第1話 『Echo of the Creator』
RPG『Echo of the Creator』
通称『EoC』
彗星の如く現れた個人企業「ユグドラシル」の唯一の失敗作であり、避難殺到の末倒産寸前まで追い込んだ作品であった。
だが、そんなゲームにも熱狂的なファンがいる。
それがこの男――桜木春だ。
毎日寝る時間を惜しまずにプレイし、安月給にもかかわらず生活費をぎりぎりまで詰め残りを全額課金するほどの重度の廃人であった。
しかし、そんな熱狂的なファンが1人いても大多数が非難すればそれは駄作と評価される。
自分が好きなゲームを馬鹿にされることに耐えられなくなった春は、SNSで宣伝したり面白い要素を語ったりしたが、それらに対するコメントはどれもEoCを非難するものばかりであった。
中には春個人を非難するコメントすらあり、それがトラウマとなってあれほど好きだったEoCをする気力すら湧いてこなくなっていた。
ゲームをしなくなり数年が経った春は、仕事から帰宅後いつもならベッドに直行していた。しかし、今日がとある日であることを思い出す。
EoCサービスの終了日だ。
数年前のSNSでのレスバがトラウマとなりそれ以来EoCをプレイすることがなかったが、最終日くらいはと思いゲームを起動させた。
トラウマがフラッシュバックすると思っていた春は体を硬直させ身構えていたが、そんなことは無く無事にゲームを起動し、自分にとってはおなじみのタイトルとOPが流れる。
「ふぅ。大丈夫だった……。こんなことならもっと早く再開すれば良かったなぁ」
今までプレイしなかったことを後悔しながらタイトル画面をタップしゲームを始めると前回――数年前のことだが――セーブしたレベル上げスポットの前であった。
春は手持ちの魔物のレベリングをしていたことに気付く。
EoCは、中盤あたりで「世界の意思」なるものから<ダンジョンマスター>を与えられ、それを用いることで行動範囲が格段に上がるのである。
<ダンジョンマスター>――ダンマスには、1つの空間を与えられそれを成長させていくごとに、能力が解放されると共にストーリーも進んでいく。
つまりダンマスはストーリーに深く関わってくる能力だ。
そんなダンマスのスキルの中には施設を作り出す能力があり、その中の1つに魔物配合装置がある。
これは世界中で蔓延っている魔物をダンマスの能力の1つである<魔物支配>を使い支配した後、支配した魔物をレベルマックスまで育てた時に使える装置である。
レベルマックスの魔物を2体以上使用することで新たな魔物を生み出すことができる。
レベルマックスという条件がネックであり、これを達成させることは通常のソシャゲよりもハードである。
だが、魔物配合を行わないとストーリーのパワーインフレについていくことができず、クリアできない。
非難される理由の数ある1つがこれだ。
そんな魔物配合を何百回も行うことで春はある3体の魔物を生み出すことに成功した。
「知恵の神竜エルミス」「闘争の神竜ヴァイグル」「繁栄の神竜ゼイラン」である。
これらは各章のラスボスキャラたちであり、その時のPCの能力値の上を必ず行く設定となっているため倒すのが困難な存在だ。
それ以上に厄介なのがラスボスなのだが。
最強の魔物といって良いだろうが、春は更に向こうへと進もうとしていた。
ラスボスの合成。
3神竜を創造したラスボスを合成するには3神竜が材料に必要だと判断した春は、一度魔物を配合したら二度と元には戻らないことを知りながら配合することを決意しレベリングへと向かった。
これがEoCの最も新しい記憶だ。
当時の光景を思い出した春は、懐かしい気持ちを胸にステータス画面を開くとそこには自分のステータス表記と共に3神竜のステータスも載っていた。
レベルを確認するとレベルマックスを示す100レベルが刻まれており、長年の夢をサービス終了前に達成できる喜びを感じた。
拠点へとした春は、緊張した面持ちで魔物配合装置をタップする。
画面が起動し魔物選択へと移行し震える手で3神竜を選択する。
すると配合結果欄に???の名前と隠れたシルエットが出てきた。
それを確認するとゴクッと息を飲みこみ配合をタップする。
合成のエフェクトが終わった所から現れたのは、PCの春よりも幼い姿、白銀の長い髪、透き通っている青の瞳、そして3対6枚の光でできた翼――EoCのラスボスである「創造神マグナス」であった。
配合に成功した春は、拠点内で使用可能な召喚機能を用いてマグナスを観察する。
ラスボスとして登場した時は、分からなかったが、改めて観察してみると分かることがいくつもあった。
「やっぱり、ユグドラシル社の社長に似てるなぁ」
ユグドラシル社の女社長であるマグニル・ユミールに似ていると呟く春。
その時、マグナスと目が合ったような気がした春であったが、一定時間放置するとこちらを向くような機能が合ったことを思い出した春は気に留めなかった。
長年の夢であったラスボス配合が終わり、いよいよすることが無くなった春は一通り拠点を見回った後、画面を閉じようとするが、その時一通の通知が来ていたことに気付く。
通知ボックスを開くとそこには数年前、春が実質的な引退をした日に運営から送られたメールであった。
このゲーム、ユグドラシル社の運営とはつまりマグニル・ユミールである。
運営からの個人メールなど垢バンぐらいでしか送られないことを知っている春は、緊張の面持ちでメールを開くとそこには、今までSNSで宣伝してくれたことに対する謝辞と1つのコードが書かれていた。
EoCにはコードを入力する機能があるが、その実一度も使われた事が無い。
リリース初期からやっている春でさえ知らない機能をお礼として送ってきたことに興奮を覚え、サービスが終了間近で新機能を試そうとコードを入力していく。
「……よしっと。これでOK。……何も起きないな。もしかして期限が切れてた?」
コードを入力し終えたが、何も反応が無いことに訝しんだが期限が切れていたため使えなかったのだと判断した。
落ち込む春であったが、直ぐに切り替え画面を閉じた。
長時間ゲームをしていたことで喉がカラカラに乾いていた春は、冷蔵庫から水を取り出そうと椅子から立ち上がったが、ストンッと糸が切れた人形のように体に力が入らなくなり机に突っ伏した。
「あ、あれ? なんか眠たいような……」
睡魔に襲われた春は、机に突っ伏したまま眠ってしまった。