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第27話 情報収集


「旨かった。あの2人にも伝えといて」

「彼女たちにとってその言葉は最上のものでしょう。必ずやお伝えいたします」


 食事を取り終えたハルは、アルファを連れて食堂を後にする。去り際、入口付近に待機していたメイドに、ベルとアリスに対する感謝の言葉を伝えた。

 マスターからの感謝の言葉。極上のものを提供するのはメイドとして至極当然のことであり、生きている価値そのものだ。エターナル・ヴェインを繁栄させるマスターを始めとした首脳陣。彼らが決めた方針を可能とする配下の魔物たち。彼らに比べるとメイドがエターナル・ヴェインに提供できる物は少ない。だからこそ、どんなに細かいところであろうとも目を光らせ手入れを施している。全てはエターナル・ヴェインの為に、マスターの為に。

 そんなマスターであるハルに褒められた。これは、メイドとしての誉であり名誉である。メイドはベルとアリスを誇らしく思うと同時に、重要な役割を担う機会があれば次こそは私だと改めて決意した。


 決意に燃えるメイドが居るとは露と知らずに、ハルはユグドラサンクタム城の通路を進む。通路の中央に敷かれた深紅のカーペットを遠慮なく踏んだ。ハルは最初こそその豪華さに躊躇したが、今では気にすることも無くなった。


「マスターがわざわざ向かわれることはないでしょう」


 ハルの後ろに追随していたアルファは、少し距離を縮めながら告げた。彼女の言葉を聞いたハルは、歩みを止めて後ろを振り向く。漆黒という言葉が似合う髪と同色のドレスを身に着けており、アルファの魅力をより引き立てている。


「それもそうか。ここ空いてる?」


 ハルの移動を邪魔しないように、壁際で待機していたメイドに聞いた。メイドは一礼すると口を開く。


「はい。ここは空き部屋でございます。何も揃っていませんので直ぐお持ちいたします」


 メイドが扉を開いた。中は彼女が言った通り何も揃っていない。ハルとアルファが中へ入り部屋を見渡し終える。それと同時に、4人のメイドが机と椅子を部屋に運んでいた。4人の内1人だけ部屋に残ると残りのメイドは、ハルとアルファに深々と礼をすると部屋を後にした。


 ハルが椅子に座る。メイドは、机に用意された2つのカップに紅茶を注いだ。辺りに漂う芳醇な香り。気品溢れる紅茶を豪快に飲み干し喉を潤ませる。


 喉を軽く鳴らすと手を扉の前に翳した。


「<召喚:ジャック・カーター>」


 魔法陣が床に浮かび上がる。床から天井に向けて魔法陣が上がって行く。魔法陣が完全に消えるとそこには、血だらけの巨漢―――ジャックが姿を現す。元居た場所から突然、風景が変わったことに酷く混乱しているのが見て分かる。


「ここは……ッマスター!」


 マスターであるハルを視界に入れると反射的に跪き首を垂れた。配下として主の前で跪くのは当然のことだ。

 ジャックの態度を見てアルファは満足そうに頷いた。<支配>の効果がどの程度であるか確認を終えたアルファは大丈夫だと判断したからだ。ダンジョンマスターの力を疑うことは不敬だが、盲目的に崇拝するなら他の配下で間に合っている。アルファを含めた大臣たちは、常に冷静な頭脳としての役割があるのだ。


「それで色々と教えて欲しいんだけど……その前にその言葉遣い何とかしてくんない?」

「ですが―――」

「マスターのご命令に逆らうのですか?」

「と、とんでもございません!」


 ハルはジャックの言葉遣いに違和感を持ち訂正するように伝えた。恐れ多く感じた彼は言葉を紡ぐよりも前に、命令に背くのかとアルファに詰められてしまった。アルファの言葉が耳に入り、メイドも無意識の内にジャックを睨む。

 謝ることしかできないジャック。冒険者が今の彼の姿を見た場合、とてもではないがAランク冒険者とは思えないだろう。


「あー、ごめん。分かった。今は別にいいや。ただ外ではいつも通りにしてくれ。そうじゃないと怪しまれるだろ?」

「わ、分かりました」


 自分で招いたことだが、哀れに感じたハルは言葉遣いの訂正を撤回した。ハルからすれば、違和感を抱きはすれども地上に戻った際に元に戻れば問題無いと判断した。

それよりも重要なことがある。言葉遣い等どうでも良いと思えるぐらいには。当初の目的を果たすためにハルは再び口を開く。


「それじゃ、色々と教えて欲しい」

「何から話しましょうか?」


 ジャックはハルの顔を見つめると疑問の声を上げた。彼は何のためにここに居るのか分からない。理解していることは、目の前に居る御方こそ唯一絶対の支配者であり己の主であるマスターだということだ。

 口の中で唾が溢れかえる。その都度飲み込むが、飲み込む際の音が耳に響き緊張がサイクルしてしまっている。


 ハルは、そんな彼の心情を少しも察することなく天井を少しの間見つめていた。マスターの様子に緊張は増す一方だ。静かになるぐらいなら何か喋って欲しいと思っていると彼の願いが叶ったのか、ハルが口を開いた。


「うーん、そうだね……。まずはお前の強さについてかな。ロードと戦った時、何か自分にバフ―――強化スキルとか使った?」

「ロード……あぁ、スケルトン・ロードですか。確か武技3つとスキル1つを同時使用しました。<筋力強化><感覚強化><治癒力強化>と<狂化>です」

「その<狂化>ってやつはスキルなのか?」

「スキルです。神殿で確認しました」


 ジャックは当然だと言わんばかりに言い放った。そんな彼の言葉に、ハルは思い出したかのように質問を投げかけた。


「そうその神殿。どうやって調べてるんだ?」

「神官が魔法を使ってスキルの有無を調べます」

「やっぱり魔法か。うーん。こっちの魔法ってEoCと違って便利だなぁ。EoCはほとんど攻撃系だもん。それに武技とかもあるし。柔軟性が高い」


 顎に手をやり考える素振りを見せながらハルはEoC魔法の不便性を嘆いた。

 

 破壊力という点においては、未だ未知な異世界を含めてもトップレベルだと自負している。だが、利便性では異世界の魔法に一歩どころか数歩も遅れているとハルは考えていた。

 セレネが逃避行の際に使った身体能力を向上させる魔法から始まり神官が使うというスキルの有無を確認する魔法の存在。≪伝言/メッセージ≫という遠方との通信を可能にする魔法。まだ知らない便利な魔法があるのだろう。

 魔法だけではない。異世界人は武技というスキルに近いが別系統の技術を身に着けている。これも実に興味深いとハルは常々思っていた。

 勿論、EoCのスキルを用いることで再現することは可能だ。セレネを見つけた時に使用したスカイ・オーブのスキルなど特にそうだろう。だが、その全ては別の魔物ありきでありハル個人で再現することはできない。


 EoCと異世界の技術の差について考えているとジャックが疑問の声を出した。


「あのー、EoCというのは……?」

「あー、それは―――」

「マスター。たとえ<支配>したとはいえ元々は外の世界の者。これからも冒険者として活用する予定であるならば、情報漏洩のリスクも考えて伝える情報は最低限に留めるべきかと」


 アルファがハルの言葉を遮った。これから先のジャックの行動。そして何より未だ明らかになっていない異世界の技術を考慮すると与える情報は少ないに越したことはない。彼女の言葉を受けハルは納得した様子を見せた。


「分かった。そういうことらしい。後は……スクロールだな」

「スクロールですか?」

「うん。魔法ギルドに入ったことはあるか?」

「はい、何度かは。武器手入れ用のスクロールを買ったりします」

「他にはどんなものがあるんだ?」


 これまで集めた情報によると魔法ギルドへ入場するには、Aランク冒険者か商人でなければならなかった。ジャックはAランク冒険者だ。案の定、彼も魔法ギルドに足を運んだことがあった。


 汚れを一瞬で消し去る≪浄化/クリーン≫

 探したい物を探知する≪探知/サーチ≫

 アイテムの良し悪しを見極める≪鑑定/アナライズ≫

 設定した武器を瞬時に取り出す≪転装/トランス・ウェポン≫


 ジャックが買っていたのは主にこの4種類だが、魔法ギルドには他にも販売しているらしい。


(≪浄化/クリーン≫は便利そうだな。毎回、靴が汚れたまま城を歩くのは嫌だからな。≪探知/サーチ≫はEoCにも魔法であるから大丈夫。ただ≪鑑定/アナライズ≫と≪転装/トランス・ウェポン≫は何としても欲しい)


 ジャックが紹介したスクロールの使い方について考えつつも話を進めるために口を開いた。


「購入制限とかあるのか?」

「いえ特にそのような物はありませんが……。ただ1枚1枚がかなり高価ですので大量に買い込むのはそれこそ商会でなければ難しいです」

「やっぱそうだよなぁ」


 これも事前情報通りであった。彼によると最低でも王国金貨5枚はかかるとのことだ。一般的な冒険者の1日の稼ぎは、良い日で銀貨1枚程度。地域によって前後するが、金貨1枚は銀貨100枚の価値と等しいと考えていいだろう。単純計算でスクロールを買うには約1年半近く掛かることになる。それも戦果が安定的に良く一銭も使わないことが前提だ。

 これだけでもスクロールがどれだけ高価なものであるか分かるだろう。それと同時に、高価なスクロールを買えるAランク冒険者の収入と魔法の希少性についても推し量ることができる。


 金銭問題はエターナル・ヴェインに引きこもるのであれば気にする必要は無い。エターナル・ヴェインに必要なものはダンジョンにやってくる冒険者たちの魔力だからだ。だが、外で活動するのであれば話は別だ。


「アルファは他に聞きたいことある?」


 途方もない金額に眩暈がしたハルはアルファに話を振り頭を休めるために紅茶で口元を潤ませた。彼女はハルを横目にジャックに聞いた。


「貴方のような強さを持つ者は他にもいらっしゃるので?」

「俺が言えたことじゃないですけどAランクでは俺が一番強いと思います」

「そうですか。それではSランク冒険者について何か知っていることは?」

「Sランク冒険者ですか……。王都の冒険者ギルドで1度だけ見かけたぐらいです。Aランクパーティ―ならいくつかありますが―――」


 ジャックは王都の冒険者ギルドで一度だけ見たSランク冒険者について話した。ローブを着ていたため直接容姿を見たわけではない。だが、すれ違う際に顔が少しだけ見えた。特徴的な長い耳が印象的だった。それと同時に、通常時では勝てないと思わせる力量の持ち主であると感じたことも伝えた。


 アルファはSランク冒険者の新たな情報とAランク冒険者パーティ―について追加で調べる必要があると考えていた。一方のハルは―――


(耳が長い……エ、エルフじゃないのか?!異世界なんだ。それぐらい有り得るはずだ。エルフの国……行ってみたい!)


 新たな異世界ファンタジー要素に興奮気味であった。Sランク冒険者の話を聞いてからハルの様子が変わったことを察したアルファは、また面倒事が増えると第六感で感じた。


「分かりました。それではこちらで待機していてください。この者の世話を」

「かしこまりました」

「マスター」

「分かった。それじゃ、ジャック。また後でな」


 アルファはメイドにジャックの周辺の世話を任せるとハルと共に、通路へと向かった。向かう先はハルの執務室だ。


「うーん。さっきの感じ<支配>の多用は怪しまれるな。ただ、サキュバスよりも利便性が高い。スパイを作ることができるからな」

「確かに一時的に情報を得るよりも利益は高いですが。これから使用する場合、背後関係を明らかにしてからの方が良さそうです」

「そうだなぁ」


 2人は、<支配>を人間種に使うことのリスクについて審議していった。悪魔種のサキュバスが持つ<魅了>は一時的な情報を得る面では非常に役に立つ。だが、<魅了>は時間と共に消えてしまう。また処理する際には、通常スキルである<混乱>を使い前後の記憶を曖昧にする必要がある。

 <支配>の場合、時間制限はない。逆に言うと<支配>は解けることが無いため親しい者や感の良い者に気付かれる恐れがある。日常生活を完璧に演じることは可能だろうが、突如エターナル・ヴェインが絡んだ時の変化が未だ未知数だ。


 ハルとアルファは、<支配>は背後関係を調査した上での行使を前提にすることを決めた。もっともこの前提をハルが守るかはその時の彼の気分次第だ。それはアルファも分かっているが、釘を刺すことは必要だと考えていた。


 彼らが情報の集め方について話しているといつの間にか執務室に辿り着いていた。扉の前ではベタリオンが門番のように守護している。彼が守る限り100Lvでもなければ突破することは難しいだろう。


「あ、マスター!帰っていたんですね!」

「おう、ベタリオン。また直ぐ行くつもりだけどね」


 ベタリオンが執務室の扉を開ける。2人が部屋に入る際、アルファは「後で話があります」と肝の冷える声で呟いた。当事者ではないとはいえ、ハルは身が震える思いをしたがベタリオンは何のことか分かっておらず「はい!」と元気に返した。


 中はいつも通りの執務室。

 ハルの本体が眠る寝室に繋がる壁際には、エターナル・ヴェイン最強のアルファロンが待機している。どこまでも自然体な彼はどこか銅像のようであった。

 ハルはそのまま机に向かう。机上には、異世界に来てから付けている日記が置かれていた。日記を引き出しの奥に入れるとアルファに目を向ける。


「やっぱスクロールは便利そうだな。ただ金がなぁー」

「それについてですが、かねてより計画していた商会を開くための素材集めが完了しました」

「商会?」

「はい……まさかお忘れでしたでしょうか?」

「いや、覚えていたよ勿論」


(完全に忘れてた……。そう言えば、外に出る前に言ってたな。余っている魔物を素材化するんだっけ?)


 ハルは外に出る前の出来事を思い出す。


 この世界にとって魔物とは脅威であると同時に、魔道具のエネルギーや種族によっては食糧である。中には、武器や建物の素材として使われたりコレクターとして高い値が付いたりしている物もある。

 エターナル・ヴェインは異世界の通貨をあまり所持していないが、大量の魔物を保有している。レアリティが低く戦闘でも使えない魔物もいる。だが、異世界にとっては価値のある者や脅威の者である場合がある。スケルトン・ロードなどはその典型例に当てはまる。

 何が強くて価値があるのかをセレネ、魔物大臣イプシロン、軍務大臣ジータの3人でリストアップし素材化とした。そして素材化した魔物を売買する商会を設立し魔法ギルドに接触する―――そういう計画だ。


 商会の設立計画について記憶を探っているとアルファが数枚綴った資料をハルの机に置いた。ハルはそれを受け取るとペラッと資料を捲り今回素材となった魔物とその数を確認した。羅列された文字を確認しているとハルは少し驚いた顔を見せた。


「悪魔種って……まじ?」

「マジです」

「まじか……よく賛同したな。てっきりアンデットや植物系が中心だと思ってた」

「彼らは皆、エターナル・ヴェインの為延いてはマスターの為であるならばとその身を捧げておりました」

「おおぅ……忠誠心」


 アルファは当然だと言わんばかりに言い放った。

 異世界に渡りハルが悪魔種と出会ったのはノワールのみだ。悪魔種は人間の見た目と近く知性を持ち言語を扱う。ゴブリンやスケルトンといった魔物とはまた違うベクトルの魔物だとハルは思っていた。

 素材化を認めることは本当の死を意味する。素材化された後、蘇生することはできない。できたとしてもアンデットになるだけだ。知性のある者であれば、拒否するだろう。


 だからこそハルは少し驚いた表情を見せた。だが、悲しんだり哀れんだりすることは無かった。予想と違った、と心の中で思う程度であった。それと同時に、資金源ができたことで活動の範囲が広がったことを喜んだ。


「まぁ、何にせよ。これで魔法ギルドに接触する準備は万端だな。だよね?」

「はい。後は魔法ギルドに接触して反応を見ましょう」


 2人は悪い顔をしながら笑った。

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