第30話 帰還
「はぁー……」
受付テーブルに肘を突き溜息をつく女。本来であれば、褒められる態度ではない。ましてやここは冒険者ギルドだ。血の気が多い冒険者が見れば、舐められたと思いイザコザになる可能性もある。
しかし、彼女―――モニカ・ベネットは違う。彼女の美貌はエル・ラインに広く知られている。日夜、死と隣り合わせである冒険者にとっては、無事を喜ぶ彼女を一目見るだけで全てが救われている。もっとも当の本人は冒険者たちを不潔でならず者と見下しているが。
「どうしたんだ?モニカちゃん。俺でよければ相談に乗るぜ?」
「あ、お前!ずるいぞ!俺も乗るぜ!」
「大丈夫ですよ。今回も無事に戻って来てくださいね」
「お、おう!」
2人組の冒険者がギルドから出ていく。彼らの向かう先は当然ゲートだ。ここゲート街に居るほぼすべての冒険者は、予想もつかない未知と吟遊詩人に語り継がれる英雄譚を目指して日々、ゲートを潜り迷宮を探索している。
現在、ゲートには低ランクのアンデット系が出没することが分かっている。だが、数えきれない程の魔物が蔓延っている。冒険者ランクがC以上からと入場制限が設けられているとはいえ帰還率は低い。
モニカの美貌に鼻の下を伸ばしたままゲートに向かった彼らは、無惨に死ぬことになるだろう。モニカはそんな彼らを心配して無事を祈った―――わけではない。彼女が祈った相手は、彼らではなく約1週間音沙汰が無いサクラギのことであった。
「……サクラギ様」
ハルの偽名を呟くと再び溜息をつき、彼と出会ってからの1週間を思い出した。ハルがゲート街に向かったのは、ゲート街から帰って来た冒険者から聞いた。直ぐにでも会いに行きたかったが仕事の都合上、簡単に他所の冒険者ギルドに向かうことはできない。
そんな折、ゲート街に正式な冒険者ギルドが完成したとの報告があった。ゲート街に居た臨時ギルドマスターがそのまま着任したが、職員の数が足りなかった。新たに雇うということもできたが、ゲート街に来る人間は基本的に男だ。荒くれ者が多い冒険者と穏便に取引するためにも受付嬢は女―――それも美人であればあるほど良い。冒険者の間で噂の彼女が抜擢されるのは当然の帰結であった。
モニカがエル・ラインからゲート街へと移動したことを知った冒険者たちは絶望に染まった。一方の彼女は、愉悦で脳がいっぱいだった。一目惚れしたハルに再び会うことができるからだ。
だが、未だモニカはハルと再会できていない。ゲートからの帰還者は、大小あれども1日遅くとも2日以内には帰って来る。携帯できる食糧もそうだが、なによりいつ現れるか分からない魔物を警戒する必要があるため精神的疲労が絶えない。
「はぁ……」
三度溜息をついた。時刻は昼過ぎ頃。
ギルド内には職員を除くと数名の冒険者しかいない。ほとんどの者はゲートへと潜っている時間帯だ。残っている者も数分後には居なくなるだろう。
基本的に受付嬢の仕事は、冒険者からの受注や依頼主からの発注手続きを行うだけに留まる。ギルド内にいる冒険者の数が少なければその分、仕事量も減る。モニカはうたた寝を決め込もうとした。
だが、彼女の眠りを妨げるようにギルドのドアが開かれた。開いた隙間から光が刺し、真っ直ぐと受付に座るモニカの顔を照らす。彼女は目を擦りながら今しがた入って来た冒険者を見て、その顔を歓喜の色に染めた。
ギルドにやってきた冒険者は2人組だ。1人は一般的な成人男性を優に越す巨漢。もう1人は、かつてエル・ラインで見た特徴的な服に珍しい武器を携帯した男。
「さ、サクラギ様ッ!」
モニカの思い人がそこに居た。
◇
「さ、サクラギ様ッ!」
突然の受付嬢の叫び。呼ばれた本人―――ハルは予想外の出来事に少しの間固まった。だが、それも一瞬のこと。直ぐに何が起きたのか、状況を整理していく。
「……あぁ、エル・ラインの」
受付嬢をよく見てみるとエル・ラインで冒険者登録をした時にいた女であったことを思い出す。
「確か……モニカ・ベネットだったか」
「まぁ!私の名前をご存じで!」
「あ、あぁ……」
冒険者登録していた時、彼女の名前を呟いている冒険者が居た。それを思い出すように呟くと、モニカは満面の笑みで答えた。だが、それを良く思わない者も居る。
「何者だ?アイツ」
まだギルドに残っていた冒険者たちだ。彼らはハルを睨みつけたが、一切ハルは気付かなかった。まるで相手にされていない様子に苛立ちを覚える。
一見するとハルの見た目は、冷やかしに来た貴族のような恰好だ。少しビビらせればモニカの気も引けるだろう。彼らは短絡的にそう結論付けた。
ガタッと席から立ち上がりハルに近付くと腰に掛けている武器に手を当てる。だが決して鞘から抜くことはしない。それはギルド内で武器を抜くことはご法度とされているからだ。
「……ッ!」
ハルに難癖付けようとした瞬間、突如鋭い殺気が彼らを襲った。彼らが戦ってきたどんな魔物も優に超えるほどだ。心の準備ができていなかった彼らは、直に受けてしまい銅像のようにその場で固まっている。
モニカは彼らを見て不思議に思った。一方のハルは気付いたらしく軽く溜息をつき首を横に振った。
「どうしたのでしょうか……?」
「そんなことよりも早く用事を済ませたい」
「あ、そうですよね!」
そう言うとモニカは仕切り直すために喉を鳴らした。そして満面の笑みを見せる。そこにはマニュアル通りの笑顔ではなく心の底から歓迎していることが窺えた。
「ようこそ冒険者ギルドへ」
「討伐確認を頼む」
「かしこまりました。こちらの札をお持ちください」
モニカはハルに札を持たせた。札には、数字の”1”が刻まれている。どうやら彼らの前に討伐確認を行った者は居ないらしい。
2人は、時を待たずして魔物を取引している受付へと移動した。受付にはスキンヘッドの男が立っていた。
「討伐証明だって?なんだ、スケルトン・ナイトでも狩ったのか?やるじゃないか」
「いや、違うぜ」
「うん?今のところ確認された最高ランクと言えばスケルトン・ナイトだぞ?」
ジャックに否定された男は、疑いの目を向けながらハルたちに言い放った。冒険者の中には、嘘をついて報告する者も居る。同種の魔物の場合、見極めるためには魔石が重要なファクターとなる。それを知っている冒険者は、あえて魔石を採取せず様々な方法を使い素材を高く売りつける。低ランクよりも伸び悩んでいる中堅レベルにこの傾向が多く見られる。つまり、ゲート街の対象であるCランクは正に中堅層であるため不正が多い。
―――素材を誤魔化しているんじゃないか。
この言葉が男の頭に過ったが、それ以上の情報が彼を襲う。
「スケルトン・ロードだ」
「は?」
ジャックの言葉を聞いた男は素っ頓狂な声を出した。男は彼の言葉を咀嚼する。嘘をつくにしてはあまりにも突拍子もないことだ。普通なら1つ上のランクを装ったりするものだ。
だが、ジャックはスケルトン・ロードと言った。いつもであれば相手にもしない戯言だ。しかし彼はAランク冒険者を示すプレートを見せた。高ランク冒険者がギルドを騙してまで討伐を報告するだろうか。
「ちょっと待ってくれ。何かの聞き間違いか?」
「お前の耳は正常だ。ほら」
「───ッ!これは……」
ジャックは背負っている麻袋を取り出す。そして中から1つの魔石をカウンターに置いた。彼が取り出した魔石はこれまで見たことのない大きさだった。スケルトン・ナイトが成長しても到底、たどり着けないだろう。長年の経験から男は直感的にそう感じた。
「少し待っててくれ」
そう言うと男は、カウンターを離れギルドの上階へと向かった。男が去った場には、静けさが漂った。だが、それも少しの間だけだ。
「おい、聞いたか今の」
「あぁ、スケルトン・ロードだって?本当か?」
ギルドに残っていた冒険者たちが盗み聞いた内容を口々に話す。そしてハルたちを見て疑う。
同じ光景が数度繰り返された頃、男が戻って来た。
「……ついてきてくれ」
男の言葉を聞いたハルたちは、男に連れられて上階へと上がる。
上階は丸テーブルが数個あり、階下にもあった掲示板がある。だが、階下にある物とは異なり何も貼られていない。
「多分、高ランク冒険者専用ルームだろうな。冒険者の活動が活発な地域のギルドには割とよくあるぜ」
「そうなのか」
「あぁ。俺も他のAランク冒険者とパーティ―を組む時とかはよく使ってたな」
ハルの疑問を察したのかジャックが上階について説明した。
彼らが話している間も男の歩みは止まらず、そのまま階段を上がり3階へと向かった。3階にはいくつもの扉があったが、男は迷うことなく突き当りの扉に向かうとドアノブを捻り開けた。
部屋の中はまさに書斎という表現が当てはまるものであった。壁一面に展開される本棚。本棚の中には、本だけでなくいくつもの書類と思わしきものがぎっしりと敷き詰められていた。部屋の奥に設置された机にも同様に、何冊かの本と資料が乱雑に置かれている。
「君たちかね?スケルトン・ロードを討伐したという冒険者は」
そう声を発したのは、奥に居座る老女であった。年相応にしわがれた声だが、覇気が込められており只者ではないことが窺える。ここまでハルたちを案内していた男も今回の件の当事者ではないが、反射的に背筋を伸ばした。
「あぁ、間違いない」
「なるほど」
ジャックの返答に鋭い目線を向ける老女。その瞳はまるですべてを見透かしているかのようだ。
「『切り裂き』ジャックの名は伊達ではなかったという訳か」
「おいおい。やめてくれよ」
「それでこっちは……誰だい?」
ジャックに向けた瞳とは対照的に、不可思議なものを見る目でハルを見つめた。スケルトン・ロードとの戦闘に生き残った者がいる。それも名も知れぬ冒険者だ。老女が不思議に思うのも無理はない。
老女に見つめられたハルは、木製の冒険者プレートを見えるように提示する。
「サクラギだ」
「Fランク、ね。その装備を見る限り素人では無いね?」
「想像に任せる」
老女はハルが最底辺のFランク冒険者だと知ると侮る―――ことなく彼の装備や立ち振る舞いからある程度の実力者であると推測した。
老女の分析を阻害するように、ジャックはハルの前へと体を出す。
「それで婆さん。アンタのことも教えてもらおうか。もっともある程度、予測はついているが」
「そういえば、自己紹介がまだったね。私はグレタ・バルト。ここゲート街の冒険者ギルドマスターをやっている。よろしく頼むよ」
ジャックの無礼な態度に腹を立てることなく老女―――グレタ・バルトは名を明かした。
「それで本題は何だ?世間話をするために呼んだわけじゃないんだろ?」
「そうさ。お前さん方が討伐したというスケルトン・ロードなんだがね。あまりにも規格外ということは分かっているね?」
「あぁ、勿論。あの『国堕とし』だからな」
「なら話が早い。こっちで馬車を用意するから王都の冒険者ギルドまで行ってそこで精密な鑑定を受けて欲しい」
「何だ、疑ってんのか?」
ジャックは己の手柄を疑われたことに静かに圧の籠った声で言い放った。その場にいたスキンヘッドの男は、その圧を受け冷や汗が流れた。だが、グレタは涼しい顔をして冷静に答える。
「慎重になるのも無理はないのさ」
グレタの言葉を最後に、執務室には静けさが広がった。少し経った後、ジャックは根負けするように両手を肩の位置に上げ溜息をつきながら口を開く。
「出発はいつだ?」
「今すぐ―――と言いたいところだが、あまりにも急なことだから馬車が用意できていない。一日待って欲しい。宿はこちらで提供するさ」
「助かるぜ」
「こちらも理解が早くて助かるよ」
◇
グレタが用意した宿は、高級という言葉が合う場所だった。それもそのはず、ここはいずれ訪れるであろう高ランク冒険者のために建設された宿屋だ。一泊するだけでも高額だが、それに見合う待遇を味わうことができる。
本来であれば、ハルたちには個別の部屋が宛がわれる予定であった。だが、2人ともこれを固辞すると早々に部屋へと入って行った。
ハルは部屋の外で聞き耳を立てる者が居ないことを確認すると深いため息をつき上半身をベッドに預けた。
「はぁー面倒だぁ」
「申し訳ございませんマスター。従僕の身でありながら先程までのあの態度―――」
「気にしなくていい」
ハルはベッドに倒れたまま右手を振りジャックの言葉を遮った。肉体的疲労を感じることはないハルであるが、面倒なことをやるのは精神的苦痛が伴う。だが、エターナル・ヴェインの利益に繋がるのであればやる。もっとも彼の気分一つで計画を中止することも有り得るが。
「アルファの予想通り王都行きになった。恐らく今頃、王都に連絡している頃だろうな」
冒険者ギルドが取るであろう行動を口にしたハル。アルファの予想であれば、冒険者ギルドは王都に報告を行うとのことだ。ハルたちが王都に着く頃には、冒険者の間ではスケルトン・ロードを討伐したという噂が流れていることだろう。
「仮に緘口令が敷かれていても既にゲート街にいる数人の冒険者はスケルトン・ロードが討伐されたという噂をしているはず。噂の伝染は早いからな。どっちみち王都に着く頃には、俺たちは英雄の仲間入りだ」
「流石はアルファ様でございます」
「そうだな。それじゃ、俺はエターナル・ヴェインに戻る。何かあればスカイ・オーブに伝えてくれ」
「かしこまりました」
ジャックの言葉を聞いたハルは<主従交換>を発動する。先程までアルファの側にいたスカイ・オーブと瞬時に位置を入れ替えた。ベッドに横たわったままスキルを発動したためハルは地面に背を付けてしまう。
エターナル・ヴェイン最終階層の天井―――終わりのない空だが―――に輝く太陽の日差しを気持ちよく浴びていると顔に影が差した。
「お帰りなさいませマスター」
「ただいまアルファ。それで商会の方はどうなってる?」
「こちらに」
到底、主従の構図とは思えない格好で両者は会話する。だが、どちらも違和感を覚えることなく話は進んだ。
ハルは上体を起こし目の前に広がる馬車を見る。王国で広く使われている馬車だ。もっともエターナル・ヴェインが用意する馬車が普通なわけがない。荷車には流通が極端に少ない魔物―――悪魔の素材と質の良い魔石が複数の樽に敷き詰められている。そんな荷車を牽引する馬も一味違う。
<夜駆馬/ナイト・ホース>。肌から鬣に至るまで黒一色に染まっている魔物。その見た目通り隠密からの奇襲が得意としている。ジャックの情報によるとリッチほどではないが、珍しい部類の魔物だ。討伐の難易度と死亡率の高さからBランク級魔物と認定されている。それが2体横並びで馬車を牽引する。
「よし大丈夫そうだな。それじゃ旧アヴェリス領の南部に転移させる。護衛はアルファロンに―――」
「アルファロンは最重要任務であるマスターの護衛を行っております。他の者がよろしいかと」
「うーん……他に100Lvで人間とコミュニケーションを取れる奴いるかな?」
ハルの提案はアルファによって拒否された。ハルとしては念のため馬車に100Lvの配下を付けたい。だが、100Lvのほとんどは人間を超越した存在だ。ノワールやアルファロンのように人間に似た100Lv魔物は少ない。
「マスター、今回は戦闘よりも移動がメインです。ある程度の実力さえあれば問題無いかと」
「そっか。それなら……ベタリオンにしておくか」
「彼であれば問題無いかと」
「よしアルファの許しも得たことだし―――<召喚:ベタリオン>」
ハルは護衛として付ける者をベタリオンに決めると即座にスキル<召喚>を発動した。半径3m程度の魔法陣が展開される。魔法陣の縁から真上に光が走るが、瞬きの間に光は消え代わりに兵士の格好をした男―――ベタリオンがその場に登場した。ベタリオンは突然のことに困惑している様子を見せている。
「おっと……?これはこれはマスター!」
「よっ、ベタリオン」
ハルとベタリオンは軽く挨拶を交わした。ここにも絶対的な主従関係を思わせない雰囲気が漂う。
ベタリオンは何故、自分が呼ばれたのか分からなかった。だが、側にアルファが居ることと近頃、大臣たちが何かを準備していたことを知っていた。それらの情報からベタリオンは推測する。
「新たな任務ですか?」
「そうだ。この馬車の護衛を頼みたい」
「分かりました!」
ベタリオンは新しく授かった任務に喜びを馳せた。彼の人生―――魔生史上初のエターナル・ヴェインの外。ベタリオンの性格からして興味を抱くなというほうが無理だ。
ベタリオンは馬車の側に近寄る。御者台には、フードを被った女が乗っていた。その見た目はアルファに瓜二つだ。唯一の違いは髪色が見事なオレンジであることぐらいだ。
「道中はスカイ・オーブの案内に従ってくれ。それじゃまたなー」
ハルの声と共に<扉の魔女/ウィッチ・オブ・ドア>は、馬車が通れるぐらいの大きさの鉄扉を開く。鉄扉の向こう側は闇で覆われており見通すことができない。馬車は躊躇うことなく鉄扉を潜りエターナル・ヴェインから姿を消した。
「行きましたね」
そう呟くアルファの言葉にはどこか心配の色が含まれていた。
「そだねー。それじゃ、飯でも食おうぜ」
「……はい」
アルファは能天気なハルを見て毒気が抜かれた。




