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閑話 料理


 ダンジョン内であるにもかかわらず、外のように昼夜の入れ替わりが起きるエターナル・ヴェイン最終階層。そんな階層の中央に佇む巨大な建造物―――ユグドラサンクタム城。ダンジョンマスターであるハルを除けばエターナル・ヴェインの心臓部と言ってもいい城では、今絶賛の食事ブームとなっている。


 事の始まりはアルドリンの逃亡が成功し、ゲート街が誕生したタイミングでハルが思い出したかのように発言した言葉であった。


「そう言えば俺たちご飯食べて無くない?」


 その時のアルファたちの反応はイマイチなものであった。勿論、EoCの舞台ユグドラシルでは現実世界のように食物連鎖がある。人間社会や一部の高度な文明を持つ魔物は生食ではなく食材を使い様々な料理を行う。だが、エターナル・ヴェインに所属する者には食事という概念が無い。生命に関わる全ての物事はダンジョンを通じて直接供給されるからだ。

 つまり彼女たちにとってみれば非効率的なことであった。生命を殺して食事をするよりもダンジョンに吸収させた方が自分たち延いてはエターナル・ヴェインのためになる。

 因みに、セレネもこの時初めてユグドラサンクタム城に住んでから一度も食事を取っていない無いことに気付いた。


 そんな彼女たちの反応を見て物は試しとハルは、滅亡したアヴェリス公国の旧領土にて野生化した家畜を捕縛した。そしてエターナル・ヴェイン最終階層の一画を牧場として整地していった。

 順調に食材を集めていたが、ハルは根本的なことに気が付いた。全てが整っていると思われていたユグドラサンクタム城には厨房が存在しなかったことに。

 菓子や紅茶、コーヒーといった物を用意する小さめなキッチンはあった。だが、十分な料理を作ることができない。そこでハルは、公女であったセレネの知識や現世でテレビやネットで見た厨房を参考に巨大な厨房を作成。ここに異世界の貴族が来訪しても完璧なおもてなしができる料理体制が整った。


 ここまでの間、セレネを除いた食事を一度も取ったことが無いアルファたちはハルの行動を冷ややかな目で見ていた。実際に食事を体験した後、劇的に態度を豹変させたが。


 アルファたちに好印象を持たれた料理だが、いくつもの壁が残っていた。1つ目が肉料理メインとなっていることだ。外の世界にも野菜や果物といった植物は存在する。だが、ハルが望む基準には満たなかった。そして何よりも量を確保することができない点だ。そのため、手元にある植物を増やすことから始める必要があり食卓に野菜料理が並ぶまで時間がかかる。

 そして最大の障壁がエターナル・ヴェインそのものだ。ダンジョンは良くも悪くも死んでしまった生命を魔石へと変換し吸収する。この効果は全ての階層に適用されており最終階層も例外ではない。牧場として建造された一画は意味の無い区画へと成ってしまった。


 だが、それらの問題はアルファたち大臣の介入により改善されていく。彼女たちの頭脳により野菜や果物といった植物を属性を持つ上位精霊に任せることで短期間による成長と収穫が可能となった。

 例えば、異世界ではありふれた野菜に石ころのような見た目のストーンポテトがある。標高の高い山で育つ植物として有名だ。だが、最終階層には標高の高い山など存在しない。そこでストーンポテトが育つとされる気候と同じ環境を上位精霊を使い再現することで栽培を可能にした。


 適性な環境を作ることに関してはクリアした。だが、肝心の問題である命が尽きたものが魔石へと返還されるダンジョンの特徴が残っている。この問題は、流石のアルファたちといえども解決することができなかった。彼女たちの頭脳を結集させて既存の手札を十全に用いてもエターナル・ヴェインの特徴を改変させることはできない。所詮はダンジョンに生み出された魔物。


 外の世界で育てようと彼女たちが諦めていた―――だが。


「最終階層の設定だけ試しに変えてみた!いやぁ、上手くいって良かったぁー」


 そう笑顔で告げるハル。


 ダンジョンマスターには主に2つの系統のスキルが内包されている。ダンジョン運営に関わるスキルと戦闘に関わるスキルだ。もっともこの系統分けは、既に崩壊しており例えば運営系に属していた<幽躰憑依>は戦闘系へと移行していると言っていいだろう。そんな運営系に<創造>というスキルがある。これは、ダンジョンの増築や階層の特徴を設定するスキルだ。ダンジョンという世界限定だが、常識改変するその力は正に天地創造と言える。

 <創造>は異世界に渡ってもハルが知る限りでは変わっていなかった。このスキルを使い最終階層のみダンジョン内で死体が魔石へと変わる特徴を消したことで、食材を直接手に入れることを可能にした。大量の魔力消費という代償を払うことで。


 このことを知ったアルファたちは白目を向き膝から崩れ落ちた。特に統括のアルファと資源大臣デルタの反応は酷い物であった。


 紆余曲折ありながらもエターナル・ヴェインに食事という文化が普及され浸透されていくことになる。





 厨房。もっともメイドたちの憧れと言って良い場所。

 マスターであるハルを筆頭に正妃セレネ、頭脳担当のアルファたち大臣が体内に取り込むものを提供する役目だ。清掃や付近のお世話が主な任務であったメイドたちにとっては新たな役割に興奮を抱くのは必然。


 抽選の結果、選ばれたのは2人のメイドだ。


 アルファと同じ艶のある漆黒のロングヘア。大臣たちたちと同程度の身長に負けずとも劣らない胸が豊かに張り出している。腰はしなやかにくびれておりヒップラインを強調している。グラマスの名が相応しいメイド―――ベル。

 深い金髪のショートボブ。つむじがピンと跳ねており風に靡く稲穂のように移動する度にゆさゆさと揺れる。大きく丸い碧眼と可愛らしい口元。幼さの残る顔立ち。大臣たちよりも小さく華奢で子どもらしい見た目のメイド―――アリス。


 対照的な見た目の彼女たち。並んで立つと身長差から年の離れた姉妹もしくは母娘と見なされてもおかしくない。メイドには大臣とは異なり名前が与えられていない。ハルは今回を機に、彼女らにそれぞれ名前を与えた。もっともこのことが切っ掛けで次は私だという争いがメイド内で起きたとか起きなかったとか。

 予想外だったのは何もメイド内で噂話が広まったことだけではない。名付けられた2人に変化が見えたのだ。彼女たちは名前に相応しい人物像へと言動を変化させていった。


 まるで集合体から個人へと意識がシフトされたかのように振る舞う彼女らは、件の厨房にて対面している。身長差によりアリスは少し見上げていた。そんな彼女に口元を緩めるベル。気合いを入れ直すため両手で軽く2、3回頬を叩く。


「これからセレネ様とアルファ様、そしてマグナス様がいらっしゃる予定だわ。アリス、気合い入れていくわよ」

「はーい!」


 ベルの言葉に元気よく返事をするアリス。彼女たちは数回打ち合わせをすると先程の雰囲気を潜ませると持ち場へと着いた。2人は料理を開始するために火を点ける。厨房に響く薪の爆ぜる音。その音を合図に、彼女たちは行動を開始する。


 大鍋ではホーンシープのシチューがぐつぐつと煮え立つ。木杓子でかき混ぜるたびに濃厚な香りが立ち昇る。その香りに釣られアリスは涎を垂らしかけるが軽く頭を振り雑念を払った。そして小柄な体で必死に木杓子を動かし、焦げつかぬよう鍋の底を撫で続けた。

 石窯の前では、ベルが手袋を付け鉄串を握っていた。鉄串にはホーンボアの肉塊。彼女と同じ同年代の村人では持ち続けることができない重さ。しかし、ベルの種族はホムンクルス。低レベルであってもある程度の筋力を備えている。だからこその力業。炭火に滴る脂が心地良い音を立てる。次第に表面はこんがりと焼けていく。直に完成するだろう、ベルはそう判断すると軽く微笑んだ。


 石窯の奥では、ロックバードが丸ごと焼かれている。腹に詰め込まれたホーンシープ製のチーズが溶け始め肉汁と混ざり合う。


「アリス、盛り付けの準備を」

「うん!」


 ベルは鉄串から外したホーンボアの肉塊を大皿に移す。直ぐにアリスはストーンポテトの素揚げとムーンオニオンの炒め物を添えた。暖かな色合いと清らかな色の対比が肉の迫力を一層際立たせる。

 次は石窯から取り出したロックバードの丸焼き。腹に詰められたホーンシープチーズが溶け出し切れ目からポタポタと零れ落ちる。丸ごと皿に載せサンビーンを並べた。更にアリスはブラッドキャロットの薄切りを添える。仕上げとしてベルはミストハーブを上から散らし、焼けた川の焦げ茶に深緑色を付け加えた。

 大鍋の中でぐつぐつと音を立てるホーンシープのシチュー。ブラッドキャロットとストーンポテト、フレイムマッシュルームなどが浮かんでいる。アリスは木杓子を使い大きな器にたっぷりと注ぎ込む。


 これで料理は完成した。 

 ベルとアリスは配膳ワゴンに料理を載せていく。


「さぁ、行くわよ」

「うん!」


 彼女たちは厨房の扉を開き隣接された大広間へと料理を運んだ。


 大広間の中央には装飾が施された長卓と豪華な椅子。そして料理を振る舞う相手のセレネ、アルファ、マグナスが座っている。ベルが手際よく大皿を卓に並べアリスが次々と小皿を配置していく。2人は卓に料理を置き終えると音を立てることなく配膳ワゴンを厨房へと戻した。


 大広間に残ったのは、豪華な料理とそれを前にする方向の異なる美女たち。談笑していた彼女たちだが、直ぐに興味は運ばれた料理へと移った。大広間に唾を飲み込む音が聞こえた。


「ふふっ。早速いただきましょうか」


 その言葉を契機に彼女たちは次々に料理を口に運んでいく。毒見役はいない。マグナスは神であり状態異常は効果が無い。アルファとセレネは30Lvを越えているためそれ相応の毒でもなければ意味が無い。野生の魔物であればまだしも家畜化された魔物には、自然界を生き残る為に毒を必要としないためメイドが用意するのは困難だ。もっともベルとアリスはハルが創造した魔物だ。疑うのも甚だしい。


「ゴクゴク……プハァ!」


 マグナスはシチューを流し込んだ。一方でアルファとセレネは静かだ。ナイフとホークでホーンボアを切り取り口に運ぶ。そして咀嚼。肉汁が口一杯に広がり旨味が一気に押し寄せてくる。次は、ロックバード。こちらもナイフで切り取る。中でとろけたチーズが皿に溢れ出し、内と外でロックバードを包み込んだ。セレネははしたないと知りつつも零れたチーズを掬いロックバードの肉を咀嚼する。


「美味しい。ハルにも食べて欲しいですね」

「はぁ……マスターですか。あの方は問題でも起こさない限り当分帰ってこないでしょう。ゲートにやって来る冒険者を見て子供のように目を輝かせていましたから。『アルファ!俺、冒険者になりたい!』だなんて。全く……」

「ふふっ。そういう子どもっぽい所も可愛いですよ」


 アルファは納得できない様子を見せた。不満を飲み込むようにホーンボアを口に入れる。頭が料理の美味とハルへの呆れが混じり、アルファがこれまで体験したことのない感情になった。


(統括として私は上手くやっているのでしょうか。マスターの暴走も止められない私に価値はあるのでしょうか)


 普段、冷静に見えるアルファにも不安がある。独断でセレネを助けたことを皮切りに、今回の料理の件、冒険者の件、上げたらキリがない。そのどれも止めることができなかった。統括として失格だ。

 エターナル・ヴェインと共に異世界に渡り抱いた数々の感情。頭脳明晰の彼女でさえ、まだ処理できない。ユグドラシルに居た頃と今の自分では根本的な何かが違う。


 鬱々とした気分だが問題無い。少しすればいつも通りの自分へと戻ることができる。それでも誰かが―――


「アルファ、ありがとう。貴方のおかげでエターナル・ヴェインは存続していると言って良いくらいです。貴方が居るからハルは楽しく過ごせているのですよ」

「そうじゃ!少しはアルファを見習うべきじゃ!もっと妾を敬うべきじゃ!」

「……ありがとうございます」


 アルファの心情を知ってか知らずか。アルファに感謝の言葉と彼女が居るからこそエターナル・ヴェイン延いてはハルが楽しく過ごすことができると伝えた。


(マスター……。貴方には勿体ない御方です)


 心の中でハルの愚痴を呟いた。既に顔から憑き物は取れている。


「心配をおかけしました。もう大丈夫です。続きを楽しみましょう」

「そうじゃな!おーい!プリンが食べたいのじゃ!」


 楽しい食事の再開―――とは行かなかった。


「アルファ様。お食事中の所、申し訳ございません。マスターが帰還いたしました」

「そうですか。想定よりも早かったですね」

「はい。何やらアルファ様に相談したいことがあるとか。執務室に―――」

「うわ、ナニコレ!美味しそうな料理!」

「な、何をするのじゃ!それは妾が取っておいたのじゃぞ!」

「あーん……旨ッ!」

「あああああ!!!」


 ハルの帰還を伝えるメイド。

 だが、彼女が報告を終えるよりも前にハルは食堂に姿を現した。そして素手で料理を掴み口に放り込んだ。精神的に疲れているハルの五臓六腑に染み渡る。どうやらその料理はマグナスが取っていたものらしく喧噪な雰囲気を醸し出した。


「お、アルファも居たんだ」

「それはこっちのセリフですよマスター。これから伺う予定でしたが……」

「いやー、何か食べたいなぁーって。そしたら丁度、アルファたちが居たってわけ。折角だからここで食べながらしようか」

「はぁ……。かしこまりました。それで?次はどんな問題事を起こしたんですか?」

「どうやら俺の<支配>って人間に使えるみたい……相変わらず旨いな」


 軽くハルがそう告げると、メイドが直ぐに用意したナイフとフォークを使い料理を切り分け口に放り込んだ。


「それはまた……面倒事ですね」


 呆れ半分。


 そして親愛半分の感情を込めてアルファは言った。


 

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