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フィア─帰りたい者達の異世界旅─  作者: ミリオン
始まりの世界(デューベ)編
6/18

6

……リカルドの危惧は正しかったのだが、当の本人であるキキュルーは既にその危機を脱しており、今はあまり広いとは言えない時計塔の一室で軟禁生活を送っていた。

勿論快適とは程遠く、唯一評価できるのは、カーテンを僅かにずらして窓から見下ろした時に視界に広がる、絶景とも言える王都の街並みのみ。

だが、キキュルーにとってはそれよりも今、目の前にあるモノの方がとてつもなく魅力的の様で、その瞳をこれ以上ない程に輝かせてソレを凝視していた。


「そんなに珍しいか?」

「珍しいなんてもんじゃないわ……奇跡よ!」


机を挟む形で向かい合って腰掛けていたヒュードラードは、己の指先に出現させた小さな灯火を軽く弾いてみる。

するとそれは跳ねる様にキキュルーの前まで飛んでいき、目の前で一瞬燃え盛ると、掌サイズの火の鳥へと姿を変えた。

これ見よがしに彼女の周りを旋回し始めれば、より一層キキュルーの心を鷲掴みにした様で、あまりに感動しすぎて「はわわぁ…!」と言葉にならない感嘆を漏らしている。


「俺のいた世界は、万物に力が宿っていると言われていた。創造神の寵愛と言ってな。特に自然に由来する物ほど神聖な力が備わっていて、それを【法力】と呼んでいた」


説明しながらもう片方の義手を上げ、傍に置いていたコップを指差す。

すると今度は、コップの中に入っていたレモン水が意思のある生き物の様に上へと伸びて、そのまま水の鳥の形になり、火の鳥と同じ様にキキュルーの周りに飛ばしてみる。


「勿論、俺達人間の中にも法力は備わっている。あとは才能がものを言うが、その力を上手く練って、外に放出したり、この水の様に他の物に影響を与えたり、場合によっては物質に宿っている法力すらも利用して操ったりする。その非科学的な操作術は、人間の新たな知恵として魔神より授けられた。だから俺達はこの術の事を総じて【魔法】と呼ぶ様になったんだ」


ヒュードラードの両の指が交差した瞬間、火の鳥と水の鳥が正面からお互いにぶつかり合って、そのままジュッ!という音を立てて空中で消火された。

それを見て先程とは違うショックの悲鳴を上げるキキュルーに、我慢ができなくなり腹を抱えて笑い始める。


「ちょっと!もう一度よく見せなさいよ!」

「散々見せただろ。お前、そんなに魔法が好きか?」

「はい!大好きです!だからもっと見せて教えて!できるなら私も使えるようになりたい!」

「それは無理な話だろうな」


この世界にも神はいるかもしれないが、そもそもの仕組みがデュアル・ファン・エディネスと異なる部分が多い。

創造神の寵愛を受けていないデューベの人間では、ヒュードラードの使う法力の構造や術の理論をいくら説明したところで、理解は出来ても、自ら魔法を発動させる事はできないだろう。

そう説明するとこれみよがしに机に突っ伏して落ち込むキキュルーに、ヒュードラードは口元が緩みっぱなしになる。

見てて飽きないなと、穏やかな気持ちになれた。


「そう肩を落とすなよ。術の理論ぐらいなら教えてやる。もしかしたらこの理論を応用して、この世界にある魔法の概念を発展させていけるかもな」


その言葉はキキュルーにとって、未来の希望そのものだった。

今度は勢い良く顔を上げると、机によじ登って気迫に満ちた様子でヒュードラードに詰め寄っていった。

流石にぎょっと身を引く彼の事など気にしない。


「その理論今すぐ教えて。仕組みは?計算式は?力の抽出方法は?魔晶石の魔力とアンタの法力とじゃ何か違う方程式があるの?それとも原理は同じ?ねえ?ねえ?ねえ!?」

「ちょ、ま、それ以上はあぶね…!」


あまり面積のない机は、すぐに真向かいへと到達できた。

そのまま勢い余ってキキュルーは手を滑らせてしまい、前のめりにつんのめってヒュードラードをも巻き込み、盛大に床へと落下した。

だが、痛みは無い。

何度か瞬きをしていると、頬と耳が温もりのある何か固い物に当たっている事に時間差で気付いた。


「言わんこっちゃねえ!テメェ頭が良いのか馬鹿なのかどっちなんだよ。ったく」


上の方から悪態を吐く声が聞こえて見上げると、すぐ近くにあの極悪顔があり、少し苛立ちの混じった目で睨み付けられていた。

視線が合った事で、ヒュードラードが咄嗟に受け止めて、代わりに椅子から転げ落ちてくれていた事に気付く。

そして、自分の頬に触れていた物は彼の逞しい胸板であったと理解した時、一気にキキュルーの顔に熱が集中して頭が火照っていく感覚がした。

この気持ちは、単なる羞恥心なのか、それとも……。


「あのさあ、人の隠れ家でドンチャン暴れるだけでも迷惑なのに、俺の居ない所でイチャついちゃうのやめてくれねえかな?」


わざとらしく開いているドアをノックして、市場で買ってきた食料の包みを抱えたジールが恨みがましい声色で二人に話しかけた。

それをきっかけに現実に戻されたキキュルーは、奇声を上げながらヒュードラードから飛び退き、遅れて身を起こすヒュードラードは調子を狂わされて、不機嫌そうに頭を掻く。


「事故だ事故!それよりテメェ、ちゃんとスプレー振りまいたか?」

「虫除けも殺虫剤もバッチリやったっつーの。ちなみに食材もちゃんと1個ずつチェックしてきましたー。どんだけ虫が嫌いなんだよ。見かけに寄らず潔癖かよ」


最後の方は事情に疎い為に悪態になりながら、ジールは三人分の食材を机の上に並べていく。

それをヒュードラードが厳しく査定して、幼虫すら付いていないと納得するまでがここ数日の原則となっていた。

ちなみに、キキュルーがヒュードラードに救出された際にかけられた液体も、虫達が嫌う成分が入っているただの虫除け用原液であった。

いつ、何処に、アリステアが操作している傀儡虫が潜んでいるかわからない。

もし居場所がバレればまた面倒な事になるのは明白なので、ヒュードラードはあの救出劇以降、時計塔の外へと出た事はなかったし、彼と接触した事がバレているであろうキキュルーにも同様の生活を強要していた。

そうなると、唯一顔があまり割れていないであろうジールが、どうしても食材や日用品の買い出し、それと並行して情報収集を行わなければならず、何度も部屋の前にあるとてつもなく長い階段を上り下りする羽目になっている。

正直言って辛い。

それでもジールが大人しくヒュードラードの要望に従っているのは、そんな苦労を鑑みても全く問題とならないぐらい、先日ツテのある豪商の下へと持って行ったダイヤモンドが予想以上の大金に変身してくれたからだ。

そこの恰幅の良い主人が交渉の際にかなり渋ってきたが、何とか値を吊り上げていったところ、まさかの今後1~2年程は遊び呆けていても大丈夫な程の金貨が目の前に積まれ、まるで夢の様だと感涙した。

その一部始終を武勇伝の如くこの部屋で熱く語った時に、本当ならその十倍の額ほどの価値があった宝石を買い叩かれている事実に気付いていないジールを見たヒュードラードから、「物の価値がわかってねえ馬鹿だったか…」と心底憐れむ様な目を向けられたのだが、本人は豪商人の事だと勘違いして全く気にも止めなかった。

それはまあ済んだ話として、食材の確認が終わって一息つく。


「いやー、旦那の幻惑魔法ってのは凄いッスね!この前盗みに入った店に堂々と入ってみたけど、誰も俺だと気付かずにニッコニッコ接客してきてよー!アレなら別の顔を使って盗みもし放題じゃん!」

「俺ぁその類いの魔法は得意じゃねえんだよ。もって一時間。しかも粗があるからテメェをよく知る奴が見たらテメェだとバレるぞ」

「それでもすげぇよ!あんなの聞いた事もねえ魔法だもん!あの魔法に詳しいって噂の英雄魔女だって、旦那の魔法を見りゃあ腰を抜かすんじゃねえの?」

「抜かすよりも感動してもっともっとって強請るわね。是非研究したいわ」

「あーそんな感じの反応か。って事はやっぱりすげぇ魔法だって事ッスよね姐さん?」

「凄いなんてもんじゃないわよ。他者の視覚情報を惑わす幻惑魔法は、人間には不可能だって言われてるのよ?それをまさかの魔晶石なしでやってのけるなんて前代未聞よ。奇跡よ。革命よ!」


何だこの会話。

騒いで迷惑と言っていたにも関わらず自分は自重せずに喋り出すジールに、英雄魔女だと気付かれていないキキュルーが妙な同調をする事で、変な方向へと話が盛り上がっていく。

それをヒュードラード本人は呆れ顔で眺めていたが、会話の合間にチラチラと此方を見て何か言いたげにしているキキュルーに気付き、疑問を抱く。

少し思案した後、その何かを悟ってきつい口調で拒否した。


「駄目だ。窮屈な思いをさせてる自覚はあるが、お前に幻惑魔法をかけてやる訳にはいかねえし、此処から出す事も絶対にしねえぞ」


言い当てられて思わず肩を跳ねさせた。

先程とは打って変わって狼狽えだすキキュルーを、ヒュードラードは睨み続ける。


「さっきも言っただろ。俺の魔法も万能じゃねえ。それにお前は確実にあの男に目を付けられてる。もし奴に見つかれば今度はトラウマどころか、強引に連れて行かれて尋問されるか、最悪惨い殺され方をされるぞ」

「わ、わかってるわよ!……でも、たぶんソフィアが心配してると思うから、せめて無事だって伝えたくて…」

「駄目だ。多分ソイツや他の仲間にもとっくに奴の監視が張り付いてる。この王都ぐらいの範囲なら奴のテリトリー内だからな。連絡を取るのも許さねえ。諦めろ」


強く念を押して会話を打ち切ろうとするが、「でも…」という呟き声に思わず舌打ちをする。

大きな音を立てて椅子から立ち上がり、突然の険悪ムードに呆気にとられているジールに向かって「上に居る」とだけ伝えると、ヒュードラードは部屋から出て行ってしまった。

暫しの間沈黙が走る。

先程の活き活きとした表情とは打って変わって落ち込んでしまうキキュルーを見て、ジールは少し狼狽えながらもフォローに入る事を選んだ。


「あの旦那ほんっと頭が固いッスよね。自分の言う事一番って感じでさ、こっちが反論したってひとっつも聞き入れようとしねえもんだから、頭にきますよねー姐さん?」

「………ううん。今のは私が悪いわ」


彼の言い分は尤もだった。

幻惑魔法を使って時計塔から出れば、誰にもバレずにソフィアかカミュロンと接触して今の状況を伝えられるのではと、淡い希望を持ってしまった。

これでもキキュルーは広く顔が知れ渡っている。

自分を良く知る人物と途中で鉢合わせをしない保証なんてないし、もし無事にソフィア達に会えたとしても、彼女達の周囲の物陰には確実に虫が潜んでいるだろうから非常に危険な状況に陥るだろう。

手紙すら禁止されているのも同じ理由だ。

ヒュードラードは物の言い方こそ粗野ではあるが、その言葉はいつも至極真っ当で理に適っていた。

それに何より、彼の命令にはキキュルーの身を案じる心遣いも含まれている。

見た目に反して、彼は優しい男なのだ。


「私、謝ってくる」


自分に対する気遣いを無下にしてしまった謝罪をと、キキュルーはすぐにそう決めて同じく部屋から出ていった。

向かう先は、塔の中で僅かに出入りが許されている最上階の小部屋。

時計塔の管理室と壁を挟んだ所に隠し階段があり、入り方を知っている者でないと辿り着けない隠し部屋だ。

昔はこの時計塔を管理していた者が仮眠室として利用していた所らしいが、今では魔晶石の研究が進んでこの大きな時計も半自動仕様になった為に使われる機会が無くなってしまい、代わりにジールが騎士団から逃げる際に此処へ潜伏した時には毎回こまめに掃除をしているのだと聞いた。

そして現在は、高い場所にも入ってくる可能性のある虫を除去する為に、其処へ繋がる階段と部屋の四隅に虫除けのお香を焚いた男がその部屋の窓辺に寄りかかって、静かに外を見下ろしている。


「……お前は、俺達の事情とは一切関係ない部外者だったんだ」


向かい合う様に静かに自分の横まで来たキキュルーを見る事無く、ヒュードラードは話し出した。


「流石のニナーナだってここまで厄介な事になるとは思わなかったんだろう。だから、巻き込んじまって申し訳ないと思ってる」

「……ううん。私こそ自分の事ばっかりで、アンタの事を蔑ろにしちゃってごめんなさい。アンタだって、連絡を取りたい相手が居るんでしょ?」


質問に返答はないが、無言を肯定と捉えて思いを馳せる。

ニナの手元にある紙から浮かび上がった二人の子供の姿。

あまりはっきりとは見れなかったが、恐らくその子達がヒュードラードの言っていた、共に旅をしている者達なのだろう。

まだ二人共幼い子供だった。

ニナ達が会いに行ったと伝えはしたが、保護者として心配するのは無理も無い話である。


「あの子達ね、たぶんあと数日もすればこのバルデュユースに着くと思うの。ニナだけじゃなくてリカルドとロドルフォも迎えに行ったから、道中何かあったとしても、きっと問題ないわ」

「……お前はソイツらを信用してんのか?」

「信用、というよりも信頼ね。だって全員、私と同じエスポアのメンバーよ?あれでも魔王蟲を討伐した実績のあるエリート集団だもん。だからきっと大丈夫よ」

「そうか……お前がそう言うなら、俺も信じよう」


気を揉ませてしまっている事に自嘲しながら、また思案をする。


「そういやもうすぐ、何か祭典があるらしいな」

「祭典じゃなくて結婚式なの。この国の精鋭騎士で貴族出身のカミュロンと、他国にある大聖堂勤めの時から奇跡の聖女と言われていたソフィアがね、国を挙げて大々的に式と披露宴を行うのよ。まあ国のお偉いさん方が勝手に決めちゃったんだけどね。でもそのおかげで、今バルデュユースには王国中、それに他国からもいろんな人が二人を祝う為に集まって、とても活気づいているわ」

「道理で日に日に人混みが増えてると思った。じゃあお前も、その結婚式に出席すんじゃねえのか?」

「あ……うん、その予定、だったんだけど……」


言い淀んでしまうキキュルーを横目で視野に入れる。

つい先程あんなやり取りをしたが為に行きたくても言いづらい雰囲気になってしまった様で、完全に此方に気を遣っている風だった。

それを見て、クゥフィア達が到着するだろう日数を大まかに計算して、ヒュードラードは決断する。


「良いぜ。行って来いよ」

「え?」


また却下されると思っていたキキュルーは、予想外の言葉に目を丸くした。


「その日になったら出て行って良い。あと式に必要な物とかがあるんなら、あのコソ泥野郎をパシリにでも使え。文句の多い奴だがきちんとやる事はこなす奴みたいだからな」

「あ……良いの?結婚式に行っても?」

「たぶん丁度その日ぐらいにアイツらも到着するだろう。そしたら俺はアイツらと合流して、アリステアを仕留めに行く。奴さえ倒せばお前ももう隠れる必要はねえだろうよ」


大胆な殺人予告に息を呑んでしまう。

だが本人は気にした様子もなく、そのまま淡々と続けていく。


「簡単にいくとは思わねえ。十中八九死を覚悟しなきゃならねえだろう。もし上手くいったとしても、俺は今度こそ犯罪者に成り下がる。この国には居られなくなるから、ニナーナを連れてすぐに別の世界へ飛ぶつもりだ」


つまり、生死に関わらずもう二度と会えなくなる。

暗にそう言われた様な気がして、キキュルーは無性に胸が締め付けられる感覚を覚えた。

ヒュードラードとは、まだ片手で数えられる程度の日数しか共に過ごしていない。

それでも、死ぬ程恐ろしい目に遭っていた時に助けてもらい、この塔に連れて来られ、それからはほぼ四六時中一緒にいるうちに彼の事を多少は理解していったつもりである。


見た目の割に博識で、キキュルーの魔法哲学論や魔法科学論を披露しても欠伸ひとつせずに真剣に聞き入れ、討論すらもしてくれる。

かと思えば体がなまらない様にと汗を流す程に筋トレをするストイックさもあったり、キキュルーのプライベートな生活面を見ない様に部屋を出て行く気遣いすらも持ち合わせている。

知的で、ワイルドでありながら紳士的な面もあるこの男に、この僅かな時間で随分と絆されてしまった様だ。


人って、たった数日で恋に落ちれるんだ。


そう自覚した途端、キキュルーは目の奥から込み上げてくる物を必死に押し戻して、横にいるヒュードラードに悟られない様にと口を開いた。


「ねえ。ヒューって呼んでいい?」

「ん?……好きにしろ」

「ヒュー。まだ式まで四日もあるわ。その間にもっと色んな事を教えてよ。魔法の事だけじゃなくて、ヒューの事もいっぱい知りたい」

「あんま面白くねえぞ?」

「面白さなんて求めてないわよ。……ダメ?」

「……いや。構わねえよ。その代わりお前の事も教えろよ」


二人はそのまま笑い合った。

和やかな時間。

あと数日で無くなる、ほんの僅かな幸せの時間。

結婚式の日が来れば二人はまた別々の道を歩んで行って、恐らくもう交わる事はないだろう。

そんな想像したくもない予感を抱えつつ、キキュルーは胸の中で、仲間であり親友でもあるソフィアに謝った。


ごめんねソフィア。

アンタの結婚式、すっごく楽しみにしてたんだけど、今はこのまま時間が止まって欲しくて、堪らないの。

私、ヒューと一緒にいたい。

……別れたくないよ……。

どうしよう……どうしよう、ソフィア……!


私……ヒューを好きになっちゃった……。






助けを求める様に問いかけられていたなんて全く知らないソフィアは、ここ数日眠れない日々を送っていた。

親友のキキュルーが、式の準備を手伝ってくれると言っていたのに約束の日時になっても待ち合わせ場所に現れなかった。

急用があればエスポアの仲間同士で使っている通信ラクリマで連絡が入る筈なのに、どうも様子がおかしいと思い彼女が宿泊している宿に向かえば、宿屋の受付嬢に昨夜から戻ってきていないと言われてしまい、ソフィアの不安は更にエスカレートしていく。

それから急いでカミュロンと連絡を取り、事の成り行きを説明してすぐに捜索してもらったところ、廃墟地区方面に向かって行ったという目撃情報を入手して騎士を派遣してもらう事になる。

そして現在。



「すまない。あれから全く手掛かりが掴めていないんだ」

「……そうですか…」


駐屯基地の入口で鉢合わせたカミュロンにそう報告されて、今日こそはという淡い希望をあっさり打ち砕かれてしまいソフィアは肩を落とした。

廃墟地区には魔法による戦闘痕があった以外これという証拠が出てこず、捜索が非常に難航している。

元々人の出入りを禁止していた地区であった為に、これ以上の目撃情報も望み薄であった。

まさか結婚式を目前にこんな事になるなんて…。


「どうしましょう……どうしましょうカミュ!キキに何かあったら私…っ!」


キキュルーが失踪してからはや五日。

研究熱心で興味がある事には猪突猛進である彼女だが、こんな風にソフィアとの約束まで放り投げて何処かへ行ってしまう様な薄情な人ではない事は、ソフィア自身がよく理解していた。

途端に怖くなって思わず泣き出してしまう婚約者を見て、カミュロンは何も言えずにその肩を抱き締めるしかできなくなる。

すると。


「此処に居たか。ダイナル隊長」


突然建物の中から出てきた人物に声をかけられて、そちらを振り向く。

そこには、ひと際目立ついつもの鎧を身にまとった、アリステア・ディーノの姿があった。


「ディーノ団長?戻っておられたのですか」

「どうやら基地内で入れ違いになっていた様だ。君に話がある。其方のソフィア嬢と共に私の執務室へ」


そう言われて着いて来いという風に踵を返すアリステアに、カミュロンは無意識に身構えてしまう。

ソフィアも涙を溜めながら、不安げにアリステアの背中を見つめた。



『お前にだから伝えておく。あの男……アリステア・ディーノには気を付けろ』



先日脱走したヒュードラードからの警告を思い出す。



『アリステア、なんかへん。あやしいからみはってほしい』



キキュルーがニナに言われたという言葉も、似た様な内容だったと聞いている。

もしかすれば、キキュルーの失踪にはアリステアが関わっているのかもしれない。

そう感じたカミュロンは意を決して、怯えるソフィアの肩をしっかりと抱き、己の上司である筈の男に無言で着いて行った。

長い廊下と階段を歩き、進む先で騎士に会う度に敬礼をされながら、三人は基地の五階奥にある精鋭騎士団団長執務室へと入っていく。

威厳を示す為に装飾が施された扉を閉めると、アリステアはそのまま窓際の方まで歩いて、外を見つめながら二人に話しかけ始めた。


「突然で失礼した。私の耳にもキキュルー嬢の失踪の噂が入ってきてね。君達が気を揉んでいるのではないかと思い、気が気ではなかったのだ」

「……ディーノ団長にご心労をおかけしてしまい、大変申し訳ありません。現在全力で捜索をしているのですが、中々手掛かりが得られず……」

「そうか。式も間近だというのに、大変な事になってしまった様だ。ソフィア嬢もさぞかしお辛いだろう」

「私は、大丈夫です。団長閣下のお心遣い、大変感謝致します」


服を持ち上げて軽く会釈すると、そのままソフィアは目線を下に落としてしまった。

根拠の無い恐怖からアリステアを直視する事ができず、代わりにカミュロンが彼女を庇う様に一歩前に出た。


「団長、単刀直入にお聞きします。キキュルーの居場所をご存知ないですか?」

「ん?何故私にそれを聞くのだ?」

「団長は私よりも広い情報網をお持ちでいますので、何かそれらしき情報も既にお持ちであるのではないかと、愚考した次第です」


理に適っている様な内容で鎌をかけてみる。

するとアリステアは顎に手を宛てて少しばかり思案し、「関係あるかはわからないが」と加えた上でカミュロンに返答した。


「つい先日、留置場から脱走した者がいるのを知っているか?」

「はい。被疑者のヒュードラードとジールですね」

「その内の一人、ヒュードラードが五日ほど前に廃墟地区の方へ走って行っている所を目撃されている。とんでもない速さだったらしいがあの図体だ。一目でも見れば嫌でも印象に残る」


廃墟地区と聞いて息を呑む。

キキュルーの行方が途絶えた場所と日にちがきっちりと当てはまっており、彼女とヒュードラードが接触した可能性があると暗に言っているのだ。

だがそれ以上の情報は持ち合わせていないらしく、アリステアからすまないと言われて、カミュロンは我に返る。


「脱走犯の件は王国騎士団捜査部隊に一任しており、目下捜査中である。君も人探しは管轄外の仕事だ。キキュルー嬢の捜索も捜査部隊に任せておきなさい」

「ですが、キキュルーは私にとってかけがえのない」

「ダイナル隊長。最近の君は公私混同がやや目に付くぞ」


窘められて条件反射で背筋を伸ばした。

第一部隊の隊長でありながらまだ考え方が甘いカミュロンに、アリステアは溜息を付いて少し困った表情になる。


「わざわざ執務室に来てもらったのは、それを伝える為でもある。心配なのはわかるが、我々精鋭騎士団は各王国騎士部隊の統率と王族の護衛が主な任務で、特に君の統率する第一部隊は実力派揃いの集団だ。隊長の君がそんな事では、隊の士気も下がってしまう」

「っ。申し訳、ありませんでした」

「ソフィア嬢も、あと三日もすればダイナル夫人になるのだ。自分の夫の立場を悪用しているだの、不毛なレッテルを貼られかねないので、今後は注意する様に」

「は、はい。申し訳ございませんでした」


真っ当な注意喚起に若い二人はわかりやすく反省の色を示す。

それを交互に一瞥した後、アリステアは理解してもらえた事に納得して、纏う空気を少しばかり柔らかくした。

その声色も優しいものに変えて二人に微笑む。


「もうすぐ、世界で一番素晴らしいと言っても過言ではない日になるのだ。沢山の人々が君達を祝う為に、このバルデュユースを訪れている。主役である君達には是非、心からの笑顔を見せてほしい。だから私も微力ながら君達の憂いを晴らせる様に、キキュルー嬢の捜索に発破をかけておくとしよう」

「!あ、有難うございます、団長!」

「但し、今後はあまり公私を混同させない様、くれぐれも注意して気を引き締め給え。これからも君の活躍には期待している」

「はい!このカミュロン・ダイナル、今後も王国の為に、全身全霊を以て身を尽くす所存です!」


力強いその宣言に仰々しく頷くと、アリステアは二人に退出許可を出した。

その場で一礼をして立ち去り、カミュロンはソフィアと歩幅を合わせて再び廊下を歩く。

会話をする限り、アリステアには特におかしな点は見られなかった。

それどころか厳格ながらも優しい一面を見せ、自分を激励してくれたその姿はやはり騎士の憧れそのものであり、このままあの素晴らしい人を疑い続けていいものかという自分の心の方に疑問を感じてきたぐらいである。

それはどうやらソフィアも同じ気持ちだったらしく、少し困惑した様子でカミュロンを呼び止めた。


「あの様子ですと、団長閣下はもしかして何も関与されていないのではないですか?」

「んー、分からない。一応注意はしているんだが、やはり団長は理想の騎士像通りのお方にしか見えないし、かといって彼らが出鱈目を言っているとも思えないし…」


一体どちらが正解なのだろうかと頭を悩ますが、この場で考えた所で答えは出ない。

とりあえずソフィアを送ろうと再び玄関口の方へ向かおうとした時、突然ソフィアのポケットに入れていた通信ラクリマが淡く光って震え出した。

取り出してみると、リカルドが所持する通信ラクリマからの反応が示されている。

彼等が近くまで戻ってきた様だ。

二人はそれを瞬時に理解し、わざわざ通信ラクリマを利用する程の何事かがあったのだと察して、急いで近くの空き部屋に身を滑り込ませると鍵をかけて、リカルドに応答した。




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