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フィア─帰りたい者達の異世界旅─  作者: ミリオン
"グレー"編
18/18

1

世界とは、ソウゾウの数だけ生まれてくる。



光の道に流されるがまま、次元空間を越えてニナーナ、クゥフィア、そしてゼトが辿り着いたのは、デューベとは全く趣も空気も違った世界だった。

鉄。

鉄。

何処を見ても鉄。

建物はおろか、木を模したモニュメントですら鉄で出来ている。

自然豊かで大気も清涼だった場所から一変、人工物ばかりで形成された未知の場所へと降り立った瞬間、その異形さと空気の不味さに顔を歪めてしまう。


「何だこの圧迫感と息苦しさは。それに臭う。魔界にあった毒素の大海⋯よりはマシだが、明らかに良くないモノが漂ってんぞ」

「どうやら此処は機械文明革命の真っ只中な様で。この場所も工業区画に近いのかもしれませんね。坊ちゃん、お体は大丈夫ですか?」

「うん⋯」


草木一本生えていないどころか、路面すらコーティングされているのであれば、自然的な清浄機能が死んでしまっているのだろう。

悪臭とも表現できそうな不愉快な大気の味に気分を害しながらも、とりあえずは動いてみるかと人の気配が多くある場所まで出れば、まだ幾分かは呼吸がしやすくなっていった。

人口密度の高い街路。

この世界の文化に沿った衣服を纏って、一応は整備したのだろう質の悪い鉄道の上を、様々な老若男女が闊歩していく。

活気がある、というよりは、皆が皆忙しなく動いており、機械的な行動を余儀なくされているという印象だ。

日々の規則正しいルーティンに追われている、余裕のなさすらも伺える。

そんな幸福度の低そうな人々の様子すらも驚きではあったが、ニナーナにとって特に衝撃的だったのは、馬を必要とせず、代わりに青黒い煙を尻から吹き出して、道の真ん中をけたたましく駆け抜けていく、不思議な形の箱である。

馬車でも人力車でも魔導車でもない⋯あの乗り物は一体、何車と言うんだ?


「そういえばニナーナさんは、異世界に来るのって、前の世界のデューベ以外初めてなの?」

「あ、ああ⋯」

「驚かれるのも無理はございません。私共も最初は同じように度肝を抜かれましたもの」

「行く世界や国ごとでぜーんぜん違うもんねえ」


人生初の、魔法や魔術などとは無縁そうな科学都市にやってきたニナーナは、自分の理解が遠く及ばないその発展と進化の仕方に思わず圧倒されてしまった。

しかし、トラベラー歴の長いゼトとクゥフィアの反応は、随分と慣れたものである。

恐らく今までも何度か、似たような環境の世界を訪れているのだろう。

そんな二人を見て少し気恥ずかしさが湧いてきたニナーナであったが、それをおくびにも出さずすぐに平静を取り繕うと、魔術で瞬間的に全員の服を、そこら辺にいる通行人達と似たような形状の物に作り替えてみせた。


「デューベの恰好だと悪目立ちするだろう?」

「わあ!すごく便利!」

「有難うございます。では、この世界がどういった場所なのか、少し散策をしてみましょうか」

「そういや、普段は時空移動をした後、どういった情報収集をしてるんだ?」


通行人の波に乗りつつ、特に目的もなく歩き出しながらニナーナが尋ねた。


「主に二つ。この世界が異神の軍隊の管轄下にあるか否かと、神の涙の存在確認ですね」

「前の世界ではニナーナさんがいないかも聞いて回ってたよ」

「⋯⋯聞いて回るだけか?」

「うん」

「そりゃあまた⋯随分と途方も無いやり方をしてたんだな⋯そんな方法で、良くこの俺を見つけられたもんだ」

「目立ちたがり屋のニナーナさんなら絶対どこかで噂になるような事をしてるって、ゼトとヒューさんが言ってたんだ」


ニナーナが呆れた物言いをすれば、純粋なクゥフィアが何の悪びれもなく口を割った。

「ほお?」と口元を引き攣らせるニナーナに対して、後ろに控えていたゼトは少し汗ばみながらも咳払いをして誤魔化してみせる。


「殆どの場合が異神の軍隊とは縁のない世界なのですがね!ですが、奴等はどうやら幾つかの世界や国を統治している様でして、運が悪ければ、いきなり奴等のテリトリー内に時空転移してしまうという事も、今まで少なからず有ったのですよ」

「⋯神になりたいだのと豪語するだけあって、随分とスケールの大きい連中だな」


そんな会話をする最中、たまたますれ違った急ぎ気味の通行人と肩がぶつかった。

上辺だけの謝罪を済ませてまた歩を進めると、今度は道路を渡る為に何かを待っている人の集団が目の前に立ちはだかって、歩きにくくなる。

また更に進むと、何処かの店の客引きに目をつけられて数十メートル付き纏われ、クゥフィアを小脇に抱えてさっさと切り抜けざるを得なくなる。

⋯等と、この世界に降り立ってからまだ大した時間も経過していない間に、そんな洗礼を次々に受けていく三人⋯。


「歩きにくい!」


この一言に尽きるので、早々に散策を諦める事にした。

まだ何も手持ちがないにも関わらず近くにあった飲食店に何とか滑り込めば、適当な物を注文した上でこの国の食事に舌鼓をうちつつ、周囲に聞こえないよう防音魔術を作動させて話の続きをしていく。


「結局デューベでは慌ただしくてまともな整理も出来なかったんだ。今のうちに異神の軍隊の事や、クゥフィアが何故狙われているのか⋯⋯お前らの持っている情報を、俺にも共有させろ」

「でも、僕たちでも分かってないことがほとんどだよ」

「それでも構わん」


ただでさえややこしい事態に身を置いているのだ。

出来る限りの疑問払拭をしておきたいというのは当然の意見であるので、主にゼトがその流れで諸々を話す事となった。


「異神の軍隊には、我々が把握しているだけでも、四つの部隊があります」


アリステア達が所属する(ピック)

その他に、(カロー)(トレーフル)(クール)という名の部隊が編成されており、それぞれの規模は未知数である。

特に(カロー)とは交戦歴が皆無の為、そういう名前の部隊があるらしいというところまでしか突き止められていない、と説明していく。


「大体我々を襲ってくるのは(ピック)でした。恐らく坊ちゃんの捕縛任務を担当しているのでしょう。組織としては、戦闘部隊や工作部隊といった立ち位置なのではないかと思われます。そして(クール)は、我々が知る中では、女性の割合が殆どです。襲ってくるというよりも、待ち伏せをされている事の方が多いですね。裏工作や籠絡が得意な様なので、主に諜報員の役割を担っているのでしょう」

「あと(トレーフル)なんだけど⋯ココはちょっと、説明が難しい」

「難しい?どういう事だ」


ニナーナが訝しげな表情を見せると、クゥフィアは唸りながらも必死に言葉を探した。


「あのね、えーっとね、ヒトと言って良いのかどうか、そういうヒト達ばっかりが集まってるみたいなの」

「⋯⋯多種族で構成された部隊、ってことか?」

「そう!それ!」


納得のいく表現に、ポンッと拳で掌を叩く。

確かに、色んな世界から同志を集めているのであれば、何も人間だけしか選ばれない理由などないのだろう。

妖精のラララも部隊に属していたぐらいだ。

所謂"人外"と表現される種族達⋯思いつく限りでは獣類、鳥類、魚類といった異種族の特徴を持つ人種や、場合によっては超越者にも分類されそうな超常種なんかも配属されている可能性が高い、と考えていれば良いだろうか。


「結局のところ、神の涙(ヘブンスフィア)に選ばれれば、誰でもその軍隊に入れるって感じなのかもしれねえな」

「それに加えて、神の涙(ヘブンスフィア)の支配下に置かれている者も軍に籍を置いている様子。一体一つの部隊がどれだけの規模であるのか、毎回殆ど同じ刺客としかエンカウントしない我々では、そう簡単には把握出来ないでいるのです」

「成程。旅した年数のわりに情報が乏しいのは、それが理由か」


特定の人物としか戦闘経歴がなく、かつ、その者達から情報を吐かせる機会がなければ、どうしても足踏みをせざるを得ないのだろう。

かといって、此方から軍隊の拠点に乗り込もうにもその場所すら分からず、現時点では不可能。


「そんな調子なら、クゥフィアが狙われている理由も⋯」

「残念ながら不明です。神聖力が狙いかと推察してはいますが⋯」


彼等はどうやら本当に、常に崖っぷちの状態であった様である。

思った以上に深刻な状況を把握して、ニナーナは机に頬杖をつき、カトラリーを軽く揺らしながら少しばかり考え込んだ。

敵対組織に常時狙われているにも関わらず、相手方の情報が殆ど無いというのは、戦闘が起こった時に圧倒的に不利となってしまう。

それに今から行こうとしている故郷の場所は先代創造神の力によって秘匿されており、例えそれが分かったとしても、恐らく周辺には軍隊が常駐し、自分達がのこのこやって来るのを待ち構えている事だろう。


「⋯なら今後の目的は、時空移動を繰り返しながらデュアル・ファン・エディネスに向かいつつ、奴等の全貌とその目論見を暴いていく事になるな。そして出来うるならば、神の涙(ヘブンスフィア)が一体何なのか、それも突き止められれば上々だ」

神の涙(ヘブンスフィア)は、神の涙(ヘブンスフィア)だよ?」


クゥフィアの言葉に思わず目を丸くする。

そんな反応を見せられたクゥフィアも、ニナーナの疑問が理解出来ずに首を傾げてみる。

純粋に物事を疑っていない、無垢な子供の反応そのものだった。


「なにが不思議なの?」

「⋯⋯あのな、クゥフィア。未知の力を宿す石の話ってのはごまんとあるが、あんな手の平サイズの石程度で人間が神になれるなんて、普通は有り得ねえんだよ」

「?」

「厳密に言うと、存在しちゃならない。数に限りはあるんだろうが、だからとはいえ、神の創造物の一つでしかない人間如きに、神本人の許可無しでも神になれる資格を与えてしまう代物なんて、万に一つでもあっちゃならねえんだ。この俺ですら⋯」


話の途中で、目の端に映った異常に反応して口を噤んだ。

クゥフィアとゼトも気付いて店の入り口を見ると、直後に複数人の同じ制服を身に付けた男達が入店してきて、あろうことか真っ直ぐにニナーナ達の方へと向かってくる。

直ぐさま防音魔術を解除して、三人の着席しているテーブルの傍まで来た警官隊らしき者達を警戒していれば、そのうちの一人が三人に向かって口を開いた。


「失礼。こちらの店の管理センサーからエラー通報があった。キミ達の腕輪を確認させてもらいたい」

「⋯⋯腕輪?」

「ん?もしかして外国人か?入国審査の際に、身分証と財布代わりの腕輪を付けられただろう。今すぐ見せなさい」


言われてすぐに辺りを見渡せば、店の利用客だけでなく、店員、そして警官隊らしき者達全員の腕に、同じ様な形状の腕輪が巻き付いていた。

人によって若干色が異なる様だが、恐らく識別センサー付きの身分証として付けられているソレを見て、形すら模していなかったニナーナは思わず「あー⋯」と面倒くさそうな声を漏らす。

どうやらこの世界のこの国では、人々に腕輪を取り付ける事で、管理体制を強固にしようとする方針でも掲げているのだろう。

そんな事など知る由もない三人は、移動早々に役人に目を付けられる羽目になった様だ。

今すぐこっそり模造するのは可能だが、恐らく偽物だとすぐにバレるだろう。


「その⋯⋯宿泊先に置いてきてしまいまして」

「装着時にロックがかかる為、一個人では着脱不可になっている筈だが?仮に何かしらの理由で外れたのだとしたら、法律違反で例外無く罰則を受けてもらう事になると、説明を受けているだろう?そもそも、腕輪無しでどうやってその目の前の飲食代を支払うつもりだったんだ?」


ゼトのその場凌ぎの言い訳もあっさり論破された。

これはもう無理だなと、ニナーナとゼトは早々に開き直る事にして、ちゃっかり食事の続きをする為にカトラリーやカップを口にする。

それを見た役人が「おい!」と声を荒らげたが、それと同時にニナーナが指を鳴らし、足元から唐突に影の触手を複数本生やして、その場に居た役人全員をあっさり捕らえてしまった。

この世界の者達にとっては理解不能の現象に、役人だけでなく周囲からも悲鳴と混乱の声が上がる。


「坊ちゃん。今のうちにお腹を満たしておきましょうね」

「え?え⋯こんな状況で?」


緊張してゼトの腕にしがみついていたクゥフィアも、当事者側であるにも関わらず狼狽えてしまった。

しかし、悪魔二人は何処吹く風と言わんばかりに皿の上を綺麗に平らげ、混乱しながら無作為に足をばたつかせている先程の役人を、指をクイッと折る事でニナーナの傍に寄ってこさせる。

妖艶に微笑みながら横目でその男を見やると、その顎を指先で軽く掬ってみせた。


「この俺を罰しようなんざ、百億年早いんだよ」

「な、何なんだ貴様は!ば、化け物!?」

「近からず遠からずかな。ところでお前、神の涙(ヘブンスフィア)って石の事は知っているか?」

「へ、へぶんす⋯?何意味のわからん事を!」


何の期待もしていない質問だったが、予想通りの反応だった。

ならば用は無いと言わんばかりに、触れていた指先で役人の顎を軽く弾いたニナーナは、次の瞬間には触手を縦横無尽に蠢めかせて色んな物を巻き添えにしながら捕らえている役人達を痛め付け、そのまま店の外にほっぽり出してしまった。

盛大な衝突音と共に、外も一瞬で騒然となる。


「ゼト、クゥフィア、行くぞ」


声をかけつつ席を立てば、「御意」という一言と共に口を拭き終わったゼトも立ち上がり、クゥフィアは未だおたおたしながら、食べ残した料理と店の中を何度も交互に見返している。

そして少しした後にぐ⋯っと何かを我慢した顔になると、急いで席から立ち上がって一番近くで放心していた店員の傍に駆け寄り、深々と頭を下げた。


「こんなことになっちゃってごめんなさい!ご飯おいしかったです!コレ、僕のいたところだとすごく貴重な宝石だから、お金になるかわからないけど、お金代わりに置いていきます!ごちそう様でした!」


そう言ってポケットから宝石を取り出して店員に手渡すと、早々に店の外に出ようとしていた大人二人の下へ戻った。


「お前、ヒューとゼトに育てられたとは思えねえ程、真っ直ぐに育ったんだな⋯」

「ニナーナ様?貴方様にだけは言われたくないとヒュードラード様にツッコまれますよ?」

「そんな事より、ココまでする必要あったのかなー!?あのご飯おいしかったのに僕全部食べられなかったー!」


駄々をこねる様に不満アピールをするクゥフィアを傍目に、役人と共に吹き飛ばされた店のドアを踏みながら外へ出れば、役人は全員怪我を負って気絶しており、通行人からは案の定恐怖と警戒心を向けられる。

そして何処からかはわからないが、遠くの方から何かしらのサイレン音が近付いて来ているのも確認する。

まだ騒ぎを起こして間も無いとはいえ、理不尽な理由と理解不能な方法で役人を盛大に吹き飛ばしたのだから、恐らく同時に複数の通報があったに違いない。


「この五月蝿い音は何だ?」

「恐らく増援がやってくる警報です。これでは情報収集どころか、この場に留まる事自体、得策ではありませんね」

「この世界の伝達網は随分と優秀なんだな。仕方がねえ。面倒だから何処かに身を隠すか」

「着いたばかりでコレって⋯目立ちたがり屋ってこういう事だったんだ⋯まだヒューさんと一緒の時の方が平和だった気がする⋯」

「アイツ、俺と違って意外と常識人だからなあ」


ハッハッハ、と悪どい笑い方をする新しい連れに、クゥフィアは思わず手で顔を覆ってしまった。

戦力増強としてニナーナの名が上がった時に、ヒュードラードが渋っていた理由が漸く少しわかってきたのだ。

この男、見た目によらずとても破天荒である。

しかしだからこそ、魔皇帝などという大それた肩書きを背負っており、且つ、天界相手に悠久の戦争をし続けていた実績があるのだろう。

普段なら理知的な判断を下すゼトですら、ニナーナが加わった途端に唯のイエスマンになっているのだから、更にタチが悪い。

仲間が欲しいとは思ったけど、この先このメンバーでやっていけるのかな⋯?

そう一抹の不安を幼い子供が抱えるのも、無理はない話であった。



「へえ、アレがニナーナ・ガルディン・アルヴァイン⋯魔皇帝っていう悪魔か」


そんな騒動の渦中にいる異世界人達を、少し離れた建物の上から見下ろしている男が一人。

その男は、他の人々とは違う衣服を身に纏い、顔には特徴的な大きい古傷がある。

そして、手に持っている煙管をゆったりと吹かして、その口元に柔らかいながらも、何かを含んでいる様な妖しい笑みを携えていたのだった。


「随分と派手にやっているね。これなら思ったよりも楽しめそうだ」




────────

一気に書き上げたかったけれど、とんでもなく難航しているので今出来ている分だけ少しずつアップします。

頻繁に加筆修正する可能性あります。

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