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8話 罪と罰と贖いの偉丈夫

「みたいな事がありましてね。ビシッと言ってやりましたよ」

「妙に騒がしいと思ってたけど、そんな話してたのね」


 千歳と賭けをした日の放課後、俺は先輩に話を聞くため昼休みにあった友人との会話をつらつらと話していた。

 同じクラスの山吹は俺と千歳の争いを見ていたようで、呆れたと言うように首を振った。


「何だよ山吹、俺達の先輩が馬鹿にされたんだぞ。お前だってもっと怒ってもいいはずだ」

「そうは言われてもねぇ……いいじゃない、根も葉もない噂を流されてただけでしょ? 私は大して気にしないわ。あんたも二人を信じてるなら笑い飛ばすくらいしてやれば良かったのよ」

「格好いいな」


 俺よりよっぽど漢らしい。俺も次からそうしようかな。


「……過ぎたことは仕方ない。もう喧嘩は買っちゃったしな。さ、先輩方、パパっと真実を話して俺を宿題から解放して下さい」

「波瑠さん、どうぞ」

「ええっ!? 絃ちゃんから話してよ!」

「私は去年あったことしか知りませんので。波瑠さんの方がこの部の歴史には詳しいでしょう?」

「ず、ずるいよ! 私だって一昨年のことまでしか知らないし! 大差無いじゃん!」


 早くサノバウィッチの続きをやりたいし手早く語って貰おう、と二人に話しかけたら何故か先輩達は押し付けあいを始めた。

 ……どうしたんだろう。後ろめたい事がなければ淡々と話せばいいのに……嫌な、流れだな。


「えぇー……もう、しょうがないなぁ」


 結局、押し負けたのは一先輩だったようで、先輩はしぶしぶ口を開いた。


「まず…………まず七祈くん、他人を勝手にギャンブルに巻き込むのは良くないよ。賭けの結果、私達が何かするわけじゃなくてもギャンブル自体に忌避感がある人だっているんだから。それに私達のせいで七祈くんが酷い目に遭ったら、少なからず責任も感じちゃうしね」

「それは……すいません。でも、俺に何かあったとしても先輩達のせいじゃないですよ? 一先輩の言うように俺が勝手にやってるだけですし」

「そうはいかないよ。私達は先輩だからね、後輩は守らなくちゃ」


 守れる範囲だけでもね、と一先輩は俺に優しく微笑みかけてくれる。

 せ、先輩……! なんて素晴らしい人なんだ……! 俺も後輩が出来たら一先輩みたいな人間にならないといけないな!


「……で、それはともかく本当は何があったんですか?」

「……七祈くんは私達が汚い手を使ったって聞いたみたいだけど、汚い手ってどこからだと思う? 私としてはルールに明記されてないなら何してもいいと思ってるんだけど」

「その発言がもう答えみたいなもんじゃないですか!」


 汚い手の定義を聞いてくる時点で完全にクロだよ! 疚しい気持ちが無い人なら絶対に出てこない問いだもんよ!


「騙された! 先輩達はおかしな所もあるけど、人の道だけは踏み外さないと信じてたのに! 自制心どころか良心まで皆無だったなんて!」

「言葉が過ぎるよ!?」


 一先輩は胸を抑えて悲しげな表情を向けてくるが、泣きたいのはこっちの方だった。

 千歳に飯を奢るのは甘んじて受け入れるとして、それよりも尊敬する先輩達が極悪人だったことがショックだ。


「まさか先輩達が対戦相手を一人残らず病院送りにして不戦敗にさせたり、教師を脅迫して自分達に有利なルールを作らせたりしてたなんて……!」

「待ってぇ! そこまではしてない! 七祈くんは何を聞いてきたの!? すんごい盛られてるよその話!」


 あれ? おかしいな……、千歳は確かにそう聞いたって言ってたんだけど……。


「私達がしたのは精々ご飯に下剤を盛って相手をトイレから出られないようにしたり、色仕掛けで審判の目を引きつけたりしたくらいだもん」

「ほぼ事実じゃん!」


 多少大袈裟に言われてはいたものの、方向性としては聞いた話そのままだった。よくそれであんな強く否定出来たな。


「私達だってちゃんとケアはしたんだよ? 一人一人に胃腸薬を渡したしね。審判に至っては悪いのは私達じゃなくて審判だと思うし……」

「審判役を務めてくれた先生はあれ以降ロリコンと呼ばれてますもんね。可哀想なことです」

「え……まさか色仕掛けって一先輩が試したんですか!?」

「その驚き方は失礼じゃないかなっ!」


 一先輩は頬を膨らませて怒気を帯びた声を上げるが、少しも迫力がない。

 それもひとえに見た目が幼いせいなんだけど、この人に誘惑された大人がいるっていうのか!? 


「七祈くんは私を甘く見てるね。こう見えて需要はあるんだよ? 高校に入ってから十回くらいは告白されてるし……生徒と教師含めて」

「聞いちゃいけないことを聞いた気がします」


 いや、一先輩が可愛いことに異論はないけど……だとしても教師が生徒に告白とか色々問題があるだろ。相手は容姿だけで言うなら小学生だぞ?


「教師はロリコンが多いって言うものね。私でさえ教師には迫られたことが無いのに、波瑠ちゃん先輩は流石だわ」

「妙な部分に感心すんなよ! 後、全国の教職についてる人達に謝れ! 真面目に子供を導こうって人の方が多数派だ!」


 先生達は皆、過酷な環境の中頑張ってくれてるんだよ。風評被害を真に受けるんじゃない。


「話は戻りますけど、先輩達はイベントの度に毎回さっきみたいな悪行を働いてたんですか? よく退学になりませんでしたね」

「毎回なんてそんな……半年に一回……? いや、三ヶ月に一回はやってたかも? まあ一年を通して多くても五回くらいかな」

「かなりやってますよそれ」


 一栄祭は一年で十回なんだから半分は暗躍してる。退学はともかく、廃部はされてないとおかしいだろ。


「でもですね、私達も悪いことをしてるわけじゃないんですよ。だって考えてもみて下さい、対戦相手に下剤を盛るのはいけませんとか、買収してはいけませんなんてルールには書いてなかったんですよ? それなのに周囲は私達が悪党のように言ってきて……さあ、悪いのは私達か周りかどっちでしょう」

「十対零でビジュアルノベル研究部ですかね」


 この人達のルールに書いてなければ何をやってもいいって思考はなんなんだ。美少女ゲーム研究部の伝統なのか?


「良かった。七祈さんなら分かってくれると思ってました」

「違います! 先輩達が零で悪くないって言ってるんじゃないです! 百パーセント加害者だって言ってるんです!」


 どれだけ自己肯定感が高くても普通今ので自分達が認められたと思えねぇよ! 


「そ、そんな……! ここで価値観の違いが出てくるなんて……! これからは七祈さん達にも活動を手伝って貰おうと思ってましたのに……」

「なあ山吹、この後退部届貰いに行かないか?」

「いい案ね、私も丁度そう思ってた所だわ」

「「待って(下さい)!!」」


 山吹を誘って職員室に向かおうとしたら、先輩達がそれぞれ俺達の制服の袖を握って引き止めてきた。


「なんですか先輩、俺達忙しいんですけど。これからまた部活見学に行かないといけないんで」

「そうよ、犯罪の片棒を担がされちゃたまんないしね」

「犯罪なんてそんな! 私達はルールの穴を付いてる! 回を追うごとに、私達のやったことがルールで禁止されちゃってるけど……」

「ええ、でも安心して下さい。まだまだアイデアはありますので」

「禁止されるようになった時点で駄目なことだったって自覚持ちましょうよ!」


 桜野先輩はこの期に及んでピントのズレた説得してきてるし! 先輩達がやってきたことはルールに書いてなかったことじゃなくて、書くまでもないことだったって話なんだよ!


「はぁー……この部が六位だったのも納得しましたよ。そんだけ悪名高ければ注目もされますよね」

「六位ってあれのことだよね? あの、一栄祭の優勝予想のやつ。それの順位が高いのは多分別の理由の方が大きいよ?」

「え?」


 別の理由? 今の以外でビジュアルノベル研究部が勝ち上がれる要素があるのか?


「正直、私達の力だけではどんな手段を用いようと一位を取るのは至難の業ですからね。私は頭が良いので頭脳戦だと敵なしですが運動は苦手ですし、波瑠さんは可愛さ以外に取り柄がないので戦力として数えられません」

「えへへ、可愛いなんてそんな」

「怒った方がいいですよ」


 可愛いだけの無能って言われてるんだから。


「何故か私達は注目されてるみたいなので、上級生でその辺りの事情を知らない人は少ないでしょう。それでもビジュアルノベル研究部に投票する人が多いのは部長のおかげですね」

「そんだけ暴れといて何故かじゃないでしょ。……それにしても部長、ですか」


 俺はまだ会ったことない人だ。今年で二十歳ってことくらいしか知らない。

 滅多に顔を出さないとは聞いてたけど、四月に入って二週間以上経つのに顔を出した様子もない。


「山吹は俺より部室に来てた回数も多いけど、その時に来てたりしたか?」

「残念ながら私も見たこと無いわね。そろそろ存在を忘れかけてたわ」


 山吹がそう言うのも無理はない。俺だって相手が部長って役職を持ってなければ覚えてた自信がないしな。


「一年在籍していた私ですらも十回会ったか会ってないか、ですからね。遠方に住んでる親戚と同じくらいの遭遇率です」

「が、学校には来てるんですよね?」

「どうでしょう……確か波瑠さんの隣のクラスでしたよね? 最近見た記憶ありますか?」

「いや、四月に入ってからは登校してないと思うよ。卒業式で誰よりも大きな拍手をしてたのが最後に見た姿かな」

「メンタル化け物ですね!」


 その頃には留年確定してるはずなのにそんな堂々としてられるのか。出席してるだけでも凄いのに。


「それで、部長さんは何が得意なんですか? 文化系の種目は桜野先輩が担当してるとしたら、やっぱり運動神経抜群とか?」

「そうだねぇ、大体合ってるよ。部長はジョーカーみたいなものなんだ。参加さえしたら体育会系のイベントでは無双するの。出席率さえ良かったら、運動の部長と頭脳の絃ちゃんで優勝予想の順位ももっと高かったんじゃないかな」

「さっきはああ言いましたけど、波瑠さんも稀にトリッキーな活躍をしますからね。人数こそ少ないものの、部員が揃えば優勝候補の一角なんですよ」


 桜野先輩は自画自賛するが、今までの所業を聞いたせいでいまいち飲み込みかねる。

 そう思っていたら、山吹が俺も言おうかとしてたことを代わりに言ってくれた。


「そんな自信があるならまともに勝負してこれば良かったんじゃない?」

「……ふっ、一栄祭はそう単純なものじゃないんだよ。朱莉ちゃんや七祈くんもこれから分かってくると思うけど」

「結局の所、団体戦ですからね。個人の実力が突出していてもどうしようもない時があるんですよ」

「それでも外法に走っちゃうのはどうかと思うけど……」


 俺も山吹と同意見だった。

 まあ今後は先輩達が悪事を働かないよう俺達が目を光らせておくとして……、


「四月に開催されるイベントの詳細はまだ発表されないんですかね? 四月も半分過ぎたし、内容くらいは決まっててもおかしくなさそうなんですけど」

「正式発表はいつも一週間前だからもう少しだね。でも知ってる人は増えてくる時期だし、どこかで噂は聞くかもね」

「?」


 どういうことだ? 正式発表前に教師が生徒に情報を漏らしたりしてるとか?


「戦いは始まってるということです。毎回、特定の生徒には先んじて詳細が教えられてるんですよ。生徒の選出方法はランダムで、その生徒は自分から他人に詳細を教えることは禁じられます」

「誰かから聞かれた場合だけ話せるってこと?」

「その通りです朱莉さん。自分から話したのがバレた場合、その人が所属している団体はその月、一栄祭への参加権を失います」

「中々罰が重いですね……」


 四六時中監視されるわけじゃないとしても、バレた時のことを考えると迂闊に話せなくなる。罰を食らうのが自分だけならまだしも部活まで巻き込むんだもんな。


「該当者を見つけて聞いた側は周りにも教えていいの?」

「ええ。ですが他の部活に教えるメリットがありませんから、知っている生徒も口は堅いですね。撹乱させるために嘘もついてくる人もいる始末です」

「だから話を聞いても裏を取る必要が出てくるんだよねー。偶然信用できる友達が情報を仕入れてくれたらラッキーなんだけど」

「完全に情報戦ってわけですか」


 騙し騙され、精度の高い話を掴むためには走り回り、か。俺にはあんま向いてないな。

 先輩達も困ったような笑みを浮かべてるし、得意分野ではなさそうだ。

 これは大人しく来週を待つのが良さそうかな。ちょっとでも早く知った方が有利なのは違いないけど、正式発表もイベント一週間前にやってくれるなら充分対策は立てられる、はず。


「……山吹は何か聞いてたりしないのか? ほら、友達も多いんだしさ」

「多いって言っても皆一年よ? 私も含めて一栄祭に関してはまだ右も左も分からない子ばっかりだし、あんたが期待してる答えは出てこないわ」

「そりゃそっか」


 じゃあ本当に諦めるしかないな。一旦、サノバウィッチ進めとくか。

 そうしてノートパソコンを開こうとした瞬間、『どんどんどん!』と扉を叩く音が部室内に響き渡った。


「な、なんですか……? この学校って熊でも飼ってたりします?」


 あまりにけたたましい音に慄き、俺は扉から距離を取った。

 防音室の扉だぞ? どんな力で叩いてるんだ……?


「熊はいなかったと思うけど……あるとしたらロボ部の対人決戦兵器とかかな? 攻められる心当たりはあるし」

「もしかしたら中国拳法部が崩拳してきてるのかもしれませんよ。あの部にも恨まれてますから」

「いざとなったら山吹連れて逃げるので去年までの確執は先輩達で解消してくださいね!」


 幸いここは一階だ! 窓から脱出できる! 先輩達にはこれも因果応報だと思って諦めてもらおう!

 あれこれ言っている間に扉が開き始め、俺はいつでも逃げられるように立ち上がった。


「…………」


 全身全霊で警戒してる中、入ってきたのは筋骨隆々の大男……ってことは中国拳法部が正解か!? 早く逃げないと!


「ぶ、部長!?」

「部長……?」


 本格的に動き出す前に一先輩が声を上げ、俺は冷静さを取り戻した。

 部長って……もしかしてさっきまで話題に出てたあの部長? だとしたら納得だ、運動が得意そう……というか体を使うことに慣れてそうだし。


「おお! 一! 久し振りだな! 相も変わらずちんまい! 飯はちゃんと食えよ! 桜野もいつ振りだ!? 覗きは卒業したのか! いや、お前のことだからしてないんだろうな! 程々にしとけよ!」

「あの、この全方位にデリカシーのなさそうな人が部長なんですか?」


 俺は小声で桜野先輩に問いかける。

 一先輩が部長って言ってるし確実にそうなのは分かるけど、念の為確認だけはしておきたい気持ちになってしまった。


「そうです。彼こそが三年連続ビジュアルノベル研究部の部長を務めるという快挙を成し遂げた鬼柳(きりゅう)剛毅(ごうき)さんです」

「快挙っていうか暴挙だろ!」


 甲子園出場みたいな言い方されても! 部長さんだって出来ればやりたくなかっただろうし!


「お? お前達が新入部員か?」


 桜野先輩への突っ込みに大声を上げてしまったことで部長の目がこっちに向いた。

 もうちょっと話を聞いておきたかったけど、こうなっては仕方ない。まずは……自己紹介からかな。


「はい、初めまして。月野木七祈と言います」

「私は山吹朱莉よ……です。初めまして」


 俺に続いて山吹も自己紹介するが、口調が部活に初めて来た時に戻っていた。どんな相手でもこうなってしまうなんて難儀な癖だな。


「おうよ月野木に山吹、よろしくな! 俺は鬼柳剛毅だ! 高校生にしちゃちと年を食ってるが気にせず気軽に絡んでくれ! 堅苦しいのは苦手だから呼び捨てでタメ口の方がやりやすいくらいだ!」

「そうは言われましても」

「分かった、よろしくね。鬼柳部長」

「順応性高いな!」


 反応に困った俺とは違い、山吹は臆した様子もなく片手を上げてフランクに挨拶を交わしていた。

 制服が筋肉でピッチピチになってる人だぞ。身長は俺と変わらないのに筋肉量が凄いから俺の倍くらい大きく見える人でもあるんだぞ。ちょっとくらいビビるだろ。


「どうした月野木! ここじゃ数少ない男の同士だ! 仲良くしていこう! ……ほお、結構鍛えてるな。どうだ? この後、組み手でもやってみないか?」

「遠慮しておきますよ。やり方も分からないんで」


 部長はにこやかに肩を組んできたが、腕が丸太みたいに太くて本能的に恐怖を覚えるから少し離れてほしい。このまま首を締められたら秒で落とされそうだ。

 それに鍛えてるとはいっても、俺は雪音を守れるように最低限の筋トレをしているだけだ。部長に比べたらおままごとのようなものだろう。


「やり方が分からないなら俺が教えてやろう。俺はこう見えても空手道場の跡継ぎなんだ。手取り足取り教えてやれるぞ!」

「こう見えてもって……かなり見た目通りなんですけど……」


 武道家じゃなかったらボディビルダーか元ラグビー部とかかなって思ってた。サイズ感からいくと柔道っぽかったけど空手でも不思議じゃない。


「部長は凄いんだよ。入学当初は女子と腕相撲でいい勝負するくらいの貧弱具合だったのに、私が入学した時には既に今の筋肉を手に入れてたからね。ほんと、努力の人だよー」

「嘘でしょ!?」


 この格闘漫画の登場人物みたいな人が!? まるで想像がつかないけど……!?


「昔の話は恥ずかしいな。だが、一の言う通りだ。この部に入る前の俺は同年代の男子を著しく下回る肉体の持ち主だった」

「空手道場の跡継ぎなのにですか?」

「ああ、今でこそ自分の境遇に感謝しているが当時は反抗期真っ盛りでな。空手なんてやってられるかという気持ちで、親から課されていた鍛錬を全て無視していたんだ。武道が時代遅れだと思っていたのもあったな。……そんな俺に転機が訪れた」


 部長は俺から離れ、エロゲーが収められている棚の前に歩いていく。


「部活見学の時に偶々ビジュアルノベル研究部の部室の前を通ったら、その時の部員達に無理矢理部屋に連れ込まれたんだ。そして有無を言わさず座らされ、強制的にやらされたゲームが、これだった」

「部長の意思を無視する言葉が三つも入ってたんですけど! どんだけ無茶苦茶な人間の集まりだったんですか!」


 部長が棚から思い出の品を取り出してきたが、俺にはそれより部活に入れられた経緯が気になってしまった。

 そこまで強引な部活勧誘が許されていいのか……? いや、結果五年もビジュアルノベル研究部に居座ってるんだから悪いことでは無かったんだろうけど……。


「確かにとても良い行いとは言えないな、微力ながら抵抗した覚えもある。しかし、それらを全て吹き飛ばす勢いがこのゲームにはあったんだ」


 部長は改めて棚から持ってきたゲームを俺達の前に提示した。

 背景には夜空と金髪碧眼の美少女が描かれていて、手前には赤黒い手をした少年が一人。

 タイトルは……、


「ディ、ディエス、イラエ?」

「「「「ディエス・イレ!」」」」

「うぉっ!」


 タイトルの読み方が分からず、ローマ字をそのまま読んでみたら全員から大声で訂正をくらった。怖い……。


「よく見てみて! 英語の下にカタカタで読み方が書いてあるでしょ!」

「え……ほんとですね。細長くて見えてませんでした」


 一先輩に指摘されて再度パッケージを見てみると、そこにはちゃんとフリガナが振られており、さらにその下にはサブタイトルのようなものも記されていた。


「ディエス・イレ! 俺はこれをプレイしたことによってそれまでの弱い自分と決別する覚悟を決めた! 振り切った厨二感! 息をつかせぬバトル展開! 敵も味方も持っている強い信念! その何もかもが俺を駆り立てた!」


 部長は腕を振り上げゲームの良さを熱弁する。

 最初は美少女ゲームって存在とは対極にいそうな人だと思ったけど、なるほど、これは確かにビジュアルノベル研究部の人間だ。


「部長の話を聞く感じだと、ディエス・イレは燃焼の方の燃えゲーってことですか?」

「燃えげーも燃えゲー! 燃えゲーの極致の一つだ! 多少の合う合わないはあるかもしれないがな」

「燃えゲーかぁ。俺も興味はあるんですよねぇ」


 昔から少年漫画は好きだったし、バトルが主なエロゲーがどういうものかやってみたい。


「本当か! お前とは話が合いそうだ! 燃えゲーはいいぞ! 世界やヒロインを守るために奮起する漢! 守られるだけじゃなく自分も大切なものを守るために戦うヒロイン! 魅力的な敵役! 迫力のあるCG! スピード感のある展開! エロゲだからこそ出来る過激な表現! それ以外にもまだまだ魅力的な要素はあるが、主にこんなところだな。どうだ? 聞いてるだけでもワクワクしてこないか?」

「はい……なんか知らないけどテンション上がってきました!」

「よし! その気持ちをさらに高めるため少しだけディエスのCGを見せてやろう!」


 部長はスマホを軽く操作した後、俺に手渡してきた。

 画面には黒い服を着た女性が赤い剣を構えている画像が映し出されていて、それを見るだけで俺の心はノックアウトされた。


「か、かっけぇ……!」

「いいだろういいだろう。何枚かスライドしていっていいぞ。ゲームをやる時に新鮮さを感じたいなら、あまり枚数を見すぎないようにな」

「……! ……!!」


 部長の忠告を耳にしながらも、画像を見る俺の手は止まらなかった。

 白髪、金髪、黒髪、と多国籍で多種多様なキャラがゴシックな服を着て、不敵に笑ったり厳しい顔で武器を振り上げたりしている。

 それぞれのビジュアルだけでも強いのに、醸し出されるダークな雰囲気が琴線に触れまくる。

 なにもかもがカッコイイ! コスプレの趣味はないはずなのにこの軍服みたいなのを着たくなってる! 


「夢中になるのもよく分かるぞ。ディエスのCGはそれだけ人を惹き込む力がある。シナリオを読みながらだとより燃え上がる。燃え上がりすぎてディエスをプレイした当日、親父に稽古を頼み込みにいったほどだ」

「へぇー…………ちょっと待ってください、因果関係が見えなかったんですけど」


 部長の発言を聞いて俺は現実に引き戻された。

 そういやこれって部長が鍛えるようになったきっかけの話だったっけな。ゲームの印象が強くなりすぎて忘れてた。


「分からないか? いつ戦いに巻き込まれてもいいように力を付けておこうと思ったんだ。ディエスだけではなくその後も様々な燃えゲーをやっていき、その気持ちは強くなっていった。そうして鍛錬と他流試合を繰り返し、気が付いたらこの身体になっていた」

「そんなことあります?」


 部長の言う戦いって画像を見る感じ武器や特殊能力が出てくるようなものだろ? 現実じゃまずありえないシチュエーションだ。それなのにここまで体を鍛えて……なんて影響されやすい人なんだ。


「呆れているようだが月野木にはないのか? バトル漫画を読んで必殺技を真似したり……」

「うぐっ」

「自分だけの能力を考えたりとかもやってそうだよね」

「ぐぁっ」

「漫画の特訓方法を真に受けたりしたこともあるんじゃないでしょうか」

「はっ……はっ……」

「そんで鍛えた力で襲撃してきたテロリストを返り討ちにする妄想もしてそうよね」

「ぐはぁっ!」


 部員全員から集中砲火をうけ、もう俺のメンタルはボロボロだ。

 なんでこの人達はこんなに俺に詳しいんだ……! 


「皆、俺のファンなんですか……!?」

「ファンじゃなくても分かるわよ。あんたくらい分かりやすく影響されやすい人間も稀よ?」

「嘘だっ! 俺は硬派で、周りに流されず、確固たる人間性を持ってるはずなんだ!」

「ふっ」

「鼻で笑われたっ!」


 山吹に馬鹿にされるまでもなく、さすがに俺も自分がそんな人間じゃないのは分かってる。

 だが、ここまで見透かされるとも思ってなかったらちょっとショックだ。


「ま、要は今言ったことの延長線だな。俺がやってることは。燃えゲーのおかげで我が道場も安泰、金回りも良くなって、さらには彼女も出来た! 燃えゲーはかくも素晴らしい! というわけで、これらが俺のお勧め燃えゲーだ。卒業までに全部クリアしておくようにな」


 部長は俺の前にエロゲーを積み上げていき、ノルマを課してきた。

 入部して最初の活動日を思い出す流れだ。ここの人達は一度は布教しないと気が済まないのだろうか。


「そんなパワハラが許されるんだったら私達が選んだエロゲもやってもらわなきゃ気が済まないよ! 七祈くんなら全部できるよね?」

「パワハラって分かってるならやめてくれませんか? ……おい! せめて山吹は同じ一年なんだからこっち側に来てくれよ!」

「だって私ここにあるゲームは半分以上やったことあるもの」

「くそぁっ……!」


 だとしても一緒にパワハラする理由にはならなくない? せめて静観するか、出来るなら一緒に制止してほしいんだけど。

 山吹へのストレスを貯めながら三人がこぞってエロゲーを持ってこようとするのを必死で止めていると、部長が何かを思い出したようにポンっと手を叩いた。



「おおっ、そうだ。俺は燃えゲーの話をしに来たんじゃなくてだな。一栄祭の情報を手に入れたからお前らに教えにきたんだった」

「えっ! 滅多に学校に来ないのに何で!?」


 ああ良かった……、部長のおかげで一先輩の注意が逸れた。

 他の二人も一栄祭の方が気になってるみたいで視線が部長に向いてくれている。


「特殊なイベントでも起こってないかと人気のない場所を徘徊していたら、偶然情報を売買している場に出くわしてしまってな。ついでに俺も買っておいたんだ。いや、運が良かった」

「そんなことしてる人もいるんですね。先輩達も次からそうしたらいいんじゃないですか? お金なら俺も出しますよ」

「あー……そうだねぇ」


 法外な額でもないだろうし簡単に話が聞けるならそれもありでは、と思ったのだが何故か一先輩の歯切れが悪い。


「そういうことをする人は毎回出てくるんだけど、欲しいから売ってくださいって簡単な話じゃないの。情報の値崩れを防ぐために口が堅くて信用できる一部の生徒にしか売らなかったりするんだよー。情報を買った人から話が出回りすぎたら価値がなくなっちゃうからね」

「なるほど……そこまで考えてるんですね。でも、じゃあなんで部長には売ってくれたんですかね? 部長の知り合いだったりしたんですか?」

「そんなことはないぞ。自慢じゃないが同級生に比べて俺は知り合いが極端に少ない。なんせ留年してるからな。親しいと呼べる相手はこいつらくらいだ。ガハハッ」


 部長は豪快に笑って先輩達を指さすが俺は笑えない……。そうか、仲良かった人は卒業してるもんな……。


「多分だけどね、単純に部長が怖かったんじゃないかな。情報を売買してるって言ったら何だか裏社会の人みたいだけど、実際は相手もただの高校生だからね。筋肉に屈しちゃったんだと思うよ」

「戦わずして敵を屈服させたということか。それは気持ちが良いな」

「部長的にはそれもありなんですね」 


 正面から戦うだけじゃなく圧倒的な力を見せつけるのも好きらしい。どちらかというと悪役に染まりそうな思考をしてらっしゃる。


「謎も解けたことだし本題だ。まず、四月のイベントは例年通り体育会系のイベントから始まる。イベント内容は球技大会、バスケ、卓球、バレー、野球、サッカーの中から一つ好きな競技を選ぶ形だ」

「ふむ、私達はバスケットを選ぶ以外無さそうですね」


 桜野先輩が思案顔で呟く。

 五人しかいないしバレーとかは無理としても、卓球も駄目なんだろうか? 


「勝ち抜き戦ならともかく、個人戦を五回やる形でしょうからね。このメンバーで三勝は無謀でしょう。鬼柳さんと七祈さんと朱莉さんに負けが許されなくなります」

「清々しいくらい戦力外なんですね……って、俺口に出してましたか?」

「七祈さんは分かりやすいので」

「また言われた!」


 そんなにかなぁ!? コミュニケーションが楽な部分もあるからいいけど!


「意外と普通なことやるのね。この学校のことだからもっと妙なイベントをやるのかと思ってたわ」

「四月は毎年こんなものだ。新入生にとっては一発目の祭だからな。奇を衒い過ぎないよう気を付けているのだろう」

「その代わり後半は奇天烈なイベントが多いよ。勝利ポイントも増えてるっていうのに運要素が絡んでくるのもあるし……私達はその方が戦いやすいけどね。真っ向からの実力勝負は苦手だし」


 山吹の疑問に三年生二人が答えてくれる。

 一年が学校に慣れるまで配慮してくれてるってことか。


「一つだけ聞いたことがない言葉があったんですけど……勝利ポイントって何ですか?」

「読んで字の如しってやつだよ。勝った時に貰えるポイントのこと。イベント終わりに一位百ポイント、二位八十ポイントって感じで順位に応じたポイントが貰えるの。全部活で一つのイベントに参加する場合もあるけど、今回みたいな時は各競技の上位にそれぞれ勝利ポイントが与えられる感じだね。それで来年の三月にそのポイントが一番多い部活が優勝賞品を貰えるんだー」

「補足すると、貰える勝利ポイントは月を追う毎に増えていきます。四月に一位を取っても百ポイントですが、五月だと二百ポイントで六月になると四百ポイント……と指数関数的な増加ですね」

「じゃ、じゃあ四月から六月に一位を取っても、七月に一位を取った部活にポイントでは負けるんですか?」

「そうなりますね。ですので四月のイベントで本気を出す部活は少ないんです。そういった事情もあって四月は新入生と上級生の懇親会の意味合いが強いのだとか」


 勝っても旨味が少ないんじゃそうなるか……。本番は二学期以降ってことになるのだろうか?


「それで、一応聞くけど今年度の方針はどうするの? せっかく来たんだから部長らしくババーンと言っちゃって」

「もちろん! ビジュアルノベル研究部は十回全勝を目指す所存だ! こればかりは異論は認められない!」


 一先輩に振られた部長は、腕を組見ながら大声でビジュアルノベル研究部の目指す方向を宣言した。


「だよねぇ……七祈くんと朱莉ちゃんは大丈夫そう? ちょっと大変な思いさせちゃうかもしれないけど……」


 一先輩は俺達の方を見て申し訳無さそうに聞いてくる。桜野先輩に聞かないのは、きっと去年も同じ方針で戦っていたからなのだろう。

 でもこれに関しては俺達にも聞く必要は無かったと言えるな。多分、山吹も同じ気持ちだ。

 一先輩の質問に俺と山吹は顔を見合わせて、声も出さずに頷きあった。


「もちろんですよ先輩。やるからには全力で、が俺の座右の銘ですから」

「勝負事で手を抜くなんて考えられないわね。他の部活は全部薙ぎ払って、完膚無きまでの勝利を掴んでみせるわ」

「二人とも……!」


 一先輩は目に涙を貯めて嬉しそうに笑っている。

 こんなに喜ばれるなんて後輩冥利に尽きるな、と心の中で鼻をこすってたのだが、一先輩が部長に顔を向けたことで部内の空気が一変した。


「一年生の二人がこんなことを言ってくれてるんだよ? 部長も今年こそ全イベントに出席してくれるんだよねぇ?」


 一先輩の顔は笑みのままだったのだが、明らかに目が笑っていない。

 一先輩が鬼気迫るのも当然か。本気で優勝目指すんなら、部長がいてくれた方がいいに決まってるしな。

 ……肝心の部長の答えは、


「う、うむ。善処する」


 確実に来ない人の言い方だった! 『行けたら行く』と同じ信用度だぞ!


「去年も! 一昨年も! 同じ言葉を聞いたよ! それで来たのは一回か二回じゃん! 百パーセント来るって言葉以外聞きたくなかったよ!」


 他の部員が何かを言う前に一先輩が激昂した。

 二年分の鬱憤を晴らすかのように、一先輩は小さい体でバンバンと机を叩きながら部長にキレ散らかす。

 こんな光景を見ちゃったら入部したばっかの俺に言えることなんて何もないな……。部長の説得は一先輩に任せるか。


「そもそも何で鬼柳部長は学校に来ないのよ? 特別な理由でもあるの?」

「あちらは忙しいようなので、それは私が答えましょう。鬼柳さんに彼女さんがいるという話は先程出ましたね? その彼女さんは北海道に居住しておりまして、鬼柳さんは彼女さんに会うために頻繁に北海道に出向くのです。そして少しでも長く彼女さんの傍にいるために、向こうで空手の試合の予定なども組み、北海道に居ざるを得ない理由を作っているのです」

「「……は?」」


 あまりの衝撃に山吹と一緒に間抜けな声を出してしまった。

 ま、まさかそれだけの理由で……?


「そんなに北海道にいたいなら転校したらいいんじゃないですか……?」

「一栄学園に長く在籍しているので、ここだと色々融通が効くそうなのです。なので三年生にもなった今、わざわざ転校するのも面倒だとか」

「ま、まず学校に通う必要あるの? 道場の経営が上手くいってるのなら中退するのもありなんじゃない?」

「彼女さんが高校くらいは出ておけと言ってるそうですよ。いざという時のために学歴はあるに越したことはない、と」

「「………………」」


 ふーん。なるほど。そうかそうか。


「ふざけんな! あんな威勢のいいこと言っといて自分は彼女第一で学校に来ないだぁ!? いや、もう学校はともかく一栄祭にだけでも来てくれよ! 部長としての責任を果たしてくれ!」

「う、うむ。一栄祭は楽しいので、そうしたいのは山々だがピンポイントでスケジュールを合わせるのは案外難しいんだ」

「それくらいどーにかしなさいよこの恋愛脳! 彼女と部員どっちが大事なの!?」

「そこは、彼女なのだが……お前達にも悪いとは思ってる。いや、俺も心はいつも一緒のつもりだ。ビジュアルノベル研究部を優勝させたいという気持ちだけは誰にも負けるつもりはない」

「言葉だけじゃなく行動で示して! 部員が少ないのはこっちにも問題があるけど、いつも部員数ギリギリなのにそこから一人減ってるって大変なことなんだよ!?」

「分かっている。分かっているんだ。いつも苦労かけるな……」


 俺達の文句に対して曖昧な返事をしながら、部長はチラッと窓に目線を向けた。

 …………? ま、まさかこの人……!


「しかし俺にも譲れないものはあるんだ。では、この後も飛行機の予約をいれているから、俺はここらで失礼する」


 部長は最後に早口で捲し立てると、風のような速度で窓から出ていった。


「速っ! くそっ! やっぱり逃げるつもりだったのか!」

「ここで逃しちゃ次いつ来るか分からないよ! 最低限四月末までは居てもらわなくちゃ! 皆! 私に続いて! 行くよっ…………きゃっ!」

「窓枠に足引っ掛けて転んでる! 無茶するのはやめましょうよ! 鼻血出てますよ!」

「へ、へーきだよ。むしろ自分の血を見てテンションが上がってきちゃった……! 今の私なら何でも出来るかも……!」

「頭を強く打ったみたいで錯乱してます! 桜野先輩! 一先輩を保健室へ!」

「通常運転だと思いますけどねぇ……、まあ波瑠さんが追いかけっこで役に立つとは思えませんし保健室で大人しくさせときます」

「よし! 行くぞ山吹! 俺達だけで部長を捕まえるんだ……ぶへっ!」

「あんたも転ぶの!?」


 結局、負傷した俺と山吹だけでは部長を捉えることは出来ず、北海道へのフライトを許してしまう結果となった。

 さて本当に、次はいつ会えるのやら……。

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