第12話 準備②
代身体であるホムンクルスを用意できたハルは、再びメイドに案内させ会議室へと戻った。
会議室の扉を開くとエル・ラインの光景を写すために用意したスカイ・オーブ、入口付近に待機していたメイド、そして鎧を身に纏いただ一人椅子に座るイータだけであった。
「あれ?アルファたちは……?」
「姉……各大臣、それぞれ持ち場に戻りました。今回の件は、私以外の大臣は特に仕事がございませんので」
「確かにそうだ。それじゃ、早速始めようか」
ハルは大臣たちがイータ以外、不在である理由を聞き納得した。そして今回の目的である転移ポータル設置のため<主従交換>を行う―――寸前、イータから待ったを掛けられた。
「お待ちください。現在、マスターは低レベルのご様子。代身体とはいえ、不用心かと」
ハルのレベルを察し、危険だと報告するイータ。
魔物配合装置により誕生した魔物は例外なく1Lvだ。そのため現在、ホムンクルスの身体を使っているハルは最弱の存在ということになる。外の平均レベルが低いと予想されるが、それでも最善は尽くした方が良いとイータは思った。
「スケルトンの時は30Lvぐらいで何とかなったけど……。イータがそう言うなら上限まで上げようかな」
そう言うとハルは<収納>を展開する。空間に突如現れた次元の裂け目に手を突っ込みそこから1つの瓶を取り出す。瓶の中には黄金に輝く粉が入っており、それらは底に溜まることなく瓶の動きに合わせて液体のように動いている。春は躊躇することなく瓶の蓋を開け、一気に飲み干した。するとハルの体が黄金色のオーラに包まれた。
たった今ハルが使った瓶は<下位精霊の祝福>というマジックアイテムだ。
これは50Lv未満の場合のみ使用可能であり、経験値の蓄積状況に関わらず1Lv上昇させる効果がある。ハルは<下位精霊の祝福>を使い50Lvまで上昇させた。
<下位精霊の祝福>は、EoCのマップ上に稀に出現する下位精霊を討伐後、一定の確率でドロップするアイテムだ。オープンワールドであったEoCでは、狙って引き当てることはできないと言われている。だが、ハルはスケルトンのレベルを上げた時と今回を含めると合計で79回使っている。
ハルが<下位精霊の祝福>を大量に使うことができたのは、ひとえに課金のおかげである。EoCの課金システムに特別な地形に行ける<特殊転移ポータル>シリーズが販売されている。その中の1つに下位精霊の住処の場所に転移できるポータルがあり、ハルはそれを課金し使用していた。
勿論、アイテム自体のドロップ率は変わらないため多く狩る必要がある。それでも効率は桁違いであり、ハルの<収納>には多くの在庫が残っている。
「よし、これで50Lvになったはず。そういえば、スキル振りってどうやってやるんだろう」
「それは……。マスターにしか分からないことかと」
「そっかー、そうだよな。……軽く言ったけど結構重要だよね。よし、スキル関連も調査しようか」
「承知しました。各大臣に共有いたします」
「よろしく。それじゃ、行ってくるね」
話を終えたハルは<主従交換>を使用した。
次の瞬間、ハルとエル・ラインに居るスカイ・オーブの位置が入れ替わった。ハルが見ている景色が会議室から森へと変わる。会議室とは異なり、日光が通らずひんやりとした雰囲気の場所に思わず体を擦った。
「上手く転移できた。今度は汚さずに済んだな」
服を汚さず転移できたことに安堵した。
そしてイータをこの場に転移させるために準備する。
「扉の魔女を出す前に―――<召喚・上位悪魔>」
ハルの詠唱と共に漆黒に染まった魔法陣が地面に展開される。ひんやりとしていた森が更に冷えた。地面に展開されていた魔法陣が空に向かってゆっくりと上昇していく。それと同時に人間の体が出現した。魔法陣が上昇するごとに徐々に姿を露わにしていく。
漆黒のスーツを着た人間―――上位悪魔は跪きその赤い瞳をハルへと向ける。
「上位悪魔、マスターの前に」
「お前ってこんな感じなんだ……てか喋れるんだ。アビスは喋れないのに」
「浅学な私にどうか教えてください。アビスとは一体……」
「深淵蛇王のことだよ」
「あの蛇でございますか?!な、何故!」
「えぇ……」
上位悪魔。
ハルが所有する100Lv配下魔物の一体だ。物理・魔法攻撃力はどちらも低くステータス値全体で見ても他の100Lvに大分劣っている。だが、上位悪魔には他の魔物たちには無い専用スキルが存在する。
それを今回、使用するために召喚したのだが。
―――イメージと違う……
ハルは想像していた姿と乖離していたことにショックを受けていた。
「羨ましい……」
「もしかして名前が欲しいのか?」
「それは是非とも!―――失礼。興奮してしまいました」
―――メイドも欲しかったりするのかな?
ハルは上位悪魔の反応を見てそう思った。
「分かった―――ノワール。今からお前の名前はノワールだ」
「―――拝命しました」
ハルは上位悪魔の見た目と着ていたスーツから直感的に付けた。
跪いていた上位悪魔―――ノワールは立ち上がり指を鳴らす。スーツから漆黒の燕尾服へと変り、左目に銀縁の単眼鏡を掛けた姿へと変わった。
「お、おぉ。姿が変わった……?」
「これからマスターのお世話をさせていただく身。それに相応しい格好を考えた結果、この姿を選びました」
「お世話?……まぁ、いいか。早速で悪いけどノワール。周辺を<幻影結界>で囲ってくれ」
「承知しました。―――<幻影結界>」
ノワールの詠唱と共に空間がわずかにずれる。だがその違和感は瞬きする間に消え去り、辺りは元の静かな森へと戻った。
上位悪魔専用スキル<幻影結界>。詠唱者を中心に円状に幻の結界を展開し、外部と内部を遮断し味方以外の出入を禁止する妨害系スキルだ。 内部から脱出するためには、発動者の殺害もしくは解除のみである。
<幻影結界>の発動を確認したハルは、この場と会議室を繋げるための準備を始める。
「<召喚・扉の魔女>」
「美しい。何度見ても素晴らしいスキルでございます」
詠唱と共に扉の魔女が魔法陣から召喚された。
背後から聞こえた称賛に照れ隠ししながら扉の魔女へと向き直る。
「会議室に繋いで」
ハルの命令を受けた扉の魔女は、軽く頷くと後光のように背後に存在する重厚な扉を開いた。暗闇が広がる扉の先からしっかり地面を踏む音が聞こえる。それは段々大きくなっていき、暗闇から姿を露わにする。最初に出てきたのは、人間とは思えないゴツゴツとした足。傷一つ無いフルプレート。そして温度を感じさせないフルフェイス。
「お待たせいたしました、マスター」
―――これ、他人が見たらビビるだろうな
ハルは、イータが扉から登場する一部始終を見てそう思った。上位悪魔よりも悪魔のように登場したと脳裏を過ったが、直ぐにその考えを捨てた。彼女たち大臣は勘という点では、100Lvを越えているからだ。
「それでこちらの方は……」
「上位悪魔改めノワール。簡単に言うと今回の護衛だね」
「よろしくお願いします。ところでお名前を伺っても?」
ハルはイータにノワールを紹介した。基本的に魔物大臣であるイプシロンと軍務大臣であるジータ以外は、ハルの配下魔物について詳しくは知らない。逆に言うと配下魔物たちも大臣たちのことについては、ほとんど知らないと言っても良い。
イータはノワールから名を尋ねられると鎧を僅かに鳴らしながら左腕を胸の位置に上げた。軽い短めの所作だが、そこからでも高貴な雰囲気を察することができる。現にノワールは、その所作を見て目の前の存在にある程度の目星は付けた。
「エターナル・ヴェイン技術大臣担当イータと申します」
「おぉ、貴方が……。ふふっ、噂はかねがね聞いております」
「そうですか」
イータの紹介を聞いたノワールは、胡散臭い笑みを見せながら言った。それが原因か将又イータの性格に問題があるのかハルには判断が付かなかったが、このままでは気まずい雰囲気が流れると思い即座に目的を遂行させるために指示を出す。
「イータお願い」
「承知しました」
イータがその場で跪き腕を合わせる。その姿はまるで教会で祈るシスターかのようであった。
―――始まったのかな?
転移ポータル設置の場面はEoCでは、見ることができなかったため始まったのかどうか判断できない。だが、雰囲気的に始まっているのだろうと思いながらハルは、何かを念じるようにイータを見つめた。
普段であれば、直ぐにイータから冷ややかな目線もしくは非難の言葉が出てくるだろう。だが、いくら見つめてもイータは反応することなく祈りを続けていた。それを見てハルは安堵した表情―――ではなく少しショックを受けた顔をした。
(EoC金貨はこの世界では機能しない、もしくはやり方が間違っているのか。どちらにしても今は待機時間短縮は不可能だな。うーん、今のところEoC金貨の価値が無いのだが……。報告書にもEoC金貨の存在を知らなさそうだったし……)
「よし、ノワール。24時間イータは動けないから護衛よろしくね」
「承知しました。マスターはその間、いかがなさるのでしょうか?」
「うーん、そうだな。一旦、エターナル・ヴェインに戻ってスキルの調査でもしようと思う」
「おぉ、なんと素晴らしい……」
「そ、そうか」
「えぇ、そうですとも」
ノワールの反応に若干引いたハルは、この場から逃げるようにスカイ・オーブと位置を入れ替えた。




