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衝撃!

「約束の期限までアルトと会話禁止だと? そんなの、実質諦めろってことじゃないか……」


 黒魔導士少女の、悔しそうな声が深夜の個室に木霊した。


「クソったれ! ルートの奴、悪魔みたいな罰則言い渡しやがって」


 先日、黒魔導士(レイ)は仲間を貶める謀略を暴かれてしまい、ルートから「想い人(アルト)との会話禁止」という罰則を言い渡された。


 因みにそのルート自身も罰として女装禁止を言い渡され、その判決にむしろ嬉々としていたとか。


「駄目だ、このままでは勝ち目がない。私は、私は諦める訳にはいかないのに」


 アルトはバーディとの約束で、今月中にパーティの中の誰かに告白する予定になっている。今が一番大事な時期だというのに、会話禁止は罰則として非常に重かった。


 レイは狡猾な女だ。自分の欲望のためなら、他人を蹴落とすのも問題ないという考えの持ち主だ。


 ただそれは。幼少期の彼女の過酷な環境────スラムで生きていた経験からくるものだ。


 ────蹴落とされる方が悪い。彼女は、そういった生き方しか知らなかった。


「まだだ……。アルトと二人っきりの状況なら、何をしても分からない筈。同じ手は何度も通じない、出し抜けるチャンスは一度だ。その一度で、決めてやる」


 そして、青い髪の少女は決意した。元々、彼女には己が幸福のためならどんな手でも使う覚悟はある。


「何度も何度も、男は経験している。悦ばせ方も、愉しませ方も、全て熟知している私なら。一度でアルトを骨抜きにしてやれる、して見せる」


 汚れきった自分の、その半生で培った全てを使って、女の戦いに勝利する事を。


「問題は、アルトが同性愛者の可能性なのだが……。うん、よし。だったら逆にそれを利用してやればいい」


 暗闇の中、ニヤリ、と外道少女は独り笑った。


「アルトの童貞は……私が貰った!!」


 くちゅん。


 その時、どっかの部屋で想い人(アルト)の腕の中スヤスヤ寝ていた白魔導士が、くしゃみをしたとかしないとか。













【アルト視点】


 結局、俺とマーミャの噂は終息した。マーミャ本人が実家に事情を説明し、俺達の関係を訂正させたからだ。


 噂を広めていたその元凶が火消しを行ったので、一連の騒動は迅速に収まった。


 一部のゴシップ好きのメイドは未だ噂をしているらしいが、俺とマーミャの関係の信ぴょう性はほぼなくなったと言っていい。これで、一件落着である。


 まったく、最近のレイには困ったものだ。悪戯がどんどんと激しくなっている。どこかで叱った方が良いだろうか。


 ルートに彼女の処遇を任せ、俺は約束通りジェニファーの店に行ってへべれけに酔ったフィオのお守りを楽しんだ。


 俺を見て嬉しそうに鼻歌を歌う彼女を愛でながら、その日はバーディ、ジェニファーを合わせ四人で飲み明かし、彼等と別れた後で愛し合ったのだった。



 その、翌日のことである。



「大変だ、アルト……。今朝起きたら、私にチ●コが生えていたんだ……っ!!」

「なんて?」


 俺の仲間、青髪の黒魔導士レイがとんでもないことになっていたのは。




「すまない、レイ。もう一度言ってくれ。何だって?」

「朝起きたらチ●コが生えてた」

「え、ええ!? お、女の子が何度もそんな言葉を口にしちゃダメだ!」

「アルトが言えって言ったんじゃないか」


 朝っぱらから俺は、大混乱だった。


 朝一番にレイが話しかけてきて、そんな意味不明なことを相談してきたのだ。


 生えるって、どう言うことだ。


「そ、そういうのはフィオに相談したらどうだ」

「フィオには恥ずかしくて、相談できなくてな。一応さっき町中の回復術師に診て貰った」

「そ、それで?」

「魔力の強い女性にたまに起こることだそうで、病気じゃないらしい。外科的に切り落とすくらいしか手はないそうだ」

「は、はぁ。不思議なことがこの世にまだ沢山あるんだなぁ……」


 レイが言うには、魔力が高いとチ●コが生えてくることがあるらしい。


 ……フィオにも生えたりするんだろうか? なんとか受け入れる覚悟はあるけど、正直ヤだなぁ。


「その、突然のことでどうしたらいいか分からなくて。アルト、相談に乗ってくれないか」

「俺か」

「こんなことを笑わず、真面目に相談に乗ってくれそうなのはアルトしかいないんだ」

「ああ、分かった。俺で良ければ力になろう」


 話で聞いただけの俺ですら大混乱なんだ。朝目覚めた時にそんなモノが生えていた彼女の方が、遥かに混乱しているだろう。


「それじゃ、その、悪いがあまり人に聞かれたくない話なんでな……」


 レイは、少し恥じらった表情で、こう言った。


「二人きりになれる場所、いこっか」


 ……その時、ピン、と。俺の中の嫌な予感センサーが何かを察知したけれど。


 困っている仲間を放っておくという選択肢はないので、一応周囲を警戒しながら、顔を赤らめているレイについて行くのだった。


 この、胸騒ぎは何なのだろうか。









「生えてないじゃないか!!」

「ははははは!! 気が付いても、もう遅いわ!!」


 誰にも見られたくないから……、と言う彼女について行き、なぜか逢引き宿に入ることになった俺は、全裸となったレイに襲い掛かられた。


「くく、アルトォォ? どうだ、生の女体は。怖がらなくったっていいんだぞ? 男より女の方がずっとずっと気持ちが良いんだ」

「レイ! いいから服を着ろ、服を!!」


 つまりは、またしても彼女の悪戯だったのだ。心配をして損をした。


 にしても、コレは俺をからかっているのか、そういった行為に対する彼女のモラルが低いのか。


 何にせよ、こう言うことを恥ずかしげもなく迫るのは良くない。


「照れるな、照れるな! 良いんだ……、この私を好きに抱いていいんだ。どうだ、やや華奢とは言え私も出るところは出ている、女性としての機能は果たせる」

「コラ、女の子がそう簡単にそういう誘いをしちゃいけません!!」

「そうはいっても顔は真っ赤だぞ、アル……、あれ? あんまり赤くないな」


 性行為と言うのは、愛した人間に対し同意を持って行うモノだ。昨日のフィオなんかは何でも受け入れてくれて正直たまらんかった……、じゃなくて。


 その気がない人間を騙し、逢い引き宿に連れ込み、強引に迫るなど許してはいけない。


 本当は俺に説教出来る資格はないのだが、彼女の為にもココは心を鬼にして雷を落とそう。


 ……フィオは、よく許してくれたなぁ。


「え、嘘? アルト、結構冷静だったり? その、えーと、興奮してすらない……?」


 ……それに、最近のレイは少しやりすぎである。ココで叱ってあげるのも、彼女に対する愛情か。


 俺は手加減しつつ、それでいて痛いように彼女の頭に拳骨を落とした。


「ふん!!」

「痛っ!? え、ちょ、私脱いでるぞ? 何でそんなに冷静……?」

「座れ、レイ。最近のお前は、ちょっと悪戯が過ぎる」

「……今、裸で、その」


 昨夜、俺はフィオに出し尽くしているのだ。今の俺の精神は、もはや賢者と呼べる域に達している。


 まぁでも目の前にいるのがフィオなら、俺は再び野生を取り戻すかも……。


 ……じゃ、なくて。説教だ、説教。


「良いから、正座。流石に俺も少し腹を立てているぞ、レイ。人の信頼を裏切れば、いつかお前に跳ね返ってくると言わなかったか? それを覚えてくれていないなら、俺は悲しいぞ」

「え、あ、その」

「正座は、どうした」

「……ヒッ!」


 少し睨みを利かせてやると、レイはビクンと怯えてその場で正座した。とはいえ全裸は目に毒なので、彼女にシーツをかけてやり、説教を始める。


「そもそもお前は昔から、悪戯の加減が出来ていないのだ。マーミャの件もそうだし、以前の軍資金の着服だって────」

「……はい」


 よし、今日はみっちり叱ろう。今まで甘く接してきた俺にも、責任はある。


 俺は他人に説教できるような人間ではないが、仲間として思ったことは伝えるべきだ。


「……くどくど」

「……」


 この後、俺は3時間ほど滾々と、彼女に道徳を説いたのであった。


 スラム出身とは言え、何時までもその倫理観に縛られていてはいけない。俺達は、今いる場所に適合し、生きていく必要がある。


 結局。彼女の目が死んできた辺りで解放してあげたあたり、俺はまだまだ甘いのだろうけれど。


 帰ってからはルートに話して、続きの説教をしてもらおうとしよう。









「……ほう。アルト、ありがとう。レイの奴、またやらかしたのか」

「違うんだ、これは、その」

「ふ、ふふふふふ。どんな厳罰がいいでしょうかねー、うふふふふふ」

「……コイツは、そう言う奴だし。見張っておくべきだった、ごめんアルト」


 アジトに戻るとルートが居なかったので、女性陣に引き渡した。


 彼女らはそれはそれは獰猛な笑みを浮かべ、レイを受け入れてくれた。


 うん、皆レイの悪戯には辟易していたんだな。タップリ反省して貰おう。


「待て、それは何だ。やめろ、そんなモノ付けられたら……!」

「私の実家は貞淑な貴族だからな、こういったモノも渡されたりした。まさか他人に使うことになるとは思わなかったが」

「鍵、誰が預かります?」

「……ウチ、持っておく。絶対に分からない場所に、置いておくし」

「やめろ!! 待って、本当にそれだけは、それだけは!」


 酷く怯え、許しを乞うレイ。うむうむ、反省してくれている様子で何よりだ。


 ……ところでマーミャが持っている、鍵付きの下着は何なのだろう? 


「やめろォォォォ!!」

「アルト様は少し部屋から出ていてくださいねー」

「おう、分かった」


 まぁいいや。気にしないでおこう。












 少女は、街の喧騒の中を1人歩いていた。


 その道の先には、彼女の目的地はない。ただ、ボンヤリと歩みを進めているだけである。



「いや、あはは。まぁ、薄々そんな気はしてたんだが」



 金髪を揺らし歩くその白魔道士に話し掛ける人は居ない。誰かが、彼女に話し掛けられる雰囲気ではなかったのだ。


「そっかー……」


 彼女は思い出す。コソコソと辺りを気にして、仲間の黒魔道士と逢い引き宿に入る、恋人の姿を。


 呆然とその場に立ち尽くすこと数時間、着衣の乱れた黒魔道士が、疲れた顔で恋人と宿から出て来る姿を。


「……」


 何かの間違いかもしれない。何かの誤解かもしれない。だったらいいな。


 彼女は衝撃でシャットダウンした脳の片隅に、わずかに残った思考回路でそんな夢を見ながら、フラフラと明後日の方向へと歩き出していた。


 1人、怯えながら。


「嫌だなぁ。知りたくなかったなぁ。でも、アイツ、格好いいもんな。そりゃそうだよ……」


 元々、そんな気はしていたのだ。でも、何時しか頭からそんな可能性は除外していた。自分だけの彼であって欲しいと、そう願ってしまったから。


 もし、浮気をしてないかと、帰ってアルトに問い詰めたらどうなるだろう。


 謝ってくれるのだろうか? 誤解だと、誤魔化すのだろうか? それとも────




『ああ、なんだフィオ、気付いちゃったか。じゃあもう良いよ、別れよう』




 あっさりと、捨てられてしまうのだろうか。



「あ、はは。どうして今、知っちゃうかなぁ。もう、遅いっつーの」


 彼女の身体は、アルトだけを覚えている。彼女の心も、既にアルトに預けきっている。


 今更彼女に、アルト以外の選択肢は残っていない。


「成る程なぁ、こうやってハーレム維持してるんだなアイツ。感心するよ」


 この白魔導士は、元々視野が広い人間ではない。そんな彼女が、生まれて初めて男性に恋をして、更に視野は狭くなり。


 すれ違いで始まった2人の恋模様は、更に混沌としていく。

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