依存?
【アルト視点】
「おい、アルト。お前、今度はフィオに何やった?」
「む。バーディ、どうかしたのか」
「どうかしてるだろ。何だコレ」
朝一番、気持ちよく眠っていた俺は粗暴な男の声でたたき起こされた。
まだ早いのにバーディが訪ねてきたらしい。どうしたのだろう。
「フィオは、いつも通りに見えるが」
「これがいつも通りって、目玉腐ってんのか? つか、お前にかかったらフィオすらこうなるのか。正直戦慄してるわ」
バーディは頭痛を堪えるように、ベッドに寝そべる俺を見下ろしていた。
えっと、昨夜は何があったんだっけ。
たしか王都に戻った俺はまず、コボルト戦の後始末をルートと、バーディに丸投げしたことを詫びた。
ルートは笑って許してくれたのだが、バーディは金銭を要求してきたっけ。
その後、部屋に戻るとベッドが既に膨らんでいて……
「……んー、朝かぁ? アルト、どこ?」
「俺はここだ、フィオ。バーディが来てるから、布団から出て来るなよ」
「ん、りょーかい。まぁバーディに裸見られるなんて今更だが」
「俺が妬けるんだ」
「ふふ、そっか、アルトが妬いちゃうかー。ふ、ふふ」
「お前ら人の話聞いてる? 殴るよ? 突くよ? 神域と呼ばれた俺の槍技、受けてみる?」
そのままフィオと一晩を明かし、素晴らしい朝を迎えることができた。
バーディさえいなければもっと良い朝だったのに。フィオはまだ服すら着てないんだぞ。
人の幸せを邪魔して、何のつもりなんだ一体。
「とっとと起きて着替えろ、昼から連携の訓練だって言ったろーが! 昨日!」
「昼からだろ? まだ朝だぞ」
「アルトを起こしに行こうと四人娘が睨み合いを始めたんだよ! だから公平を期して俺が来たんだ。俺以外が起こし役なら死んでたぞお前ら」
「お、そうか。ご苦労だバーディ、そのままもう少し誤魔化しておいてくれ。オレ、アルトともう少しこうしていたい」
「良いから起きろやゲスロリ。この光景を四人の誰かに見られたらパーティ崩壊だからな?」
おお、バーディのやつ、俺達の関係をうまく誤魔化してくれていたのか。
確かに、今の姿は他の仲間には見せにくいな……。
「いやな予感がしたから、俺が強引に起こし役を買って出たんだ。まごまごしてると、誰か来るかもしれん」
「大丈夫だってー、アルトもお寝坊な日くらいあるさ」
「大丈夫な訳があるか!」
フィオは布団の中に隠れながら、甘えた声ですり寄ってきた。
……可愛いな。
「だんだん腹立ってきた。おいクズロリ、布団ひっぺがされたくなけりゃ今すぐ────」
「アルト様ー、まだでしょうか?」
噂をすれば陰。
待ちきれなくなったのだろうか、ユリィの声と共にドアがノックされた。
「おぉーう!! ユリィ嬢ちゃん、まだ開けないで欲しいかなぁ! アルトは着替えの真っ最中で全裸なんだぁ!?」
「ぜ、全裸ですか!? は、はい分かりました……アレ? だったらバーディさんは何で出て来ないんですか?」
「俺はアルトの着替えを手伝ってるんだぁ!?」
「着替えを手伝ってるんですかぁ!?」
……おお、バーディが必死の顔で誤魔化してくれている。思った以上に、真面目に協力してくれているようだ。
「ぜ、全裸のアルト様と、その着替えを手伝うバーディさん。え、え、ソレって、ソレってまさか!?」
「アルトの着替えを手伝うのは俺の日課なんだぁ!? この事は内緒にしておいてくれると助かるなぁ、ユリィ嬢ちゃん!」
「は、はひ!! え、わ、ひゃ、ごゆっくり、どうぞごゆっくり!!」
バーディの懸命な説得により、部屋の外のユリィの気配が離れていくのが分かった。ただ、嫌にカクカクとした動きで遠のいているが、何故なのだろう?
「よくやったぜバーディ。……アルト、そろそろ起きなきゃだなぁ。寂しいから、キスして」
「あぁ。目を瞑れ、フィオ」
「ぶっ殺すよ? マジでぶっ殺すよ? 良いからとっとと起きろやバカップル!」
むぅ、空気の読めない男だ。今からキスをするんだから、静かに退室しておいて欲しいもんだ。
……結局俺は、バーディに急かされるままに床を離れ、居間へと向かわされる事になった。フィオは、自室に帰って身体を清めて来るとのこと。
部屋に戻るフィオは、どこか切なそうに此方を見ていた。胸が痛い。
うーん、やはりコソコソとするのは性に合わないな。兵士達には内緒にして、パーティメンバーには俺とフィオの関係を話しておくべきだろうか。
フィオは嫌がっていたけれど、俺は皆の前で堂々とフィオを愛でたいな。
「はい、皆集まって!」
ルートが号令をかけると、仲間達が戦闘姿でアジトの庭へ現れた。
「……おー」
「だっる……」
本日は、パーティの連携訓練の初日。バーディやルートが綿密に計画を練っていたようだが、俺は忙しくてあまり関われていない。
どんな訓練になるのだろう。
「お前ら、良く集まってくれた。今日はいよいよ、連携訓練の初日だ。教導役は俺、バーディが執らせてもらう。コンビネーションは仲間の生死を分ける重要な技術だ、気合いを入れて臨んでくれ」
「なお、訓練内容は僕と協議して決めてるよ。いつものバーディの悪ふざけではないから安心して欲しい」
バーディとルートは、庭の中央に立って訓練の説明を始めた。
彼らの回りを囲うように、俺達は体育座りして話を聞いた。
「連携訓練には、基礎編と実戦編を用意している」
「基礎と、実戦?」
「ああ。まず基礎としてフォーメーションの形を固めるつもりだ。今は前衛、後衛で別れて闘ってるだけだし」
まず、陣形の見直し。
今まで俺達は、適当に前後ろに別れ戦っていただけだった。
勇者の力が強すぎてそれでもうまく行っていたが、前回は奇襲に対応できずフィオを守れなかった。
「輪形陣、魚鱗陣に雁行陣など王都軍の陣形を参考に、フォーメーションを考えるぞ」
「コレばっかは実際にやってみないとシックリ来ないからな。意見があればドンドン出してくれ。全員が動きやすい陣形を作り上げる為にもな」
なので、全員がそれぞれ何かあってもフォローできるような「布陣」をあらかじめ決めておくのだ。
そうすれば、咄嗟の状況でも対応しやすいだろう。
「2つ目の実戦編はアドリブ連携の練習だ。毎回ちゃんと陣形が組めるとは限らないから、咄嗟でも連携を取れるようにする」
「やり方は、クジで半々に別れて、フォーメーションをアドリブで組む。戦場で常にフルメンバーなんて有り得ないし」
「クジを引いた後は、別れて即座に戦闘開始、前相談はなし。奇襲された想定での訓練だからね。そして、決着がついた後にミーティングを行って反省点を洗い出す。これで訓練終了だよ」
……おお、随分と実戦的な訓練だな。
確かに効果がありそうだ。
「質問や意見のある奴は居るか?」
「フォーメーションを増やすって言ったって、その仮想敵は? でけぇやつと、対軍団では話が変わってくるぞ」
「仮想敵は今日のところ、対軍団を想定してる。強敵相手のフォーメーションも作る予定だけどね。他は何か、あるかい? ……なさそうだね。じゃ、始めようか」
こうして、バーディーとルートの主導による、勇者パーティー初の連携訓練は幕を開けた。
「ふー、良い汗かいたな」
連携訓練は、つつがなく終わった。反省会も含め、非常に充実した1日だった。
俺は今日の訓練の出来事を反芻しながら、身体の汗を流しに水場へ向かっていた。
『おっしゃ指揮役はオレだ! リンは右の樹上に陣取れ、マーミャはオレの正面な!』
『……む、了解』
訓練ではチーム分けで、フィオが敵に回ることとなった。やりにくいったらなかった。
フィオはやはり頭の回転が速い。マーミャやリンに的確に指示を飛ばし、即席チームの中では一番連携が取れていたように思う。
指揮の内容は、奇抜で独特。少し空回りした指示もあったけど、十分に彼女の描いた作戦は機能していた。
フィオは戦術書を読んだり指揮官訓練を受けていない筈なのに。俺は王都に来てから、何冊も兵法書を暗記したというのに。
これが才能の差、という奴なのか。
そんな、俺に沸いた僅かな嫉妬心は、反省会の場でチラチラと俺を見ながら『誉めて誉めてオーラ』を出していたフィオの愛嬌で全て消し飛んだけど。
その場で抱きつきそうになった。危ないからそういうの止めて欲しい。
「お疲れ、アルト」
「ルートか。すまんな、連携訓練のこと任せきって」
「良いさ。戦場では何時も、アルトに負担をかけてるからね。せめて日常くらいは、僕達を頼って欲しい」
そう言ってルートは笑い、俺の隣で服を脱ぎ始めた。彼も、今から汗を流すようだ。
「今回の訓練は、とても実のある内容だった。ありがとうルート」
「それ、バーディにも言ってあげて。彼にしては珍しく、真剣に取り組んでたから」
「だな。……なぁ、ルート。バーディは、フィオのことが好きなのだろうか?」
「それは、女性として? だったら、それはないと思う。でも、人間としてって話なら、バーディはフィオに惚れ込んでるんじゃないかな」
「……理由は?」
「彼が好意的に接してる胸の慎ましい女性は、それこそフィオだけさ。強いトラウマがあるらしいのに、それに打ち勝つほどには好きなんだろう。だからあんなに真剣に、訓練に取り組んだんでしょ」
……そうか。バーディは俺達パーティが結成して以来ずっと、馬が合ったフィオと連んでいるんだっけか。
「何だかんだ、あの二人は仲が良い。戦場でも、彼等だけは阿吽の呼吸で動いていたし。男女としても、今は意識してないだけでちょっとしたきっかけで……、なんてこともあるかもね」
「それはない」
「……なんで断言?」
何故なら俺が、そんなことは絶対に許さんからだ。
「奴にこの間、水商売の店に連れて行かれ散々に愚痴られたよ。貧乳の女の責任を取らねばならないと」
「……クリハの件か。そう言えばそうだったね」
ばしゃり、と水の音が響く。ルートは衣を1枚も纏わぬ姿で、髪を水で濡らし目を細める。
何でこんなに色っぽいんだこの男?
「ねぇ、アルト。話は変わるけど、あの噂は本当なのかい? 王宮では既に結構広まっていたけれど」
「あの、噂? すまない、なんのことだろうか」
「君が恋人と婚約するという話さ。アルト達は隠したがってるみたいだけど、メイドの一人に会瀬の瞬間を見られてたようだよ」
……な!?
そんな、馬鹿な。俺とフィオの関係は完璧に隠蔽しているはず!
追跡者が居ないことは何度も確かめた。なのに、何故フィオとの関係がもう王宮で広まっているだと?
ならば、誰かが漏らした以外に考えられない。俺と、フィオの関係を知る人物、そして王宮に勤める人物が────っ!!
────あの、メイド!!
「……ルート、隠していて悪かった。だが、その噂の出所が分かるか?」
「え、えっと。ゴメン、王宮のメイドさん達が普通に話してるのを聞いただけさ」
「そうか。その噂は、どれくらい広まってる?」
「……多分、まだ城全体まで広がってると思うよ。兵士達には広まってるっぽい」
あわわ。
「そうか。コレからは夜道に気を付けねばならんな……。念のために、抜刀したまま城内を移動するのも手だな」
「それにしても、意外だったね。いや、剣士同士通じるところがあったのかな? 興味本位で悪いが、話してくれないかい?」
脂汗が額に滲む俺とは裏腹に、涼しそうな顔のまま流し目で悪戯っぽく笑うルートは、華奢なその腕を布で拭きながら爆弾を落とした。
「君が、マーミャを選んだ理由をさ」
「……は?」
俺はどうやら、知らないうちにマーミャと浮気をしているらしい。




