第14話 第三王子
この世界は私の物だ―――アルドリン・エルディア・ライン・アーディロンは目の前で跪く貴族たちを見てそう思った。
アルドリンは、国王レオファルド三世とエル・ラインを支配する辺境伯長女である第二夫人との間に生まれた。その頃、既にライオネル第一王子とガルハルト第二王子が生まれており、王位継承権は第三位という立ち位置だった。
アルドリンが5歳を過ぎる頃、50歳を迎えた国王が後継としてライオネルを王太子に任命した。勿論、ガルハルトを支持する第二王子派は反発した。だが、肝心の御輿であるガルハルトには、いくつもの問題行動があった。
ただの無能であれば、貴族の傀儡政権にすることができよう。だが、その問題行動は民衆すらも知る所であった。そのため仮に王に成った場合、国民からの支持は得られないどころか、反乱が起きる可能性がある。
もう一人の対抗勢力である第三王子派閥は、支持母体である辺境伯自身が王家に仕えることを第一と考えているため王位に興味が無い。
これらの事情を加味するとライオネルの王権は確実だ―――と思われていた。
―――冒険者の待遇を良くすべきだ。
とある日の御前会議にて、まだ幼いアルドリンがそう呟いた。それを聞いた貴族たちの反応は良いものとは言えなかった。成人もしていない幼子に意見されたこともそうであるが、最大の理由は政策そのものだ。
大多数の貴族は、国を守護してきた貴族とそれを取りまとめる王族がいるからこそエルドリオン王国が続いていると考えている。そのため何をするにしてもまずは、貴族からという価値観が根底にある。
そのような状況下でのアルドリンの発言だ。王族とはいえ非難が相次いだが、中にはアルドリンの頭脳を見抜いた者も現れた。
アルドリンに目を付けた貴族たちは、己の利益のために政治や外交、軍事等を教育していった。アルドリン自身もそれを受け入れ、知恵を付けて行き多くの政策を貴族経由で王政へと介入していった。
最初はアルドリンの頭脳を横取りして己の利益へと還元していった貴族たちであった。しかし、徐々に依存度が高まりついにはアルドリン無しでは貴族足りえなくなってしまった。
これらを繰り返したことでアルドリンの派閥が拡大していき、終いには王国最大派閥へと成り上がった。第三王子派は表向き存在しない派閥であるが、実質的にそれは王政に影響を与える程に膨れ上がった。過激派が次期国王ライオネルの王太子取り消し案をそれとなく出したほどだ。
だが、レオファルド三世はライオネルの王太子を取り消すことなく、時が過ぎ去っていった。
「美しい……」
アルドリンが20歳を過ぎた頃、少女とも呼べない年齢の公女―――セレネと出会った。多種多様な王国美女たちと出会ってきたが、この時の衝撃を忘れられなかった。だが小国とはいえ一国家。いつものように攫ったり、金で買収したりすることは難しい。
アルドリンは悩んだ。悩んだ末、とあることを思いついた。
十数年後。
アルドリンの策略は良い結果へと結ばれた。副産物としてリーブル王国の領土が手に入り、王国内での評価は天井を突破していった。だが、そんなことはどうでもよかった。
アルドリンの眼前に広がるのはアヴェリス公国首都アヴェリア。
長年の目的までもうすぐだからだ。
首都攻略の命令を下そうと≪伝言/メッセージ≫のスクロールを部下に使わせようとした時、セレネが公城から出てきたという連絡が入った。
アルドリンは、己の軍を見て降伏しに来たのだと思った。
アヴェリス公国を攻め滅ぼすためにアルドリンが用意したのは、約1万から構成される軍だ。
それだけではない。冒険者優遇政策の一環である王国軍への天下りを実験的に採用しており、一人一人の質は大幅に向上している。戦い方を教える必要が無く、既に装備を持っていることがほとんどだ。そのため費用が従来の王国兵よりも安い。
正式採用ではなく実験的運用であるのは、アルドリンであっても取ることができない王国にこべりついた価値観が邪魔していたからだ。
己の軍に酔いしれていたアルドリンは、セレネが途中で止まったことに気付かなかった。
人間大の魔法陣が軍正面に展開される。
それを見た正面を任されていた大隊長は、直ぐにアルドリンに報告するため≪伝言/メッセージ≫が込められたスクロールを使う―――ことはできなかった。
―――≪氷小災厄/フローズン・カラミティ≫
魔法陣が青白く光りを帯び輝いた次の瞬間、辺りの気温が一気に絶対零度まで下がった。魔法陣の近くに居た王国兵の数百人は悲鳴を上げる間すらなく氷像へと姿を変えた。その表情、武器、装備の細部に至るまで凍り付いた。それは一種の芸術作品でもあり、貴族が大金をはたいて入手したく思うだろう。
距離が離れていた王国兵の中にも体の一部に霜ができており、まさに災厄の名に相応しい結果をもたらしている。
軍後方に居た兵士たちは、前方で何が起きているのか分からなかった。それは、アルドリン自身もそうであった。
『聞こえますか?!アルドリン殿下!』
「なんだ、煩わしい」
『目標が魔法を放ちました!』
「予測していたことではないか。何のためにお前たちに魔法耐性装備を与えたと思ってるんだ」
前方方面大隊副隊長は、霜で体が芯まで凍りそうになりながらアルドリンに伝えたが、返って来た言葉は望んだ物では無かった。しかし、アルドリンの反応も無理はない。
ほとんどの者は、魔法を扱うこと自体が難しい。仮に行使可能だとしても実戦レベルの魔法詠唱者になるには、更に才能が必要である。そのため魔法よりも武器を持って戦う方が強いという価値観が一般的に広まっている。
アルドリンは、魔法が軽視されていることに警戒心を持ち、冷遇されている魔法詠唱者を集め魔法の研究をさせた。
そして開発したのが魔法無効化装備である。王国で最も優れている魔法詠唱者に攻撃させても無傷で済んだ。アルドリンはこれで魔法対策は完璧だと考え大隊長、大隊副隊長、そして自身を護衛する約100人の精鋭部隊に渡した。
周辺国最強の魔法詠唱者と言われていようとも改革された王国軍と魔法耐性装備の前では、ただの少女に等しいだろう―――そう思ってしまった。
『目標の魔法はそれを―――……』
「どうした?おい!……ちっ」
通信が途切れた。
何が起きているのか確認するため別の大隊長へ≪伝言/メッセージ≫を使おうとしたが、その前に天幕が乱暴に開けられた。息を切らした兵士が必死の形相でアルドリンを見る。
「アルドリン殿下!目標の魔法により前方方面部隊に深刻な被害が出ています!目標は今も尚、魔法を発動し続けています!」
「何……?」
にわかには信じがたいものであった。
だが、報告した兵士は一般王国兵ではなく、大隊長以上の実力を持つ精鋭中の精鋭である親衛隊だ。
この事実と先程≪伝言/メッセージ≫が途切れる前に、大隊副隊長が伝えようとしていたことを加味したアルドリンの背筋に冷や汗が流れた。
(≪伝言/メッセージ≫が反応しない。大隊長はやられたか。魔法耐性装備は無意味だったのか?だが、王国随一の魔法詠唱者が破壊できなかった代物だ。周辺国最強とは情報にあったが、まさかこれほどとは……。どうやら知らない内に私も王国の思想に染まり魔法を軽視していたらしい。だが―――)
「近距離部隊は防御に専念しセレネの魔力を消費させることに集中しろ」
「了解!」
命令を受けた親衛隊は、軍全体に指示するために行動を開始した。
「……殿下。申し上げにくいのですが……」
「なんだ?」
参謀が恐る恐る手を上げ、声を発した。
今回の軍総司令はルドリンであるが、実際の運用には幾人かの参謀と交え進行ルートを決めていたのだ。
「撤退も視野に入れるべ―――」
「ならん!」
参謀の言葉に怒りを感じたアルドリンは、拳でテーブルを強く殴った。
その衝撃で重ねれらていた書類や進行ルートが分かりやすいように地図上に置いていた駒などが崩れた。
「魔法には魔力が必要だ。強力な魔法ほど大量の魔力を消費することは分かっている。報告にあった被害状況から察するに初撃の魔法は、絶大だったらしい。1発、多くても数発が限度なはずだ。壊滅的被害は出るだろうが、親衛隊は無事だろう。何も問題は無い。そうであるな?」
「は、はい。何も問題は無いかと……」
「それでよい」
参謀の意見を封じ込めたアルドリン。アルドリン自身も先程出した命令が最良のものではないことを薄々感じていた。
だが長年の目標であったセレネを前にして止められるわけがない。
それは、参謀もそうである。この遠征が成功した暁には、アルドリンから更なる褒賞を与えられることが約束されている。
参謀は、後々、何故止めなかったのか詰められないよう保険として発言したまでに過ぎない。まさか、これほどまでに反対されるとは思ってもいなかったが。
(ふぅー……。いずれセレネが疲弊してくるはずだ。そこを親衛隊で突く。おそらく壊滅的被害だろうが、何も問題あるまい)
アルドリンは、少し先の未来に思いを馳せながら―――厳密にはセレネを捕まえた後、数か月は部屋に籠り自分好みに調教することを妄想しながら―――セレネが疲弊するまで天幕で待機した。
■
―――1日後。
大量の血、錆びた鉄、何かが燃える匂いが入り混じった都市―――公都。少ない人口ながら手を取り合い発展していった面影は、今やどこにも見当たらない。
王国兵士の剣を背中に受け絶命した親。
その体重に押しつぶされ窒息死した赤子。
服を破り捨てられ人間としての尊厳を奪われた女たち。
剣の切れ味を確認するかのように体を切り裂かれた男たち。
そんな地獄とも言える戦場を作り上げたアルドリンは―――
「ふざけるな!」
公城の玉座の間にて激怒していた。
目的の存在―――セレネが公都のどこにもいなかったからだ。自分の怒りをぶつけるように、足元に蹲り呻き声を上げている壮年の男に蹴りを入れる。
「……うぐっ」
「貴様がセレネに入れ知恵さえしなければ今頃、手に入ったと言うのに!」
アルドリンは再度蹴りを入れた。
男が身に付けていた豪華な服装に、吐血と靴の汚れが付く。
男の名はアリオス・アヴェリア・ラン・アーヴェル。アヴェリス公国の当代公王でありセレネの実の父親である。
1人戦場へと向かったセレネを案じ、少ない公国軍を公城の防衛から外し魔力切れで昏睡していたセレネの救出へと向かわせた。
勿論、王国軍もセレネを奪われまいと迫撃したが、決死の覚悟を持った公国軍の勢いはそれ以上であった。だが、このセレネ救出により公国軍は壊滅した。これにより、手薄となった公都を王国軍が蹂躙し、この惨状を作り出した。
だが、アルドリンの目的であるセレネがどこにも見当たらない。
今回の侵攻のために用意した王国軍1万の内、初撃の魔法により約300人、続く長時間に渡る魔法により約4000人、合計死者数約4300人、軽重症者含め約7000人が戦闘不能状態だ。
アルドリン親衛隊は、軍最後方でアルドリンを守るために待機していたため被害は1人も出ていない。だが、軍全体で見た場合、王国史に残る程の被害規模である。王国に戻れば、いくらアルドリンとはいえ今回の責任追及から逃れられないだろう。アルドリンとしては、それでも良いと考えていた。長年の目的であったセレネが手に入るのであれば。
だが、セレネは手に入らず軍は壊滅的状況。
そんな状態で冷静に居られるアルドリンでは無かった。
「おい、こいつの口からセレネの居場所を吐き出させろ!手段は問わん!」
「りょ、了解!」
アルドリンから指示を受けた親衛隊が、床で蹲っているアリオスの腕を掴み玉座の間から出て行った。
「……ふぅ。セレネとの逢瀬が少し遅れた、と考えれば良いか……。おい」
「はい」
落ち着いたアルドリンは、側に控えていた参謀に話しかけた。
「ここの統治に関してだが、セレネを確保するまでの間、お前に任せる。残っている王国軍を使って上手く統治しろ。歯向かう者に関しては男は処刑、女は性奴隷にしろ。その他、従順な者には、公都の片づけを行わせろ。王国兵の装備品、特に隊長クラスの装備品は確実に回収しろ。後はお前の裁量に任せる」
「はっ!」
そう言うとアルドリンは、アリオスからの情報を待つまでの間、疲労を回復させるために玉座の間からとある部屋へと移動した。扉を開けるとそこには、大きなベッドとクローゼット、そして壁一面に広がる本棚があった。
アルドリンは部屋に入り深呼吸するとおもむろにクローゼットを開けた。中に入っていたのは、若い貴族令嬢が着ているであろうドレスが入っていた。
一着取り出すとそれを顔に張り付け深呼吸。
それだけに飽き足りず、裏生地を満遍なくなめまわした。
「はぁ、はぁ。セレネよ……。もう少し待っておれ。今、白馬の王子が合いに行くからな」
アルドリンの声が部屋に響き渡った。
■
「そうか、吐いたか。全く、手こずらせてくれたな。直ちに向かうぞ」
「了解!」
中々、口を割らなかったアリオスであったが、度重なる拷問と目の前で王妃を嬲ることで苦痛に耐えることができなくなってしまい、セレネの向かった先を教えてしまった。
情報を手に入れたアルドリンは、王国兵を公都に置き親衛隊を引き連れてセレネを追いかけに行く。
アルドリンが乗っている馬車を護衛するために、馬車を中心に三角形の陣形を作り進軍する。
公国の機能不全の影響か、魔物の討伐が追い付いておらず、人間の勢力圏に魔物が入ってきていた。ゴブリンに始まり、時にはトロールまで出現した。
ただの王国軍であれば苦戦するであろうが、冒険者を採用した軍の一部のエリート集団であるアルドリン親衛隊にかかれば、問題無く対処することが可能だ。
騎乗している馬から降りることなく、武器を巧みに扱い魔物を次々に殺傷していく。馬には、疲労回復と重量軽減の魔法アイテムが装備されている。これらのおかげで長時間に渡って移動しながら戦闘することができる。
進軍すること数時間。
陣形の戦闘に居る親衛隊隊長クリフ・バーキンは、進路上に魔物の死体が落ちていることに気が付いた。
アリオスの報告にあった通り、魔物を殺した者―――セレネは公国の大森林を通過し、南方に広がる諸国へと向かっているのだろう。
「殿下、バーキンでございます。ご報告にあった通り、どうやら目標は大森林へと向かっているご様子。恐らく、もう間もなくかと」
クリフは≪伝言/メッセージ≫のスクロールを使いアルドリンに報告する。
『そうか、ご苦労。このまま進め』
「はっ!」
報告が終了したクリフは大森林へと進む。それに追随していく部隊。馬車の中に居るアルドリンは、セレネとの逢瀬を今か今かと待った。
そして―――
「ふぅ、やっと諦めたか。愛しのセレネ」
「アルドリン……っ!」
長年の目標であったセレネを手に入れた―――はずだった。
ここから先の記憶が消え、視界が暗転する。




