10
一時間前。
「あし、もうヘーキか?」
「うん。痛み止めの術もかけてるからもう動けるよ」
「お熱も下がられて一安心でございます」
寮の集団食堂にてクゥフィア達と朝食を食べていたニナは、サングラス越しに微笑んでみせた。
クゥフィアが扱う神聖力の術───【神聖術】は、まだまだクゥフィア自身の認識不足で未完成な部分が多いらしく、本来なら怪我や病気も一瞬で治せる筈なのだが、その足は未だに包帯を巻いたままであった。
それでも平気だと言いたげに足をピコピコ動かす子供は、昨晩からやっと固形の食べ物が食べられるようになってとても嬉しそうな様子だ。
中でも「特別だよ」と言って料理好きの寮母から差し出されたお手製のシュークリームを見るなり、星が飛んでいるのが目で見て分かるぐらいに瞳を輝かせ、まだ齧ってもいないのに落ちかけている頬っぺたを両手で支えているぐらいであった。
クゥフィアは相当甘い物が好きなようである。
「ソレもクラといっしょ」
「はい、旦那様も大の甘党でいらっしゃいました。一体何度、糖尿病を危惧した事か…」
懐かしいながらの苦労話に笑い声を上げて、ハムスターのようにシュークリームを頬張る子供が全部食べ終わるまでのんびり待った後に、既に纏めていた荷物や武器を持って三人は真っ直ぐにギルド本部へと向かった。
一階のフロアにはギルドのサポーターや接客係等の裏方ばかりしか居らず、代わりに外から大人数のざわめき声が聞こえる。
エールを送られながら正面口から出てみると、其処には既に所狭しと当ギルドに所属している組員や他ギルドの精鋭達の姿があり、中にはフリーの冒険者なんかも集合していた。
たった二~三日でよくぞ此処まで集まったものである。
「ニナ。ついさっきギスターツに持たせた通信ラクリマから連絡があった。喋れる状態じゃなかったのか無言だったが、だいぶ王都まで近付いたんだろう。いつでも飛べる様に準備しとけ」
「バッチリだよ、マスター」
「……本当にそのガキ共も連れてくのか?」
「うん。ソクセンリョク。たよりなるよ」
人の多さに圧倒されてニナの影に隠れるクゥフィアの頭を軽く叩き、ゼトはお世話になったヴァランに礼を述べながら一礼する。
そのタイミングで別の場所からざわめき声が上がり、そちらを見ると遠目からでもよくわかる巨体が肩身狭そうに、ニナやヴァラン達の方へと歩いてきていた。
その前にはロドルフォとリカルドの姿もある。
「マスター。連れて来ました」
「おう。最終確認だ。本当にお前さんも俺達の戦力として戦ってくれんだな?」
「ハ……ハイ……」
ガタイの良いヴァランすら見上げる程に大きな魔蟲は、酷く恐縮していた。
生まれて初めて足を踏み入れた人間の居住区。
最初は目に映るもの全てが魔蟲族の巣とは全く異なるものばかりで興味津々の様子だったが、此処に来る途中の人々の反応や、今正にこの場に集まっている大勢から向けられる視線は、決して自分を歓迎するものではないと肌に感じていた。
それこそ畏怖や疑念、そして、殺意すらも混じっている。
しかも此処にいるギルド組員の半数は、悪さをする魔蟲の討伐任務を生業として生計を立てている者達なのだ。
約九年前まで存在していた相互不可侵など所詮名ばかりで、それ以前から魔蟲と人間の揉め事は度々あった。
今此処に居る魔蟲とはなんの縁もゆかりも無い、人間を卑下する別の魔蟲達が人間の生活圏内に領土侵犯する事もあれば、その逆もまた然りで、出来る限り穏便に過ごしたい両種族の多数は、そのごく少数派の野蛮な活動のせいでとてつもない迷惑を被っていたのだ。
その最たる存在が件の魔王蟲であり、即位する以前から自分の傀儡を世界のあちこちに分散させ、着々と同志を集めてから先代魔王蟲に決闘を申し込んで殺害した事で、全魔蟲族への命令権限が今代へと移り八年にも及ぶ戦争が幕を開けてしまった。
それ以降、魔蟲と人間との関係性は最悪となる。
その歴史背景を良く知るこの勤勉な大型魔蟲は、自分の存在はもしや別の争いの火種になってしまうのでは無いかと危惧し始めていた。
だからヴァランの質問にも気弱な返事しか出来なかったのだが、それをフォローするように口を開いたのは、ロドルフォだ。
「安心してくれ。コイツはめちゃくちゃ優しい魔蟲だから絶対俺らを裏切るような事なんてしねえよ。戦うのは好きじゃねえらしいけど、強さは俺らエスポアが保証する」
「そりゃ魔蟲だからつえーのはわかるがねえ」
「裏切らない根拠は何処にあるんだか…優しいフリして仲間にオレらを食わせようって魂胆なんじゃねーの?」
とんでもない言いがかりに、「ア"ァ"?」とドスの効いた声で発言した組員達にがんを飛ばす。
その場にいる殆どの者が、ロドルフォ達の方に疑念の眼差しを向けていた。
「テメエら!じゃあ逆に聞くがテメエらがコイツの何を知ってるってんだよ!」
「知らねーよ。魔蟲の事なんて知りたいと思った事もねーし」
「だったらデタラメ言うんじゃねえ!コイツはな、俺らに危険を知らせる為に遠い所からわざわざ一人でこの街まで走ってきてくれたんだぞ!必死で俺に土下座してまで大進軍を止めてくれって言ってきたんだぞ!そんな苦労を知らずによくもそんな事が言えんな!?」
「うっせーな。英雄剣豪だ何だーっつってチヤホヤされてるくせに、魔蟲の肩を持つなんて英雄の名折れじゃん」
「どーせお前、魔蟲からの被害にあんまあった事ねえんだろ。此処にいる連中にはな、家族やダチなんかが魔蟲に殺された奴がごまんと居るんだぞ?ソイツらの気持ちを考えろよ」
その最後の一言に、ロドルフォは堪忍袋の緒が切れて怒髪天を衝く形相になった。
「俺の生まれ育った村は戦争中に魔蟲軍に襲われた!!家族もダチも知り合いも全員殺されて、家も畑も何もかもメチャクチャに潰されたんだ!!形として残ったものなんざ一つもねえ!!生き残ったのは俺だけだった!!それを知っても同じ事が言えんのかア"ア"!!?」
その瞬間、一瞬にして静寂が辺りを覆った。
今まで不満しか吐露しなかった組員達が、普段が陽気な為に想像もしなかったロドルフォの過去を知って、全員が硬直して完全に言葉を失ってしまった。
その事実を知っていたのはリカルドとニナだけで、二人揃って興奮しすぎて息を切らしているロドルフォの左右に歩み寄ると、落ち着かせる様に肩や頭に手を置く。
「ロディ。そこまで」
「っ!………悪ぃ。また、頭に血ぃ上っちまった……」
「いや、今のはうちの者達が悪い。お前の気持ちも考慮せず、すまなかった」
優しい慰めと謝罪に、いつまで経っても短気で精神が幼い自分に嫌気がさしてしまう。
ニナはともかく、リカルドも妻子を魔蟲に食い殺されたと言っていた。
それでも彼等エスポアのメンバーがこの目の前の魔蟲をあっさり受け入れているのは、世界中を六人で旅したあの十ヶ月の間に、いろんな人間だけでなくいろんな魔蟲達にも出会っていたからだ。
十人十色、十蟲十色。
全ての魔蟲族が人間を嫌っている訳ではないと知ってからは、ロドルフォもリカルドも、魔蟲の認識を大きく改める事になったのだ。
ロドルフォは、一気に気まずい雰囲気になった事でオロオロと狼狽えてしまっている魔蟲に気付くと、慌てて普段の様相を取り繕う。
「わりぃわりぃ!まー、そんな過去もある俺だけど?昔は魔蟲みーんな嫌な奴とか思ってた事もあったけどさ?……でも今は、お前みたいな奴もいるんだって事ちゃんと知ってっから、安心してくれ。俺はお前の味方だ!」
「英雄剣豪サマ……!」
魔蟲はまたもや感涙しそうになるが、流石に今泣くのは駄目だと思いとどまり、何とか複眼を潤ませるだけで堪える。
その代わりに腹を決めて、改めてヴァランに向き直るとその場で正座をし、背筋を伸ばして姿勢を正した。
「私ハ誓いマス。此度の戦争、必ズアナタ方人間のオ役に立ッてミセます。この大進軍ヲ止メテ下さルナら、同族が相手ダロうと、今この場デ私を庇ッて下サッた英雄剣豪サマに誓っテ全力で戦ウ所存デす!」
「おう。俺もお前さんを信じよう。期待してるから宜しく頼む」
それを聞いたヴァランは大きく頷くと、自分の部下とも言うべき組員達をざっと見回した。
特に先程ロドルフォと魔蟲に暴言を吐いた面々を見ると、彼等はもれなく身を縮こまらせて、そのうち何人かはそそくさと人混みの中に逃げ込んでしまった。
それに呆れた様に溜息を吐き、今度は一箇所で待機していた他ギルドのマスター達を見やる。
「アンタ等も、コイツが参戦するのに不満はねえだろうな?」
「勿論ないよ。今のを見た後じゃ尚の事さ」
親指を立ててやんちゃに笑うマスターの一人に残りの者が首肯する。
そしてマスター達が揃いも揃ってこの魔蟲を受け入れると言うのなら、それ以上不平不満を言う愚か者はもうこの場に存在しなかった。
参戦が認められてホッと安堵の溜息を吐く魔蟲は、ふと、誰よりも小さいあの時の子供達が自分の側まで歩み寄ってきていたのに気付く。
「ねえねえ虫人さん。虫人さんってお名前ないって言ってたよね?」
「え?ハイ。魔蟲族ニは名付けノ慣習がありマセんノデ」
「んー。でも今思うとやっぱ不便だよな」
「そう思われるなら、ロドルフォ様が名付けられては如何ですか?」
唐突なゼトの提案にロドルフォは変な声を出す。
改めて魔蟲を見てみると、そちらも突然の事でかなり戸惑ってはいるが、満更ではないのか恐らく期待する目でロドルフォを見返してきた。
こうなると断る訳にもいかず、悩ましげに顎に指を当てて考える素振りを見せる。
そうやってロドルフォが暫く思案している間に、ヴァランと交流の深い初老のギルドマスターがヴァランの横に歩み寄って、そっと尋ねてきた。
「なあヴァラン。アンタ、今のやり取りワザと黙認してたでしょ?」
「ああ。目の前ではっきりさせとかねえと理解できねえ馬鹿が多くってな」
「ハッハッハ、皆お互い大変だねえ」
事が上手くいって良かったよと二人揃って笑っていれば、漸く決まったのかロドルフォが考える仕草をやめて、魔蟲に向かって溌剌と声をかけた。
「ボンド!ボンドってのはどうだ?友情の絆って意味だ!」
「ボンド……」
それが、自分の名前……。
噛み締める様に何度も口内でその言葉を呟く魔蟲に、クゥフィアが微笑んで小さな手を大きな巨体に翳す。
「決まったね。虫人さんは、今日から【ボンド】だよ」
名前の部分に力を注ぎ、眩い光を放ちながら魔蟲に纏わせた。
その光は全身を覆い、ゆっくりとその体に溶けていく様に消えていくと、魔蟲の体に大きな変化をもたらす。
時間にしてほんの数秒。
だがたったそれだけの時間で、魔蟲の巨体は少しスリムになって、6メートル程だった身長は僅かに縮まり、人間からすればまだ巨大ながらも威厳すら感じられるフォルムへと改造された。
おまけに失われた片腕まで新しく生え変わっている。
これは、本来ならもう暫く長い年月をかけて、あと数回脱皮に成功する事で手に入れられる魔蟲───ボンドの成長姿である。
突然の進化とも言える変化に、ボンド本人だけでなく現場に居合わせた者達は、ニナとゼトを除いて全員絶句した。
そして何故か力を与えた筈のクゥフィアも、大きな目を更に大きく丸く開いて凄く驚いていた。
「あれ?……あれ??ちょっと祝福を込めただけだったのに何で??」
「クゥフィア、チカラいっぱいある。まえはなしたじゃん」
「坊ちゃん……」
「あるあるだネ!」と言って笑うニナとは対照的に、やれやれと言いたげに頭を押さえるゼト。
認識不足とはいえ、この様なうっかりミスは今後注意しないと良からぬ事故を引き起こしかねないので、何か対策を練らねばと実感するのだった。
そんな彼等の様子に目撃してしまった全員が何が起こったのか理解が出来ず、クゥフィアの正体を知っているロドルフォとリカルドすら信じられないと驚愕しながら微動だにしない。
ただ一つわかる事は、やはりこの子供、只者ではない、という事だけだった……。
そしてそうこうしている間に結婚式が始まる時間となった。
既に全体に向けて喝を入れる為の音頭は取り終わっている。
恐らくいよいよ出陣になるだろうと皆が身構え、各々の武器やラクリマを持ち、その時が来るのを緊張の面持ちで待っていた。
「結局、結婚式に出れなかったな」
ボンドの傍に控えていたロドルフォの残念そうな声に、リカルドは返答せずに瞳を閉じ、ニナもサングラスで表情が読めず、無言を貫く。
仕方がない状況とはいえ、約束を守れなかったのは心苦しい。
そう思っているとヴァランの持っていた転送ラクリマが振動し始めて、対の物が起動された反応を示し……その時は来た。
「転送ラクリマを発動する!全員、王都に飛べば即戦闘になる覚悟をしとけ!行くぞ!!」
『オー!!!』
高らかな雄叫びと同時に、ラクリマが地面に落とされた。
地面に当たった瞬間に魔法陣がギルド連合全てを覆い囲む様に一瞬で広がり、強い光を放って直ちに全員の転送を開始する。
そして少しの間の後には、王都の中、外門前に無事転送されて、同時に視界に入ってきた大進軍の突進を前にエスポア三人が瞬時に動いた事で、危機一髪ながらその侵入を一度は阻止したのだった。
「あ……ニナ……副マスター……」
声がした方を見れば、放心したギスターツと腰を抜かして座り込んでいるバグダーツを捉えた。
他、その周りに居るのはこの王都在住の王国騎士団だけで……ギスターツ達と共に出立した筈の他のメンバーの姿はない。
「ギスターツ。任務ご苦労だった。良く間に合わせてくれた」
何事かがあったのだろうと直ぐに悟り、リカルドは一番に労いの言葉をかける。
だが、ギスターツはその言葉で現状を思い出すと、悔しそうに下唇を噛んで首を横に振った。
「……いや、全然間に合ってません。もう、手遅れなんです!」
瞬間、王都のあちこちから爆発音が上がり始めた。
遠くの方から悲鳴も聞こえて、音のした方向を見れば黒煙と、魔蟲の群れだろう黒い帯が空を漂っている。
王都はとても広く、外門は勿論此処だけではない。
別方面の門、そして空からの大進軍の侵入を許してしまった様だ。
想像を絶する規模に、腹を決めてきた筈のギルド連合の面々も思わずたじろいでしまっているが、ヴァランと他ギルドのマスター達の号令と共に気を引き締め直して、各員各地へと一斉に散らばって行く。
そのうち数メンバーはこの外門に残り、数が多いのを活かして他個体を踏み台にしながら外壁をよじ登ってこようとしている魔蟲を、魔法や威力のある銃火器をフルに使って押し戻していった。
それを見ていた王国騎士団もやっと本格的に動き出して、部隊の援護と魔晶石や武器の補充、伝令の為に奔走し始める。
そしてエスポアの三人とボンド、クゥフィア、ゼトも、当初の予定通りに動こうと王都中心の方へと向きを変えた。
「ニナ!」
だが慌てた様子のギスターツに呼び止められて、ニナはすぐに立ち止まる。
「今すぐアンタに伝えなきゃならない事があるんだ!」
「ながくなる?」
「ああ!」
「じゃあ、ギスのうしろ、のせて」
今すぐにでも大聖堂方面へ向かわなければならないニナはそう提案をするが、途端にギスターツがうげっと言いたげに顔を歪ませた。
もう一度言っておく。
ギスターツはニナが嫌いだ。
流石の自分の愛馬もニナに跨られるどころか近寄られる事すら嫌がっているぐらいなので、相当嫌いだ。
そしてニナも、ギスターツとその馬に嫌われている事をちゃんと理解しているので、普段は無闇矢鱈に近寄ったりはしない。
だが、今は一分一秒すら惜しい状況なのだ。
それはギスターツ自身もよくわかっているので、嫌な顔をしたのはその一瞬だけで、背に腹はかえられないと直ぐに愛馬に飛び乗るとニナを自分の後ろに座らせる。
その瞬間に愛馬の艶のある毛並みが逆立ったように見えたが、謝りながら良く言い聞かせて落ち着かせた。
それを見届けたロドルフォ、リカルド、クゥフィア、ゼトの四人は、その巨体を活かして全員を運ぶと提案をしてくれていたボンドの腕や肩にしがみつく。
「では参りマスよ。今の私なら、何だか何処まででも走っていけそうな気がしマス!」
進化成長したからか以前よりも流暢にデューラス語が喋れる様になったボンドは、そう言うと意気揚々と地面を蹴って走り出した。
それはそれはとてつもなく、とんでもない速さで、走り出してしまった。
「「は?」」
置いていかれたニナとギスターツは、声を揃えて呆気に取られる。
しがみついていた四人も、急にジェットコースターの急降下並みの速度で動かれたものだから一切心の準備が出来ておらず、首をゴキッと持っていかれた直後にあまりにもの速さで腹の底から絶叫するものの、その叫び声すら置き去りにして一瞬で姿が小さくなってしまった。
慌ててギスターツも馬を走らせるが、例えスタートダッシュが同時期だったとしても確実に置いていかれていただろうその圧倒的速度に、流石の馬の名手も為す術がない。
最終的に彼等の姿を完全に見失ってしまったのは、必然の結果だった。
「………オレ、おいてかれた」
「…………すまん」
こうなるとどうしようもないので、馬の出来る限りでの速さで二人は移動する事にした。
二人が居た王都の区画は、先程外門で魔蟲の侵入を阻止できたおかげでまだ被害はなく、雄叫びと騒ぎを聞きつけた住人や観光客、行商等が狼狽えてはいたがまだ市街地に留まっているのが多く見受けられる。
早く定められた避難場所へ逃げれば良いものを、危険意識の低い平和な日々を送ってきた弊害でその判断が付きかねているのだろう。
ボンドが通っただろう跡ですら物が散らかされ腰を抜かしている人々の姿はあるが、皆一瞬の出来事だった為に何が起こったのかわかっておらず、騒然としているだけであった。
そんな一般人の面倒まで見ている暇はないので、ギスターツはとにかく人の垣根を抜いながら大聖堂の方へ向かいつつ、ニナにあの魔蟲に乗っていた怪しい男の話をしていく。
「───……という事があってね。アンタ、あの男を知ってるのかい?」
「いや、しらない。そんなやつ、あったこときいたこと、どっちもない」
「はあ!?じゃあ何であんな変な奴に狙われてんだい!」
「ねらわれてる、オレじゃない。さっきいっしょにいたガキたち」
言われてそういえばと子供二人の存在を思い出すと、ギスターツは途端に顔を青ざめた。
よくよく考えてみれば、先程転送ラクリマでギルドの者達と一緒に飛んで来た見慣れない子供達は、不可思議な映像でニナと並んで映し出されたあの二人の子供達だった。
ギスターツは出立前にクゥフィア達とは会っていなかったので、先程外門前でその姿を見たのが初めてだったのだ。
そして更に、あの男から言われていた言葉も思い出す。
「神の子」
「!?」
ぼそっと呟いた言葉にニナが反応した。
「ソイツに言われたんだ。次にニナに会った時に、神の子ってのの居場所を聞いとけって。……まさか、あの子達がそうなのかい?」
その質問にはあえて答えない。
そのギスターツの言葉で、ニナは彼女がその怪しい男に監視されているか、或いは何かしら情報をリークする立場に立たされている事を感付いたからだ。
となると、クゥフィア達がこのバルデュユースに辿り着いた事も既に敵にバレてしまっているかもしれず、ニナは少し、本当に少しだけだが、ギスターツを此処で殺してしまった方が良いのではないかと良からぬ思考を過ぎらせた。
正直なところ、ニナにとってこの世界ではリカルド以外の人間がどうなろうとさして興味は無いのである。
エスポアのメンバーですら、場合によっては切り捨てるのも辞さない程だと常日頃から考えていたぐらいだ。
だからギスターツ程度の存在などどうなろうと知った事ではなく、むしろこれ以上自分達の身の安全を脅かす事になるというのなら、このまま背後から彼女の首を締め上げてしまおうか、とも思いその首に手をかけようとして……しかし思い止まる。
今此処で彼女を殺せば、自分は移動手段を失ってしまうという何とも単純で、だがとても重要な理由で…ギスターツはまさかの命拾いをする事になったのだ。
「ギス、ガキたちのこと、おしえるのか?」
今度はギスターツが返答を躊躇う番だった。
暫く沈黙を貫き、悩みに悩んだ末に、辛うじて聞き取れる声音で「すまない」と呟く。
それはイエスという意味なのか、それとも今の現状に持ち込んでしまった事に対する謝罪なのか、どちらとも取れる言い回しで 判断しかねたが、ニナはプラスに捉える事にしてギスターツの肩を二回叩くと、彼女が求めているであろう言葉を口にした。
「だいじょーぶ。なんとかする。オレ、つよいから」
それはギスターツにとって救いの言葉だった。
嫌っていてもニナなら……という気持ちを内に秘めていたおかげで、理想通りの頼もしい宣言を聞く事が出来て安堵したと同時に、不覚にも少し胸が高鳴ってしまった。
成程、彼がモテる理由が良くわかる。
馬達さえ彼を嫌っていなければ、自分ももしかしたら他の女達と同じ立場に立っていたかもという可能性を感じてしまって、わざと笑う事でその気持ちを誤魔化す事にした。
「さっすがウチのギルドのナンバーワン様だねえ!頼りがいがあるってもんさ!」
「すこしげんきでた?」
「何だい。あたいを励ましてたつもりなのかい?悪いけどそんじょそこらのナヨっちい女とおんなじ扱いをされちゃ困…る……」
笑い飛ばそうとしたギスターツがとある方角を見た瞬間、直ぐに顔色を変え、その語尾も消え入るようにしぼんでしまった。
咄嗟にニナも同じ方向を見ると、多数の飛行型魔蟲が家々の頭上を飛び交っており、地上に向かって急降下や魔法を放っているのが遠目でも伺える。
そしてよく目を凝らしてみれば、その内の一匹が何度か遊ぶ様に旋回しながら、こちらの方へ飛んできている様子を捉える事ができた。
その背中には、あの謎の男の姿が……。
「へえ、アイツ?」
ニナはこの時初めて、異神を崇拝する特殊な軍隊の一人と相まみえた。
口元に笑みを携えて向かってきているその男を見てサングラスの奥で目を細めると、青ざめてしまっているギスターツとは対照的に、不敵に、妖しく笑い返すのだった。
王族専用の豪奢な馬車が、出来うる限りの最高速度で王宮へ向かって滑走していた。
中に乗っているのは勿論この国の王と王妃、そして二人と共に結婚式に参列していた愛娘メイジャス王女だ。
普段なら風景を楽しみながら優雅で快適な馬車の移動を満喫出来るというのに、緊急事態である今は、王宮にある王家の緊急避難通路を利用する為に急いで帰路についているところであり、椅子や窓の縁にしがみつきながらその激しい揺れにひたすら耐えていた。
その後ろにも何台か王族に連なる雅な者達の馬車が続いており、四方には精鋭騎士がそれらの馬車を取り囲む様に多数並走し、先駆けは団長のアリステアが務めて進路を確保しながら先を急いでいる。
何処かの段差に車輪が乗り上げてもう何度目かもわからない弾みを体験しながら、メイジャス王女は泣きそうな思いでとても悔しがった。
今日は絶対に良い日になると思っていたのに、何故神はこんな試練を我々に与えたもうたのか、と。
慌てて逃げている時にドレスの裾を激しく汚してしまい、これではニナ様の横になど立てる筈がない、と。
「まだか!まだ王宮に着かんのかアリステア・ディーノよ!」
「もう間もなくです!もう暫くのご辛抱を!」
行く手を阻む様に目の前に現れる魔蟲を既に何匹もその剣で切り捨てながら、まだまだ先は長いというのにこの緊迫した状況に耐えきれなくなってきた国王が窓越しにアリステアに怒鳴りつけてくる。
それに歯を食いしばりながらも王達を安心させる為に気休めの言葉を返して、アリステアは馬上で剣を寝かせて突きの構えを取る。
「"ケラノ・スラスト"!!」
叫ぶと同時に前に突き出せば、その剣先から壮絶な威力の雷魔法がまるでビームのように発射され、目前に群がり始めていた魔蟲達を一斉に焼き切っていった。
そうして出来た逃走ルートを再び走り、左右からの進撃はそれぞれの精鋭騎士が務め、他の馬車が一台、また一台と横転や立ち往生をしていくさなかで、国王達の馬車だけは決して止まらずにがむしゃらに進み続けていく。
そして最終的に王宮と市井との間を行き来する跳ね橋まで辿り着いた頃には、馬車一台とその先を走っていたアリステア、そして精鋭騎士がたった三人だけになってしまっていた。
それでも急いで王宮の敷地へ入ろうとその跳ね橋を渡りかけた時、突如、アリステアの倍の背丈はある魔蟲が城門から飛び降りてきて、跳ね橋を壊さん勢いで全員の目の前に着地する。
「!これは……!」
只者ではない!
そう続ける前に、魔蟲は間髪入れずアリステアに拳を繰り出してきた。
急いで剣を盾代わりにして凌ぐものの、威力が強すぎて大の大人が宙を舞い、馬車や騎士達の頭上を飛び越えてかなりの後方で落下する。
「ぐはっ!!」
流石のアリステアも地面に叩きつけられた衝撃で苦悶の叫びを上げると、続けざまに飛んで来た魔蟲の猛攻を身を捩ることで何とか回避して、すぐに体勢を立て直す。
「団長!」と叫びながら狼狽えている騎士や御者を視野に捉えれば、その情けない姿に思わず吠えた。
「何をしている!私の事など捨ておけ!今すぐ陛下達を王宮へ避難させるのだ!」
その一言で騎士達は我に返ってすぐに馬車を動かすよう指示を出し、一目散に跳ね橋を渡り切って行った。
国の主が戻ってきた事を認めた城門の管理者達はその直後にすぐ跳ね橋を上げて、地上からの外部の侵入を遮断する為にその門を堅く閉ざしてしまう。
他の全ての者、そしてアリステアは、完全に王宮の外に取り残されてしまった。
だがアリステアはそれで構わないと思っており、目の前の厄介そうな武闘派の魔蟲から視線を逸らさずに構えると、人間業とは思えない速さで攻撃をしかける。
まさに電光石火の如く。
対する魔蟲も意思が希薄でありながら瞬時にアリステアの動きに反応して、そのまま激しい攻防戦を繰り広げながら、一人と一体は無意識のうちに移動を始めた。
それを、背の高い建物の屋根に登って肉眼で捉えたヒュードラードは、盛大に舌打ちする。
「またかよ!ジッとしねえ野郎だ。まあ王宮に入っていかなかっただけまだマシではあるが……」
追いかけていくこっちの苦労も考えて欲しいもんだ、と独りごちながら、自分を狙って飛びかかってきた魔蟲数匹を一目も見ること無く、手に持っていた大刀を振るう。
「"風獄一刀"!!」
風魔法の力を利用して、たった一振りで全ての魔蟲を両断する。
身体が半分になっても暫くはもだついて未だ襲いかかろうとしてくるが、バランスを失った事で屋根から転がり落ちていく様すらヒュードラードは興味を示さず、ジーッとアリステアの動向を追い続けた。
「今度はあっちか」
激戦区となりつつある、戦火が多く上がっている区画に向かい始めている事を視認すると、下の階で何やらギャーギャー喚いている連れの首根っこを乱暴に鷲掴んで、ヒュードラードもまた移動を開始した。
一方、クゥフィア達は未だに大暴走を続けていた。
四人の中で唯一ゼトだけは早々にそのスピードに慣れていったが、残る三人はこんな高速の乗り物に乗った経験が殆どないので、喉が枯れた後でも絶叫をし続けた。
それでもいよいよ王都の名所の一つである大聖堂の建物が見えてきた時、ロドルフォが何とか人語を叫ぶ事に成功する。
「ボンド!ストップ!ストップ!ここまでで良い!!」
それを聞いたボンドは漸く脚を回転させるのを止めた。
しかしこれもまた急ブレーキの勢いだった為に地面を抉りながら数十メートル滑っていき、やっと止まれたと思えばその反動で、体にしがみついていた面々は前方へ勢い良く投げ飛ばされる。
ロドルフォは地面を転がって最終的に仰向けになりながら、涙と鼻水と涎を流しつつ何度も酸素を取り込んでおり、リカルドは乗り物酔いでもしたのか、震える腕で這いつくばりながら嘔吐しそうになっており、クゥフィアもゼトに空中でキャッチされたので体を打ち付ける事はなかったが、完全に目を回してぐったりと伸びていた。
絶叫系の乗り物は、ベルトがないとこうなるのである。
誰一人として振り落とされなかったのが奇跡だった。
そんな彼等の下へ、二人の人物が走り寄ってくる。
「ロドルフォ!リカルドさん!無事か!?」
「ちょっと!遅れてくるなり魔蟲にしがみついて登場ってどういう状況なのよ!」
名前を呼ばれてそちらを見れば、真っ白だったタキシードをだいぶ汚してしまっているカミュロンと、折角のドレスを自ら台無しにして普段のポシェットを斜めがけしているキキュルーの姿を捉えた。
手にいつもの槍とラクリマを持って、此方へ走ってくるなりボンドに向かってその矛先を向ける。
「お……おお……カミュロン……キキュルー……無事だったか……」
「無事じゃなさそうな奴に言われたくないんだけど」
「いや、本当に……特にキキュルー……みんな心配してたんだぜ?」
「!……それは、ごめん……。でも今はそれよりも、この魔蟲を何とかしないと!」
そう言って、目の前でオロオロしているボンドに敵対心を露わにする二人を見て、ロドルフォは慌てて涙や涎を乱暴に拭って飛び起きた。
急いで二人とボンドの間に割って入ると、自分の三倍程はあるその魔蟲を背後に庇う仕草を取って、カミュロン達をぎょっと驚かせた。
「コイツは他の魔蟲とは違うんだ!ボンドっつって、俺のダチで俺達の味方だよ!」
「魔蟲が、ダチ……?」
「正気なのか?ロドルフォ。今この状況で言って良い冗談ではないぞ!?」
「冗談じゃねえよ!なあリカルド!」
同意を求めたロドルフォにつられて全員がエスポアの指揮役の男に視線を向けると、体調不良で顔を青ざめつつも口を押さえながら力無く立ち上がったリカルドは、小さく首肯した。
「この二週間で、こちらも色々とあってな…。このボンドのリークがあったから、俺達は此処まで来られたんだ。それと、複数のギルドの人間が今、王都中に散らばって魔蟲退治と人命救助に励んでいる。コイツもそいつらと同じで、俺達を手伝ってくれると言って危険を顧みずついて来てくれたんだ。だから、信用して良い」
リカルドがそこまで言う程ならと、カミュロンとキキュルーは困惑してまだ完全には納得しきれていないものの、互いに視線を重ねると、とりあえず恐る恐ると武器を下ろしてみる。
するとロドルフォと同時にほっと胸を撫で下ろす様子が見られて、確かに他の襲撃してきた魔蟲達とは雰囲気が異なると感じられたようだ。
一先ずは二人とも、このボンドという、魔蟲では珍しく個体名を持つ巨蟲を受け入れる事にした。
「だがマズイぞ。僕達はともかく、他の人々がロドルフォとボンドが一緒に居る姿を目撃でもしたら、お前が魔蟲達を扇動してこの大襲撃を仕向けたと誤解されるかもしれない」
「うげ!やっぱり!?」
「それに関しては別に黒幕容疑者が居る。俺達はソイツを問い詰める為に此処まで来たんだ」
「アリステア精鋭騎士団長でしょ?」
キキュルーが包む事なく指摘すると、驚愕の色を見せるカミュロンとは逆に、リカルドは真剣な表情でまた首肯する。
「何か尻尾は掴めたか?」
「私の方でも色々あったのはあったんだけど、今回の魔蟲関連については正直、閣下は関係ないかもって思ってるわ。さっき魔蟲の襲撃を受けているって聞かされた時、凄く驚いた顔をして他の人達と同じ様に慌てていたもの」
「そんな筈はございません」
突然の聞き慣れない声にキキュルーとカミュロンがそちらを見てみると、ゼトが意識を取り戻したクゥフィアを抱えたまま険しい表情をして大人達の方を見ていた。
カミュロンにとって二人は完全に初見だが、キキュルーは一度、ニナが手にしていた所在情報魔法紙で子供達の顔だけは把握している。
「此度の魔蟲大進軍による王都への侵攻は、十中八九アリステアかその仲間達の仕業です。この手の策謀は奴等のお家芸みたいなものですから」
「えっと……君達は?」
「私の事はゼトとお呼び下さい。そしてこちらはクゥフィア様です」
「貴方達が、ヒューの言ってた子供達ね」
その言葉に今度は全員が驚いた表情をした。
クゥフィアが身を乗り出すように一番に問いかける。
「ヒューさんを知ってるの!?今どこにいるの!?」
「今は恐らく、アリステアを追っているわ。今日中に
ケリをつけるつもりでいるみたいだから」
「では、そのアリステアは今何処に居るかご存知ですか!?」
するとキキュルーはポシェットを開けて、中から一枚の板みたいな物を取り出す。
アリステアを追跡しているマジックアイテムの反応が其処に表記されている為、直ぐに大体の位置情報を読み解くと、王宮のある場所とは少しズレた方向を指差した。
「南東側の貴族層区画に居るみたい。どんどん移動しているわ。最終的にはそのまま住宅区画まで動いていくのかも」
「何?てっきりお前達の式に参列していると思って大聖堂に向かって来たんだが」
「国王様達を王宮へ避難させる為に護衛として飛び出して行かれたんです。だが、何故王宮ではなく貴族層区画に…?」
「待て待て待て!それよりもキキュルー!お前いつの間にあのヒューってゆう奴とちょっと親しそうな感じになってんだよ!この二週間でホントに一体何があった!?」
「うっさいわね!今はそんな事」
会話はそこで中断され、全員が何かを察してその場から大きく飛び退いた。
すると、先程立っていた所に魔蟲が放った魔法が飛んで来て、地面が大きく抉られてしまう。
ざっと周りを見回してみれば、悠長に話をしている間に魔蟲が徐々に此処へ集まってきていたようで、それに追い立てられるように相当な人数の一般人が、大聖堂側へ逃げ込んで来ている事を認知した。
瞬時に状況を把握して、リカルドが全員に指示を出す。
「確かにそんな事を言っている暇はなかったな。各員、まずは魔蟲の制圧と市民の避難誘導を。ソフィアは今どうしている?」
「大聖堂に留まって結界を張ってくれている途中です。逃げてきた市民が膨大で、怪我人も多いので」
「だったら国王もそこに残っときゃー良かったじゃん」
「この騒動の真っ只中に、国のトップが一般市民に混ざって避難場所でじーっとしてたら、大バッシングを受ける可能性があるの。身の安全を考えるなら、多少リスクを犯してでも王宮に戻った方がまだマシとも言えるわ」
「他にもパニックになって飛び出して行ってしまった人達が大勢居る。それと入れ違いで避難民が押し寄せて来たから、僕達は表に出てやれる事をこなしているところだ」
「速攻でアリステアを締め上げる予定だったが、この状況では難しいか……。クゥフィア、ゼト。悪いが少し待っていてくれ。この場を何とかしてからまた奴を追いかける」
「僕達も手伝うよ!」
そう言ってゼトの腕から下りたクゥフィアは、ぐっと力を込めて魔蟲の群れを睨む。
ゼトもそれに乗じる形で手を後ろで組みつつ、クゥフィアの横に立って姿勢を正した。
その勇ましい子供達の姿にリカルドは笑みを浮かべ、ロドルフォと目配せをすると、今度は二人してボンドに視線を移す。
「ボンド、お前も手伝ってくれ」
「ハイ!誠心誠意尽力させてもらいマス!」
「ま、待って下さいリカルドさん!このボンドはともかく、子供を戦わせる気なんですか!?」
普段の彼らしからぬ判断に戸惑うカミュロンだが、したり顔で笑われて逆にたじろぐ。
この顔をした時のリカルドは、大抵何か策がある時なのだ。
「中々どうして、侮れんガキどもだぞ?」
そう言われるのであれば、もう反論の余地はなかった。
それぞれが各々の武器を構え、拳を握って、此方へ走ってくる人々を背後に見送ってから、魔蟲達の行く手を阻むように立ち塞がる。
たった六人と一匹に対して、向こうはざっと見たところ十五匹ほど。
そしてまだまだ建物の影や街道、空からも、それと同じぐらいの数が此方へ向かってきている。
ノルマは一人につき、4~5匹といったところだろうか。
「総員、出来る限りの最短時間で事に当たれ。敵は数万以上も居る。一撃必殺を狙うつもりで行かねば体力が持たんぞ。ソフィアの結界が完成するまで、この大聖堂への道は絶対に死守する様に」
「りょ!」
「うん!」
「お任せ下さい」
「避難民の安全確保ができ次第、全員で直ぐにアリステアを追う。それからが正念場だ。良いか?死ぬ必要はないが、死ぬ気でかかれよ」
「言われなくても」
「勿論です」
「頑張りマスね!」
「良し、それでは行くぞ。【魔王蟲討伐部隊・エスポア】、任務開始だ!」
「「「「「「オー!!」」」」」」
全員が掛け声と同時に駆け出していく。
魔蟲側も甲高い声を挙げて一斉に攻撃をしかけてきて、正に戦争と言うに相応しい、人間と魔蟲による熾烈な戦いが繰り広げられていった。
この魔蟲大進軍の侵攻は、まだ始まったばかりである。
「ねえ!今更なんだけどニナは何処で何してるの!?アイツだけ何で来てないわけ!?」
キキュルーのその疑問に、カミュロン以外の全員が「あ」と同時に声を上げた。
最大戦力である筈の彼だけ王都の入口に置いてきてしまったのを、すっかり忘れていた。
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