。マスターは」

「どしたのジャック?」

「……ッ!おはようございますマスター」

「おはよージャック」


 ジャックは独り言のつもりで呟いた言葉を拾われ狼狽した。後ろを振り向くと先程までエターナル・ヴェインにいたはずのハルが何かを咀嚼しながらジャックを見ていた。その代わりに部屋に居たはずのスカイ・オーブの姿が見当たらない。現状から判断するとハルが<主従交換>を使い一瞬のうちに転移したのだろう。


 ジャックはどこまでも規格外な主―――ハルにより一層の忠誠心を示そうと跪く。


「たった今、メイドからお食事の用意ができたと」

「うーん、いいや。俺食べたし」

「かしこまりました」

「あ、ジャックは食べていいからな」

「いえ、マスターを差し置いてそのようなことなどできるはずもございません。私も断っておきます」


 ジャックは立ち上がるとハルに一礼して部屋から出て行った。部屋に1人っきりになったハルはベッドにダイブする。エターナル・ヴェインの寝室には遠く及ばないが気持ちの良い素材が使われていることは分かった。


「王都まで馬車かー……転移したい」


 ハルの言葉通り王都まではグレタが用意した馬車で移動する。スカイ・オーブの<視界共有>で王都を確認したところ王都から複数の道が広がっていた。恐らく主要な都市まで馬車でアクセスしやすくするための道だろう。エル・ラインも同じように道が敷かれている。今回の旅路ではその道を通り王都まで向かうのだろう。

 このような大規模な舗装は大国であるからこそできる。だが、転移というこれ以上ない移動手段を持つハルにとって馬車移動など面倒極まりない。


 ハルが王都までの暇つぶしを考えていると部屋のドアが音を立てて開いた。開けたのはジャックであった。どうやら1人じゃないらしい。巨体の後ろからグレタが現れた。彼女の視線はどこかハルを疑っているかのようだ。


「おうサクラギ。どうやら準備が整ったみたいだぜ」

「休んでいるところ悪いね。馬車の手配が済んだから王都まで向かってほしいさね」

「分かった」


 ハルは彼らの言葉を受けるとベッドから飛び起きる。そして服を軽くはたくと彼らと共に部屋を後にした。

 ハルが宿屋の1階に降りると数名が談笑しながら食事をとっていた。ハルは移動しながらこっそり聞き耳を立てる。

 魔石採取量が増えたことで高く売ることができなくなった、武器やアイテムが飛ぶように売れるようになった、冒険者が持ち込むアイテムの中には珍しいアイテムもある―――等々。話の内容から察するにどうやら彼らは商人らしい。ハルは商人になるなら商人同士の繋がりも大事だろうと適当に思いつつ宿屋を後にした。


「うーん……ふぅ」


 ハルは日差しを全身に浴び背伸びをした。外では鎧や武器を装備した冒険者が同じ方向へと向かっていた。彼らの目的はただ1つ―――ゲートだ。


「こっちさね」


 ハルは視線を冒険者からグレタへと移す。ジャックと共にグレタの後を付いて行くと一台の素朴な馬車があった。使い込まれた帆に茶色の肌とクリームを彷彿とさせる鬣をした馬。どこにでもありふれた馬車だ。御者台には男が1人乗っている。

 馬車で待っていたのは御者だけではなく、たった今ハルが見かけた冒険者と似たような恰好をした者が4人。


「護衛か?」

「一応さね。本当にスケルトン・ロードを討伐したのなら要らないだろうけどね。盗賊の相手とかしたくないだろう?」

「そうだな」

「おっと。忘れるところだった。これを王都の冒険者ギルドのギルドマスターに渡して欲しい。今回の件について書いているからね」


 そう言うとグレタは巻状の紙をハルに渡す。ハルは早々に紙を受け取ると馬車の荷台に乗った。座り心地は宿屋のベッドとは打って変わって硬い。ハルが座り心地をチェックしていると隣りにジャックが座った。御者は2人が乗ったことを確認すると手綱を叩き馬を動かした。

 ゆっくりと動きだした馬車は、時が経つに連れ姿が小さくなり数分後にグレタの視界から消えた。


「……何もなければいいさね」


 グレタはハルを見た時から心の内で騒めく不安を感じながら呟く。それも風と共に消えていった。





 幌は荷車の両サイドを覆うように貼られている。荷車から見える景色は馬車が移動してきた道が主だ。さらには護衛が馬車に同乗することなく周囲を警戒するように両サイド2人ずつ分かれて歩いている。護衛の歩くスピードに合わせて馬車は動いているため通常速度よりも遅い。

 ハルはほとんど変わらない景色を眺め早々に飽きた様子を見せた。隣りに座るジャックはマスターであるハルの変化にハッとすると口を開く。


「お休みになられてはいかがでしょうか」

「……やめとく」


 ジャックの言葉にはエターナル・ヴェインに戻ることが含まれていた。ハルはそれを分かった上で断腸の思いで蹴った。護衛の者がいつ荷台を覗くか分からない。いくら<主従交換>で瞬間移動できるとはいえリスクが高い。


 ハルは甘んじて退屈なこの状況を受け入れることにした。時間が経つに連れハルの溜息の数は増えていく。ハルの溜息の数が増える度にジャックは己の不甲斐なさに申し訳なく感じていた。

 数えるのも億劫になるほど溜息をついた頃、馬車から見える外の景色がオレンジ色に変化していた。ハルは空の色を見て旧アヴェリス領へ転移させたデルタのことが頭に過る。


「うん……?」


 ハルがぼんやりと思考を曖昧にしていると馬車が止まった。外の様子を幌越しに軽く窺うと足音が馬車に近付いていた。足音は馬車の先頭へと向かうと御者の男と話し始める。


「恐らくここで野営するのでしょう」

「なるほどね」


 ジャックはこれまでの冒険の経験から野営の準備を行っているのだろうとハルに伝えた。ジャックの言葉を聞いたハルは荷台から降り護衛の4人を見る。1人は御者の男と話しており残りの3人は近くの森へと向かった。

 ハルの後を追うようにジャックも荷台から降りる。彼はハルに一言告げると御者の方へと向かった。話を終えたジャックはいつもの気さくな態度を見せる。


「ここで野営するみたいだぜ」

「はい。夜道の移動は危険ですのでこの辺りで野営しましょう」


 御者の男と話していた護衛がハルにそう告げると丁度、彼のパーティ―メンバーが戻って来た。彼らはいくつもの枝を両手いっぱいに持っている。それを馬車の近くに乱雑に降ろすとその中からテントの柱に十分な枝を選び等間隔に地面に刺す。柔らかい草地だったため枝を真っ直ぐ突き刺すことができた。枝が固定できたかを確認すると荷台に貼っていた幌を外し、地面に刺した枝の上に広げ紐で結んだ。

 テント設営と同時に焚火と食事の準備を始めていた。荷台に積まれていた護衛のバックパックの中から使い込まれた鍋が取り出される。拾ったブロック状の石を並べ上に鍋を乗せる。鍋と地面にできた隙間に枝を敷き詰めた。だが、肝心の火が用意できていない。火がなければ料理はできない。

 どうするのかハルが疑問に思っていると杖を持った護衛の1人が敷き詰められた枝に向かって手をかざした。


―――<火種/イグニッション・シート>


 極小の魔法陣が展開されると微小な魔力が終結し1つの事象―――着火を引き起こした。火は正確に枝を燃やし煙を立てる。料理の準備が完成した。

 そこから先は淡々と事が進んだ。塩漬けしていた保存肉と再び森に入り収穫した木の実を鍋に入れ煮詰める。良い感じに色が付くと再び杖持ちの護衛の登場だ。


―――<湧水/ウォーター・スプリング>


 <火種/イグニッション・シート>と同等の魔法陣が展開されると鍋を半分満たす程度の水が注がれた。火力が強いのか水は直ぐに沸騰し保存肉と木の実を溶かしていく。スープもしくは雑炊と呼ぶべき料理が各自のお椀にとり分けられた。

 ハルは受け取ったスープを木のスプーンで掬って口に運ぶ。エターナル・ヴェインのメイドたちが作る料理に比べれば素朴な味だ。だが、パチパチと薪が燃える音と時折吹く風といった雰囲気が合わさり趣深い。


 御者は早々に食べ終わると馬の様子を軽く見て先に眠りについた。今回の旅路で最も体力の消耗が激しい護衛の4人は鍋を空にする勢いで食べていく。ハルも彼らに続いてスープを飲み干し再びお椀に注いだ。

 ハルとしてはこのまま料理を楽しみ眠りにつくのも一興だと思ったが、どうやらこの場の雰囲気に満足しているのは彼だけだったらしい。護衛の1人―――戦士の格好をした男がハルとジャックに提案するように口を開いた。


「よければ自己紹介しませんか?」

「あ、賛成ー!護衛任務って大体貴族が多いから関りたくないけどこの人たちは同業者らしいし」


 戦士の男の言葉に賛同するようにこの場で唯一の女が声を上げた。続いて残りのメンバーも賛同していく。


「俺も賛成だな」

「私もだ」

「お2人はどうですか?相手を詮索するのはご法度なのは分かっていますが……」


 戦士の男がハルとジャック―――主にジャックの様子を窺った。ジャックはマスターであるハルを横目で確認する。ハルは軽く顔を縦に頷いた。


「別に構わないぜ。人数も少ないし俺たちからするか。俺はジャック。Aランク冒険者だ。こっちの無口はサクラギ。商会の用心棒をしている。まだ冒険者になって間もないが、実力は中々だぜ?」

「よろしく頼む」


 ジャックの紹介に素っ気なく返すハル。だが、彼の態度など護衛の4人は気にも留めなかった。彼らの視線はジャックが見せた金色に主張する冒険者プレートに釘付けだ。護衛対象が冒険者ということは聞いていた。だが、その内の1人が自分たちよりも上位の存在であったのだ。

 護衛の者たちは少しの疑念を抱きつつも自分たちが提案したのに自己紹介をまだしていなかったことに気付く。彼らの内、レザーアーマーを身に纏い剣を腰に掛けている男が声を出した。


「次は俺たちの番ですね。俺は『地を這う者』のリーダーのガレン・ロックです。隣りに居るいかにも盗賊なのはミナ」

「よろしく」


 ガレンは冒険者パーティ―『地を這う者』のメンバーを紹介していった。1人目は彼が言った通り盗賊のような恰好をしているミナだ。盗賊といっても無精ひげを生やし汚れまみれの盗賊―――というわけではない。スピードを重視するために急所のみを防御する装備に短剣を武器としている。


「そしてこっちが弓使いのレイン」

「よろしくな」


 2人目は狩人の容姿をした男だ。ガレンは彼をレインと呼んだ。矢筒には20本近くの矢が入っている。それを射貫くための弓は現在、レインの肩に掛けられている。弓士がよくやる携帯方法だ。


「最後に魔法詠唱者のエド」


 最後に紹介されたのは魔法詠唱者のエド。彼が座る倒木に長杖が置かれている。長杖はエドの肩ほどの長さであり、先端にはランタンに似たものがある。恐らく魔法の補助的な役割なのだろう。


「ちなみに魔法はどうやって習得したんだ?」

「ははは。サクラギ殿は魔法に興味があるのだな」

「あぁ、身内に魔法詠唱者がいるがどうやら感覚派らしく俺には理解できなかった」


 エドは突然、ハルが喋り出したことに少し驚いた。だがハルがこの世界の魔法に興味を抱くの当然のことだ。

 ハルの身内には周辺国最強の魔法詠唱者セレネがいる。現在、エターナル・ヴェインには彼女以上にこの世界の魔法に精通した人物はいない。異世界魔法はEoC魔法とは違いあらゆる面で利便性が高い魔法だ。何としても習得してエターナル・ヴェインに役立てたいとハルは考えていた。

 セレネの話によると魔法詠唱者として必要な才能は4つだ。体内の魔力を操作する才能、集めた魔力に属性を付与する才能、魔力を放出する才能、放出した魔力を指定方向に射出する才能。これら4つ合わさってようやく魔法詠唱者を名乗れる。


 ハルは既に魔法が使えることは実証済みだ。そのため自然とこれら4つの才能を持つことになる。だが未だ異世界魔法を習得するに至っていない。魔法を得意とするハルの配下魔物も同様に習得できていない。


 EoCに由来する者は例外なく異世界魔法を使えない―――アルファたちが出した結論だ。しかしハルは未だ諦めることができていない。


「それなら王都にある魔法学院に入学するといいな。私もそこで魔法は学んだ」

「魔法学院……?」


 ハルの内心を察してか知らずかエドは魔法学院に入学することを提案した。


(魔法学院ねぇ……)


 ハルはそう心の中で呟いた。現在、エターナル・ヴェインが入手している王立魔法学院の情報について思い出していく―――よりも前にエドが説明し始めた。


「王立魔法学院。私たち冒険者の希望の光である第三王子アルドリン殿下によって設立された教育機関だ。王国民であれば誰でも受験することができるぞ?」

「あぁ、知っている。入学者は全員下級に配属されて進級には試験があるらしいこともな」

「魔法に興味があるなら知っていて当然であったか」


 そう言うとエドは余計なお世話をしたと思い苦笑いした。そんな彼を横目にハルは魔法学院について考える。


(ランクは下級、中級、上級の3つ。上級を卒業すれば第二位相魔法は使えるようになるって聞いたけど……まぁ、セレネ以上に魔法の先生として優秀な奴はいないだろうし今は行く必要ないな)


「無理だな」

「魔法の基礎だけ学びたいなら数か月だけ入って辞めるのも手である……しかし金が勿体ないか」

「そうだな」


(金もそうだけど長期間拘束されるのは面倒だしなぁ……)


 ハルは本音を隠すようにお椀に注がれたスープを飲み干した。


「えー?商会のお抱え用心棒なんでしょ?それなら出してくれるんじゃないの?」


 そう口にしたのはミナだった。


「生憎とうちの商会は南方諸国から亡命してきたばかりだ。亡命の際に、僅かな商品と馬車だけが無事だったから節約しないといけない」

「ふーん、そうなんだ。でもそれならサクラギは商会に―――」

「ミナ!あまり探るのは止めなさい」


 ガレンは質問責めするミナを止めた。止められたミナはいじけた態度を見せる。


「いやいい。こっちも教えないと不平等だろ。それに元からそれほど気にしてない」

「だってよガレン」

「はぁ……分かりました」


 気まずい雰囲気が流れる。だが、それも直ぐに一瞬だった。空気を切り裂くように陽気にレインが口を開く。


「亡命してきたってことは、いずれまた商会を開くのか?」

「その予定だ。王都で再開するらしい」

「へぇー、何売る予定なんだ?」

「主に魔石や魔物の素材だな」


 エターナル・ヴェインが用意している商会は、主に魔石や魔物の素材を販売することを目的としている。魔法ギルドに興味を持ってもらうためだ。そのためかガレンたちはイマイチな反応を見せた。

 彼らからするとエターナル・ヴェインが用意する商品は、日頃冒険者ギルドに収めているアイテムだ。彼らの反応も当然だろう。


「武器とか売ってないのか?素材を取り扱ってるなら武器でも作ればいいんじゃないか?」

「武器か……提案してみよう」


(魔法ギルドに接触することが目的だったからそういうのは後でいいと思ってたけど……冒険者しながら宣伝するなら武器も用意した方がいいか。ただEoCだと武器はドロップアイテムもしくはフィールドアイテムがほとんどだからなぁ。在庫はあるけど限界はある。魔物の国なんかに行けば鍛冶職人はいたけど。この世界の鍛冶職人はやっぱりドワーフなのかな?)


 ハルは少し俯き顎に手を当てるとこの世界でどのように武器を用意すべきか思考し始めた。静かになった場には、鍋と地面の隙間でパチパチと燃える枝と時折吹く夜風だけとなった。

 長考するハルだったが、それはガレンによって止められた。


「お二人は先に眠っていてください。火の番は私たちがやっておきますので」

「お、そうか。ありがとさん」


 そう言うとジャックは簡易テントの中へと入って行った。ハルも後で考えればいいかと思いその後に付いて行く。テントの中では既に御者が眠りについていた。ハルは隅に向かい横になる。

 馬車移動の時と同じくどのタイミングで『地を這う者』が来るか分からない状態で<主従交換>を使うことはできない。<幽躰憑依>を解除することも考えたが、やはり不測の事態に対処するためには完璧ではない。


 ハルは溜息を零すと眠りについた。


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