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第20話 宿

 いくつもの木製ジョッキが並ぶテーブル。まだエールが残っているジョッキは一杯だけだ。アランは、それを大事そうに飲み干すと切り株から立ち上がった。先程までの世界に絶望していた顔は既に無い。彼の中にあるのは、無念のまま死んでいった仲間たちに己の雄姿を見せることだけだった。


 そのまま彼は人混みの中へと消えていく。ジャックは、一緒の宿屋に宿泊することを提案したが断られてしまった。どうやら今日までは仲間たちを思い偲びたいらしい。明日、簡易冒険者ギルドの前で集合することを約束するとその場で解散となった。


 テーブルいっぱいに広がるジョッキを片付けていくウェイトレス。トレーに乗せそのまま立ち去ろうとする彼女に、ジャックは声を掛ける―――ことはできなかった。


「おい。ムダ金は無しだ」

「パーティーの金庫番は頭が固いなぁー」

「もう出さんぞ?」

「分かった分かった。調子に乗った。すまん」

「はぁ……」


(というかAランクなら金ぐらい持ってるだろ。なんで俺が払ってるんだっけ?)


 ゲート街に辿り着く前に酒は飲んだはずだ。だが、人一倍体がデカいジャックには足りなかったらしい。ハルは呆れながらも落ち込む彼を連れて酒場を後にする。


 アランの説得は思ったよりも時間が経っていたらしく既に日が暮れていた。街の様子も日の沈みと共に落ち着く―――こともなく、逆にゲートから戻ってきた冒険者や新たに街へと辿り着いた人々によって、ハルたちが来た時よりも一層に賑やかになった。辺りが暗くなると同時に、ぽつぽつとランタンが照らされ明かりを頼りに歩いて行く。


 道行く人が多い中、前方から見慣れた容姿の持ち主が現れた。


「お、いたいた。無事に宿取れたぜ」

「それは良かった。案内してくれ」

「おう、任せな」


 トムはハルたちを見つけると何とか取ることができた宿まで案内する。だが、彼らに染み付いた匂いがジムの鼻を刺激すると納得いかない表情をした。


「酒でも飲んでたのか?」

「いや、ゲートの情報収集をしてただけだ」

「で、どうだった?」

「あぁ、手に入れた。それも当日案内付きだ。なんでもゲートの奥深くまで行ったらしい」

「本当か?!いやー、楽しみだ!」

「ただ少し注意してくれ。そいつ―――アランって言うんだが、どうにも仲間を失っていてな。余り羽目を外し過ぎると癪に障るかもしれん」

「そ、そうなのか。注意しとくぜ」

「よろしく頼むな」


 分かったのか、分かっていないのか。トムはいまいち判断がつかない声を出した。


 興奮冷めないトムだが、無理もない。彼1人では、ゲートに入ることができるCランクに上がるまで何年かかるか分からない。冒険者の憧れである英雄譚への参加が遅れてしまう。そう思いながら酒場で偶々同席していたジムと一緒に不貞腐れていた時に、ジャックと出会い、金払いの良いハルと即席のパーティ―を結成した。

 それだけでも既に幸運を使い果たしたと感じていた。そこに追い打ちをかけるように、ゲートの奥へと進んだ者が案内役としてパーティ―に参加することになった。


 万年Dランクだと思っていたトムでは、体験することができないであろう本物の冒険に挑戦することができる。そう考えると体の熱が中々覚めることは無かった。ジャックは彼の顔を見て分かってないなと思いつつもこれ以上言及することはなかった。


 合流したハルたちは、トムの案内に従っていると天幕が多かったエリアから建物が並ぶエリアへと入って行った。その中でも最も大きな建物へと入って行く。


「ここが宿屋か」

「そうだぜ。簡易的なギルドにもなってる。一階がギルドで二階が宿屋って感じだな。たこ部屋だが許してくれ。個室の宿は高級だし既に埋まってたからな」

「……そうか。仕方がないか」


 ハルは少し嫌な顔をしながらもなんとか納得した。彼の冒険者への信頼が薄いからだ。重要なアイテムや装備は、<収納>にあるため盗まれることは無い。だが仮に、麻袋や身の回りを漁られでもすれば、どこから金を出しているのか疑われてしまうだろう。


 <収納>はスキルであり、周辺国で最も優れた魔法詠唱者であるセレネでさえ知らなかった。彼女は、知的好奇心が旺盛でありハルの魔法について所作を忘れる程に熱中していた。それは武技やスキルなどにも向けれている。そんな彼女でさえ知らないとなると極めて珍しいスキルか、それともこの世界には存在しないスキルということになる。

 それがバレてしまった場合の面倒事は想像に難くない。冒険者の間だけで収まれば、まだましな方だ。仮に商人、果ては国家にその情報が行きわたった場合、誰もがその利便性を求めてハルを手に入れようと画策するだろう。限りなく実現不可能に近いが。だが、想定される面倒事と<収納>の利便性、そしてハルの楽観的な性格を天秤にかけた結果、問答無用で使うことを選んだ。その時のアルファたち大臣を思い出すと今でも体が震える。


「どうしたサクラギ?体が震えてるぞ」

「何でもない。ただ少し主人を思い出しただけだ。帰ったら色々言われそうで」

「そうか。そういえば、お前んとこの商会は何を売ってるんだ?」

「あー……。なんでも屋?的な感じだ」

「なんだそれ。変わった商売だな」

「あぁ、俺でもそう思うよ」


 ジャックの疑問を適当にはぐらかして建物の中に目を向けた。


 そこには2つの受付があった。1つは剣のシンボルが掲げられており、エル・ラインの冒険者ギルドで見た受付嬢と同じ服装の女が座っていた。もう1つはベッドのシンボルが掲げられており、愛想の悪そうな細身の男が座っていた。ジムは男が座っている受付へと向かった。


「4人で予約していたジムだ」

「部屋は2階の左奥だ。他に6人いるから仲良くしろよ」


 男は受付の右隣に設置されている階段を指さしながら無愛想に言った。


 ハルたちは気にする素振りも見せずに2階へと上がって行く。2階に上がると左右にいくつかの扉があった。廊下は扉を開けた後、大柄の人がギリギリ通れるぐらいのスペースだ。

 宛がわれた部屋の扉を開くと二段ベッドが右に2つと左に3つ設置されており、残ったスペースにまとめて荷物を置くスペースがあった。部屋には誰も居ない。同部屋の者はゲートから帰ってきてないのか、酒場もしくはアイテム鑑定にでも出向いているのか定かではない。

 

 ハルは関係ないと言わんばかりに右奥の上段に上ると刀を抱き座った。


「俺は寝る。適当に起こしてくれ」

「おう、分かった」


 本来であれば、ここで<幽躰憑依>を使い元の体に戻る予定だった。だが、盗難を筆頭に面倒事に巻き込まれないよう意識を残している。


 個室を想定していたハルにとっては、予期せぬ苦労であった。ホムンクルスは体力が無尽蔵にある。魔力切れでもしない限り肉体の疲労とは無縁の存在と言える。それでも面倒であることに変わりはない。


(まぁ、<収納>がバレた時の方が圧倒的に面倒だ。それを考えると……。やっぱやだな。はぁ、朝が来るまでエターナル・ヴェインの今後について考えておくかぁ) 


 ハルは、ベッドで胡坐をかきながらエターナル・ヴェインの役に立ちそうなことを考えながら朝まで時間を潰した。

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