6話 あかね色に染まる部屋
「はぁ……、解説役の波瑠ちゃん先輩がこうなっちゃ仕方ないわね。ゲームの説明は私が引き継ぐわ」
トリップしたままの一先輩を見て山吹はため息を吐く。
そして机に置かれたケースを開け、中に入っていたディスクをパソコンに挿入した。
「今回は分かりやすくするためこうしてるけど、サノバウィッチはインストールさえされてるならディスクレスでプレイできるタイプのエロゲよ。だから今後あんたがやる時はわざわざディスクを入れる必要はないわ」
「へー、エロゲって全部そうなのか?」
「物によるわ。まあでも最近のは大体ディスクレスだと思うわよ」
これだけの種類の中からやりたくなったゲームを毎度探すには面倒そうだと思ってたけど、物が必要じゃないんなら便利だな。
「ちなみにここにあるゲームに関しては、この部の全てのパソコンにインストールしてますのでプレイしたくなったらどれでもすぐに出来ますよ」
桜野先輩はゲームが並べられてる棚に手をかざす。
「実際には部員が私的に持ってきたゲームやダウンロード版で購入したゲームも入っているので、部室にあるゲーム以上の数がプレイ可能です。ここにいれば卒業まで退屈しませんよ」
「退屈しないっていうか、本気でこの数をやろうとしたら三年じゃあとても足りないような……」
一、二、三……、と数えるのも馬鹿らしくなるくらいの量がある。余裕で百本は超えてるし、放課後に数時間やる程度ではこの半分も終わらない気がする。
「無理に全部をやる必要はないわよ。けど、もしもあんたがエロゲにハマれば、あんたは自分が思ってる以上の数のエロゲをやることになるでしょうね。エロゲにはそれだけの魅力があるの」
「おお……」
破顔する山吹からは心底エロゲが好きだという想いが溢れていて、俺も俄然エロゲがやりたくなってきた。
山吹もそんな俺の想いを察したのか、デスクトップに表示されているアイコンの一つをクリックして、とうとうサノバウィッチを起動した。
そしてパソコンから『本製品は十八歳未満の……』という音声が聞こえてきたところで、それを遮るように山吹が声を大きくして話し始めた。
「ゆずソフトの作るゲームはまず何よりもキャラが可愛いってことが特徴なの。どのゲームでもひたすらにヒロイン達の可愛いが押し寄せてくるし、エロシーンにも力が入ってるわ。イラストにもシナリオにも癖がないからエロゲ初心者にも勧めやすいブランドね。エロゲに触れたことのある人全員、一度はやったことがあるってくらい取っつきやすいのよ」
「全員ってまた大袈裟な。有名なのは間違いないんだろうけど……ねぇ?」
さすがに山吹の言うことを鵜呑みには出来ず、先輩達に水を向ける。
すると桜野先輩も、正気に戻ってくれた一先輩も俺に賛同するように腕を組んで頷いてくれた。
「そうだね、全員は言い過ぎだよ。私だってゆずの作品はサノバウィッチしかやったことないもん」
「ですね。ひと括りに美少女ゲームと言っても個々人の趣味でやるゲームは変わってきますし。私は一応三作品くらいやったことありますけど」
「ほら。ちなみに私は六作品よ。最近出たASMRも買ったわ」
「……ああ、そうだな。山吹が正しいことはよく分かったよ」
関西人の家にあるたこ焼き器と同じ普及率なんだろう。誰に聞いても全員はない、だけど自分はあるという答えが返ってきそうだ。
「けど意外です。一先輩はリョナゲーって呼ばれてるのしかやらないと思ってました」
パソコンからは軽快な音楽が流れており、画面には可愛らしい女の子が四人映し出されている。
青春物や泣ける物が好きらしい桜野先輩がやっててもおかしくないが、まさかこの雰囲気から一先輩の好きな方向に物語が展開されるなんてないはずだ。山吹だってシナリオに癖がないと言ってたしな。
「いやいや、七祈くん。それは了見が狭いよ。猫好きな人が犬嫌いとは限らないでしょ。私は特にリョナゲーが好きってだけで、他のエロゲーだってやるんだよ?」
「そりゃあ……そっか。なんかそれぞれが好きなゲームの印象が強すぎて、その類のものしかやらないって思い込んでました」
冷静に考えればあれだけエロゲーに詳しい人達が特定のジャンルしかやらないなんてありえないのに。
「私達も自分の趣味を押し出しすぎてたから仕方ないわよ。それはさておきそろそろサノバウィッチをプレイしてもらいましょーか」
山吹はニヤつきながら、サノバウィッチが起動されてるノートパソコンを俺の前まで持ってきてくれた。
「おお、とうとう……」
エロゲのスタート画面と向かい合った俺は謎の感動に包まれていた。
なんだかんだとお預けをくらい続けて、気が付けば高校入学から一週間以上経っている。部活に来ていない間も頭の片隅にはいつもエロゲのことがちらついていて悶々とした日々を送ってたけど、やっとプレイすることが出来るのか。
「私達がサノバウィッチを選んだ理由は色々あるけど、その最たるものとしてシナリオの良さがあるわ。ゆずソフトはどのヒロインのルートでもシナリオの長さに大きな差はないけど、サノバウィッチではメインヒロインのルートが他のヒロインの倍くらいあるの。それを踏まえての攻略推奨順もあるんだけど……ま、口であれこれ言うよりもやるのが一番ね」
山吹に促され、俺はスタートボタンを押してゲームを開始した。
すると学校の廊下の風景の映像に切り替わり、主人公が女子から話しかけられる場面になった。左上にはチャプター1-1と表示されているが、恐らくこれがゲームの進行度を表しているのだろう。
「まずは思うまま進めてみなさい。左クリックで先にいけるから」
「オッケー」
カチカチ、と文章を読み進めていくと友人キャラっぽい男子が出てきた。
主人公に声は付いてないみたいだが、他のキャラはフルボイスのようで文字と同時に音声が流れてくる。
「……なんか、聞いたことのある声のような」
声優に詳しくないから自信はないけど、昔見たアニメの主人公がこんな声じゃなかったっけ?
「なあ山吹、このキャラの声優ってなんて人か分かったりする?」
「ちょっと待ってなさい……寺竹順って人ね」
山吹は親切にもスマホで名前を検索してくれたが、出てきた名前に聞き覚えはまるでなかった。名前を聞いたらピンとくるかと思ったのになぁ……俺の記憶違いか? 一応山吹にも聞いとくか。
「調べてくれてありがとな。これも知ってたらでいいんだけど、この人ってアニメにも出てたりしないか? 確かに知ってる声な気がするんだけど」
「出てないわ」
ピシャリ、と山吹は俺の疑問に否定をぶつけてきた。
今度は調べもせず、それが分かりきった答えかのように山吹は断言した。
「寺竹さんは他のゲームには出てたけど、アニメは無いわ。それ以上のことが知りたかったら家に帰って寺竹さんの名前を検索してみなさい。そうすればあんたの疑問も解消されるはずよ」
「……?」
何だかはぐらかされてるような……? 山吹だけじゃなく先輩達にも聞いてみるか。
「あの、桜野先輩」
「難しい……問題ですよね。私から言える言葉はそれだけです」
「……一先輩」
「七祈くん、世の中には知らないフリをしてた方がいいこともあるんだよ。これもね、その一つなの」
「…………」
あからさまに顔を背けられたり、したり顔で諭されたりと反応に違いこそあれ、教えてくれる気がないのは共通してるようだ。
……よく分からないけど自分で調べてみるしかなさそうだな。
「さあ、続きをしましょう。細かいことを気にしてるとハゲるわよ」
「おい、どこ見て言ってんだ」
山吹の視線は俺の頭じゃなくて下半身に向けて注がれていた。頭頂部ならともかく、そっちがハゲるなんて話聞いたことがない。
「頭の方はデリケートな話題だし避けなきゃっていう私なりの配慮よ」
「それでよりデリケートな部分に話を持っていっちゃ意味ないだろ」
いつもの如くズレた価値観を披露してくれてる山吹を尻目に、俺はサノバウィッチを進めていく。
「へー……オカルト研究部ねぇ。現実では見たことないけど、この学校ならやっぱりあるんですか?」
ゲームに登場したヒロインの一人がオカルト研究部に所属しているという話が出てきて、一先輩に疑問を投げかける。
「うん、あるよ。サノバウィッチみたいに可愛らしいのじゃなくて結構ガチ物だけどね。部員は皆、ルーン文字やエスペラント語を習得してるらしいし」
「異文化交流する気満々なんですね」
さすが、三年生ともなると他の部活にも詳しいんだな。これだけ膨大な数の部活があるのにちょっとした内情までスラスラと出てくるなんて。
それにしても、改めて考えてみればこの学校もアニメとかに出てきそうな学校だな。変な部活は多いし、変な人間は多いしで何もかもが普通とは程遠い。ま、この部活の人達だけじゃなく、全体的に趣味に全力な生徒が多いのは俺も居心地が良いし、楽しくもあるからいいんだけど。
「……あれ?」
一栄学園の特殊さを振り返っている内にゲームの空気が少し変わっていた。
ちょっと前までは主人公が押し付けられた図書委員の仕事を黙々と進めているシーンだったのだが、その仕事が終わって図書室内を散策している主人公に気付かずに、オカルト研究部に所属している例のヒロインが図書室に入ってきた。
挙動不審気味のヒロインは入口を施錠してキョロキョロと辺りを見渡した後、机の角で股間を擦り始めた…………擦り始めた!?
「すいません! いきなりエロゲが始まったんですけど!」
「最初からエロゲは始まってるわよ」
動揺を抑えきれずに頭に出てきた言葉をそのまま口にだしたら、山吹に馬鹿を見る目で見られてしまった。
いや……! 確かにずっとエロゲはやってるんだけど……! 俺が言いたいのはそうじゃなくて……!
「伝えたいことは分かりますよ。前触れも無しに性的なシーンが来ると驚いちゃいますよね。特に七祈さんは美少女ゲームをやるのは初めてなわけですし」
「そう! それが言いたかったんです!」
っぱ桜野先輩だよな! 曖昧なニュアンスをきっちり言語化してくれる!
「毎日良い雰囲気の男女をストーキングして情事を覗き見してるだけありますね! 他人の意図を汲み取るのが上手い!」
「えへへ……ありがとうございます」
桜野先輩は照れ笑いしながら頬を染める。
半分くらい皮肉で言ったんだけどそれは汲み取られなかったらしい。
「言われてみれば面食らってもおかしくないかもね。でもこんなのまだまだ序の口だよ。綾地さんはファンからオナ地さんって愛称で呼ばれるくらいのオナニーキャラだからね。これから事あるごとにオナニーしていくよ」
「そんなキャラが存在するんですか!?」
すげぇ! まさにエロゲでしか出てこれないキャラだ! なんかテンション上がってきた!
「楽しんでるようで何よりね。皆からの人望がある性格の良い美少女が放課後の図書室で自慰に耽る……このギャップにやられたプレイヤーは多いわ。さっきはあんたの言い回しがあまりにあれだったから冷たくあしらっちゃったけど、私も初見のこのシーンは驚いたわ」
山吹は昔を懐かしむように目を細める。
ギャップか……、確かにそれはある。急にエロシーンが始まったことも衝撃だったが、清楚系のキャラが学校でオナニーをするという状況が俺を困惑させたことは間違いない。
「だけど綾地さんの魅力はそこだけじゃないの。やむを得ない理由で痴女をしてるけど、ちゃんと羞恥心があるのが余計に可愛いのよね」
「ほおほお」
山吹の所感を聞きながら、俺はマウスをクリックしていく。
ヒロインは絶頂に達した後、主人公の存在に気が付き、物陰から出てきた主人公と話す際には全力で平静を装っていた。
だが、話し終えて主人公に背を向けると暗い目で『ありえない……』と繰り返し、図書室を出ると大声で感情を爆発させた。
「いやー、綾地さんのオナバレはいつ見ても良いよねぇ。こういう娘が羞恥に悶えたりするのを見てると心が潤ってくるよー」
「積極的に否定はしませんけど、一先輩が言うと感情がこもり過ぎてて怖いんですよね」
一先輩は両手を頬に添えながら恍惚とした表情を浮かべている。
俺も羞恥心を感じてる女の子は可愛いと思うが、一先輩は興奮しすぎだ。人前に出せない表情一歩手前ってくらいになってる。
「良いわよね。私も一度はこんな経験してみたいと常々思ってるわ」
「それどっち視点で言ってんの?」
見られる方か見る方か。山吹ならどっちもありえそうで判断がつかない。
「え? そりゃもう……ふふっ」
「なあどっち!? その笑みは何の感情から来るものなんだ!?」
見られる方をやりたいなら結構な問題になるから今のうちに止めておきたいんだけど! 先生にでもバレたら退学は免れないぞ!?
「まあまあ、特殊性癖を持ってる人達は置いときましょう。ほら、手が止まってますよ」
「ああ……そうですね。……今更ですけど、皆は自分の進めてるゲームやらないんですか?」
別に全員で俺を見守る必要はどこにもない。分からないことがあったら聞かせてもらうけど、それ以外の時間はそれぞれの時間を過ごしてもいいのに。今はまだ日常シーンが多いからいいが、定期的にエロシーンが挟まれるなら異性に囲まれながらプレイするのは気まずいものがある。
「美少女ゲーム初心者の反応を見られるのは貴重ですので。見ているこっちも新鮮で楽しいのですよ。だから七祈さんは気にせず、自分の思うまま進めてください」
邪気のない笑顔を向けられ俺は何も言えなくなってしまう。
ま、あっちが良いって言うなら俺も気にしないよう努めるか。いずれ慣れるだろ。
「この主人公は優しいわよね。誰にも言わない約束とかするなんて。せっかく美少女の弱みを握ったんだから、私なら脅迫してあれやこれやしたくなるわよ」
「それじゃあジャンルが変わってきちゃうじゃん。臭作とかになってくるよ」
「臭作……ああ、おやぢシリーズですか。やはりお二人はああいったお話も好きなんですか?」
「好きね。一時期、女子寮の管理人が将来の夢になるくらいには好きだったわ」
「好きだねー。お嬢様達を陵辱するって……興奮するよね」
「うふふ、今日も頭のネジが緩そうで何よりです」
女子三人が仲良く(?)話している間に、主人公が抱えている悩みやヒロインがオナニーしていた理由が明かされていき、最終的に主人公がオカルト研究部に入部したところでチャプター1が終了した。
そのままチャプター2が始まり、いくつかの会話シーンを挟んだ後でゲーム内でも部活の時間になった。
それからすぐにオカルト研究部のドアをノックする音がして、新しいキャラが登場した。
「あ、可愛い」
サイドポニー、季節を先取りしたマフラー、萌え袖、と一目見ただけでも要素が詰め込まれていると分かるキャラが出てきて、思わず素直な感想がこぼれ落ちる。
「ああ、めぐるね。派手な見た目とは裏腹にゲームが好きで、料理が得意なインドア派。オタクが理想の嫁と言いたくなるような娘よ。目の付け所が良いわね、と言いたいとこだけどその前に一応確認ね? あんたってロリコンなの?」
得意気に新キャラの説明をしていたと思ったら、山吹はその途中で俺にあらぬ疑いをかけてきた。
「いやいや、んなわけないだろ。何で急にそんな……このめぐるってキャラも一年みたいだし主人公からしたら年下だけど、俺達からしたら同い年じゃん。それを可愛いって言っただけで疑われるなんてあんまりじゃないか?」
「それもそうなんだけどね? でも外見だけで言うならめぐるは中学生にしか見えないし……、それにあんたは元々妹ちゃんを溺愛してるからそっちの趣味もあるんじゃないかって波瑠ちゃん先輩と絃ちゃん先輩が言ってて」
「先輩方?」
聞き捨てならないことを耳にして先輩達に顔を向けると、二人は忙しなく手を動かして空笑いしていた。
「あははー……わ、私は七祈くんがあそこまで妹を愛するのは、妹ってこと以外にも理由があるんじゃないかって言っただけだよ? それを深堀りしたのは絃ちゃんでー……」
「あ! 私に罪を押し付ける気ですか! 私は可能性の一つとして少女趣味を上げただけで、強く賛同したのはお二人じゃないですか!」
「私はちゃんとシスコンとロリコンは似て非なるものだって主張したわよ。……ただ、ロリコンじゃないって確証が持てるわけじゃないとも言ったけど」
「結局全員で疑ってんじゃねぇか!」
誰か一人くらい否定しといてくれよ。ロリコンと思われたからってどうというわけでもないけどさ。
「でもロリコンとシスコンだったらどっちが良いんだろね? どっちも社会的には白い目で見られるのは間違いないけど」
「この話広げるのやめません? 誰も幸せになりませんよ?」
というかどの方向に話が転んだとしても俺が不幸になる。
「私としてはロリコンですね。子作りの時に遺伝子の問題を考えなくても良いのは大きいですよ」
「やめろって言ってますよねぇ! それに桜野先輩の思考は毎度生々しいんですよ!」
何でそこまで話を飛躍させるんだ……! シスコンだろうとロリコンだろうと手を出したら終わりでしょうよ……! それに角を立たせたくないから言わないけど、ロリコンなら一先輩にもっと反応してるよ……!
「私は……」
「はー……、友達がいないのが悩みかぁ。まあ入学直後に休んだら馴染むの難しくなるよな。俺も入学式を休んだことで、話についていけないことがちょいちょいあるから気持ちは分かる」
「聞いてよ」
持論を展開しようとしていた山吹を遮ってゲームに戻ると、拗ねた顔で文句を言われた。
いや……だって絶対ろくなこと言わないしな……。申し訳ないがしばらく無視させてもらう。
そしてゲーム内で後輩キャラのお悩みを聞いて部活が終わった後、ヒロインに『来てほしい所がある』と言われて喫茶店に連れてこられた。
そこでバイトしてた主人公の友人と話していたら、画面内に選択肢が現れた。
「これは……、どっちを選んだ方がいいとかあんの?」
「……月野木、覚えておきなさい。エロゲーにおいて選んだ方がいい選択肢なんて無いの。最初は自分の本能に従って一つずつ選択肢を潰していって、最終的には全部の選択肢を網羅するのよ。それが楽しいの」
ゲームを進める手を止めてお勧めの選択肢を尋ねると、山吹は真剣な眼差しでエロゲーの楽しみ方を説いてきた。
なるほど、そういうものなのか。じゃあ今はなんとなくで選んでいいっぽいな。
「朱莉ちゃんはそっちのタイプなんだね。私はそんな根気無いから、攻略サイトを見て自分のやりたいルートだけやるタイプなんだよねー……」
「私は全スチル、全ルート共に回収しますが、波瑠さんと同じく攻略サイトは見る派ですね。一周目だけは何も見ずに進めていきますが」
「え? あ……結構派閥ある感じですか?」
山吹のやり方に従おうとしたのだが、その前に先輩達の言葉を聞いて再び手を止めた。
「派閥とまではいかないよ。単に個人個人で楽しみ方はあるってだけだから。あえて口出しするなら、自分で女の子を攻略って感じたい気持ちが大きいければ朱莉ちゃんみたいに攻略サイトは見ずにやった方が楽しいかもね」
「逆にヒロインの攻略よりもシナリオを見たいのであれば、最初から攻略サイトを見るのも一つの手ではありますよ。自分だけでクリアしようとすると時間もかかりますからね」
どれも一長一短ってことか。自分に合ったやり方は今後エロゲーをやっていく中で見つけていくのが良さそうだ。
ま、人生初のエロゲーだし、サノバウィッチは攻略サイトを見ない山吹のやり方でやってみようか……、
「私のやり方に染めようとしたのに……」
そう思って山吹を一瞥してみると、何故か山吹は机に顎を乗せてご機嫌斜めになっていた。
……途中で先輩達に解説役を取られたせいか? そんなことで機嫌を損ねる程解説好きだとも思えないけど……いいか、その内いつも通りになってるだろ。
「どっちにしようかな……」
「あ、待って待って。この際やり方はあんたに任せるけど、セーブだけはちゃんとしといてね」
山吹に注意されて選択肢を選ぶ手が三度止まる。
「そだね。どう進めるかにしても選択肢でセーブと、選択肢毎にセーブを分けるのは徹底してた方が便利だよ。最近のエロゲは大体既読スキップがついてるけど、二周目以降をやる時に一から始めるとどうしても時間がね……」
エロゲを何百本もやろうとすると効率も必要になるんだよー、と言って一先輩は苦笑する。まあ、俺も俺で部活内でしかやらないわけだし効率は考える必要があるか……。
アドバイス通り、俺は画面下部にあるセーブボタンを押してセーブデータを作る。
それからようやく選択肢を選び、次の場面に移った。
「お、おお……」
それは魔女だというヒロインが魔女の服に着替えるというシーンだったが、その服装がなんとも……その、エロかった。
三角帽子に黒いマントはいかにも『魔女』らしかったが、体の方は裸にベルトを巻いて最低限の所だけ隠しましたという感じで、街中を歩いていたら一発で逮捕される格好になっていた。
「あんたの考えが手にとるように分かるわ。あんたは今、綾地さんを押し倒したいと思ってるでしょ?」
「カスりもしてねぇよ」
山吹は理解者面で話しかけてきたが、言ってる内容は完全に的外れだ。
エロいと思いはしたけど、直接的に何かしたいとまでは全然思わなかった。思春期といえど、こんな一瞬でそこに思考が直結する方が稀だろう。
「な、なんでよ! 露出度の高い服を見たらそう思うのが普通でしょ!?」
「痴漢みたいな発想してますね」
変態と思われるのは心外だと言わんばかりに主張してきたので、思わず敬語で距離を取ってしまう。
こいつ近い将来檻の中に入れられてそうだな。その時に友人としてインタビューでもされたらどうしよう。いつか絶対やると思ってましたって言ってやろうかな。
「いいわよ! あんたには同意を求めないわ! 波瑠ちゃん先輩なら分かってくれるわよね!?」
「朱莉ちゃんの中で私は同類なの!?」
一先輩は顔に縦線でも入りそうなくらいのショックを受けていた。
性癖に正直な所があるとはいえ、山吹と一緒にはされたくないんだろう。
「私は朱莉ちゃんみたいに野蛮じゃないよー! 緊縛っぽいし首輪もついてるし、私好みの服だけどいきなり押し倒したいとか思うわけないじゃん!」
「同レベルの変態ではあると思いますけどね」
俺は服装のインパクトが強すぎて首の部分なんて目もいかなかったよ。よく見れば一先輩の言うように首輪っぽくなってるけど、そこに言及するような格好じゃないだろ。
「やれやれ。七祈さん、私達はああならないように気をつけましょうね」
「そうですね。俺達くらいはまともな感性を持っとかないと」
桜野先輩と目を合わせて肩を竦める。
朱に交われば赤くなる、とは言われるけど雪音に恥じないように自分を強くもっていよう。
「……自覚がないって一番タチ悪いよね」
「……そうね、あの二人みたいなのが自分を普通だと勘違いして周りに迷惑かけるのよ」
「言いたいことがあるならはっきり言ってくんねぇかなぁ!?」
一先輩と山吹はこっちを横目で見ながらヒソヒソと話をする。だが、ギリギリ聞こえてくる声量なため何を話しているかは筒抜けだった。
「まあまあ、いいではありませんか。あちらのことは気にせず楽しくゲームをしましょう」
「さすが、桜野先輩は大人ですね。尊敬すべき先輩って桜野先輩のような人のことを言うんでしょうねぇ」
「騙されてるよ七祈くん! 絃ちゃんは一栄祭の賞品のために七祈くんの好感度稼ぎに走ってるだけだからね!」
「そうよ! 普段の絃ちゃん先輩ならこんなあっさり引かないもの! 猫を被ってるだけだわ!」
他人を信じられない人達がギャーギャーと騒いでいるが放置でいいだろう。全く、二人にも少しは桜野先輩を見習ってほしいな。
「波瑠ちゃん先輩、月野木が私達のこと無視するんだけど」
「しょうがないね。一度、亀甲縛りでもしてみよっか。そしたら話も聞いてくれるはずだよ」
「すいませんでした!」
荒ぶる二人を宥めすかしつ、さらにその後も色々ありながら、俺はサノバウィッチをどんどん進めていった。
「ちょっと! 選択肢セーブしなかったでしょ!」
「やべっ、忘れてた」
「この小さく書かれたイラスト可愛いよなー」
「SDキャラのこと?」
「SDって?」
「スーパーデフォルメの略よ。こもわた遙華先生は……神よね」
「女子の世界って怖いねー。私達も気を付けないと」
「波瑠さんは大丈夫でしょう。見た目が幼い波瑠さんをイジメたら罪悪感が凄いことになりますので」
「……参考までにこんな風に女子から反感買ったら三人はどう対処するんですか?」
「受け入れるかな」
「真っ向から叩き潰します」
「私はそれ以上波風立たないように立ち回るわね」
「山吹が一番真っ当な答えってどうなってるんですか」
「どういう意味よ」
「今度は上書きセーブしてる! どんだけ慣れてないのよ!」
「選択肢が……! 多くて……!」
「初心者あるあるを尽く見せてくれますね。するかしないかはお任せしますが、前回の選択肢のセーブを作りたければ、前の選択肢に戻るというボタンもありますよ」
「へー、そんな便利な機能が」
等々、騒がしくしながらも順調に進めていたら、知らない間に最終下校時刻になっていた。
「もー! 帰るよ七祈くん! 続きは今度やればいいから!」
「もう少しだけ! 新キャラの事情が分かるか、寧々の次の発情シーンまででいいので!」
「ガッツリやるつもりじゃないですか。駄目ですよ、あんまり遅くまで残ってたら部活停止処分になるかもしれません」
「……夜の学校に閉じ込められるってシチュエーション的には最高よね。月野木、あんたが無理にでも残るつもりなら私もご一緒するわ。頑張って先生にばれないようにしましょう」
「なんで朱莉ちゃんも乗り気なの!? 駄目だって! ただでさえ先生達には目を付けられてるんだから」
結局、パソコンにしがみつく俺は一先輩に、指を咥えて残念そうにしていた山吹は桜野先輩に引っ張られ、強制的に部室を退室させられた。
くそぉ……! 時間が有限でさえなかったら……!
こうなったら活動日以外も部室に入り浸ってエロゲを進めてやる、と心に決めてその日は学校を後にした。