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第23話 正体①

 慎重に、だが確実に歩を進めゲートの奥へ奥へと向かう。ジャックたちは途中で簡易拠点へと戻るパーティ―とすれ違ったが、お互いに魔物ではないことを確認すると足早に去って行った。冒険者同士とはいえ敵地の中、相手のことなど知らない状態で会話をする余裕は無い。それはAランク冒険者を有する彼らも同じであり、情報という点で言えば、既にアランから得ているためリスクを冒して他の冒険者に構う必要は無い。


 何度目かの空間。彼らはいつも通り、トムが空間の様子を確認し中へと進む。空間にはこれまでと同様、3つの進路があった。彼らは当初の予定通り、迷わず直進するがここでトムがパーティ―に止まるように伝えた。


「右から何か音が近付いてくるな」

「同業じゃないか?」

「いや、それにしては移動するスピードが速ぇ。拠点まで距離があんのに体力を消耗させるか?それに冒険者にしては軽い音だ。ろくな装備もしてない。つまり……」


(意外と頭が切れるな。戦闘になると性格が変わるのかな?探知特化のスキル、もしくは特性でも持ってたり……。低ランク冒険者でも特化すれば意外と使えるんだな)


 呑気に考えるハルと何が現れるのか緊張するパーティ―。彼らに温度差があるのは、この階層で出現する魔物を全て把握しているからだろうか。それとも単純に、ダンジョンマスターという生物を超越した存在に加え、小鬼之王と浮遊剣士の特性を引き継いだホムンクルスだからだろうか。


 確実に言えることは、遂に彼らにも試練が与えられるということだ。


 ジャックたちのもとに近づいてくる足音は、途中で止まることなく彼らへと向かって来る。朧気に光る道によってある程度まで先が見えるが、空間から次の空間まで様子を窺える程ではない。何が出るか分からない。警戒心を上げながら待ち構える。


 まず見えたのは足先。だが、冒険者が着用している移動用の履物ではない。素足でも無く肉が削げ落ちた骨だ。次に胴体。こちらも同様に生物として当然のようにある肉が付いておらず、肋骨が晒されており向こう側の暗闇がよく見える。そして彼らを見つめる頭蓋骨。眼球があるべき窪みに宿る赤い光。アンデット特有の不気味な瞳。


 スケルトン。低ランク冒険者でも確実に対処できると言えるほど脆く弱い。だが、バラバラにならず元の生者と同じように動くその姿に委縮する者は少なくない。


 もっともそれは、初めてスケルトンを見る者に限る。トムとジムはDランク冒険者だが、彼らの活動拠点であるエル・ラインはスケルトン討伐が主流だ。つまり、ジャックたちの中で委縮する者は居ない。


「どうやらスケルトンみたいだな。それも10体」

「任せろ。ブランクを埋めるには丁度いい」


 そう言うとアランは空間から飛び出しスケルトン部隊に突撃する。彼の動きを見たスケルトンは、不気味に瞳を光らせると4体が展開し、駄目押しで残りの6体が2重に囲った。スケルトンは同士討ちを恐れず剣を振るう。死者だからこそできる芸当にアランは翻弄される―――はずがない。


「おらぁああ!!!」


 冷静に状況を分析し、逆手持ちに剣を構え力の限り振り抜く。剣の軌道が可視化されそうなスピード。真正面からそれを受けたスケルトンは、元の骨へと変わり地面に散らばった。


「……やるな。動きに切れがある」

「恐らく、前回のゲート探索の際に実力を上げたのだろう」

「なるほどな」


 ブランクを感じさせないその動きにジャックたちは感心する。だが、戦闘は終わっていない。一瞬の気の緩みが生死に関わることは、冒険者なら誰もが知っている。全滅の経験があるアランにおいては尚更のこと。


 残ったスケルトンがアランに覆いかぶさろうとする。動きを止めるのが目的なのだろう。だが、一寸の隙も無い彼に近づくことはできない。先程とは異なり、1体また1体と丁寧に対処する。


 最後の攻防の末、立って居たのはアランであった。剣に刃こぼれが無いことを確認すると鞘に戻し、空間で待っているジャックたちのもとに戻った。


「ふぅ」

「お疲れさん。Cランクにしては腕がいいな。帰ったら昇格試験を受けてもいいんじゃないか?」

「Aランクのアンタが言うなら受けてみようかな」


 軽く息を整えるアランは、ジャックの言葉を笑いながら受け止めた。その表情には憑き物が完全に無くなっている。


 だが、脅威とはいついかなる時に訪れるものか分からない。


「またスケルトンか」

「張り合いが無いな」


 再びジャックたちへと向かう足音。今度は進行ルートから聞こえてくる。だが、その足音は先程のスケルトンのように軽く無い。まるで重装備に包まれた騎士のように床を踏みしめていた。


 徐々にその正体が明らかになる。

 通常のスケルトンと同程度の大楯。刃こぼれが目立つ大剣。所々に穴の開いた鎧と兜。ボロボロのマント。生気を感じない瞳。スケルトンの何倍も大きくそして威圧感のある風貌―――スケルトン・ナイト。


 次なる試練が姿を現した。


「うん?スケルトンなのか?剣と盾を持ってるが……」

「いや違う!スケルトン・ナイトだ!」

「ゴァアアアアア!!!」


 アランの叫び声に反応するように、スケルトン・ナイトは動き出す。地面を震わせる絶叫。それは人が絶望を感じるには軽く事足りる。トムとジムは足が竦み動きが鈍い。先程までアランの戦闘を見ていた彼らは、陣形を組んでおらず最もスケルトン・ナイトに近い。


 彼らを救うべくアランは動く。

 だが、スケルトンとはいえ10体を一気に相手取った疲労は蓄積している。先程見せた動きの切れは姿を隠している。


 スケルトン・ナイトは勢いのまま大きく振りかぶる。狙いは最も近く最も弱いトムとジム。絶望が彼らに襲い掛かる―――


「おいおい。俺を忘れちゃあ困るぜ?」


 耳を塞ぎたくなる金属音。衝撃のあまり火花が散った。錆びた剣と手入れの行き届いたククリナイフ。武器を破壊するつもりのジャックだったが、予想が外れ軽く舌打ちをする。


「オオアァアアア!!!」


 間近で受ける絶叫と大剣の恐怖。ジャックは怯むことなく縦に振られた大剣を最小の動きで横に躱す。大剣は勢いが消えず、そのまま地面へと突き刺さる―――ことなく不思議にも剣が弾かれた。

 予測不能な軌道。だが、ジャックは冷静にもう片方の獲物を握る。


「<斬撃>」


 スケルトン・ナイトの左腰から右肩に掛けて一閃。基礎的な武技だが、Aランク冒険者が放つ<斬撃>は必殺の一撃へと昇華される。大剣を持った右腕を切り落とす。身に纏った鎧や大楯など意味も無く、スケルトン・ナイトはそのまま後ろへと倒れた。Cランクパーティ―が総力を上げて討伐可能な魔物。その脅威もジャックの前では通常のスケルトンと変わらない。


 スケルトン・ナイトとの攻防を終えたジャックは、軽く息を整えていると不思議な現象を目にした。アランが討伐したスケルトンの残骸が消えており、小さな魔力の結晶―――魔石が討伐したスケルトンの数と同じ10個落ちていた。Aランク冒険者の戦闘を間近で見たことで興奮冷めないパーティーメンバーを横目に、ジャックは落ちていた魔石へと近付く。

 魔石は全ての生物が所持するもの、言うなれば臓器のようなものだ。これは死者であるアンデットも持っており、魔石を介して魔法やスキル等を使用している。所有者の実力に比例して魔石の大きさも大きくなると言われており、魔法詠唱者は特に魔石が大きいとされている。魔石には様々な用途があり、王都やエル・ライン等の一部の都市で使用されている<永久光>の燃料等がそれにあたる。つまり、魔物を討伐することは周辺地域の安全保障のみならず、エネルギー確保の側面も兼ね備えている。


 ゲートは未知なる存在であり、王国に多大なる脅威を与えるだろう。だが、それと同時に上手く活用することができれば大きな利益へと繋がる。

 では何故、王国は大々的にゲート遠征を行わないのだろうか。ゲートを支配することができれば、大国を越えて超大国へと至ることができるはずだ。


「……何か隠してるな?」


 王国の陰謀に微かに気付いたジャック。

 だが、パーティ―に伝えることはしない。


「ジム。魔石が落ちてた。回収頼む」

「おう、任せてくれ」


 ジャックに呼ばれたジムは、空間の右に繋がる道に散らかっている10個の魔石を拾うと背負っているバッグに入れた。


「それにしても楽でいいな。外だと解体して魔石を取り出さないとだから汚れるしよ。まぁその分、魔物の素材が無くなるのが困るが……」

「そうだな。比較的素材部分が少ないスケルトンはまだ良い方だ。仮にホーンボアやロックバードとかだと肉が取れないのは痛手だが」

「あー、それは困るな。そいつらは、魔石よりも肉の方が価値が高いからな」


 アランが討伐したスケルトン部隊の魔石を回収すると、経った今ジャックが相手取っていたスケルトン・ナイトの方へ向かう。そこにもスケルトン・ナイトの大楯や大剣等の装備は残骸と共に消えており、回収した魔石よりも一回り大きい魔石が落ちていた。アンデットが装備する物は基本的に生前の物をそのまま使っているため、ほとんどは朽ち果てており価値は無いに等しい。スケルトン・ナイトの装備もその傾向に当てはまる。


 魔石を回収し終えた2人は、空間で雑談しているパーティーメンバーのもとに戻った。アランとトムがジャックの戦闘について話し合っており、ハルはそれを黙って聞いていた。最初こそ、アランの雄姿からジャックのスケルトン・ナイトとの攻防が話題であったが、トムのふとした疑問により変わって行く。


「スケルトン・ナイト。強力な魔物だったな。遠くで見たことは何度かあったが、間近では初めてだったぜ。あいつの群れかなんかにやられたんか?」

「いや、違う。もっと恐ろしい魔物だった。それも1体だ」


 アランは記憶に新しい絶望を感じ体を震わせた。

 様子が変わった彼を見トムは、己の失言に気付き謝罪の言葉を述べる―――前にジャックが遮る。


「別の魔物?ここに出てくるのはスケルトンとスケルトン・ナイトじゃないのか?まさか、スケルトン・メイジも居るのか?」

「分からない。マジック系ではないのは確かだ。一度も魔法を使う素振りは見せなかったから」

「……未知の脅威か」


 ジャックの言葉を最後に沈黙が空間を支配した。スケルトン・ナイトという脅威を目の当たりにした。だが、それ以上の存在が人知れず近づいてくる可能性があるとしたら誰もが恐怖に駆られるだろう。


 その恐怖を提供している当の本人はというと―――


(スケルトン・ロード結構頑張ってんなぁー。第一階層だけでロード作れるから費用対効果は良さそうだな。それにしても魔石は回収されるよなぁ。リポップに消費した魔力がそのまま魔石になってるから放置してれば、かなり負担軽減になるんだけど上手くは行かないか。死体吸収もいいけど一度きりの荒業だからな―――うん?意外と使えるかも?死体処理の場所として使ってくれればwin-win。俺、天才だ。アルファに提案してみよう)


 スケルトン・ロードの活躍とエターナル・ヴェインの魔力運営について試行錯誤していた。





 スケルトン・ナイトとの戦闘後、ひたすらに直進し続けるジャックたち一行。奥へと進む度にスケルトン部隊やスケルトン・ナイトとの戦闘回数が増えていく。ゲートに潜ってから得た魔石の数は既に50を越えていた。これは、外で行われる通常の討伐依頼では有り得ない数だ。ゴブリン集落やスケルトン墓地であれば、その場限りではないが、それでも数は有限。旧アランパーティ―は50とまでは行かないまでもかなりの数を討伐していた。減らないスケルトンに対してスケルトンの世界だと感じるのも当然だ。


 パーティ―中央に位置するジムは、歩く度に背中に重みを感じつつも幸せの中であった。彼らの中で荷物持ちのポーターであるジムのバッグパックには大量の魔石が入っており、それを冒険者ギルドに換金するだけで1週間は飲んで暮らせる。人数分に分けると減ってしまうが、それでも1日中遊んでお釣りが帰って来る。これまでの稼ぎと比べると雲泥の差であることに間違いは無い。

 それほどの魔石を前にして誰しもが独り占めしたいと魔が差してしまうのも無理はない。それはジャック率いるパーティ―も例外ではない。だがここまでにおいて金銭的なトラブルは発生していない。パーティ―のパワーバランスが均等ではないからだ。ジャックという極を筆頭に、彼からBランク級と太鼓判を押されたサクラギ。死んだ仲間たちに雄姿を見せたいアランが居る。その下にトムとジムが居る。金銭欲が最も強いDランクの2人が協力すればアランに勝てはすれども逆立ちしてもジャックとサクラギに勝つことはできない。だからこそ、魔が差しても行動に移すことは無かった。もっとも、今からでも全員殺して死体と集めた魔石を吸収させようか迷っている者も居るが。


 ジャックたちは、各々の思惑が交差しつつも接近する脅威に冷静に対処していた。もう何度目か分からない程、空間を通って来た。トムは慣れた手つきで空間を把握していき安全を確かめる―――ことができなかった。


 突如、突き刺すような殺気が彼らを襲う。感覚を鋭敏にしていたトムはもろに食らってしまい歯をガチガチと鳴らした。


 逃げる―――そんな思考が頭に過る中、堂々と空間に足を踏み入れた者が居る。


「おいおいおい。なんだこの気配。ひりつく殺気。お前、ただものじゃないな?」

「私ハ、スケルトン・ロード。全テハ、マスターノ為ニ、侵入者ヲ排除スル」

「しゃ、喋ったぁああ?!」

「うぉ!びっくりさせんなよ、サクラギ。驚くのも無理はないが、今は目の前の敵に集中―――」


 刹那、ガギンッという嫌な音が空間に広がる。

 トムの心臓を貫こうとする腕をジャックは、ククリナイフをクロスさせることで受け止めた。ただの腕、それもスケルトンという脆く弱い腕だ。だが、その腕は鋼鉄という言葉では生温い程の硬度を誇り、ジャックがククリナイフを押し付けるように交差して初めて拮抗した。


「<筋力強化>ッ!おらぁああ!!!」


 力の均衡が崩れる。

 一時的に筋力を底上げする武技<筋力強化>によりクロスさせた獲物を力の限り前へ押し出した。


 ここで初めてトムは己が狙われていたことに気付く。彼は恐怖で支配され銅像と化した。同じDランクのジムもだ。一体、何が起きているのか検討も付かない。ただ分かることは、凄まじい威圧とけたたましい音が聞こえた後、ジャックが肩で息をしていたことだ。


「だ、大丈夫か……?」

「ははっ……。やっと出会えた。俺の獲物だ。俺が殺る。俺の全力を試させてもらう!」


 ジャックは仲間の気遣う言葉が聞こえないのか、興奮した様子のままスケルトン・ロードへと追撃を仕掛ける。彼の鬼気迫る様子にトムとジムは恐怖が塗り替えられ、逆に動くことができるようになった。だが、動けるからといって拠点まで2人で戻れる程ここは甘くない。結局の所、スケルトン・ロードを討伐するまで待機するしかない。


 段々と現状を受け入れてきた彼らは、目の前で繰り広げられる攻防に目を奪われた。スケルトン・ロードが腕を大上段から大振りする。ただの手刀とも言える行為だが、ジャックに致命傷を与えるには十分だ。

 

「おらぁ!」


 2本の獲物を駆使しスケルトン・ロードの腕を地面へと受け流した。右腕が大きく振られ、胴体ががら空きとなる。

 ジャックはすかさず、ククリナイフを受け流した方から返すように上段へと振り抜いた。だが、それはスケルトン・ナイトのもう片方の腕により阻まれる。

 相手の隙を突く攻撃を阻まれた。逆に言うとジャックはスケルトン・ロードに隙を与えているようなものだ。両腕でようやく拮抗するパワーバランスだ。スケルトン・ロードの手刀を片手で受け止められるわけがない。


「っぶね!」


 一瞬の判断により、ジャックはスケルトン・ロードを踏み台として後方へと下がった。その際、彼の靴を掠り足裏に鋭い痛いが走った。ジャックは着地と同時に、靴と足の状態を確認するように地面を蹴った。幸いにも痛みは一瞬だったらしく戦闘に支障をきたすほどではない。


「すげぇ……。強いことは知ってたが、ここまでとは」

「まるでついていけない」

「これがAランクッ!」


 三者三様の反応だ。彼らのジャックに対する評価は天井を知らない。だが、この場において応援や評価等は戦闘に何の意味も与えない。只々邪魔なだけであり、鬱陶しいものだ。パーティ―であるならば主砲をカバーするように、他がサポートするべきだ。だが、即席のパーティ―に加え、誰も遠距離攻撃を持たない。一方で、彼らの近接戦に加わる程の実力は無い。恐怖で固まった銅像と何ら変わりは無い。


「まだまだッ<縮地>ッ!」


 再び仕掛けるジャック。狙うは首筋。首と胴体を切り離されて生きていられる者など居ないだろう、死者を含めて。これまでの戦闘経験からスケルトン・ロードの弱点の当たりを付けた。

 武技<縮地>で一気に間合いを詰める。この判断が功を奏し、スケルトン・ロードは棒立ちのまま隙を晒す。


「ナニ―――」

「<二連双剣斬撃>ッ!」


 両手のククリナイフを上段から右左と斜めに切り裂き下から上に振り上げる。ククリナイフは武器の特徴により間合いが狭い。だが、それは懐に踏み込むことができれば重心の乗った剣先を相手に与えることができる。


 既に間合いに入られたスケルトン・ロードに防ぐ手段は無い。そのままジャックの渾身の武技<二連双剣斬撃>をもろに喰らった。


「グゥ……ココマデトハ」

「まじか」


 渾身の一撃。

 だが、それはスケルトン・ロードを絶命させるには至らなかった。


「ヤルナ、人間。コレハ、ドウダ?<死之瘴気>」

「<縮地>!」


 危険信号。

 スケルトン・ロードが何を使ったのかは分からなかったが、ジャックは本能でそれが死に至るものだと確信した。だが既に間合いの中。武技<縮地>を使い後ろへと下がるが、スケルトン・ロードの手刀の速さが勝った。武技<縮地>だけでは回避不能だと瞬間的に察知するとククリナイフを手刀に添える。再びスケルトン・ロードの手刀はククリナイフを滑るように地面へと流れた。振り下ろした手刀が外れたことで相手の体勢が僅かに崩れる。ジャックは、その隙に間合いを取った。


 初撃の再現。だが、明確に違う点が存在する。

 それは―――


「ククリナイフが……。武器破壊か」


 スケルトン・ロードの手刀を受け流したククリナイフがいつの間にか、ボロボロに朽ち果てていた。使えなくなった獲物を見てジャックは武器破壊の武技もしくは魔法だと予想した。


(正確には自分のLv以下を確率で殺す接触型スキル。EoCではほとんど使えないスキルだったけど……。どうやらこの世界では違うみたいだ。武器破壊に使うとは。こいつ戦闘上手いな)


 <死之瘴気>は使用者Lv以下の相手を確率で即死させる接触型スキル。スピードが速ければ速いほど成功率は高い。ハルは何故スピードが速ければ確率が上がるのか理解できなかった。だが、現実と化したこの世界でスケルトン・ロードの戦闘を見て理解した。相手に接触することで発動するスキルは、相手に触れなければ意味が無い。つまり、相手が避ける前に触れて発動する必要がある。

 だからこそスピードが重要だ。だが、スケルトン・ロードはジャックを即死させるのではなく武器破壊に使った。この行動には、ハルも目から鱗であり、スキルの新たな可能性について改めて考察する必要があると感じた。


 ハルがスキルについて考えている間にもジャックとスケルトン・ロードの攻防は続く。獲物が1つ無くなったことで手数を封印されたはずのジャック。だが、彼はそれをものともせずに戦闘を継続させた。


 7回―――19回―――23回―――。

 数えるのも億劫になる程の鍔迫り合い。


「クッ……。ココマデ、ツヨキモノハ、メズラシイ」

「どうやら期待には応えられたようだな」


 強気の態度を取り続けるジャック。だが、長時間に渡る戦闘は困難を極めた。それも相手がAランク上位の魔物であれば尚更。本来であれば、Aランク冒険者で構成されたパーティ―が総力を上げても討伐が難しいレベルだ。仲間のサポート無しでここまで攻防を続けられたことは奇跡に近い。


 幾度も繰り返された鍔迫り合いにより、ジャックの右手は軽く痙攣していた。

 震える手を制御してスケルトン・ロードを油断なく見つめる。


「ククククク」

「どうした?何がおかしい」


 いきなり笑い出すスケルトン・ロードにジャックは訝しんだ。


「期待ニ応エラレタカダト?ソレハ、コレカラダ。<死之暴走>」


 スケルトン・ロードを中心に黒い霧が円状に広がり空間の壁を越えていく。


 ジャックは咄嗟に防御の構えを取るが、体のどこにも異常は見当たらない。魔法詠唱失敗を疑ったが、相手の実力から判断するにそれは有り得ない。それに、効果の1つであろう波紋状に広がった黒い霧。あれに何かがあるのだろう。<死之暴走>を発動したまま一向に動こうとしないスケルトン・ロードに、いつでもククリナイフを叩きつけられるように警戒する。


 ジャックとスケルトン・ロードの睨み合いは、突如として終わりを告げる。


「スケルトンだ!」

「このタイミングでか。ジャック、雑魚は俺たちに任せとけ!」


 現在、スケルトン・ロードとジャックは空間の中央で戦っている。残りのハルたちは、空間の手前で彼らの戦闘を見守っていた。そんな中、後ろから聞こえる大量の足音。規則性が無くただひたすらにこちらへと向かって来る足音に既視感を抱いたトムは大量のスケルトンが襲来したと叫んだ。


 数えるのも億劫なスケルトン。それが我先にと無秩序にスケルトン・ロードの下へ駆け寄る。ある者は道幅が足りず壁に激突し圧死する。ある者は後ろから絶えずやって来る者と一向に進まない前列の板挟みとなり体がバラバラになる。ある者は残骸に足を取られ、体の上を次々に踏みつぶされた。生者と異なり痛覚が鈍感であるアンデットは、圧死や他のスケルトンから踏みつぶされることを恐れない。


 その光景はまさに死の暴走。最初こそ啖呵を切ったトムたちだが、その数がスケルトン・ロードに遭遇するまでに討伐してきた数以上だと気付くと威勢が削がれていった。


「何だこの数ッ!ゲートのスケルトンが全部向かってんじゃねぇか?!」

「アラン頼む!!」


 トムとジムは、スケルトンを狩っていたアランの姿を思い出す。多くのスケルトンを前にして果敢に戦闘を繰り広げる雄姿は正に英雄。たったランクが1つ違うだけ。その姿に縋る彼らは神に縋る信者そのものだ。


 今回も非力な己の代わりアランに縋ろうとする―――だが。


「くっ……。流石にこの数は無理だ……ッ!」


 剣を握り苦悶の表情をしながら彼らに伝えた。その言葉を聞いた彼らは、絶望するがそれ以上にアランは己の非力さを嘆く。ここぞという時に役に立たない己の力量に。


「クソッ!この役立たずが!お前が駄目なら逃げれねぇじゃんかよ!」

「ついてこなけりゃよかった……ッ!」


 死を前にした人間は本性を現す。

 彼らは、アランが頼りにならないと知ると、これまでの功績を無視して彼を罵倒し己の運命を呪った。

 彼らに罵倒されたアランは言い返すことはしない。その代わりに彼がしたことは、迫りくる死に対して剣をより深く握った。アランの目的は変わらない。死んでいった同郷の仲間たちに雄姿を見せること。確かに、この場を切り抜けられない己の実力を呪った。だがそれは諦めたということでは無い。ここで彼らを見捨てて1人助かったとしても死んでいった仲間に誇ることはできない。


 アランは深呼吸し目の前のスケルトンの波を見つめる。大群には技は要らないだろう。やるなら武技<斬撃>を込めた横の大振り。なるべく1度の攻撃で多くのスケルトンを殲滅する。果たして何回繰り返せば、道が切り開かれるのだろうか。アランには見当もつかない。だがそれでも彼は剣を振るう。


 アランは一歩前に出る。その時、同じタイミングでスケルトンの軍勢に向かった気配を感じた。


「サクラギ……ッ!手伝ってくれるのか」

「あぁ、ジャックに加勢できそうにないからな。雑魚狩りしてジャックの負担を減らそう」


(あいつらと同じレッテルを貼られるのは勘弁だ。ほどよく間引くとするか)


 ハルの思惑について知る由もないアランは、強力な助っ人ができたと己を鼓舞した。


「<斬撃>ッ!」


 アランは迫りくる死の波に武技<斬撃>を使い剣を横薙ぎに振るった。普段よりも力が込められた武技<斬撃>は、手前のスケルトンだけではなく後方で密着していた1列にも攻撃を与えた。一気に10体以上スケルトンが残骸になったことで後方の障壁となった。

 だが、その障壁も一瞬だった。スケルトンの残骸は、ゲートの不思議な現象により消え去り魔石が床に散らばる。スケルトンの大群は最短距離で間合いを詰めるため仲間の死骸を踏みつぶす―――ことはなかった。


「ちょっと待ったぁああ!!!」


 風を裂く音と共にハルの姿が消える。次に姿を現したのは、アランの数メートル前方で刀を横に振り抜いた時だ。

 アランがハルが攻撃したことを認識した時には、彼とハルの間には動くスケルトンは居なかった。彼はハルが武技を使用したようには見えなかった。正しくは何をしたのか分からなかった。


「危ないなぁ。魔石が潰れたらどうするんだよ」

「……ッ!」


 振り抜いた刀を静かに鞘に納めながらそう呟いた。

 アランはその言葉を辛うじて聞き取ることができた。そして驚愕する。ハルの実力以上に、迫りくる死の波を前にして己の命よりも魔石の安否を優先するその狂人めいた行動原理に対してだ。

 確かに、戦果がゼロの場合何のために体力と時間、何よりも命を懸けたのか分からない。だがそれは命あっての物種というもの。ハルの言葉はまるでそれを分かっていないかのようだ。むしろ、この場を無事に乗り越えられる自信すら見える。

 アランは気楽に肩を解しているハルを見て頼もしく感じた。それと同時に、彼を雇っているという商会にいつか行こうと決心した。


 だが、彼の願いが叶うことは無かった。


「は?」


 腹に感じる違和感。アランは己の腹を見た。血に濡れた腕。己の腕ではない。ハルはこちらを見てブツブツと何かを呟いている。ではトムとジムの2人だろうか。その可能性は限りなく低い。スケルトンの波を見て怯えていた彼らに、こんな芸当できるはずも無い。


 ここに居る生者でアランよりも強い人間は―――


「ど、どうし―――ぐはっ」


 アランが最後に見た光景は、腕に付着した彼の血を獣のように舐めるジャックだった。


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