彼女と俺と水槽
昼休みも終わりかけた時間に彼女を見かけた。人も疎らの部活棟へと続く廊下で、誰か置いたのかも知らぬ水槽をじっと眺めている。
十秒程彼女を見つめるもこちらに気付く様子もなかったのでちょっとした悪戯心が働いて、少し威かしてやろうと、そうっと近付いていく。
「わっ!」
「ひゃひ!?」
後ろから声をかければ大袈裟な程に肩を揺らして振り返る。それよりも俺は彼女の変な返事がツボに入ってしまい笑いが込み上げてしまった。
「っ、先生! びっくりさせないで下さい!」
「ひゃひってお前……ふっ、ふははっ、ははっ」
「笑わないで! もう!」
「ふっ……すまんすまん。あまりに可愛い反応してくれたからつい、な……ふふっ」
頬を膨らませぷりぷりと怒る姿はとてもあの鬼の一族とは思えない程に愛らしい。昔に比べて随分と丸くなったものだ。
ようやく笑いが治まったので気になっていたことについて触れることにした。
「で、こんな所に水槽なんてあったか?」
「……あるから見てたんですよ」
「それもそうか。はてさて誰か何を飼っているのやら……ん?」
先程までの彼女同様に水槽に視線を向けてもそこには何も居らず、変な形の石と水草の置かれた空間に水張ってあるだけだった。騒いでいたから何処かに隠れてしまったのかと見る角度を変えてみても何も見当たらない。
「この水槽何もいないのか」
何故空の水槽なんて置いているのか。しばし考察してみたがこの学校には何考えてるか分からない輩も多いから考えるだけ無駄だ。
「おかしいですね。さっきまでいたんですけど……あ、ほらちゃんといますよ」
「……どこに」
彼女の指差す場所を見つめても、やっぱり何もいないし何も出てこない。
「そこ、ポンプの横にいるじゃないですか」
彼女の表情に揶揄する感情などは見えず、そもそも彼女はこんな下らないことで嘘を付くようなタイプではない。
「……ああ、いたわ。すまんすまん、目が遠くてよく見えなかった」
「先生、まだ若いんですから。しっかりして下さいね」
彼女にしか見えない何かが、そこには確かに存在しているのだろう。本当に、こんな水槽誰が置いたのやら。