7話 怒りの日
「一栄祭優勝予想?」
ある日の昼休み、クラスメイトがにわかにざわついていたので友人に理由を尋ねると、そんな言葉が出てきた。
「何それ」
「おまっ……あー、そういや月乃木は入学式の日いなかったのか」
友人、千歳麟児は得心のいったように頷き、一栄祭優勝予想について説明を始めてくれた。
「学園長主催の余興だよ。一栄祭が開催される月に今月はどの部活が優勝するかを予想するアンケートが取られて、イベント前に投票数が発表されんだ。で、今日その結果が掲示板に貼り出されたってわけ」
「ほーん……そんなアンケートやってたっけ?」
少なくとも俺は参加した覚えがない。
さすがに入学式に身内ネタなアンケートを取るとも思えないし、入学式以外は休んでないから実施されてたらやってると思うんだけどな……。
「一年は四月と五月のアンケートは免除されるんだよ。右も左も分からない新入生への配慮だな。だから一年は六月以降の八回しかアンケートがない」
「なるほどね。投票してないにしてはやたら盛り上がってるけど、そっちにも何か理由あるのか?」
「もちろん! 一年間……合計十回行われるアンケートで予想を全部当てた生徒には一年分の学食無料券が貰えるんだ」
千歳は両手の指を全て広げて自分の胸の前に突き出す。
「それは豪勢だな」
この学校の学食は私立なだけあってかなり豪華だったはず。俺は妹弁当があるから行ったことはないけど、それでも評判が流れてくるくらいには好評だ。
「でもそれだと三年生は当てても意味なくないか? 結果が分かる頃には卒業してるし」
「ああ、だから三年は代わりに五十万円分のクオカードが送られるんだとさ」
「大盤振る舞いすぎない?」
当てた人数が一人や二人ならいいけど、もし十人とか当てたらどうするつもりなんだ。
そういえば、ここの学園長は凄い金持ちだって桜野先輩が言ってたっけな。一栄祭の優勝賞品だけじゃなくて、こんなところにも景品を用意してるのはきっぷが良いというかなんというか。
「ま、皆が盛り上がってる理由は分かったよ。二年と三年の投票結果は、これからのアンケートの参考にもなるだろうしな」
「そうなんだよ。しかも一年は二、三年と違って八回当てるだけで景品が貰えるんだから、当てられる確率はかなり高い。どいつもこいつも血眼さ」
「一栄学園の部活の数を考えたら、そう簡単なものでもなさそうだけど……」
……とはいえ、お祭りだもんな。無粋なことは言わず全力で楽しむのが筋か。
「なあ、集計結果の画像とか持ってないか? 完璧な予想を立てて無料券を俺の物にしてやる」
「お前学食使う予定あんの?」
「それはないけど持ってれば色々使い道もあるしな」
「ふーん?」
千歳は首を傾げながらも、掲示板を写したスマホの画面を見せてくれた。
「ふんふん……一位、野球部……二位サッカー部……三位吹奏楽部……順当に部員が多い所が上位か」
「人が多いと競技に合った特技を持ってる生徒がいる可能性も上がるからな」
「やっぱうちみたいな部員ギリギリの零細部活はキツイよなぁ」
部活存続の最低人数である五人しか人がいない上に、部長だっていう三年に関しては未だに見たことがない。
部長が一栄祭に出てくれなかったら、どこの部活よりも少ない人数での参加になる。やるからには優勝を目指すのは当然だけど、厳しいことも確かだ。
「お前って確かビジュアルノベル研究部だったよな?」
「え、そうだけど」
少人数でも勝てる策を考えるべきか、と思案していると千歳がもう一度スマホを俺の目の前に掲げてある部分を指差した。
「んん……? ビジュアルノベル研究部が…………優勝予想六位!? なんで!?」
「俺に聞かれても知らねぇよ。それこそ自分の所の先輩に聞いてみたら分かるんじゃねぇか?」
「ま、まあそれはそうか」
予想外すぎて思考停止してしまった。
まさか五十個以上もある部活の内から六位なんて高順位をとってるとは……、去年は部員が多かったとか? いや、それでも二、三年の部員数は知られてるはずだし、このアンケートに本気の人なら今年の入部状況も把握してるよな。そこすら加味されてビジュアルノベル研究部が優勝すると思ってる人がこんなにいるってことか……?
「あー……、でもビジュ研といえば俺ん所の先輩らも何か言ってた気が……」
「うちビジュ研って呼ばれてるのか……?」
略称だけ聞くとなんの部活か分からないし、センスの欠片も感じない略し方だな……。
「……てか千歳って何部だっけ? 先週まではまだ部活見学してたよな?」
「色々悩んだけどギャンブル部に入部した。今までギャンブルに興味無かったけど、あんなに熱心に勧誘されたら人として応えないとってなってな」
「ギャンブルの道への勧誘を熱心にする人達って本当に大丈夫か?」
千歳は今まさに人生の岐路に立ってるんじゃないだろうか。ここは友人として止めた方がいいかもしれない。
「おいおい、会ったこともない人を馬鹿にするもんじゃないぞ」
「あ、悪い。そうだよな、ちょっと偏見が過ぎたよ」
「ったくよー、先輩達は部室で競馬新聞読みながらスロットしたり、部員同士で借金を取り立て合ったりしてるけど、基本的にはいい人達なんだ。リボ払いにだけは気をつけろとか、個人再生のやり方とか生きていくための知恵も教えてくれるしな」
「今からでも遅くないって! 別の部活に入った方がいいよ!」
悪影響しかなさそうな部活じゃねぇか! その人達本当に高校生か!? 人生二周目のおっさんとかじゃないだろうな!?
「何言ってんだよ。俺はもうギャンブルで生きていくって決めたんだ。いくらお前の頼みだろうとここは譲れねぇな」
「ほらさっそく駄目になってる! ギャンブルで生きていくってギャンブル部で三年過ごすってだけの意味だよなぁ!? お願いだからそう言ってくれ!」
「はははっ、あはっ」
「否定の言葉が来ない……!」
千歳は濁りきった瞳で今後の方針を掲げるが、その方向で進むとかなり素質のある人以外は不幸にしかならないと思い必死に引き止める。
だが、千歳はもう洗脳済みなようで耳を傾けてくれる気配が無かった。
「しかしお前よぉ……俺や先輩のことにやいやい言ってくるけど、そっちの上の人らの方が万倍やべぇって聞いてるぞ?」
「ギャンブル部の先輩が何か言ってたってやつか? 確かにこっちの先輩もちょっと変な所はあるけど、面倒見は良いし良識は持ってるはずだぞ」
マゾっ気があったり、人の恋路を覗いたりするけど……自分の欲望に素直だったり、高校の部室で十八禁ゲームをしたりもするけど、総合的に見れば……まあ、ちゃんとした人と言えなくもない。
「そんなことねぇって。リボ払いと同じくらいビジュ部には気を付けろって言われてんだから。何だっけなぁ……、去年も一昨年も反則スレスレのルールの穴をつくやり方で大所帯の部活を蹴散らしていったとか……」
「いやいや、そりゃ一年の千歳をからかってたか他の部活と勘違いしてるんだよ。あの人達はダーティーな戦法とかとらないって」
半月の付き合いしかないけど俺は俺なりに先輩達を尊敬してる。
そんな先輩達に誇れるよう俺も後輩として先輩の名誉は守らないといけない。
「オッケー、このまま話してても平行線だ。今日の放課後、お互いに先輩から話を聞いてくることにしようぜ。そこで発言の証拠になるような物も手に入れば尚良しだ」
「分かった。ビジュアルノベル研究部を支えてきた先輩の素晴らしさを見せつけてやる」
「もちろんこれも賭け(ギャンブル)だ。俺の先輩の言うことが正しかったら一週間昼飯奢りな」
「え……、ちょっとそれは……」
昼飯って学食とかになるよなぁ……、ここの学食は豪華なだけあって高いしさすがに……。
「へぇ? あんだけ言っといてケツまくるのか? お前の先輩への信頼はその程度だってことか」
「は!? そんなん言うならやってやるよ! うちの先輩まじ舐めんなよ!? その代わりこっちの先輩が清廉潔白だったら一週間俺の分の宿題をやってもらうからな!」
「ああいいぜ! 賭け成立だ! 吐いたツバぁ飲まんとけよ!?」
「そっちこそな!」
短絡的なギャンブルがどれだけ身を滅ぼすか教える良い機会だ! 後悔しても知らねぇぞ!