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フィア─帰りたい者達の異世界旅─  作者: ミリオン
始まりの世界(デューベ)編
7/18

7

ギルドのある街に着いた瞬間、ニナとクゥフィアは諸事情により別行動を取った。

ロドルフォも街の目前で皆から一旦離脱しており、今、街の入り口に立っているのはリカルドとゼトだけである。

二人はその場に留まって、真っ先にエスポア専用の通信ラクリマの送信を試みていた。

魔王蟲討伐の際に王国から英雄部隊エスポアにへと支給されたこの通信ラクリマは、大型のラクリマを介さずとも複数の小型同士で連絡を取り合う事ができ、一対一の通信は勿論、一対複数での会話も可能である優れ物だった。

但し、エスポアメンバーが個々に所持しているラクリマ同士でしか連結処理をしていない為、それ以外の通信ラクリマとは連絡を取り合えないというのと、距離も大型ラクリマよりかはかなり範囲が狭まってしまい、遠ければ遠い程音声も乱れてしまうという欠点がある。

そして今リカルド達五人がいる街と、他エスポアの三人がいる王都との距離では、辛うじて会話ができるかどうかの程であった。

リカルドはまずキキュルーのラクリマ宛てに通信を試みる。

だがしかし、送信されている反応はあるが全く応答がない。

キキュルーがその通信ラクリマを宿屋の部屋に置き忘れて外出してしまったが為に、淡く光って何度も震えるだけで誰も出られない状態であったのだ。

暫く待機しても声が返ってくる事もなかったせいで激しい焦燥感に駆られ、ならばと、今度はキキュルーと一緒にいる可能性のあるソフィア宛てへと再度通信を行なう。

すると程なくして、ソフィアから応答があった。


『リカ……ドさ………か?』

「ソフィア!よし、ギリギリだが音が届くな。急に連絡して済まない。今お前の近くにキキュルーはいないか?」

『……なさ……よくき……す』


ラクリマから聞こえてくる声は音割れが酷く、互いの言葉も途切れ途切れにしか届けられない様で、このままでは話が進みそうにない。

伝えたい事は沢山あるがとにかくキキュルーの安否だけでも確認したいというのに、どうしたものかとリカルドは頭を悩ます。

すると、その様子を見ていたゼトがリカルドに近付いてきた。


「今だけお傍に。リカルド様、そのラクリマをお貸し下さい」

「?何だ突然」


唐突な申し出に疑問を感じながらも、言われた通りにラクリマを手渡した。

受け取ったゼトは軽くそれを見回し、何かを吟味する様に「ふむ…」と呟くと、ラクリマの表面に人差し指を付け、そこから力を伸ばしてラクリマ内にある紋様を、まさかのその場で勝手に書き換えていく。

程なくして、その紋様は少しばかり違った形に改造され、その人間離れした業に開いた口が塞がらなくなった。


「とてもよく出来た術方式ですが、まだ発達段階の様でしたので、不躾ながら少々弄らせて頂きました」

「………マジでか」


何とでもないという風にラクリマを返却されて、しかもそのラクリマから聞こえるソフィアの声が明らかに先程よりも音割れなくクリアに届いているものだから、リカルドは思わずロドルフォ口調になって口角を引き攣らせてしまった。

流石は悪魔、魔法の完成度が違う。

キキュルーが見ていたらきっと目を輝かせていただろうなと、一瞬だけ現実逃避をした。


『リカルドさん?リカルドさん!聞こえますか!?』

「あ、ああ。聞こえている。そっちはどうだ?」

『ああ良かった!先程よりもはっきりと聞こえます。何で急に音が良くなったんでしょうか?』


それを説明すると話がややこしくなる為、上手くはぐらかしてからすぐに本題へ戻る事にした。


「キキュルーと今すぐ連絡を取りたいんだが繋がらんのだ。ソフィア、お前の近くに彼女は居ないのか?」

『あ……それが……』


ソフィアは、キキュルー失踪のあらましをリカルドに伝えた。

彼女と最後に会った時の様子から、廃墟地区で何かに巻き込まれた可能性がある事、そしてヒュードラードがその失踪に関わっているかもしれないという推察まで。

それを聞いたリカルドは「やはり遅かったか…」と思わず顔を顰めて、こうなると何処までソフィアに伝えるべきか悩ましくなってしまい、ラクリマを弄った後すぐに距離を取って腕を組みながら思案しているゼトへと目配せを送る。


「まずは、ご連絡相手の付近に虫がいないかご確認を」

「……ソフィア、変な質問をするんだが、今お前の見える範囲に虫がいないだろうか?蝶とかバッタとか」


本当におかしな質問で首を傾げる。

カミュロンを見ると、彼も質問の意図がわからない様で困惑の表情を浮かべていたが、とりあえず言われた通りに周囲を見渡してみた。

二人が滑り込んだ空き部屋は、軽いミーティングを行なう時等に使う場所なのでそれ程物は置いていない。

机やカーテンの死角に潜んでいるなら見つけるのも苦労するが、簡単に確認した程度でなら、特に生き物の気配はなかった…のだが。


『特に見当たりませんが……あ、カミュ。肩に小蜘蛛が乗っています』

『え?いつの間に』


ラクリマ越しにそんな会話が聞こえ、またゼトを見ると首をしっかり横に振られてしまった。

やはり二人にも監視が付けられていると思っておいた方が良いのだろう。

そうなると、結婚目前のソフィア達をあえて危険な立ち位置に立たせる訳にはいかないので、伝えられる事がほぼ無くなってしまい、如何なものかと少し頭を捻った。

そして結局は差し障りのない内容へと方向を変えるしかなくなる。


「唐突にすまなかった。俺達はまだ王都に辿り着けていなくてな。お前達の結婚式までには何とか戻るから、ソフィア…傍にカミュロンも居るな?お前達二人は自分を最優先にして動いて欲しい。キキュルーも、もしかしたら式の時にはひょっこり戻ってくるかもしれんしな」

『ですが……』

「不安な気持ちはわかる。俺達だって本当は凄く心配だ。だが現状どうしようもないのなら、結局自分達の出来る事をやっていくしかないんだ。……大丈夫、キキュルーはきっと無事だろう。彼女を信じろ、ソフィア」


根拠は無いが説得力のあるリカルドの言葉に、ソフィアは躊躇いはするものの少しばかり勇気づけられた。

この場にいないのに、エスポアの最年長として自分達を統率してくれていた人なだけあって、とても頼もしく感じる。

おかげでずっと不安と恐怖でいっぱいだったソフィアにも決心がついた。


『わかりました。有難うございますリカルドさん。…三日後の結婚式にはニナさんとロドルフォさんと一緒に、絶対お越しくださいね』

「ああ。必ず行く。楽しみにしているぞ」


そう言うと、両者はラクリマの通信を切った。

光が収まったそれを少し見つめた後、リカルドは悩みの種が一向に減らない事に心労を感じて、深く溜息を吐き目頭を摘む。

実を言うと今居るこの街から王都までの距離が、馬を利用して丁度三日程かかる距離の為に、今から出発しても式にギリギリ間に合うかどうか…という状況に陥っていた。

本当ならば昨日の昼には街に辿り着けていたのだが、まさかの道中で魔蟲の群れと遭遇してしまい、話し合う余地もなく急に襲いかかってきたものだからヒットアンドアウェイを繰り返しながら戦線を回避しようと奮闘して、何とか撒けた頃には丸一日を費やしていた。

これのおかげで、折角の強行軍で稼いだ時間が綺麗に潰れてしまったのだ。

そして追い打ちをかける様に、無理なスケジュールが祟ったのか、街に着く直前でクゥフィアが倒れてしまった。

大人でも辛いと感じる徒歩の旅だったのだ。

まだ八歳の子供が弱音を吐かず此処まで自力でついてきたのだから、その足は靴擦れや筋肉の腫れ等でかなりボロボロになっており、そのせいでなのか発熱までしてしまっていた。

申し訳なさと、良く頑張ったという労いをかけながら、今はニナがクゥフィアを抱えて、街医者の下まで走っている最中である。

それを考えるとあの子が回復するまでは旅は再会できず、結論、リカルド達が三日後に王都に辿り着く事はほぼ不可能なのであった…。


「宜しかったのですか?あの様な守れない約束をしてしまって」

「……まあ、考えがあるにはある。とりあえず俺達はギルドに向かうとしよう。ついてきてくれ」


そう言って、リカルドとゼトは街の入り口からギルドのある区画へと向かった。

だが歩き出した後も、ゼトがリカルドからきっちり5mも離れてついて来る為に、リカルド的には気まずい空気になる。

確かにここ数日、汗と砂埃と硝煙まみれでまともに体を洗えていないので臭い自覚はあるが、そんなに近寄りたくない程なのか…とショックを受けてしまう。


「な、なあ、話がしづらいんだが、せめてギルドに着くまででも横で歩いてくれないか?」

「ですがこれは、貴方様の為でもあるのですが……」

「俺の為だと言うならもっとこっちに来てくれ。お前に聞きたい事もあるんだ」


渋る少年に頼むと声をかければ、かなり悩んだ後に漸く横に並んでくれた。

ハンカチで口と鼻を押さえるというオプション付きで。

……これはこれで辛いものがあった。


「聞きたい事、というのはニナーナ様の事でございますか?」

「あー、そう、だ。他にもあるが、俺的にはニナの事が最優先事項だな」


普通に会話を始めたゼトに乗っかる形で質問をぶつける。

旅の最中には聞こうにも聞けなかった話であり、ゼトと二人っきりになれる絶好の機会は恐らくもうあまり無いだろう。

リカルドにとっては今がチャンスだった。


「前にお前達から聞いた話では、ニナが何故この世界に来たのかがあえて伏せられていた様に感じたんだ。あの話から推察すると、まさか……アイツは追放されたのか?」

「ニナーナ様的には余暇の感覚で居られるのでしょうが、その通りでございます」


はっきりと断言されて言葉を詰まらす。

三年前のあのスコールの中、湧いて出てきた様に突然目の前に現れた男、ニナ。

身体中に特殊な模様を持ちながら、彫刻の様に整った美貌とズバ抜けた戦闘センス、そして独特な雰囲気も持ち合わせていて、本から飛び出してきた様な不思議な男だと前々から感じてはいた。

それが異世界の、恐らく皇帝と呼ばれる立場の存在だと言われれば、少なからず納得がいく程には完璧に近い相棒だ。

もし気絶した彼を担ぎ帰ってその後の看病をしたのが自分でなければ、絶対に共に過ごしてなどいないのだろう。


「あのお方の身体に纏わりつく紋様はご存知ですか?」

「ああ。刺青の事か?」

「アレは刺青ではなく、ニナーナ様の無限大とも言える魔力を封印する為に、先代創造神の力を利用して天界の者からかけられた【呪法】なのです。アレがあるせいであのお方は一切の【魔術】を封じられ、現状、ただの人間の様に過ごされるしかないのです」

「……呪法?魔術?」


あまり聞き慣れない単語に別の疑問が浮かぶリカルドの様子に、ゼトはどう説明しようかと少し躊躇う。

ゼトの立場からでは何とでもない言葉でも、リカルドからしてみれば未知の物が多い様だ。

それ程までにこの世界の魔法の知識はまだまだ稚拙であり、ゼトの居た世界とは概念が違うと言えよう。


「その辺りはあまり深くお考えなきよう。……本当ならば、ニナーナ様は一生貴方様に、ご自分の過去を知られたくはなかったでしょう。貴方様の事をかなり大切に想われているご様子でした」

「それは流石に言い過ぎだろ。確かに三年も一緒には居たが、俺とニナはあくまでビジネスパートナーだ。それ以上はせいぜい酒を飲む程度の仲で、大した関係ではない」

「……まあ、あのお方は猫を被るのがお上手ですから」


中々な言われように思わず笑ってしまう。

ハンカチの中で「私ですらかぶり付きたくて堪らないのに、常に横にいながら耐えられているなんてとんでもない執着と忍耐なんですよ」と呟かれていたが、もごもごとくぐもった声でしか聞き取れなくてリカルドには理解されなかった。

そうやって少しばかり笑い声を漏らしながら歩いていたのだが、リカルドは徐々に神妙な面持ちになって何やら深く考え込んでしまう。


「アイツは、いつか故郷に帰ると言っていた。どうしても連れて行くのか?」

「はい。我々にはニナーナ様が…我らが魔界の唯一無二たる、魔皇帝陛下のお力が必要なのです。どうかご理解を」

「…………そうか」


その一言を最後に、リカルドは何も言わなくなった。

他にも聞きたい事はあるが、意外にもニナがもうすぐ居なくなると考えた途端、言い様のない寂寥感に駆られて何も言葉にならなくなったのだ。

それをゼトは横目で見つめながら、この男も随分と絆されていると内心では同情するものの、溢れ出てくる涎を押さえるだけで決して忠告をするなどという野暮な事はしなかった。

そんな事をすれば、自分がニナーナに殺されかねないのだ…。





その後は暫く互いに無言で歩き続けて、街中の移動馬車を捕まえてそれに乗ると三十分程でリカルドが所属するギルドの本部前へと辿り着く。

何故か移動中に馬がやけに興奮していた様だが、今日は機嫌が悪い日なのだろうとあまり気に止めずに運賃を払い、二人は喧騒に包まれている酒場兼用のフロントホールへと足を踏み入れる。

するとリカルドの姿を見つけた組員達が一斉に声をかけてきた。


「あれ?副マスター?何で居るんすか?」

「結婚式に参列するっつって王都に行ったんじゃ…?」

「一緒にいる子供は誰なんでえ?」

「色々と事情があってな。後でニナとロドルフォも来る。マスターに用があるんだが、今何処にいる?」


話もそこそこに此処のギルドマスターの所在を尋ね、その足で二階のマスター専用の仕事部屋に向かうと、扉を数回ノックした。

中から返事がして入室すれば、積み上げられた書類に埋もれかけていた初老の男───ギルドマスター・ヴァランが、下での反応と同じ様に目を丸くしてリカルドを凝視した。


「おいおいおい、何でお前さんがこんな所に居るんだ?二週間ぐれえ前に早々に出立した筈だろ?」

「お忙しい所すみません、マスター。実は……」


リカルドはこれまでの経緯を差し障りのない範囲で掻い摘んで説明した。

話を聞いたヴァランは顎に手を添えながら真剣に聞き入れ、一緒に入室してきたゼトにも質問を幾つか投げかけると、ふむ…と思案する。

たった数日で随分とややこしい事に巻き込まれている様だ。


「ニナの昔の知り合いか……それでまだこの街でちんたらやってるってのか」

「というよりも、ついさっきやっとこの街に戻って来られた所なんですよ。途中で馬に逃げられてしまったんで」

「あー、まあニナが一緒ならそういう事もあるわな」


そういう認識なのですか、とゼトは思った。

そしてチラリと、何の気はなしにヴァランの周りに置かれている書類の文字を盗み見る。

そこには[魔蟲の集団目撃情報]というデューラス文字が書かれていて、それが一枚だけではなく複数枚もデスクの上に並べられていた。


「……ギルドマスター様は随分とお忙しそうですね」

「ああ。最近魔蟲共の動きがおかしくってな。大小関係なく群れで動いてる目撃情報が相次いでて、そのおかげで警備体制の見直しとか余計な仕事が舞い込んできてやがるんだ。戦争が終わって以来は無かったパターンで正直目が回りそうだよ。だからリカルド、さっさと式終わらせてデスクに座れ。仕事が山積みだぞ?」

「……式は、俺の都合でどうこうは出来ないんですが?」


遊び呆けていた訳ではないのだが、自分がギルドを離れる事でヴァランの負担が膨大になっている自覚はあったので、つい弱気になるリカルドだった。

そんな彼とは別にゼトは難しげに顔を顰め、離れていながらもリカルドに声をかける。


「やはり魔蟲族は、操られている可能性がある様ですね」

「ああ。俺達が出くわしたあの群れもその一部かもしれん」

「ん?そいつはどういう意味だ?」


聞き捨てならないとすかさずヴァランが間に割って入る。

リカルドはそのまま旅の途中で持ち上がった推察をアリステアの名前だけ伏せて説明すれば、今度は信じられないと言いたげに口を思いっきりかっぴらいて驚愕の表情を浮かべ、そこから更に汗を流しながら思案顔になっていった。

有り得ないとは思うが、多種の魔蟲が混在して何処かへ向かっている目撃情報も確かに報告に上がっていた。

それが誰かの命令によっての行動だというなら、戦時中の大決戦の時にも同じ様な事があった為に十分納得できる話ではある。

魔王蟲ではない別の誰かが、魔蟲を意図的に移動させている。

そう考えると心穏やかには居られなくなってしまった。


「こいつぁ、魔蟲共が何処に向かってるのかを突き止める必要があるな」


何やら不穏な空気になってきた事を全員が肌で感じていた。

そのタイミングで、下から女性従業員の黄色い声が聞こえてきて「奴も来たのか」とヴァランが呟くと、暫くしてからまた部屋のドアがノックされて、想像通りの男が返事も待たずに入室してきた。

その腕には顔を火照らせて、まだ発達途中の足に包帯を隙間なく巻いたかなり弱っている子供を抱えている。


「坊ちゃん!」

「やっぱりココいた。マスター、ソファかして」

「おう唐突だな。さっきリカルドから事情を聞いた。その子供がお前の知り合いのガキなのか?」

「うん。ギルドでやすませたい。いい?」

「構わねえよ。好きにしろ」


それを聞き終わらないうちに、ニナは仕事部屋に置かれているあまり上等とは言えないソファにクゥフィアを寝かせた。

ゼトが先程までの整然としたさまが嘘の様に慌てだして駆け寄れば、クゥフィアはうっすら目を開けて少年を見つめ、荒い呼吸を続けながらも苦笑する。


「ごめんねゼト。心配かけちゃった」

「いいえ。いいえ!私の気遣いなど無用です!坊ちゃんこそ大丈夫でいらっしゃいますか!?」

「うん。疲れから来る風邪だって。2、3日休めば熱は下がるだろうって、お医者さんが言ってた」

「くすり、もらってきた。しんぱいしなくていい」


ニナが小脇に抱えていた麻袋をゼトに差し出した。

中には飲み薬と、足の治療に使うのだろう軟膏と包帯が数日分入っている。

それを大事そうに抱えるとゼトは何度もニナに礼を言い、そしてその光景を見ていたヴァランは、素直に湧いた疑問を全員にぶつけた。


「休ませるのは良いがよ、お前ら三日後には王都に居なきゃいけねえんじゃねえのか?今すぐにでも出ねえと間に合わねえぐれぇなのにどうするつもりなんだ?」

「その件でお願いがあってこっちに来たんです」


リカルドの意味深な言葉に首を傾げる。


「マスター、転送ラクリマの使用許可を下さい」

「どう使うつもりだ?」

「誰かが今すぐにバルデュユースに出立して、向こうに着いた時に転送ラクリマを使いたいんです。そうすればこの子も暫くはギルドで安静に休ませられます」

「あーナルホド!リカかしこい!」


茶化す様な合いの手に若干イラッとなりながらも、リカルドは大真面目に頼み込んだ。

だがヴァランの方は渋い顔になりながら少し唸る。


「転送ラクリマは特に貴重なモンなんだぞ?あと在庫が幾つなのか把握してるだろ?」

「……一対、ですね」

「ありゃあ重要任務用の脱出手段としてバカ高い金を叩き投げた保険だ。仕入れ依頼は出してるが次の入手がいつになるかもまだ未定でな。今ある分は大事に取っておきてえって気持ち、お前ならわかるだろうが」

「ですが、現状それしか方法が思い浮かばないんです。病気の子供を無理矢理運ぶ訳にもいきませんし」

「だったらお前とニナだけ先に出て、式が終わったら戻ってくりゃあ良いだろ。それぐらいになればその子の体も良くなってるだろうからよ。二度手間ではあるが、ニナが二人を連れてもう一度バルデュユースに向かえば済む話じゃねえか」


ややこしい内容の話は割愛したが為に、クゥフィア達の事情を完全には把握出来ていないヴァランの正論に何も言えなくなる。

それにリカルドも内心では、子供達を此処に置いておいて、王都に居るヒュードラードの方を何とかしてこの街に連れて来た方が、アリステアの手も届きにくくて安全なのではないかと思わないでもいた。

だから、「ですが…」と食い下がりながらも続く言葉が思い浮かばず、無言の空間を作り出してしまう。

そんな時、下の階から今度は誰かが慌ただしく叫びながら走り込んできた様な音が聞こえてきて、バタバタバタと階段を駆け上がり、真っ直ぐこの部屋へと向かってきた。

数秒後にノックもなしに盛大な音を立てて転がり込んできたのは、息を切らして血相を変えたロドルフォだった。


「た、たいへんだ……リカルド、ニナ!大変なんだ!まずい事になってきた!」

「ロディ、おちつけ」

「どうしたんだ、そんなに慌てて」

「聞いてくれ!このままじゃ、バルデュユースが危ないんだ!」


突然の警告に全員の時間が止まった様に感じた。

それを気にする余裕もなく、ロドルフォは数刻前の話を包み隠さずその場で話していった…。





その話は、ロドルフォ達が街に辿り着く直前の時まで遡る。

まだ木々が生い茂っている場所でクゥフィアが突然転ぶ様に倒れ込んでしまい、全員で駆け寄って容態を確認していると、遠くの方から誰かに呼ばれている声が聞こえてきた。

それは徐々に大きくなっていき、目を凝らして見てみると、地響きの様な足音を立てながら片方しかない手をめいいっぱい振って此方に走ってくる巨体をすぐに見つけた。


「英雄剣豪サマー!!」


数日前に和解した魔蟲である。

彼はロドルフォ達を村の近くまで送った後に自分の住んでいる場所へ戻って行ったのだが、もし数日中に馬を見つけられればロドルフォ達を追いかけて連れてきてくれると言ってくれた為、その好意に甘えようとクゥフィアの所在情報魔法紙(ロケーションシート)を渡しておいたのだ。

もう街は目と鼻の先なのだが、わざわざこんな遠方まで日数をかけて追いかけてきてくれたのだろう。


「俺が話しとくから、お前らは先に街に入っててくれよ」


クゥフィアの容態も芳しくないのと直ぐにでもキキュルーの安否を確認しなければならない、と状況が立て込んでいた為、それらはリカルドとニナに任せて、待ち合わせ場所をギルド本部としたロドルフォはその場で一旦別れた。

程なくして、ロドルフォの傍に息を切らした魔蟲が到着する。


「ヨ……ヨカッた……ヤッと追イツいた……!」

「わざわざこんなとこまでありがとうな。馬、見つかったのか?」

「ソ、ソレが……馬は見ツケられナカッタノデすが、ドウシても英雄剣豪サマ達にオ伝エしタイ事が……!」


何やら血相を変えている様で、訝しげに首を傾げる。

魔蟲はその場で座り込み、ロドルフォと出来る限り視線の高さを合わせてとても真剣に話し出した。


「ジ、実は、一度私が住ンデいる巣に戻ッたノデすが、一緒に住ンデいた一族の様子ガとてモ変だったノデす!」

「変?」

「何ダか皆虚ろデ、ウワ言のヨウに何カを呟イテいて、話シかけテも返事がナクて…コレは一体どうイウ事カとトテも慌テマした!」


只事ではない雰囲気にロドルフォもすぐに真剣になり、魔蟲の話に耳を傾ける。


「スルとそノ日のウちに、皆何処カへ行ッテしまっタノです!急イで追イカけると、私の一族トハ無縁の魔蟲族ノ群レに加わッテイって、ソノまま大進軍ヲシて行っテシマいました。他ノ魔蟲達もタダならヌ様子で、皆口々にコウ言っテイタのです。『バルデュユースに行コう。王ノ命令に従ッテ人間ヲ殺せ』と!」

「…………な、ん、だって……?」


頭のてっぺんから一気に血の気が引いていく感覚がした。

魔蟲の群れ、それはつい一昨日にロドルフォ達も遭遇したばかりだ。

あの時は1m前後のサイズで攻撃的な魔蟲が相手だった為に、運悪くソレらの縄張りに入ってしまったのだと思って特に気には止めていなかったのだが、話を聞いた後だともしかしたらその魔蟲達も、大進軍の一部だったのかもしれない。

それに、王の命令という容認できない言葉もあった。

王とはつまり魔王蟲の事であり、その魔王蟲は約一年前に、他でもないロドルフォ自身がトドメを指した筈なのだ。

あの時の手応えは未だにしっかりと覚えている。

まだ王の代替わりは出ていないと今目の前にいる魔蟲が言っていたというのに、これは一体どういった事なのか…。


「な、何かの間違いとかじゃねえの?だって、魔王蟲は俺達が確かに倒したんだぞ?」

「間違イデはアリマせん!日が経ツにつレテ私の頭ニモ、仄かに誰カから度々命令が送ラレてきテイます!ですが王カラの命令信号によク似ていマスが、何か違ウノです!」


それこそ、先日クゥフィア達を襲った時の命令と同じで理性を消失させる類のものだ、と続けられる。

このよく分からない事態に、ロドルフォは他の仲間達を先に街に行かせてしまった事を後悔した。

こんなややこしい内容はロドルフォ一人の頭では処理できないのだ。

とにかく、この場で思いついた疑問だけでも払拭させていくしかない。


「じゃあ、お前は何でその命令を無視できてるんだ?この前は完全に理性を失ってたじゃん…」

「ソレはワカリませんガ、モシカしたラあの子供サマから浴びタ光が、命令信号にエラーを起こサセテいるのカモしれマセん。オカげで私ダけでモ正気を保ッテ、英雄剣豪サマを追イカけるコトがでキマした!」

「じゃあ、じゃあさ、魔蟲達は何で、バルデュユースに向かってるんだよ?よりによって今、このタイミングでよお!?」


あと三日もすれば、王都では祭典並みの大規模な結婚式が執り行われる。

ロドルフォにとってかけがえのない、大事な仲間達の、大事な結婚式だ。

しかもその結婚を祝う為に、今の王都は世界中から様々な人達が押し寄せてきている筈で、普段の倍近くもの人口に膨れ上がっている筈だとリカルドが話していた。

そんな場所にもし、大地を埋め尽くす魔蟲の大群が攻撃を仕掛けてきようものなら……想像するだけで、生きた心地がしなかった。

ロドルフォは思わず声を荒げて何の罪もない目の前の魔蟲に詰め寄ったが、その様子を見た魔蟲も辛そうな表情になった事にすぐ気付いて、ハッ!と我に返る。


「悪い…お前は何も悪くねえのに、わざわざ俺達を追いかけてきてくれたってのに…責める様な言い方をして本当にごめん!」

「イイえ、大丈夫デす。英雄剣豪サマのご心中、オ察しシマす」

「何言ってんだよ!お前だってその変な命令のせいで家族が連れて行かれたんだろ!?俺よりも辛い筈だろ!」

「……ハイ。デスが、今は私ノ一族よリも、バルデュユースの人々の身ノ方が危険ナノです。非力な私デハどうスルことモデきず、貴方サマ方に縋るシカありマセん」


そう言って、魔蟲はロドルフォが切り落としてしまった腕と片手を地面に付けて、ロドルフォに深く頭を下げた。 それを顔面蒼白のまま、言葉にならずに見つめる。


「オ願いシマす。英雄剣豪サマ…魔蟲達を止めテクださい。もう、一年前のヨウな恐ロシい戦争は、経験シタくあリマせん。どうカ……どうカ!コノ大進軍を止めてクダさい!!オ願イシます!!英雄剣豪サマ!!……エスポアさま!!」





……その話を聞き終わった後、ロドルフォは一旦魔蟲を街の近くの人目に付かない場所へ案内して、そこに身を潜めている様に言い含めると自分は大急ぎでこのギルドに駆け込んだのだ。

とんでもない緊急事態に、リカルドとヴァランは顔を青ざめながら心拍数が上がっていく感覚を体験する。

ゼトは頬に汗を流し、クゥフィアは荒い呼吸のまま恐怖によって震えが止まらなくなっている。

そしてニナは……サングラスの奥で眉間に皺を寄せ、何か考え事をしていた。


「…………その話は、全部本当なのか?」


絞り出す様にヴァランが呟いた。

ロドルフォはこれ以上ない程に真剣に首肯する。


「嘘だと思うなら直接あの魔蟲に聞けば良い。今街の外で隠れて待機してもらってるんだ。俺の頭で思い浮かぶだけの質問じゃ、絶対情報が足りないと思ってよ」

「後で案内しろ。……おいリカルド!今すぐ通信ラクリマで王宮や騎士団と連絡を取れ!さっきの話を聞かせて対策を取らせた後、他所のギルドにも連絡して至急連携が取れる様に準備させろ!ニナ!デスターツを今すぐ呼んで来い!アイツのチームに王都まで走らせて転送ラクリマを使わせる!そんでかき集めれるだけのギルドの連中を今すぐ本部に徴集しろ!時間との勝負だ!急げ!!」

「「イエス、マスター!!」」


迷いのない指示と号令を受け、リカルドとニナはロドルフォの横を抜けて部屋から飛び出して行った。

続けてヴァランも下の階へと直ぐ様下りて行き、残されたロドルフォはふー……っと長い溜息をついて、クゥフィアが寝転んでいるソファの縁を使って腰を下ろすと、顔を手で覆ってしまう。

それを見ていたクゥフィアは、未だに震えが止まらない手でゼトの手をきつく握りしめた。


「坊ちゃん…」

「どうしよう、ゼト……また、いっぱい人が死んじゃうの?」


その言葉に思わずロドルフォの心臓が跳ねる。

そうとは知らずに涙を浮かべながら言葉は続けられた。


「僕……僕がこの世界に来たから、きっとアイツらがまた何かしようとしてるんだ。もしかしたら、この世界を壊すつもりかも…」

「大丈夫です。まだ【空のひび割れ(スカイ・ブレイク)】の兆候は見えません。デューベが破壊される危険性は低いかと思われます」

「でも、でも!これってたぶん、神の涙(ヘブンスフィア)の【生贄の儀式】だよね!?いっぱい人を襲うんだったら世界が壊れちゃうのと一緒だよ!」

「坊ちゃん……」

「どうしようゼト!まただよ!また僕のせいでいっぱい人が死んじゃう!僕が、この世界に来ちゃったから!!」

「お前のせいじゃねえ!!」


怒鳴られる様な大声を浴びてビクッ!と大きく体を跳ねさせた。

二人してそちらを見ると、今迄のロドルフォの雰囲気からは想像できない程に鬼気迫る形相をして、クゥフィアを睨みつける様に見つめていた。


「断言してやる!ぜっっったいに!!お前のせいじゃねえ!!だから何でも自分が悪いと決めつけて自分を責めるのはやめろ!お前だって被害者なんだ!」

「でも……でもっ!」

「でももへったくれもねえよ!悪いのはこんな事をしでかす奴だ!魔蟲を操ってる黒幕が悪いんだよ!お前みたいに優しい奴がそんなクズの為に傷付く必要はねえ!わかったか!?わかったらちゃんと休め!早く元気になりやがらねえと承知しねえからな!!」


最後の方は怒ってるのか心配しているのかわからない叱咤激励を受けて、クゥフィアは零れかけていた涙を引っ込ませてしまった。

興奮して叫んだが為に息を切らしたロドルフォも、数秒時間をかけると少し冷静さを取り戻してきた様で、また手で顔を覆ってしまう。

暫くすると、くぐもった声で「ごめん……」と謝られて、クゥフィアとゼトは顔を見合せて思わず吹き出した。


「ありがとう、ロドルフォさん」

「感謝致します。とても勇気付けられました」

「…………うん。なら良かったよ」


感情任せな自分の行動を恥じて耳まで赤くなっているその姿に、更に笑いが零れていった。

いつの間にか体の震えも止まっている。

心の中に温かいぬくもりのようなものが宿って、クゥフィアは少しだけ安心を感じ、そのまま意識を飛ばす様に寝入ってしまった。

次に目覚めた時も恐らく周りは慌ただしく走り回っている事だろう。

それでも今迄にない程に自分の味方をしてくれる大勢の人々に囲まれて、意識を手放しても守ってもらえている安心感があるというのは、クゥフィアにとってこの上ない幸福だったのだ。


僕、この世界に来て良かった。

ヒューさん、早く会いたいよ。

早く会って、この一か月であった事、いっぱい話したいな。


そう思いながら、クゥフィアは暫くして戻ってきたニナの腕で別室のベッドに運ばれている事など気付きもせず、久しぶりに温かな布団に包まれて養生していく事になったのだった。




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