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4話 青春ポッピング!

 部活で精神を削りに削られた翌日、俺は山吹から聞いたあだ名についてクラスメイトに聞いて回り、あれらが全て実在するものだと知った。

 あんまりな事実に打ちのめされた俺は、昼休みになるとすぐに教室を出ていき、中庭のベンチで孤独に昼食を楽しんでいた。


「……雪音のお弁当は美味しいなぁ。傷ついた心が癒やされていく」


 クラスの連中め……! 人生の潤いを増やしてあげようと雪音の話をしてあげてたのに、恩を仇で返す真似してくれやがって……!

 俺も少し雪音の話をしすぎてるかもという自覚はあったけど、皆喜んでるに決まってるし自重する必要もないと思ってた。

 それなのに今日のあいつらときたら『普段からやめろって言ってたろ』とか『露骨に迷惑そうな顔してたんだけど気づかなかった?』とか好き放題詰ってきた! 俺は良いことしかしてこなかったのに!


「やっぱり俺には雪音しかいないってことか……あれ?」

「おや」


 雪音への愛を再確認していたら見覚えのある人が通りがかり、お互いに声を上げた。


「七祈さんじゃないですか。どうしたんですか? こんな辺鄙な場所にお一人で」


 通りすがりの知り合い、桜野先輩は人差し指を顎に当てて小首を傾げる。

 一挙手一投足が絵になる人だ。趣味や性格を知らなかったら、ずっと見惚れていたかもしれない。


「辺鄙な場所ってほどでもないでしょう。中庭ですよ」

「一応中庭とは呼ばれてますが親しまれてはいないんです。どの学年の校舎からも微妙に遠いですし、ベンチも二個しかありませんからね」


 桜野先輩は中庭を見渡して苦笑する。

 言われてみれば、俺がここに来てから人の気配は一度も感じていない。

 意地悪なクラスメイト共から距離を置きたくて無心で歩いてたから気が付かなかったけど、確かにここに来るまでの道程もちょっと面倒だったな。校舎の間をすり抜けてすり抜けて辿り着いた場所だったし。


「まあ、俺は愛妹に作って貰ったお弁当を食べてただけですよ。一人で飯食いたい気分だったので。逆に先輩はなんでこんな所に来たんですか?」


 手ぶらだし誰かと待ち合わせでもしてるんだろうか。


「私はですね……っ」


 ここに来た理由を説明してくれようとした桜野先輩だったが、急に焦った顔付きになる。

 そして桜野先輩は突然の変化についていけてない俺の腕を掴んで、ベンチの後ろにある草むらに引き込んだ。


「あの……なにを」

「静かにっ、もうすぐ来ますよ……!」


 桜野先輩は手を広げて俺の質問を遮る。

 先輩の言葉を信じるなら、何かがこの場所に来るらしい。何が来るのかは想像もつかないが、わざわざ隠れるということは見てはいけないものを見られるのかもしれない。

 面倒事に首を突っ込む趣味はないが、俺もゴシップは好きだし大人しく待ってみるか。

 好奇心から桜野先輩に付き合うことに決めると、それから一分としない内に二人の男女が中庭に入ってきた。


「こ、ここなら誰もいないかな?」

「人影はないな。それで、こんな場所まで連れてきて何の用なんだ?」

「あ、あのね…………ず、ずっと前から好きでした! 私と、つ、付き合って下さい!」

「それって恋人になるって意味で、か?」

「は、はい」

「驚いた……、藤林からは怖がられてると思ってたから。……そうだな、こんな俺で良ければ付き合ってみるか?」

「…………! ほ、本当に……?」

「ああ、こんな嘘つかねぇよ。……なんか、俺まで恥ずかしくなってきたな。ほら、いつまでもここにいたら誰か来るかもしれねぇし教室に戻ろうぜ。……とりあえず、今日は一緒に帰るか?」

「うん!」


 ぶっきらぼうな男子と大人しめの女子は、無事に結ばれると仲良さそうに中庭から出ていった。

 うんうん、勇気を出して良かったなぁ。告白で関係性が変わる怖さもあっただろうに、よく一歩踏み出せたものだ。男子の方にもその想いが伝わって本当に良かった。これからも仲睦まじく恋人生活を送っていってほしい。


「……じゃなくて」


 見知らぬ二人の未来を祝福している途中で我に返った。

 俺はあんな甘酸っぱい青春を覗き見する気はさらさら無かったんだけど、桜野先輩はどういうつもりで隠れさせたんだ。まさか今のが桜野先輩の目的とか言わないよな。


「はぁっはぁっ、いいっ……! いいーですね……!」

「さ、桜野先輩?」


 隣にいる桜野先輩に意図を尋ねようとしたが、先輩が頬を紅潮させて息を荒げていたため、まともに言葉が出てこなかった。

 な、なんでこの人はこんなに恍惚な顔をしてるんだ……? 人前に出しちゃいけない表情をしてるんだけど……?


「はっ! すいません七祈さん! トリップしちゃってました! 何か言っていましたか?」

「そうですね……、聞きたいことが渋滞してるんでちょっと待ってもらっていいですか……?」


 もう何も聞かずこの場を立ち去るのが正解な気もしてきてるけど、相手はこれからお世話になる部活の先輩だ。その人となりは知っていおいた方がいいに違いない。


「まず、あれっすね。先輩がここに来た理由を教えてもらっていいですか?」

「それはもちろん! さっきの告白シーンをこの目で見るためですよ!」

「……女子の方から恋愛相談を受けてたりでもしたんですか?」


 そうだとしたらまだ理解出来る。それでも覗くのは良くないが、手伝っていた分いち早く結果を知りたくなるのも人情だろう。


「いえいえ、違いますよぉ。あの二人は私のクラスメイトですけど、ほとんど話したことはありません。ただ藤林さん……女の子の方が男子の岡崎さんを連れてコソコソと教室から出ていったものですから、告白に違いないと確信して後を付けていたんです。途中で中庭を目指しているのも分かったので先回りも出来ました。本当ならカメラも回して自宅で青春シーンを反芻したかったんですけど、時間が足りなかったんですよねぇ……」

「倫理観は無いんですか!」


 想像していた中で一番最悪の答えが出てきた! いや、カメラ云々に関しては思いつきもしなかったから想像よりもさらに下だ!


「失礼ですね! 多少主観的な意見かもしれませんが、私ほど倫理を重んじている人間もいないと自負していますのに」

「多少どころじゃないですねぇ! 一つでも客観的な意見を入れたら、その評価はすぐにひっくり返りますよ!」 

「うー……甚だ心外です……」


 素直な感想を述べたら桜野先輩が不服そうな顔で睨んできた。

 まさかあの自己評価は冗談じゃなくて本気だったのだろうか……?


「そもそも、桜野先輩はなんで人の告白を覗き見しにきたんですか。気になる気持ちは理解できますけど、自重するべきところでしょう」

「……七祈さん。私はですね、定期的に青春成分を浴びていないと生きていけない体なんですよ」

「は?」


 神妙な顔で何を言い出すんだこの先輩は。


「先程のような告白シーン、初々しいカップルの適度なイチャつき、友達以上恋人未満のもどかしい距離感……そういった青春を感じられるものを見ることで、私の健康は保たれているのです」 

「……参考までに、長期間そういう……青春を見なかったらどうなるんですか?」

「日々のやる気が四割減します」

「じゃあ我慢しましょうよ!」


 その程度なら他人のプライバシーを侵害する理由にはならないよ! 

 万が一にでも本当の病気だったらどうしようと思って聞いてみたけど、趣味以外の何物でもないじゃねぇか。


「いえ、聞いて下さい。やる気が四割減と言いましたが、これは中々な代償なんですよ? 授業には集中できなくなりますし、テストでもあろうものなら九十点前後しか取れなくなるんです。普段なら私は百点しか取らないんですよ?」

「自慢したいのか症状を訴えたいのかどっちですか?」


 やる気が六割しかなくても九十点取れるなら何の問題もないでしょ。どちらかというと高校のテストで百点しか取らない方が異常とも言えるし。


「それに私だって苦労してるんです。学校中にカメラを仕掛けるわけにもいきませんので足で青春を探し回ったり、当人達に見つからないように覗き方を工夫したり。おかげで日常生活では使わない色々な特技が身についちゃいましたよ」

「先輩に生意気な口聞いちゃいますけど、加害者のくせに被害者面するのやめてもらっていいですか」


 やれやれと言いたげに肩を竦められても腹立たしいだけだ。全部自分の欲望のためにやってることなのに。


「七祈さんはそう言いますが、こんな私になったのは波瑠さんのせいですから被害者とも言えるんです」

「一先輩の……?」

「はい。入学直後の私は品行方正、成績優秀、眉目秀麗、運動壊滅と非の打ち所がない優等生でした」

「一個でかい打ち所があった気がしますけど」


 途中までは聞き覚えのある自画自賛の言葉だったが、最後だけ造語で自虐してくるものだから余計に印象に残る。運動は苦手なんですね。


「先生方からの信頼も厚く同級生からも羨望の目で見られていた私ですが、ある日廊下で小柄な上級生に出会ったことで運命が変わってしまったんです」

「その上級生が一先輩だったと?」

「ええ。その時の波瑠さんは転んだ直後だったようで、膝を押さえながら蹲ってたんです。私は親切心から波瑠さんに手を差し伸べて、保健室まで連れ添おうとしました。ですが……」


 桜野先輩は口元に手を当てて言い淀む。

 変なことは起こりそうにないシチュエーションだけど何かあったのだろうか。


「波瑠さんは自分の傷口を見て笑顔を浮かべていたんです。まるでサンタクロースからのプレゼントを喜ぶ子供のように」

「あの人自分の傷でも興奮出来るんですか!?」


 リョナゲーが好きとは言ってたけどリョナの対象は自分でもいいってこと!? 


「七祈さんもこれから波瑠さんを観察してたら分かってくると思うのですが、波瑠さんは酷い目に合ってるヒロインに自己投影してる節があるんですよね。度が過ぎたマゾヒストなんだと思います」

「はっきり言いますねぇ!」


 もう言葉を濁すとかもしないんだ!? 自分のいない所で性癖を暴露される一先輩の気持ちも考えてあげてほしい!

 ……とは思ったけど、部活の活動開始日に自分からリョナゲー好きと言う人だし配慮する必要もないかもしれないな。


「そういったことがあり、私は波瑠さんに声をかけるのを躊躇いました」

「傷を見てニヤついてる変人を見たらそうもなるでしょうね」

「しかし私の美貌故か波瑠さんの目に留まってしまい、その後色々あってビジュアルノベル研究部に入部することになったんです」

「かなり端折りましたね」


 邂逅シーンって『色々あった』で済ませるものじゃないだろ。自他共認める優等生だったっぽい桜野先輩がビジュアルノベル研究部に入る理由も聞かせてもらってないし。


「それから様々な美少女ゲームを嗜むことになった私は、いつからかゲームで起こるようなイベントを現実でも見てみたいと思うようになりました。そして今の私が出来上がったのです。青春成分を欲する今の私に」

「すいません、次の授業の準備があるんで教室に帰りますね」


 さーて、五時間目の授業は何だったっけな。世界史だったか、日本史だったか。


「話はまだ終わってませんよ」


 もっともらしい理由を述べてそそくさと退散しよとしたが、桜野先輩に肩を掴まれてしまった。

 くそっ、勢いで逃げられるかと思ったのに……!


「……他に何を話すことがあるって言うんですか。桜野先輩の成長過程はあれで全部だと思ったんですけど。一先輩はきっかけを作っただけで妙な方向に進化したのは桜野先輩本人のせいでしたし」


 よく一先輩のせいに出来たな、と思えるくらい一先輩は関係無かった。それに今の話だと桜野先輩こそ二次元と三次元の区別がついてない人なんじゃないか? 俺に妹ゲーを禁止する前に、桜野先輩に制限を付けるべきだろ。


「なんてことを言うんですか! 私に奇人変人の素養があるとでも!?」

「素養じゃなくてズバリそのものだと思ってますが」

「そんなはずないでしょう! 大体ですね……」


 桜野先輩は唐突に黙ったかと思うと、再び俺の腕を引いて草むらの中に潜り込んだ。


「今度は何ですか……」

「青春の気配を感じました。恐らく数秒後に男女が現れますよ」


 妄言の類にしか思えなかったが、桜野先輩の言葉の直後に一組の男女が訪れた。

 こ、この人には何が見えてたんだ? いや、それよりあれは……、


「……この辺りでいいかしら」

「ああ、付き合ってくれてありがとな」


 桜野先輩の予言通りに現れた男女の内、女子の方は俺も桜野先輩も知っている顔だった。


『せ、先輩』

『ええ……、朱莉さんが来るとはこの私の目を持ってしても読めませんでした』


 俺達は二人に気付かれないように小声で驚きを共有していた。

 この展開は桜野先輩からしても予想外だったみたいだ。誰かが来ることは分かっても、誰が来るのかまでは分からないらしい。


「人がいないとこに行きたいなんて誘い、相手によっては身の危険を想像させるから今後はやめときなさいよ?」

「あ、ああ。悪い、気を付けるよ」


 山吹に注意された男子は素直に頷く。


『そんなもんなんですか? ちょっと飛躍してるような……』

『多少なりとも信頼している相手からでないと受けない誘い文句ではありますね。朱莉さんは普通よりも一足飛んだ想像をしていそうですが』


 まあ、女子の立場だったら人気のない場所に連れて行かれるのは抵抗があるか。どんな危険が待ってるか分からないもんな。


「なんとなく用件は想像つくけど、あえて聞くわ。私に何の用なの?」

「そうだな、じゃあもうあっさり言っちゃうか。山吹、俺と付き合ってほしい。入学式で初めて見た時から気になってたんだ」


 男子は口ごもる様子もなく真っ直ぐに好意を伝えた。

 おお……、知り合いが告白される場面を見るのは何かソワソワするな。桜野先輩と会話して気を紛らわせたいけど、先輩は一人昂ぶってお楽しみ中みたいで話しかけるのは憚られる。

 山吹はどうするんだろうな。相手の男子は爽やかでかっこいいし、オッケーしたりするんだろうか。


「……ありがとう。あなたの気持ちは嬉しいわ。でも、ごめんなさい」


 山吹は少し考える素振りを見せた後、頭を下げて告白を断る。

 ……こうして断られる場面を覗いてると余計に罪悪感を覚えるな。好きな子に告白して玉砕してる場面なんて誰にも見られたくない。これからあの男子と接する機会があったら、変に気を使ってしまいそうだ。

 お構いなしに興奮してる桜野先輩のメンタルが羨ましいような、ああはなりたくないような……。


「そっか、時間取らせて悪かったな。……出来ればこれからも友達として話してくれたら助かる。無理に絡みに行ったりはしないようにするからさ」

「そっちが気にしないのならいいわよ」


 意外と……後腐れないもんなんだな。フったフラれたの関係ってもっと気まずい空気が流れるものだと思ってた。俺が知らないだけで最近の高校生は皆こんな感じなのか?


「後、最後に聞いておきたいんだけどあの噂ってホントなのか?」

「噂って?」

「山吹は月野木って奴と付き合ってるって噂。それが事実ならすっぱり諦められるって思ってな」

『……え』

『静かにしてて下さいね。これからさらに面白くなりそうなので……!』 


 自分の名前が出てくるとは思わず声を上げそうになったら、桜野先輩の手に口を塞がれた。

 ……俺達の噂って他のクラスにまで広まってたのか。必死に弁明して回ったはずなのに、なんてしぶといんだ。


『色恋沙汰の噂は一朝一夕で消えるものじゃないですよ。特に中高生は恋愛に敏感な時期ですし、七十五日経っても消えないんじゃないでしょうか』


 不満そうな俺の顔を見たからか、桜野先輩が中高生の生態について教えてくれる。

 勘弁してほしい。まかり間違ってこの噂が雪音の耳に入ったら大惨事だ。雪音に何も言わず彼女を作るとか、兄としての信頼が地に墜ちること間違いなしだ。

 雪音なら俺の話をちゃんと聞いてくれるし誤解はすぐ解けるだろうが、一瞬でもショックを受けさせたくない。


「そうね、噂は本当よ。だから今は他の人と付き合う気は無いの」

『!?』


 頼むから否定してくれと願っていた矢先に、山吹はありえないことを口走った。

 あ、あいつ何言ってくれてるんだ……! 本人が認めてしまったらそれは事実でしかありえなくなるんだぞ!?


「ん? 何か物音聞こえない?」

「ああ、確かに……」


 しまった! 動揺しすぎて二人に気づかれそうになってる!

 どうやって誤魔化せば……、


『ここは私に任せて下さい。先輩の偉大さを見せてあげましょう』

『ひ、秘策でもあるんですか?』

『まあまあ、見ていて下さい』


 やたらと自信満々な態度に逆に不安になってくるが、俺には何も思いつかないし任せるしかないか……!

 固唾を飲んで桜野先輩を見つめていたら、先輩は喉に手を当てて奇矯な声を上げ始めた。


「きぃっー、きっ、きぁーっ、ぁっ」

「あぁ、ただのニホンザルだったみたいだな」

「えっ、ええ。そうね……?」


 ……何故か切り抜けられた! 


『ふふん、どうですか。これが私の特技の一つ、声帯模写です』

『いや、モノマネのクオリティは脱帽ものですけど、何故模写先に猿をチョイスしたのかが謎です』


 学園内、というかこんな街中に野生の猿がいるはずないだろ。絶対猫や犬の鳴き真似にしてた方が良かった。

 男子の方はあれで大丈夫だったみたいだけど、山吹はずっと訝しげにこっちの方向を凝視してるし。


「……とりあえず、私に彼氏がいることはそれとなく広めてくれると嬉しいわ。私を好きになってくれた人達には申し訳ないけど、事あるごとに告白されてたら彼氏も不安がるしね」

「たった今フラれたばかりの俺にそれを言うか。別にいいけどな」

「あら、私達はもう『友達』なんでしょ?」

「ははっ、そうだったな。じゃ、俺はそろそろ行くよ。またな、山吹」


 男子は山吹に背中を向けると、ヒラヒラと手を振って中庭から去っていった。

 最後まで爽やかな奴だったな。ポカリのCMに出ていても違和感が無いくらいの爽やかさだった。

 ……それはそれとして山吹には一言物申さないと気が済まないし、山吹がどこかへ行く前に声を掛けないと。


「山吹ぃ!」

「……誰がいるのかと思えばあんただったの。覗きなんて趣味が悪いわよ」

「それについては俺も同感だぁ!」

「ええっ!?」


 勢いよく山吹に同意すると、桜野先輩は驚いた声と共に立ち上がった。


「絃ちゃん先輩もいたのね。二人でそんな草むらに……もしかして、邪魔したのは私達の方だったかしら。大丈夫よ、私は気づかないふりしとくから今すぐ続きをおっぱじめちゃって」

「二人して酷いですよ! 波瑠さんにはいい趣味してると言われたんですから!」

「後ろ向いても何も始まらねぇからこっち向け山吹! 一先輩の言葉は皮肉だったと思いますよ桜野先輩!」


 俺は正当な文句を言いたいだけなのに、何でその前にこんな疲れなきゃいけないんだ……! 自由に生き過ぎだろこの人達……!


「何なのよもう……何でいきり立ってるの? 元気なのはいいけど、自分を抑えることも必要よ?」

「欲望の化身が何言ってやがる! それに何でって聞きたいのはこっちの方だ! 俺と山吹が恋人同士なんて根も葉もない嘘つきやがって!」

「ああ、そのことね」


 俺の物言いに山吹は悪びれもせず頷いた。


「あれは仕方ないのよ。私って可愛いから結構色んな人から告白されちゃうの。入学して一週間なのにもう三人目。ありがたいことなんだけどこれが続くとその分多くの人を傷付けちゃうだけだし、あんたと付き合ってるってことにして牽制してるのよ」

「え……まさか前の二人にも俺達の噂を流してもらうように言ったとか……?」

「そうよ」

「噂が消えないはずだよ!」


 色恋沙汰とか関係なしに本人が発生源の噂とか消えるはずがない! そこまでいくともう噂ってレベルじゃねぇし!


「ちなみにクラスの子達には月野木が私達の仲を否定してきても、それは照れ隠しで言ってるだけだから気にしないでって言ってるわ」 

「どおりで! 俺は必死なのにどこか聞き流されてる空気が出てた理由が分かったよ!」

「えーと……つまり、お二人は隠れカップルって認識で合ってますか?」

「合ってるわよ」

「違います!」


 これ以上話をこじれさせないでほしい! そんなに外堀埋められるといつの間にか本当になってそうで怖い!


「うるさいわねぇ。あんたは何が不満なのよ。心配はいらないわよ、あんたに好きな人が出来たらちゃんと別れたって周りに言うから。それまではボーイフレンド(仮)でいてくれない? あんたも私みたいに可愛い彼女がいたら自慢出来るからウィンウィンでしょ?」

「アクセサリー感覚で恋人を自慢する趣味は持ち合わせてねぇよ。雪音が知らない間に彼女を作ってたら、兄的に合わす顔がなくなるからやめてほしいってだけだ。大体、恋人役なら俺じゃなくてもいいだろ」


 山吹なら男友達くらい一杯いるだろうに。それか告白してくれた人達の中から本当に付き合う相手を選んでもいいはずだ。それだけ告白されるなら良さげな人もいたと思うし。


「……駄目よ、私にはあんたしかいないの。私にとって、あんたは特別なんだから」


 代案を出したが聞き入れられず、山吹は頬を染めて俺から顔を逸らした。

 え……、な、なんだこの反応は。まさか恋人役とはただの口実で本気で俺のことが好きとか……? 

 ま、まあ? 入学して一番山吹と話してる男子は俺だろうし? 気になるようになってもおかしくないっていうか? 山吹も妹属性持ってるから兄度が高い俺に惹かれるのも必然とも?


「あんたは私がエロゲーマニアだと知ってる唯一の男子なのよね。この趣味は公言したくないけど彼氏役を頼むくらい近くにいる人に隠し通すのも面倒だし、丁度いいのがあんたしかいないのよ」

「それだけ……?」

「もちろんよ」

「…………」


 なんだよっ! 期待させやがって! お前みたいな奴が勘違い男子を大量発生させるんだぞ! そんで数々の黒歴史を持った負の男子を作り出すんだ! そこから巡り巡って少子化にも繋がったりするんだよ! ちくしょうめ!


「なになに? 私があんたを好きなんじゃないかとか思わせちゃった? 思わせぶりな態度を取ってのは当然わざとなんだけど、こうも簡単に引っ掛かってくれるのねー。昨日も思ったけどあんたって相当騙されやすいわよね? 壺とか買わされないように気を付けたほうがいいわよ?」

「うるせぇな! 俺が騙されやすかろうが騙す側の人間がいなけりゃなんの問題もないんだよ! 世の中善人まみれにしてやろうか!」

「思想が一周回ったラスボスっぽいこと言ってるわね」

「朱莉さん、この年頃の男子はガラス細工のように繊細なんです。あまりからかっては可哀想ですよ」


 ニマニマとした山吹の目も、慈愛に満ちた桜野先輩の目も、今の俺には直視できない。

 この人達は俺を辱めて何が楽しいんだ。俺に一先輩と同じ性癖はないというのに。


「……で、話も纏まったことだし私はもう行くわね。昼休みも終わりそうだし」

「あ、次移動教室でした。私も急いで戻らないと」

「とっ散らかったままだよ! 纏まりとは程遠い! ……おい待て! 談笑しながら去ってくな! 話は終わっちゃいねぇんだよ!」


 憤慨してる俺を置いて二人は早足で中庭から離れていく。

 ああっ! 絶対このまま噂が定着する流れじゃん! 既にクラスの中心になってる山吹が流してる噂を俺なんかが消しきれる気もしねぇし! 雪音には先に俺から事情を話しておくかぁ……。


「実際の所、朱莉さんは七祈さんをどう思ってるんですか?」

「…………今はまだ保留ということにさせて」

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