バイトっ!
「入っていいでしょうか」
「どうぞ」
時刻は深夜、皆が部屋に戻り床に就こうかという時間。
そんな時間の来訪者を、オレは快く部屋に招き入れた。
「フィオさん。またアレをお願いしたいのですが……」
「オーケー、詳しく話を聞こうじゃないか」
オレは来訪者を部屋に入れると、腕を組んで意味深に笑った。
机の上の蝋燭台が、真剣な面持ちのユリィを照らす。
「その、実は」
「何だね」
部屋を訪ねてきたのは、敬虔な修道女であるユリィだった。
こんな夜更けに、彼女がオレに一体何のようなのだろうか。
少し躊躇った後、やがてユリィは意を決したかのように口を開いた。
「明日、レイさんを、朝の10時から1時間ほどお願いします……!」
その彼女のその頼みは何とも曖昧で、述語の欠けたモノだった。
だがオレには依頼の内容が理解できた。
彼女の頼みを聞くのは、初めてではなかったからだ。
「……」
「駄目、ですか」
ユリィもはっきり言い辛いのだ。オレに仲間を嵌めろと要求しているわけだからな。
そんな彼女を慮るように、笑顔を作った。
「良かろう。任せたまえ、ユリィ。……となると、出すモノがあると思うのだが?」
「えっと、その。……20Gでは、足りませんか?」
「20G!? なんだ、随分とお安いな。まぁ、ならオレの働きもお安くなるかもしれんな」
彼女の提示したその報酬額に、オレは眉をオーバーに吊り上げた。
ふむ、この女はもう少し気前が良いと思っていたが。
彼女はそのグラマラスな体型ほど、太っ腹ではないらしい。
「その、ご存じかも知れませんがが、香水の件でお小遣いを減らされてしまいまして……。上手くアルト様を誘えても、肝心のデート資金が……」
「そうか、それは大変だな。で、それがオレへの頼みごとに何の関係が?」
「え? えっと、でも……」
彼女のその甘えた言い訳を、オレは冷たい目で一刀両断した。……そして感情をこめず、淡々とユリィを諭す。
「心配するな、ユリィ。アルトならデート資金くらい出してくれるさ、だから気にせず誘えばいい。なんだったら、当日はオレが少し融通してあげよう。だから、分かるね?」
「え、えっ」
困惑しているユリィに、オレはにこやかに笑いかけた。
貰うものは貰う。一度でも、譲歩すると付けあがるのだ。
「わ、分かりました……。50Gで、如何でしょう」
「……まぁ、ユリィの懐が厳しいのも事実だろうし。今回だけは、それで良しとしてあげますか」
よし、なんとか今回も報酬を引き出すことに成功した。
にしてもユリィめ、まさか一丁前に値段交渉を仕掛けてくるとは。油断も隙もあったものではない。
オレだって金が必要なのだ。ボインなお姉ちゃんとオッホホな行為をするために。
「ど、どうかよろしくお願いします、フィオさん」
「任せてください。依頼は完遂する、それがビジネスという奴ですよ。くくく……」
まぁ、今回はしっかり予定通りの額を回収する事が出来たので良しとしよう。
ユリィは比較的やりやすい部類ではあるのだが、交渉の度に駆け引きをするのは面倒だ。
もっと楽にお金を稼げる手段は無いものかねぇ?
「では、私はこれにて。フィオさん、一応ですが……」
「ここで話した内容は他言無用。分かっているさ」
「お願いします」
そう会話を終え、オレは受け取った50Gを握りしめてニンマリと笑い────
「……って、君達は一体何をやってるんだ!?」
「きゃっ!」
「うおおおお!?」
うわ、びっくりした。
ユリィが出ていこうとした瞬間、すんごい形相のルートが部屋に飛び込んできたのだ。
「なんだよルート、大声出して。驚かすなよ」
「び、びっくりしましたぁ。ルートさん、どうしましたか?」
「ビックリしたのは僕の方さ! 何をとんでもなく怪しい会話をしているんだ!?」
ああ、なるほど。さっきのオレとユリィの会話を聞かれてしまっていたのか。
「何って、そりゃビジネスの話だよ」
「なにやら不穏な雰囲気だったぞ。ユリィ、ひょっとしてフィオに何か騙されていたりしないかい?」
「人聞きが悪いな!?」
何故ルートの中でいつもオレが悪者になってしまっているのか。
むしろオレは、彼女の汚い欲望を聞いてあげている側だって言うのに。
「その、本当に違うんです、私の個人的なお願いで……」
「ルート、わざわざ女二人がこっそり部屋で話していたんだぞ? その内容を根掘り葉掘り聞くんじゃねぇよ」
「うっ……。それは、確かに僕も配慮不足だった。ごめん」
そう言うとルートは、申し訳なさそうな顔になって頭を掻いた。。
よし、上手いこと誤魔化せそうだ。
「でも、本当に騙されちゃいないんだね? このフィオって奴は息を吐くように嘘を吐く腐れ外道だから」
「おいルート、その喧嘩買うぞ」
「その、大丈夫です。……明日、少しレイさんの足止めをしてもらうだけなので」
「足止め?」
あ、ユリィってば言っちゃうんだ。せっかく、気を使って誤魔化そうとしていたのに。
……まぁ、オレに被害はないからいいか。
「次の休日、アルト様は予定がないご様子なので、明日のウチにデートにお誘いしたいのですが……。リンさんとルートさんは買い出し当番だし、マーニャさんは10時頃はお外で鍛錬してますし。後はレイさんさえ上手く足止めしていただけたら、その、アルト様と私は二人きりに……」
「あぁ……。そういうことか」
ユリィの言葉を聞いて納得した、といった表情のルート。若干、白い目をしているけれど。
「そういうことだ。つまりさっきのオレ達は、二人でガールズトークをしていたんだ。男のルートが不躾に入ってくるなよな」
「フィオ、さっきのアレはガールズトークに分類される話ではなかったと思う」
なんだって? 女の子が二人で話してる話は全てガールズトークではなかったのか?
「その、ルートさん。このことは、お願いですので他言無用で……」
「うん、分かった。フィオがお金を受け取ってるのが気に入らないけれど、ユリィが納得の上なら僕は何も言わないさ」
「お、いつになく話が分かるなルート。色々ねちねちと小言を言われると思ったが」
本人が納得しているなら口をはさむべきではないと、そういう事だろうか。
「ありがとうございます。では私は明日に備えてもう眠りますね? おやすみなさい、フィオさん、ルートさん」
「おーおやすみユリィ。こんな中途半端な時間を指定しちまって悪かったな」
「いえ、フィオさんにも用事があったなら仕方ありませんよ。では、失礼します。お二人とも、よい夜を」
彼女はそう言って微笑み、バサリと長いフードを靡かせて部屋を出て行った。癒されるなぁ。シスターさんの笑顔って、何か心を満たすモノがあるよな。
「……」
ユリィも帰ったし、そろそろ寝巻に着替えたいのだが。なぜか、先ほどのユリィの言葉を聞いて黙りこくったルートは、部屋から出て行くそぶりを全く見せない。
……おかしいな、コイツってこんなに非常識な男だったか?
「どうしたルート、まだオレに用事でもあるのか? 腐ってもここは女性の部屋だ、こんな時間にまで男に居座られるのは良い気がしないんだが?」
「……なぁフィオ、一つだけ聞かせてくれ。ユリィがここに来る時間は、フィオが指定したのかい?」
「え? あ、ああ。そうだけど?」
「……」
「な、なんだよ」
ルートの奴、突然考え込みやがって。一体なんだって言うんだ。
──トントントントン。
この時にまた、オレの部屋のドアがノックされる。恐らくは、例の件でリンが訪ねてきたのだろう。
あ、だとしたら、ひょっとしなくてもマズイ。今の状況、リンは追い返さないとやべぇ!
「すまん、リンか!? 悪い、今少し立て込んでいて──ッ!!」
「……あ、まさか!? おいリン、そこに居るのかい? 部屋に入ってきたまえ!」
「分かった、入る。……ん? なんでルート、いるの?」
オレの咄嗟の制止の甲斐なく、部屋のドアは開かれ、眠そうな顔のリンが入ってきてしまった。くそ、早く追い返さねば。
「リン、悪いが今はルートと話の途中でな、また後で来てくれ。な?」
「ん、そうなん? 分かった。じゃ、ウチもう眠いしお金だけ置いて出て行くし。……バイバイ」
ちゃりーん。彼女はオレのベッドに、50Gほどを投げ捨てる。その瞬間ルートが、目を剥いたのが見えた。コイツ、本当に頭良いんだよなぁ。戦闘時には頼りになるけれど、こういうバレたくないこともアッサリ看破してしまうのは勘弁してほしい。
「……ねぇリン、少し聞きたいんだが。これは一体何のお金なんだい?」
「これ? ……フィオに、女狐を1時間ほど足止めして貰ったお礼のお金。これでウチ、上手くアルトをデートに誘えたし……」
……喋っちまいやがった、この幼女。そう、ユリィからの依頼の交渉をこんな深夜に指定したのは、リンからのユリィを足止めせよと言う依頼を同時に達成する為でも有ったのだ。この時間、ユリィさえ足止めできればリンとアルトは二人きりらしい。そこで上手く、リンはデートの約束をこぎ着けたようだ。
つまり、明日ユリィがアルトと二人きりになって、次の休日をデートに誘おうとも無駄なのである。既にリンが先約なのだから。
ルートの目じりが吊り上がっていく。どうやら爆発寸前のようだ。
「こんの!! 息を吐くように嘘を吐くド腐れ外道が!! 結局君はユリィを騙してたんじゃないか!!」
「騙してねぇし!? オレ、ちゃんとユリィの依頼は達成するし!」
「騙す? ……フィオ、またなんかあくどい事したの?」
「しーてーまーせーん! オレはオレの成すべきことを成しただけです!」
「どうやら一度僕が、君の性根をたたき直してあげないといけないようだね! 勇者としてふさわしい立ち振る舞いをしろと僕は日頃から常々思っていたんだ、君とバーディに対しては!」
「うわーん、このままお説教コースか畜生!」
これと全く同じこと、バーディの奴もやってるってのに! 結局、オレはその日ルートと、熱く濃厚な夜を過ごす羽目になったのだった。
腰が砕けて立てなくなったぜ。主に正座の痺れで。