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序章 雪音~いもうと~

 私立(しりつ)(いち)(えい)学園。


 総数三千人を超える近所でも有名なマンモス高校だ。そして俺がこれから通う高校でもある。

 本日、四月七日は一栄学園の入学式が行われる日付となっているが、俺は式が始まる時間になっても学校に足を運んでいない。

 病気や事故ではない。そういった休まざるを得ない理由で入学式をサボっているのではなく、俺は確固たる意思を持って学校に行かないという選択肢を取っているのだ。

 なにせ今日は、


(つき)野木(のき)雪音(ゆきね)

「はい」


 最愛の妹である雪音の入学式だからだ。

 壇上にいる担任に名前を呼ばれた雪音は、澄んだ川を連想させる美しい声で返事をして立ち上がる。

 もちろん、雪音が美しいのは声だけではない。たかだか椅子から立ち上がるといった普通の動作も、雪音にかかれば見るもの全てを魅了する華麗な所作となるし、その端正な美貌はマリー・アントワネットもかくやといった感じだ。


 中学一年生にして既に完成した美を体現しているといっても過言ではない。いや、雪音は日に日に成長しているんだからこれから更に完成度も高くなっていく。


 恐ろしい……、いつか雪音は美貌故に顔を隠さないと普通に外を歩くことも出来なくなるんじゃないだろうか……。

 しかし危険は未来だけに存在しているわけじゃない。今だって充分以上に綺麗なんだから、同級生共が群がる恐れがある。


 中学生男子なんて性欲に塗れた猿の集団の中に雪音を入れるなんて俺は断固反対だったんだけど、本人が女子校は嫌って言ってたからなぁ……。

 防犯ブザーはこれからも常備させるとして、他にも見守りアプリと発信機と……転倒検出機能のついてるアップルウォッチと緊急呼出ボタンも持たせて……、一応護身用にスタンガンも持たせとくか。


 あー……、俺も中学生のままだったらもっと身近で守ることも出来るのに。進学という制度が憎い。

 教育課程への不満、雪音に降りかかる可能性がある様々な危険、新調する防犯グッズ等々について考えていたら、いつの間にか始業式が終わって生徒がゾロゾロと体育館から出ていっていた。

 そうして生徒が全員退出した後、保護者も体育館を出て自宅へ帰る人、我が子を待つ人とそれぞれに分かれた。

 俺は当然、妹を待つ選択肢を選び校門付近で待機している。


 ……それにしても、数週間前に卒業したばっかの学校に、今度は保護者として来るなんて変な気分だな。万が一にでも知ってる先生に会ったら、何してるんだと突っ込まれそうだ。

 まあ、そうなったら堂々と妹の晴れ姿を見に来ましたと言うけどさ。きっとそれなら仕方ないと見逃してくれるはずだ。


 そういや雪音は部活とか入るんだろうか? 最終的に決めるのは雪音だけど、男子が多い部活に入るのだけはやめてほしいな。入るのなら、部員……出来れば教師も女子ばかりの所にしてほしい。それに、雪音が部活をするとなったら俺も高校で何かしらの部活に入った方がいいよな。下校時間合わせたいし。

 あんだけでかい学校なんだから部活もかなりの数ありそうだなー……ちょっと調べてみるか。


「おおう……」


 スマホを取り出し一栄学園の部活動について検索してみると、想像より遥かに多くの部活が出てきた。

 野球部やサッカー部等の定番のものから、珍しいところでは模型製作部やロッククライミング部、さらにはスキルアップ部といったもはや名前からではどんな活動をするのか分からない部活まであった。


 全部でこれ……百、は越えてるよな。こんだけ多いと部活見学するのも一苦労だ。部活をするかは雪音次第だけど、一応今のうちに目星くらいはつけておくか。

 うーん……、自由が利きそうで、どうせやるならある程度は興味も持てそうな部活……何かあるかな……。

 あ、これなんかちょうど良さそうかも……、


「お兄……、兄さん。学校終わったんだけど」

「え?」


 スクロールに集中してる内にホームルームが終わったらしく、俺の目の前には少し不機嫌そうな顔をした雪音が立っていた。

 しまった……! 俺としたことが雪音の接近に気付かないなんて……!


「お疲れ雪音! クラスはどうだった? 仲良くなれそうな子はいたか? 男子の人数は? チャラそうな奴はいなかったよな?」

「うるさいうるさい。今日なんてプリントとか教科書貰っただけなんだから、そこまで分からないって」

「あー、そっか。そんなんだったっけな。もう三年前のことだから覚えてなかったよ。ともかく、変な奴や危険な奴がいたらすぐにお兄ちゃんに言うんだぞ。何をおいても助けに来るから」

「……あのねー、兄さん。私も今日から中学生なの、過保護にしなくていい年齢。小学生に対してだとしても兄さんのはやりすぎだし」


 雪音は呆れた眼差しを向けてくるが、俺がそれくらいで引き下がるものか。いくつになっても妹は妹なんだから心配に決まってる。


「雪音、先人は良い言葉を残してくれた。備えあれば憂いなし、だ。俺は雪音のために備えておかないと、憂いて憂いてしょうがない。このままじゃ高校の授業なんて手も付かないことになる。俺のためを思うなら、今まで通りにさせてくれないか?」

「別に駄目とは言わないけどね……。おに……兄さんがそんなんだと私がいつまでも自立しないじゃない」

「そう思えるんなら自立の心配はないと思うけどなぁ。……それより、何でさっきからお兄ちゃんと言ってくれないんだ? 兄さんって呼び方も新鮮でいいけどさ」


 昨日……なんなら今朝までお兄ちゃんと言ってたのに、どういう心境の変化だろう。


「前から決めてたの。中学校に入ったら呼び方変えようってね。中学生になってもお兄ちゃん呼びだと、なんか子供っぽくて恥ずかしい」

「なるほど……、そういうもんか。ま、雪音がそっちがいいって言うならそうしよう。ただ、たまにでいいからお兄ちゃんって呼んでくれたら俺が凄く喜ぶってことも覚えててくれ」

「そう言われると逆に呼びたくなくなるよ」

「…………反抗期?」

「真っ当な反応だと思うけどね。それよりそろそろ帰らない? 兄さんは学校サボって来てるんだし、あんまり外に長居するのもまずいでしょ」


 一瞬、一足早い反抗期が来たのかと焦ったが、俺を心配してくれる雪音はいつもと同じで心優しい女の子だった。


「そうだな。真っ直ぐ家に帰るか? それともどっかでご飯でも食べに行く?」

「家が良い。私も疲れたし、ゆっくりしたい」

「オッケー」


 雪音の希望に従って、俺達は帰路につくことにした。

 その途中そういえば、と思って待っている時に考えていたことを雪音に尋ねてみた。


「雪音はさ、今のところ部活に入る予定はあるのか?」

「んー? まあ……中学に入ったからにはせっかくだし何かしたい、かも。……兄さんはどうするの?」

「そうだな……、気になる部活はあるにはあったけど……」

「ふーん。何て部活?」

「ビジュアルノベル研究部」

「………………え?」


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