第26話 報告
「―――なるほど……一時的な能力、いえレベルの上昇ですか。戦闘中にステータスが上がるスキルにポイントを振った可能性はありませんか?」
「あー、それは思いつかなかったなぁ。でもEoC―――ユグドラシルに居た時、戦闘中に振ることできなかった。それにポイント振りって異世界では知られてないよな。セレネ?」
「はい。私もハルと出会って初めて聞きました」
「だよな。自分でスキル振りができるなら平均的な強さはもっと上がるはず」
長卓の席に着き料理を堪能しながらハルたちは、ジャックの急激な強化について意見を交わした。
ホーンボアのローストをナイフで切り取りフォークで刺す。口に頬張ると同時にやってくる肉汁の洪水。美味な料理を前にどうでも良いと思考放棄しそうになるが、理性で踏ん張り言葉に出しながら考えを纏めていく。
「セレネも魔法だけで言えば60Lvに迫るぐらいの実力だ。でもそれ以外のステータス例えば攻撃力とかは20Lv程度。魔法系とはいえユグドラシルでは有り得ないステータス値だよね」
「はい……ベタリオンに笑われました……」
「後ほどベタリオンにはきつく言っておきます」
「気にしていませんよアルファ」
「いえ、そういう訳にはいきません」
自分のことでは無い。そう頭で分かっていてもアルファから放たれる謎のオーラに身震いするハル。彼は再びホーンボアを口に含み咀嚼し終えると彼女の気を紛らわせるために口を開く。
「何か分からないアルファ?」
「あまりにも情報が少ないので何とも言えませんが……。やはり制限付きステータス大幅強化が妥当かと。それが特性なのかスキルなのかは検討が付きませんが。セレネ様の場合は、やはり特性でしょう。魔法系が持つ特性<魔導の心得>の系統に似ています」
「やっぱりそうだよな。セレネの方はともかくジャックの方は異世界独自の技術。装備の重ね掛けとアイテム多重使用と同程度のステータス強化……強すぎない?」
「はっきり言って規格外です。仮に100Lvの存在が件の者―――ジャックと同じようなことができれば、我々の大きな脅威と成りえます」
元々のレベルが低いジャックであっても驚くべき程の能力上昇だった。仮に、ハルと同じ100Lvが使った場合、1人で対処するのは不可能だ。一騎打ち最強のアルファロンであっても勝つのは難しいだろう。
だからこそのアルファの言葉だ。だが、一方でハルはというとそう悲観的に考えてはいない。
「強いのは歓迎するけど度が過ぎると対処が面倒だなぁ。またロードを用意しないといけないし。ロード自体は魔物配合の素材として優秀だから有り余ってる。まぁ、節約できるならそれに越したことは無いよね」
異世界ではセレネを筆頭にレベルを超越した力を持っている存在が居る。ハルが出会ったのは、ジャックを含めて2人だ。現状は1国家に付き1人だが、それ以上に存在すると考える方が妥当だろう。
エターナル・ヴェインは強者を歓迎している。彼らが転移ポータルを潜り、ダンジョンで活動する度に多くの魔力を吸収することができるからだ。
一方であまりにも強い場合、そのままダンジョンを攻略される可能性がある。現在、漸く第二階層の稼働ができる状況だ。逆に言うと第一階層と最終階層の間は機能していない。そのため強者―――100Lvの存在が転移ポータルを渡りダンジョンに赴いた場合、一気に最終階層へ至ることになるだろう。
もっとも各階層には、90Lv相当のガーディアンを3体配置している。創造神マグナス戦でも活躍した魔物たちであれば、100Lvが相手であろうとも大活躍してくれるだろうが。
「んぐっ。やっぱり旨いなこれ」
異世界独自の力、エターナル・ヴェインに迫りくる脅威の可能性。考えればキリがないことだ。異世界に転移した存在が弱小組織や国家であれば、誰もが悲壮感を抱き常に警戒と策略を練る必要があるだろう。
だが、エターナル・ヴェインは良くも悪くも最強。セレネやジャックも確かに強いが、彼ら並の戦力であれば大量に保持している。その気になれば、ハルが支配している魔物を一斉に放つことで全てを平にできるだろう。魔物を放たなくともハルが世界級魔法それも生命を強制的に死滅させる呪魔法を放てば終わる。
だが、ハルは未だにそれをやらない。
異世界の生命を尊んだからか―――違う。ダンジョンマスターとなったハルは、エターナル・ヴェインに関わること以外、興味が無い。異世界の生命が死滅しようともエターナル・ヴェインさえ無事であれば何も問題は無い。寂しさを感じはすれども。
異世界を壊滅させないのは、ひとえに他者無くしてはエターナル・ヴェインが存続できないからだ。エターナル・ヴェインは最強だが他者無くしては存続不可能。常に他者を吸収する必要がある。もっと多くの人間―――種族の垣根を越えて多くの生命がダンジョンに挑む状況を作る。そしてエターナル・ヴェインを永遠の存在へと昇華させる。
それがエターナル・ヴェイン―――ハルが目指す最終目標だ。
(なんて大層なこと考えたけどやることはこれまでと変わらない。うーん、それにしてもベルとアリス。腕を上げたなぁー)
ロックバードに絡みつくチーズが伸びる。落とさないように匠にフォークを使っているとアルファがこちらを見ていたことに気が付いた。
「うん?どうかしたのかアルファ」
「ジャックについては分かりました。スクロールの話が無いということはやはり―――」
「うん。駄目だった。低ランクには売ってくれなかった」
「そうですか」
「だからいくつか拝借してきたよ。まぁ、効果が何か分からないから迂闊には使えないけど」
そう言うとハルは空いている左手で<収納>を起動しスクロールを取り出し卓上に置いた。取り出されたのは3つのスクロール。どれも同じように丸みを帯びており広げると魔法陣が刻まれているのが分かる。
紙に魔法を刻み込む技術。現在、エターナル・ヴェインが優先して集めたいもの。エターナル・ヴェインが所有するスクロールはアルドリンらから回収した≪伝言/メッセージ≫数枚のみである。≪伝言/メッセージ≫の汎用性を考えると尚更使うことができない。
「現状、大量生産する手立てがありません。魔法を紙に刻み込んでいるのは分かるのですが。魔法陣をそのまま写しても効果はありませんでしたし。恐らく、この世界独自のスキルが必要なのでしょう」
「魔法ギルドもAランクじゃないと―――って、あ!ジャック使えるやん」
ジャックを<支配>したのは後の冒険者活動をスムーズにするためであり、それ以外については二の次であった。
「まさか偶然だったのですか?」
「ははっ。はいその通りです……」
アルファの冷えた目に耐えきれず、ホーンシープのシチューをスプーンで掬い口に運んだ。ホーンシープの濃厚な乳と蕩ける野菜たちが奏でるハーモニー。相変わらず美味な料理に顔を綻ばせる。
「旨いのじゃ!」
「ふふっ。良かったですねマグナス」
ハルの隣りでは、マグナスとセレネが隣り合いながら料理を楽しんでいた。マグナスが食べているのは、ロックバードの卵とホーンシープの乳で作った野性味あふれるプリン。大き目のスプーンで掬うと小さな口を大きく開け次々に放り込んでいく。
一気に食べようとしたことでマグナスの口元には、キャラメルが付いてしまった。セレネは、メイドから紙ナプキンを受け取るとマグナスの口元に付いた汚れを取ってあげた。
微笑ましい光景に、アルファの表情も柔らかくなっていった。ハルはシチューを飲み干し手で口元を拭う。
「まぁ、色々あったことは置いて。現地で見た感じ『冒険者誘致作戦』は上手く機能しているみたいだ。それとダンジョンの本当の入口付近にもゴブリンが生息し始めたからこれからは、安定的に魔力量を確保できそうだね」
「とは言え無駄遣いはできません」
「うぐっ……分かってるよ。でも料理の件に関してはアルファたちも認めるだろ?」
「―――マスターのくせに生意気ですね」
「ひ、ひどい!」
「ぷぷっ。アルファの言う通りなのじゃ」
「……何笑ってんの?」
「いやぁ?別に何でもないのじゃ」
アルファに生意気と言われマグナスに笑われた。唯一の良心であるセレネは、2人を愛おしそうに見ているだけだ。
現状を国家で表せば、宰相が国王を邪険に扱い揶揄っているにも等しい。処刑されてもおかしくない。セレネは最初こそ冷や汗を流していたが、既に慣れてしまった。
一通り笑い終えたマグナスは、少し寂しそうな表情をした。
「どうしたんだマグナス」
「いや、何でもないのじゃ」
マグナスの変化に気付いたハルは、彼女の様子を伺った。だが、マグナスは何でもないと言うと直ぐに元の悪戯好きな顔に戻った。
何か引っかかったハルだがそれ以上追及することは無かった。




