第24話 正体②
◇
ほんの数分前。
スケルトン・ロードが<死之暴走>を使った時まで遡る。
地面から湧いてくるスケルトン。その数は、アランたちが対峙する数に匹敵する。1秒1秒時が過ぎる度に死者の亡霊が生者を殺さんと冥府より這い上がる。Aランク冒険者であるジャックにとってみれば、スケルトンなど目を閉じても勝てる存在だ。紙に等しい。
だが、このまま放置していいことにはならない。紙と言えどもその数が空間をギチギチに詰める程膨れ上がってしまえば、スケルトン・ロードとの距離が物理的に離れ討伐の手間となる。
「すぅ―――」
ジャックは酸素を肺の許容量一杯に吸い込むと地面にクレーターができる程力強く右足を踏み込む。
「―――<旋風斬撃>」
踏み込んだ右足を軸に身体を大きく回転させた。ジャックのククリナイフが描いた弧は、衝撃波を生み出し円環状の斬撃となってスケルトンの大群を薙ぎ払った。スケルトンの大群は、軽い音と共に残骸となり魔石へと変化した。
アランが見せた範囲攻撃の武技<斬撃>。その完成形。武技<旋風斬撃>は武器のリーチが長い程、その影響力は広範囲へと広がるが、それに比例して消費する体力も増加する。ジャックが扱うククリナイフは、一般的な剣と比べるとリーチは短く武技<旋風斬撃>の恩恵は少ない。だが、振り回しやすさという点では他の武器を凌ぐ。彼は、その特性を活かし一回転を終える前に蛇行するように獲物を振り抜いた。
しかしその程度では死の暴走は止められない。空間から一掃されたスケルトンの大群は時が過ぎるごとに再構築されていく。スケルトン・ロードはコツコツとジャックの無駄な猛攻を嘲笑うように頭蓋骨を動かした。
「サァ、ドウスル人間。コノママデハ我ラノ仲間入リとナルゾ?」
「それはごめんだな」
「ナニ、安心スルトイイ。オマエ程ノ実力ナラバ、ジェネラル級ハ堅イダロウ」
「へぇ、嬉しい評価だな」
スケルトン・ジェネラル。
スケルトン・ナイトよりも数段上の完全上位互換と考えられている。スケルトン・ロードが国堕としとするならば、スケルトン・ジェネラルは英雄殺しと言える。仮に、両者が戦えば勝つのは後者と言える程、1対1では他の追随を許さない。小規模の被害であるためその脅威度について正しく認識している者は数少ない。だが、スケルトン・ジェネラルはスケルトン・ロードと並びAランク上位だ。
ジャックはその存在に至るポテンシャルがある、そうスケルトン・ロードは言った。
「<二連旋風斬撃>ッ!」
武技<旋風斬撃>を二回連続つまり二回転することで殲滅能力を更に大きく上げる武技。殲滅力が高い分、消費する気力も大幅に増える。だがその効果は絶大であり、空間の床から這い上がって来たスケルトンと残りの3つの道から流れてきたスケルトンを一掃した。
スケルトン・ロードはジャックの殲滅範囲を見てコツコツと骨を響かせる。確かに、彼の実力は高い。だが、悲しいかな生者には体力という点で死者に勝つことはできない。勇猛果敢に挑んでいたジャックは、肩で息をしながら口を拭った。
「はぁ、はぁ……」
「ククク。ソノ実力。失ウニハ実ニ惜シイ。ドウダ、アンデットニ成ラナイカ?」
死者の誘いというものがある。それを受け入れると、人間社会から切り離され不老不死の存在へと至ることができる。その身を朽ち果てさせアンデットへと至ることで。多くの人間は不老不死を望むが、それは人間としての機能を残してだ。アンデットとして世界を彷徨いたいとは誰も思わない。だが、一部の人間にはそれを望む者も居る。
例えば、魔法に魅入られた魔法詠唱者。魔法の探求をするには、人間の寿命は余りにも短い。アンデットのように不老不死もしくは、エルフのような長寿な種族でなければ、多くの魔法詠唱者は道半ばで寿命が尽きる。その中でも諦めきれない者が稀にスケルトン・メイジとなることがある。高位な魔法詠唱者であれば、リッチへと至ることもある。
だが、アンデットになった者の多くは死ぬ直前の本能に従い行動する。つまり、意思無き存在として世界を彷徨うことになる。普通であれば受け入れない。普通であれば、だ。
「人を斬る感覚は残るのか?」
「アンデットニ五感ハ有ッテ無イヨウナモノ。意思ガ残ルカドウカスラ怪シイダロウ」
「そうか。なら遠慮しとく」
「残念ダ。手間ダガ、オ前ヲ殺シテ眷属トシテヤロウ」
残念だと告げるスケルトン・ロードの声色から感情を読み取ることはできない。唯一分かることは、ジャックを侮っているわけではない。彼に死者の誘いを行っている間、虎視眈々とスケルトン・ナイトを結集させていた。その数は30体を越える。それらは、主を守る騎士のように大楯を構えた。
鉄壁の護り。ジャックと言えどもこの護りを突破することは難しい。
だが、彼の表情に絶望の色は見えない。むしろ、これから面白くなると言わんばかりに顔を醜く歪ませた。
「<筋力強化><感覚強化><治癒力強化>―――<狂化>」
全身の筋力を強化する武技<筋力強化>
五感を研ぎ澄ます武技<感覚強化>
自然治癒力を向上させる武技<治癒力強化>
そして―――
本能を解放し目の前のあらゆる存在を殲滅するスキル<狂化>
「グルゥ……」
最後の強化を終えたジャックは、先程まで見せていた猛々しい戦士の風貌を隠した。代わりに人狼のように体を曲げ前傾姿勢を取る。だらりと可能な限り脱力された腕。右手に持つククリナイフが床に擦れる。理性の無い瞳。口から溢れ出す涎。
まさしく獣。
今のジャックを見れば誰もがそう思うだろう。
「フム。変ワッタ」
スケルトン・ロードは騎士に囲まれながらジャックを観察する。彼が使った技術について何も知らない。未知なる技術だ。だが、スケルトン・ロードの目的は変わらない。マスターの為、エターナル・ヴェインの為に己の持てる全てを使い侵入者を排除すること。
「目的ハ変ワラナイ。マスターノ為ニ侵入者ヲ―――何ッ?!」
目的を再確認していたスケルトン・ロードは突如、顔面に衝撃を喰らった。凄まじい勢いに相殺することができず、蹴られた石のように地面を打ち付けた。
―――何が起きた?壁である騎士たちはどうした?
生者であれば、激痛に喘ぎ地面をのたうち回るだろう。痛覚が鈍い死者の特性を活かし何が起きたのか考察する。壁として集めたスケルトン・ナイトの数は、30体を越えていた。一体一体は雑魚とはいえ、体力が一切削られていない状態であればジャックが使用した武技<旋風斬撃>を耐える。だが、彼はスケルトン・ロードまで攻撃を喰らわせた。それは、つまりあの数を一瞬で残骸へと変えたことを意味する。
「マサカ、アノ数ヲ一瞬デ……」
確認するために仰向けに倒れた体を起こし目の前を見やる。そこには、肩で息をする理性の無い獣とその足元に散らばるスケルトン・ナイトの残骸。
「ア、有リ得ナイ……。モシヤ、マスターニ匹敵スル―――」
「グラァアアアアアア!!!」
「オゴォ」
スケルトン・ロードの不敬な考えは、獣と化したジャックによって遮られた。今度は彼を要警戒していたため獣の如き拳を受け止めることができた。受け止めた右腕の破壊と共に。
殴打や棍棒などの打撃攻撃は、スケルトン系の弱点であり強力な一撃を与えることができる。ジャックは、拳をスケルトン・ロードの顔面目掛けて放った。これは弱点を突いた一撃と言えよう。だが、それはただの殴打。技ではない。獣としての本能のまま繰り出された一撃だ。
並大抵の相手であれば対処できずに絶命する。だが、目の前に居る相手はAランク上位のスケルトン・ロードだ。中には国堕としを行った個体まで存在する。そんな存在を相手に部位破壊を行うには、攻撃力は勿論のこと高い技術力が求められる。ジャックはそれをスピードとパワーで凌駕した。
感情の起伏が無いに等しいスケルトン・ロードは驚愕した。以前にも人間に右腕を破壊されたことはある。その時は強力な攻撃を8回連続で受けた末の破壊だ。その時よりも今のLvは高く、ステータス値も上昇している。
だが目の前の獣はどうだ。戦闘中、人間から何度か被弾したがそれでも掠り傷程度であった。それがたった数回のバフ程度で覆された。有り得ない。有っていいはずがない。
「有ッテ、イイハズガ―――」
バキッという音と共に、頭蓋骨が粉々に砕かれる。多くの冒険者に恐怖と絶望を与えたスケルトン・ロードの最後は、皮肉にも理解外の存在による恐怖だった。
「フシュウ……」
目の前の敵は殲滅した。いつもであれば、魔力切れと同時に<狂化>が切れる。だが、獣のような様相からいつまで経っても元に戻る様子を見せない。
魔力消費型の<狂化>が切れない主な理由は、レベル上昇による魔力量の増加である。レベルの概念が無いジャックたちだが、魔物と戦闘を繰り返し生還する度に実力が上がっていることを感覚的に把握している。今回の戦闘では、スケルトン・ナイトの軍勢と何よりAランク上位のスケルトン・ロードを単独で討伐した。その上り幅は凄まじいものであろう。レベルの上昇に比例して各種ステータス値も上昇している。魔力量も例外ではない。
スケルトン・ロードでさえ相手にならない獣は、殲滅すべき敵が見当たらず機能を停止している。このまま魔力切れまで何も起きなければ、<狂化>が切れ元のジャックへと戻る。
―――何も起きなければ。
◇
ジャックとスケルトン・ロードの決着が着いた同時刻。
トムは絶望の最中であった。背後には、パーティーリーダーであり最強のジャックでさえ苦戦を強いられたスケルトン・ロード。目の前には、道幅がギチギチになり動きずらそうにしながらも確実にこちらへとやって来るスケルトンの波。
どちらに進んでも地獄。希望を見出すために、死の波へと立ち向かうアランを見たがどうやら彼も使い物にならないらしい。手に持つ剣を振るわせるだけだ。何をやってるんだと罵倒したトムは、それならと後ろを振り向く。
「―――ッ!」
気付いたのは空間の床に散らばる無数の魔石。それも普段、お目にかかれない程、大きく色濃いサイズの魔石だ。その魔石についてトムは心当たりがあった。ゲートに潜ってからここに辿り着くまでの間で何度かジャックが討伐したスケルトン・ナイトだ。絶望の中で突如として現れた財宝に、喜んでいいのか持ち帰ることが難しいことに悲しめばいいのか分からない。
「どうせ死ぬなら財宝に囲まれて死にてぇ」
迫りくる死の恐怖に怯えながらも、いくつも散らばる魔石目掛けて体を無理やり動かす。背負っているバッグパックを肩から降ろし床に置く。ジッパーを開けると中は既に小粒の魔石で埋め尽くされていた。トムは、そのままバッグパックを逆様にする。大量の魔石がジャラジャラと流れて行く。彼の足元には、既に魔石だらけとなっており、これら全て冒険者ギルドに売却することができれば一体何日遊んで暮らせるのかと現実逃避した。
「―――<斬撃>ッ!」
「……けっ。無駄な努力してんな」
ボキボキと骨が折れていく音が一瞬響くが、直ぐにスケルトンの足音にかき消されていく。声からしてアランが武技<斬撃>を使ったのだろう。トムは今更やったところで意味は無いと冷笑した後、散らばった足元から再び魔石を集めていく。スケルトン・ナイトとスケルトンの魔石の差は歴然であるため仕分け作業が思いのほかスムーズに進んだ。
最後の1つを入れようとした時、手がほつれて空間の奥へと転がって行った。トムは軽く舌打ちをすると離れた魔石の下へと向かう。拾った魔石を汚れを取るように手で払った。
「一体、何体討伐したんだ、よ……。お前、ジャックか?」
魔石を拾い立ち上がった時、入って来た道と同じ方向の道に人影が1つ見えた。それを見たトムはジャックの名を呼んだ。ここにある人影などジャック以外見当が付かなかったからだ。彼はジャックの名を呼んだと共に、徐々に今いる空間の違和感に気付く。ジャックが戦闘していたはずのスケルトン・ロードがどこにも居ないことに。
彼が立って居る道の先に居るのだろうか。しかしジャックが何故、その場から動かずに俯いているのか分からない。
―――スケルトン・ロードに勝ったのか?
トムは有り得ると思った。Aランク冒険者は、誰もがオリジナルの必殺技を持っていると言う。数年前、王国に勧誘されたクリフ・バーキンは煌めきの如く剣を8回振り抜く<八連斬撃>を使うことをトムは冒険者の噂話として知っていた。恐らくジャックも自分たちに秘密にしていた必殺技をスケルトン・ロードに使ったのだろう。パーティーメンバーに隠し事、それも命に係わることを秘密にされたことにトムは不満を感じたが、ジャックが居なければ生きてゲートから脱出することも叶わなかっただろうと考えた。
トムは戦闘に勝利したのだと確信するとジャックのもとに近づく。彼が近付くが一向にジャックは気付いた様子を見せない。相当疲労しているのだろう。彼はそう思うとジャックの後ろから首に腕を回した。
「おいおいジャック。俺たちを絶対に守るんじゃなかったのか?いや、結果的に無事だったのは事実だけどよぉ、それにしてもこれは無いぜ。取り分は勿論、多くしてもらわねぇとな?」
トムは厭味ったらしく言い放った。だが、ジャックからは何の反応も見えない。それどころかいつまでも俯いたままだ。思っていた反応を得られなかったトムは、溜息をつくとジャックの顔を除き込む―――ことはできなかった。
「えっ?」
ザシュッという何かが高速で動く音が聞こえた。トムにとってその音は聞きなれた音。剣を速く振った時の風を切り裂く音だ。しかし、何故こんな近くで聞こえたのか分からない。スケルトンの波に立ち向かったアランが放った音だろうか。それともこれまで一度も戦闘することが無かったサクラギが攻撃したのだろうか。
トムは、何故だか分からないが徐々に視線が落ちていく中、経った今聞こえた音について永遠に考え続けるのであった。
首から上が無い体。頸動脈から噴水のように噴き出す赤黒い血。冒険者は通常の人間よりも筋力から臓器まで強化されている。心肺機能も例外ではない。死の恐怖と大量の魔石を前にした興奮が合わさり、トムの心臓は過去に無いほど機能していた。
溢れ出る彼の血を全身に浴びるジャックの姿に『切り裂き』という二つ名が間違っていないと誰もが思うだろう。人間が虫を叩き潰すようにトムを血の海にしたジャックは後ろを振り向く。そこには3つのターゲットが居た。手前からゴミ、雑魚、強者だ。
ドンッという床を踏み抜く音と共に、ジャックはゴミを片付けようとする。ゴミは強者が相手をしているスケルトンの波に意識を奪われておりこちらに彼に気付いた様子を見せない。逆手に持ったククリナイフを振り抜く。
「―――がっ」
ゴミ―――ジムだった物は、ククリナイフの刃が触れた瞬間にただの肉塊へと変わった。ゴミを片付けたジャックは、そのまま雑魚に狙いを付ける。
雑魚までの距離は先程の踏み込みをすれば一瞬。ククリナイフを振り抜いたまま再び踏み込み雑魚との距離をゼロにする。そしてスケルトン・ロードを殺した拳の突きで始末する。
「ど、どうし―――ぐはっ」
雑魚―――アランの腹に貫通した腕を引き抜いた。その時、ジャックを見て何かを言っていたが獣となった彼にとって関係の無いことであった。
ここまで約数秒。ジャック率いるパーティ―は数秒の内に、リーダーである彼により壊滅させられた。ハルという強者を残して。
「クゥウウ……」
獲物を前にした獣のように、ジャックは涎をポタポタと垂らした。目の前の強者は、殴り殺したスケルトン・ロードよりも強い。武技<感覚強化>と<狂化>により本能が全開になったことでハルの真の強さに気付いた。だが、それでもジャックはただ目の前の敵を殲滅するだけ。
次なるターゲットとなったハルは―――
「えーと……。ナニコレ?」
混乱の中であった。




