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5話 薄紅色シンフォニー

「エロゲの時間だぁー!」

「「おぉー!!」」

「うおおおおぉぉー!!」


 一先輩の掛け声に呼応して部員達も咆哮を上げる。

 その中でも一際気合の入った声を出していたのが、とうとう初エロゲをやることになった俺だった。

 この前は俺の性癖が誤解されただけで終わったからな。パソコンを起動する暇も無かった、実質今日が一回目の活動日と言ってもいい。そりゃテンションも上がるってもんだ。


「さて! 本日、七祈くんにやってもらうゲームはこちら!」


 一先輩は俺と同じくらいのテンションでゲームの入ったケースを掲げる。

 前の部活が終わって解散する時に、俺の初プレイとなるエロゲーは三人が選んでくれるという話の流れになった。

 自分のやるゲームくらい自分で選ばせてくれよと主張したが三人は聞く耳持たず、プロに任せておけと押し切られてしまった。

 この人達は何のプロなんだと思ったけど、反論するのも面倒になって任せることにした。その判断は間違いじゃなかったと信じたい。


「有名エロゲメーカーの一つ、ゆずソフトの八作目! その名もサノバウィッチ!」

「おぉー……」


 自慢気な一先輩を見てパチパチパチ、と拍手する。

 俺は知らないけど、きっとエロゲーマー的には知名度が高い作品なんだろう。こんなに胸を張って紹介してきてるし。


「……なんか気のない返事だね。ゆずソフトだよ、ゆずソフト。七祈くんも知ってるよね?」

「知ってるような、知らないような……」


 聞き覚えはある気がする、程度の認識だ。

 有名エロゲメーカーって言ってたから俺も当然知ってると思ったのかもしれないけど、エロゲ初心者の俺にメーカーの知識なんてあるはずない。

 それなのに一先輩はケースで俺を指して、出来の悪い生徒に呆れるような口調で語りかけてきた。


「あのねぇ、前の講義の時に名前を出したでしょ? 全く覚えてないとは言わせないよ?」

「んー……、駄目っすね。まるで覚えてないです。ははっ」


 数時間であれだけの固有名詞を詰め込まれたんだ。全部を覚えるなんで到底不可能だろう。

 どんなジャンルがあるかはある程度覚えてるけど、メーカーやタイトルにまでは頭がついていかない。

 まあ、これからゆっくり覚えていけばいい事だし一先輩も笑って許してくれるはず……、


「この……おばかー!」

「うわっ!」


 俺の予想とは裏腹に一先輩は怒気を溢れさせて何かを投げつけてきた。

 な、なんだこれ……? 紺色の布……?


「ってスク水じゃねーか!」


 丸まっていたそれを広げてみるとまさかの正体が顕になる。上下一体になっているワンピースタイプの水着、日本語で言うところの学校指定水着が俺の手には握られていた。


「なんてもんを投げてくるんですか!」


 俺はスク水を机に叩きつけ、一先輩を怒鳴りつける。


「あー! 乱暴に扱わないでよっ! せっかくの特典なんだから!」

「先に投げてきた先輩に言う資格は無いですよ! …………特典?」


 乱暴とかどの口が言うんだと思ったが、それよりも気になる言葉が出てきた。


「このスク水って一先輩が中学とかで使ってたものじゃないんですか?」


 確か一栄学園に水泳の授業はない。そのため、本来学校にスク水があるわけがない。だから、一先輩の私物だと思ってたんだけど……。


「そんなのここに置いてるわけないじゃん。変態(朱莉ちゃん)じゃないんだから」

「待って。私の名誉が理不尽に毀損されてるんだけど。いくら私でも使用済み水着を学校に持ち込んだりしないわ」

「あえて使用済み水着なんて表現をするあたり、間違った評価でもないよな」


 こいつなら性欲に負けてどんなことでもしそうな気がする。


「これはエロゲーの特典だよ。スク水だったりブルマだったり、ゲームのコンセプトに合った特典を用意するのはエロゲ業界の常なの。そういう部費で買ったエロゲーの特典がここには結構あったりするんだよ」


 不満気な山吹を放置して、一先輩はスク水が部室にある理由を説明してくれる。

 コンセプトにあった特典ねぇ……、それでスク水が付いてくるなんてエロゲならではって感じだな。


「納得しましたよ。一先輩のにしては旧いタイプの水着でしたしね」

「確かに結構前に発売されたゲームの特典だったはずだけど……一瞬で見抜くなんて七祈くんはスク水フェチなの?」

「まさか! ただ毎年プール開きの時期になったら、雪音が水着姿を見せに来てくれるんで形は知ってるってだけです」


 水着だけじゃなく、制服も私服も衣替えした時や新しい服を買った後には必ず着て見せてくれる。

 誰よりも最初に俺に見てほしいという麗しい妹心のなせる行動だ。実に素晴らしい。


「…………あー、で、七祈くん。ゆずソフトの話に戻るんだけどね」

「話が戻るのはいいんですが、何で俺から目を逸らすんですか」

「七祈さん、今は波瑠さんが話しているでしょう。静聴して下さい」

「桜野先輩。注意するなら俺の目を見てしてくれませんか?」

「月野木、大丈夫よ。私はあんたの味方をしてあげるから」

「諭すような目で見られるのも困るんだけどなぁ!」


 仲睦まじい兄妹のエピソードトークをしただけなのに、どうして腫れ物に触るような扱いを受けてるのだろうか。これくらい兄妹間なら普通のことのはずなのに。


「まあ……いいや。俺としても何であんなに怒られたのか知りたいですし」

「そう! それだよ!」


 一先輩は勢いよく俺を指さしてきた。


「はぁ……」

「何故怒られたのかすら理解してない七祈くんの向上心のなさ! 駄目だよ七祈くん! それじゃあうちでやっていけないよ!?」

「暑苦しいベンチャーみたいなこと言われましても」


 ただエロゲをするという活動内容にどうやって向上心を持てと言うのか。そもそも何を目指して向上してばいいのかも分からない。


「いい? 七祈くん。今は向上心のないものは馬鹿だって言われる時代なんだよ?」

「百年前以上前の言葉ですけどね、それ」

「私が最近授業で『こころ』が題材になったという話をしたら、久しぶりに読み返したくなったそうです」


 失礼ながら少し呆れていると、横から桜野先輩が一先輩の発言について補足してくれた。

 影響されやすい人なんだなぁ……。


「一応聞くけど、七祈くんは前に私が話したことについてちゃんと復習した?」

「そんな学校の授業じゃないんですから」

「学校の授業よりも大切なことだよ! 世の中の大切なことは全部エロゲから学べるんだから!」


 過言を通り過ぎてもはやただの戯言だった。

 どうしてこんなになるまで放っておいたんだ、という言葉が脳裏をよぎる。似たようなことを山吹も言ってたが、エロゲをやりすぎるとこうなってしまうのだろうか。


「だからエロゲに関する勉強は家でもちゃんとやるように!」

「…………俺の記憶が正しければ、俺が最初にやるゲームはそっちで決めるから、それまで俺はエロゲのことを調べるのは一切禁止と言われたと思うんですが」

「え? ……あ」


 一先輩は丸く開いた口を手で抑えて俺から目をそらす。

 そう、俺が下手に妹ゲーに触れてしまわぬようにとかいうふざけた理由で、この人達は今日まで俺がエロゲに関わるのを禁じていた。

 それを律儀に守っていたんだから一先輩がしてくれた話も記憶から遠ざかってしまう。

 一先輩の方は自分が言ったことをすっかり忘れていたようだけど。


「えぇーっとぉ……」

「なにか変だと思ったらそういうことですか。大方美少女ゲーム素人の七祈さんに先輩風を吹かせながらあれこれ教えるのが楽しくなってたんでしょうね。そのせいで七祈さんとした約束をすっかり失念していたと」

「いやー、波瑠ちゃん先輩それは引くわー。原因はこっちにあるのに、まるで月野木が悪いかのように詰るなんて」

「…………」


 二人に責め立てられた一先輩は椅子の上で膝を抱えてしまった。

 俺も文句の一つでも言おうかと思ってたが、さすがにこんな落ち込んでる人に追い打ちはかけられないな。


「すいません……、私は頭が悪い雌豚です……。どうぞ好きなだけ殴って下さい……」

「これ本当に反省してるんですか?」


 気を使おうとしたのによく見ると一先輩は頬を赤らめて暗い笑みを浮かべている。

 この人の性癖のことを考えると、発してる言葉も謝罪に見せかけた要求にしか聞こえなくなってきた。


「悪いとは思ってるはずですよ。ただ同時に言葉責めされて気持ちよくなっちゃったんでしょう。こうなったらクールダウンに時間がかかるのでしばらく放っておいた方がいいですよ」

「ドライっすね……」

「七祈さんもこの部活で一年過ごせばこうなりますよ」


 桜野先輩は遠い目をしてニヒルに笑う。

 なるほど、これがビジュアルノベル研究部の日常ってわけか。……うん、ここの部員と雪音は絶対に会わせないようにしよう。

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