第13話 闘技場
スカイ・オーブと<主従交換>をしたハルは、照明が落とされていた会議室から通路へと出た。誰もいない場所に転移してくると思っていなかったのか、普段であれば扉の前に待機しているはずのメイドの姿が見当たらなかった。
<召喚>が頭に浮かんだが、既に<召喚>されている魔物を別の場所に<召喚>しても大丈夫かどうか確認する必要がある。それに不必要な魔力消費は現段階では避けるべきだ。
(そう考えると特に検証することなくスキルを使い過ぎたな……。まぁ、これから検証できるものはなるべくやってみよう。無理そうな物は無事を祈りながら使うしかないな)
考え事をしながら歩いているといつの間にか、中庭へと辿り着いていた。まばらに敷き詰められた岩のタイルを進むと、建物が植物に侵食されている東屋へと辿り着いた。通常であれば、壁が無く風通しがある筈の東屋は、文字通り緑のカーテンを掛けており、外からでは中の様子が分かり辛い。
中の様子が気になったハルは、道なりに進んでいき東屋へと近付いた。すると中に2つの人影があったことに気が付いた。いくつかの本を読みながら難しい顔をしているセレネと空になったティーカップに紅茶を注ぐメイドであった。注ぎ終えたティーポットを台車に置く時、ハルに気付いたメイドは軽く会釈をした。
「やぁ、セレネ。久しぶり、でいいのかな?」
「え、えぇ。そうですね。お久しぶりでございます、ハル様」
ハルとセレネの間で気まずい雰囲気が流れる。初めて会った時、次に会った時どちらも刺激的であった。そのためこのような普通の対面の時、何を話せば良いのか分からない状況であった。
「えーと、何というか。俺たち夫婦になるから仰々しいのは止めて欲しい。呼び捨てで呼んでくれない?」
「それは……」
「駄目かな?」
話題と呼べる程ではないが、敬称を付けるのを止めて欲しいとセレネに伝えた。だが、セレネからすると恐れ多いことであった。ハルを筆頭にそれを支える統括のアルファと大臣、エターナル・ヴェインを守護する近衛兵、洗練されたメイドたち。そのどれをとっても亡きアヴェリス公国では太刀打ちできない。
だからこそ絶対服従の意味も込めて敬称を付けていた。だが、当の本人は敬称は要らないと言う。本来であれば、それでも尚敬称を付けるべきなのだろう。だが、セレネはあまりにも懇願してくるハルを見て根負けしてしまった。
「……分かりました、ハル」
「ありがとう」
お互い顔を見合い笑った。
その後は、先程までの雰囲気が嘘のように会話が続く。
「ところで何を読んでたんだ?」
「これです」
そう言ってセレネは、先程まで読んでいた本をハルに向けた。本のタイトルは『ユグドラシル魔法大全』という物であった。EoCでは、廃墟の本棚や街の本棚を調べるとアイテムや魔物、ストーリーを導く情報等がフレーバーテキストとして表示されていた。そのため現実のように本棚にある本を好きに選択し読むことはできなかった。
だが、現実と化したこの世界では本棚から本を取り出すことは可能だ。セレネがハルに見せた本もその内の1つである。
「ハルが見せてくれた魔法に興味がありまして」
「あぁ、<街級雷魔法>のことか」
「そう、それです!」
セレネはハルとの間にあるテーブルを乗り越える勢いで両手を付いた。
「そんな詠唱の仕方は聞いたことがありません。<ファイヤーボール>や<ミドルヒーリング>といった魔法名を詠唱するのが一般的です。ですが、魔法名ではなくユグドラシル?での階級+属性だけを呟いての発動。それに発動したい場所に手を翳すことなく呟いただけで竜を模った雷が降ってきた。その発動方法にも驚きですが、何よりも凄いのは兵士たちの魔法耐性装備をものともせずに相手を気絶させたことです。特にアルドリンの服には、最低でも第二位相魔法完全無効化が付与されていました。ハルが発動した魔法が第二位相魔法以上だとしても―――」
「わ、分かったから!落ち着いて!」
先程までの淑女な姿を隠し、目の色を変えて魔法について熱く語った。あまりの変貌にハルは、途中まで止めることができなかった。
ハルに止められたセレネはハッとした表情をした後、誤魔化すようにティーカップを口元に添えた。そんな姿を見てハルは微笑ましく思った。
「魔法が好きなんだな」
「はい、好きです。幼い頃から一番身近にあった物なので。お父様にも良く褒められていました……」
メイドが紅茶をティーカップに注ぐ音が聞こえる。ティーカップを受け取ったハルは、持ち手を持たず豪快に飲み干した。紅茶特有の苦みと芳醇な香りが広がる。大国に匹敵する組織の長として相応しくない所作だ。だが、今回はそれが功を奏したのか、セレネは子どもっぽいハルの所作を見てクスリと笑った。
「折角だからセレネの魔法を見せてくれないか?」
「構いませんが……。ここではちょっと」
そう言いながらセレネは辺りを見渡す。
「確かにそうだ。それなら闘技場に行こうか。丁度、スキルの確認もしたかったし」
ハルはメイドに紅茶のお礼を伝えると闘技場へ案内させた。
■
正方形地下闘技場。
ユグドラサンクタム城地下に併設されている闘技場である。武舞台と観客席が同じ高さに位置している。一見すると試合中、魔法やスキルなどが観客席へと着弾すると思うだろう。
だが、攻撃は全て武舞台と観客席の間にある不可視の力によって霧散される。そのため戦士たちは、思う存分に戦うことが可能だ。EoCでは、魔物同士で戦わせたり、魔物と模擬戦を行ったりしていた。
「ここなら思う存分、魔法を使っても問題ないよ。セレネの全力を見せて!」
「分かりました」
セレネは早く魔法を見せてと言うハルに苦笑する。
「ハル、少し離れていてください」
セレネの言葉に武舞台から観客席へと移動する。ハルが観客席へと向かったことを確認したセレネは、右手を誰も居ない方向へ翳す。
≪神淵浸滅/ディヴァイン・デルージュ≫
静寂が辺りを支配する。セレネの周囲に霧のような細かな水の粒が集まり、渦となり頭上へと昇る。綺麗だなと呑気にハルが思っているとそれは起こった。
いつの間にか闘技場の天井付近まで昇っていた渦がセレネを中心に怒涛のように武舞台へと降り注いだ。それはただの雨などではなく、常人が見れば世界が浄化されているのだと勘違いするかのような神の意志を帯びた絶対の奔流だ。無慈悲な波がハルを呑み込む―――ことなく観客席へぶつかる直前、甲高い音を立てながらセレネの魔法を中和していく。
魔法の勢いは徐々に無くなり、最終的には武舞台で横に倒れ肩で息をするセレネだけであった。
「大丈夫か?!」
ハルは観客席からひとっ飛びでセレネへと近付いた。
「えぇ……。ただの魔力切れです。はぁ、それにしても、成功して良かったです。私でも3回に1回しか成功できないので……」
「魔力切れか。それならこれ飲んで」
空間に手を翳し<収納>を展開する。中から<上級魔導の水晶瓶>を取り出し、セレネに飲ませた。すると先程まで肩で息をしていたセレネは、徐々に通常の呼吸へと変わった。
「多分、威力だけで言えば街級いや都市級はあったと思う。一体どんな魔法なんだ?」
「<ディヴァイン・デルージュ>という第五位相魔法です。階級で言うと上から2つ目ですね。私が使える中で最も強い魔法です」
「流石、周辺国最強の魔法使いだ」
「ハルに言われても嬉しくありませんよ」
「えぇ?!割と本気で言ったんだけど……」
「ふふっ、冗談ですよ。ありがとうございます、ハル」
「えぇ……」
本気で魔法を放ち緊張がほぐれたのか、遂にはハルに対して冗談を言えるようになった。
(本気で凄いな。魔法だけで言うと60Lv以下の子たちには十分脅威だ。今の俺だと多分、勝てないかな?弱点としては発動までに時間が掛かるところと魔力消費量か。対処法としては発動前に間合いを詰めるか、全力で逃げ出すことか?とりあえず、現時点で分かっている現地人の魔法の頂点は見れた。それにしても―――)
「身内で良かった……」
「どうしました?」
「いや、何でもない。セレネは休んでて。次は、俺のスキルを試してみるから」
「分かりました」
ハルの言葉に従い観客席へと向かった。そこには、東屋でセレネの世話をしていたメイドが濡れた髪を綺麗に拭き取った。
それを横目にハルは検証を開始する。
「魔力消費が多い魔法関係は一旦置いておこう。<召喚・白骨騎士/スケルトン・ナイト>」
魔法陣から錆剣と大楯、甲冑を身に纏った一体の白骨―――スケルトン・ナイトが召喚された。配合条件が5Lv以上のスケルトン2体というお手頃である。
エターナル・ヴェイン第一階層には、ダンジョンギミックとして野生のスケルトンがポップするため異世界でも量産可能な進化魔物だ。今回召喚したのは、15Lvのスケルトン・ナイトだ。戦力としては雑魚以下だが、実験体としては十分だろうと判断した。
「まずは<召喚・白骨騎士>―――再召喚は問題無いと。次は―――」
次々に<召喚>について検証していった。
武舞台の隅への<召喚>―――成功。
セレネの隣りに<召喚>―――成功。
観客席の隅に<召喚>―――成功。
闘技場の外に<召喚>―――失敗。
エターナル・ヴェインの外に<召喚>―――失敗。
外に居るスカイ・オーブと交換するように<召喚>―――失敗。
違う魔物を想像しながら<召喚>―――失敗。
(上手くはいかない。いや、見える範囲に<召喚>できるだけで儲けものか。あとはどこまで範囲を広げられるか、魔力消費量に変化があるか調べる必要がある。仮に見える範囲どこまでもだとすると最凶だな……。双眼鏡、があるか分からないが遠く離れた場所から敵陣地に自爆人形を転移させるだけで……ヤバいな)
EoCではできなかった新しいスキルの使い方を考えた。他のスキルも仕様変更されているのかもしれない。ハルは、好きだったゲームに追加コンテンツが出たような気分になった。
―――もしかするとアレの発動条件も変わってる?
ハルはダンジョンマスターが持つ最強の技を思い出す。世界級魔法以上だが発動条件が厳しくEoCでは廃課金者だったとはいえ、創造神マグナスとの戦闘時以外一度も発動したことが無い。そもそもボス以外の魔物相手にはほとんどの場合、国家級、最悪の場合でも世界級の魔法を一発撃ちこむことで勝利可能だ。現実と化したこの世界のことを考えなければの話だが。
「使う機会がありませんように」
ハルの独り言が闘技場に虚しく響いた。




