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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

暗黒爆弾シリーズ

景渕総理の異世界な少子化対策

作者: 風風風虱

 財源無視の少子化対策 野党 猛反発

   砂上の楼閣 ならぬ 詐称の老害!


 景渕(かげぶち)総理

    支持率28%! 最低を更新


 妄言妄想と野党 激しく追及

     景渕内閣 まさに 崖っぷち 


 支持率 19% 

   危険水域をとうに超え

     総辞職 解散 秒読み?!


 そんな新聞の見出しが踊るテーブルを佐伯さえき冴子さわこはなんとも言えない面持ちで眺めていた。

 ため息をつくと散らばった新聞をかき集め始める。


「おーい、佐伯君」


 振り返ると内閣総理大臣書記官の早良丸さわらまる泰斗たいとがいた。


「総理、見なかった?」

「いえ」

「うーん、困ったな。後1時間で記者会見なのに」

「いないんですか?」

「いないんだよ。会見の内容を聞いておかないと予定が立たないから困るんだよなぁ」

「今回の会見ってやっぱり……」


 冴子は『退陣』という単語を飲み込んだ。迂闊な言葉を発して今の立場を悪くする訳にはいかない。秘書官の助手でしかないがようやくつかんだこのポジションを活用してキャリアを積まねばならない。


「じゃないのかね。もう、ずっと国会は空転しているからね」


 早良丸もまた、用心深く言葉を避けながら答えた。


「いろんなところから圧力プレッシャーかけられてるらしいし。

起死回生の少子化対策もそれだしねぇ」


 早良丸の視線が冴子が持つ新聞に注がれた。

 

「そうですか……」


 個人的にはしがみつきたいが状況が許してくれそうにない。冴子はつきそうになったため息を噛み殺し、この仕事は感情を表に出してはならない、と己を叱責した。常にクールに淡々と。それが政治の世界で生き残る鉄則だった。


「その辺は御本人が熟慮して判断されることだ。我々が余計な口を挟む事ではない。

それよか、一緒に総理を探してくれ。

官邸からは出てないと思うから。僕はこっちを見るから、君は奥の方を頼む」


 そう言うと早良丸秘書官は去っていった。

 一人残された冴子は少し物思いにふける。

 異次元の少子化対策といって、子供を持つ家庭に補助金を、とばらまくだけというのは国民を、もっといえば女を馬鹿にしていると冴子自身は思っていた。

 ないよりはよいが、問題解決の本丸はそこではない。

 それ以前の問題なのだ。

 つまり、少子化の根本原因は子供をつくってからのことではなく、その前段階、すなわち子供を作ろうとするところから何とかしなくては解決にはならない。と冴子自身は思っていた。

 そして、子供を作ろうと思う気持ちを起こさせるのは日々の暮らしの安定、心の平静の確保が最優先だろう、と思うのだった。

 もちろん、そんなことはたやすくできることではない。財源がいくらあっても足りないだろう。だからといって、補助金の上限を上げたり適合範囲を広げただけで異次元などと称するのは片腹痛い。

 まして声ばかり威勢が良いばかりでその財源はこれから考えます、となると馬鹿にしていると言われても返す言葉もないだろう。


「なにかズレてるのよね」


 冴子は新聞をゴミ箱に放り込むと総理を探しに部屋を出た。


「総理……景渕総理。お見えになりませんか?」


 幾つかの部屋を探し回り、遂に最後の部屋のドアを開けた時だった。


「…… なにこの臭い」

 

 今まで嗅いだことのない臭いに思わず手で鼻を覆った。獣の脂が焦げたような臭いに甘ったる過ぎて悪臭に傾いた薔薇の香りを混ぜたような異臭が部屋中に充満していた。

 部屋は薄暗く、不安定なオレンジ色の光がゆらゆらと揺らめいている。

 蝋燭の光のようだ。

 薄暗さに慣れた目には、置かれていたテーブルやソファが全て部屋の片隅に片付けられ、代わりに5本の蝋燭立てが置かれているのが見えた。部屋を照らすのはその蝋燭立てに置かれた蝋燭の焔だけのようだった。天井の照明は点いていない。

 入口すぐにあるスイッチを押してみたが照明器具はなんの反応も示さない。


「総理……いるんですか……?」


 一体誰がこんな頓狂な模様替えをしたのかと、冴子はいぶかしがりながら部屋に足を踏み入れた。


「なにこれ?」


 部屋に入るとすぐに床になにかが描かれている事に気がついた。

 直径3メートルほどの円だ。

 その円の中には文字なのか模様なのか判然としない見慣れぬ記号が無数に描かれていた。5本の蝋燭立てはその円周に沿って立てられている。 


 魔方陣


 そんな単語が浮かんだが冴子はぶるぶると頭を振ってすぐさまその思いつきを振り払った。日本の首相官邸の一室にそんなものがあってはならないのだ。だがならば、と冴子は自問する。

 

 では、これなんなのか?

 誰が描いたのか?

 ここは眼前に総理のプライベートスペースだ。ならばこれは描いたのは首相なのだろうか?


 疑問が次々と湧いては答えを得ずに消えていった。

 分かったことは、床の紋様を見ているとなんとも言えない不安な気持ちにさせられる、という事だった。

 直感がこれは自分が今まで生きていた世界と相容れないものだと言っていた。

 こんなところは一刻も早く立ち去るべきだと思った矢先、冴子は更に奇妙な『もの』に気づいてしまった。

 壁にぽっかりと穴が空いていた。

 勿論、前にはそんなところに穴など空いてはいなかった。少なくとも昨日この部屋に入った時になかった。

 冴子はじっと穴を見詰める。

 穴の形はほぼ長方形。ちょうど壁につけられた扉のような大きさ、形ではあったが、一目で普通ではないと感じた。

 黒いのだ。それも尋常ではない黒さだった。

 普通黒いとしても黒い形としては認識できるものだ。それは黒くても僅かながらに光を反射するし、色合いも微妙に違っているところからくるのだが、それがこの穴の黒さには一切当てはまらなかった。前にどこかの研究所で光を殆ど反射しない材質を見たことがあったが、それに近い。いや、それ以上かもしれなかった。

 近寄って見てもそれが壁に貼り付けられた薄っぺらな板にも見えたし、反対にどこまでも続いている洞窟の入り口にも見えた。

 手を触れてみたいという好奇心と見慣れぬものに本能的に感じる恐怖感が冴子の中でぶつかり合い拮抗する。それでも好奇心が勝ったか、ゆっくりと壁の穴へと手を伸ばす。

 微かに震えながら穴へと伸びる手。

 後、数センチで触れると思われたその瞬間、突然穴から人が涌き出てきた。

 比喩でもなんでもなく、黒い水面からさざ波1つ立てずに浮き上がってきたようにその人は音もなく涌き出てきた。

 余りの唐突さに冴子は悲鳴を上げて、無様に床に尻餅をついてしまった。


「佐伯君か」


 穴から現れたその人は言った。景渕総理だった。


「そ、総理……」


 心臓が喉から跳び出てしまいそうで、それだけいうのがやっとだった。

 総理は床に這いつくばっている冴子に手を貸すこともなく、その横を通りすぎた。

 冴子は追いかけようしたが膝に力が入らず立つことができなかった。いわゆる腰が抜けた状態だった。

 

「ま、待ってください、総理!

こ、こんなところでなにをされていたのですか?

そ、それにあの穴!

あれはなんなのですか?!」


 四つ這い状態で総理に問いかける冴子。そこでようやく景渕総理は足を止め、冴子の方へ振り返った。

 

「佐伯君。君はどうして働いているんだね」

「はい?」

 

 前後の脈絡を欠いた質問に冴子は戸惑った。

 何故自分がこの瞬間、こんな質問に答えねばならないか理解できなかった。もちろん総理の意図も。だが総理の眼力は冴子から『拒絶』の2文字を封印するのに十分だった。一国の最高責任者とはそういうものだ。冴子は身震いをするとおずおずと口を開いた。


「そ、それは自分の生まれ育った国が好きで、自分もなにかこの国や国民の幸せを守ることができないかと、考えて……」

「ああ、そう言う模範回答的なものは良い。

そう言うのを聞いているのではないよ。

そんなのはわたしだって同じだよ。

この国のため。国民のため。

平和、幸福、財産、権利。そう言うものを守ろうと頑張っている。

わたしが聞きたいのは、女の君がなんでそんな大それたことをしようとするのか? ってことだ」

「大それた……こと?」

 

 冴子の背筋にぞわりと悪寒が走る。それは、いつでもどこでも肝心な時に現れて冴子の努力を踏みにじっていく例の言葉だった。


「そんなのはわたしらがやるよ。

女がしゃしゃり出てくることじゃあない。

女は大人しく結婚して子供を産んでいれば良いんだ。

そう思わないか?」

「社会の構成員の半分は女性なんです。だから女性の感性や声を社会の仕組みに取り入れることは社会全体の幸せをにとっては――」

「能書きはいいんだよ」


 冴子の熱弁は総理の怒鳴り声に掻き消された。


「そんなことはコッチで考えている!

折角考えてやってもお前らときたら批判批判批判、反対反対反対ばかりでうんざりだ。

君みたいに社会に出て働いてってのがみんな素直に子供を産んでいれば私らが少子化対策なんか考えなくても済むんだよ!」

「お言葉ですが、女は子供を産むための道具ではありません」


 聞くに耐えない暴言に目眩を感じながら、冴子は反論する。が、それが更に景渕総理の怒りに火をつけた。


「道具なんだよ!

昔も、今も、これからも女ってのは子供を産むためだけの存在なんだ。それ以外に価値はない」


 わめき散らす総理を眼前に冴子は薄ら寒い思いを感じた。追い詰められた時に人は本性を剥き出しにするとは良く言うが、今が正にその時なのだ、と冴子は思った。


「あなたは総理失格です」

  

 我ながら落ち着いた声だと思う。

 さっきまではこの仕事にしがみつき、次のキャリアの糧にしようとばかり考えていた。そのためなら、どんな理不尽なことにも耐え、従おうと思っていたが、こんな姿を見せられては黙ってはいられない。黙認するのはこの国や国民に対する重大な背任行為になる。すなわち冴子が国家公務員となる根元に関わる。


 いや、違う!


 冴子は心の中で激しく首を横に振った。

 この男は女を子を産むだけの道具と言いきった。事は冴子個人の生き方云々に留まらず、全ての女の尊厳に関わる話に及んでいるのだ。そして、そもそも冴子の人生進路の根元にはこの、女の尊厳、価値に対する社会の偏見、束縛を失くしたいという想いがあった。

 この男の暴走を止めねばそれは即ち冴子の自己認識アイデンティティーの放棄になる。

 ここは一歩も退くわけにはいかない。冴子は激昂する総理の顔をまともに睨み付けた。


「あなたは総理失格です。

少子化問題の本質が全く見えていません」

「本質?

子供を育てるための資金は十分くれてやると言っているじゃないか。

それ以上なにか不満なんだ。どうせ女の勘とかなんとか適当で根拠のない感情論だろう。

話が長い上に不毛な議論ばかりだ」

「違います。私たちは子供を産み、育てる時の安心感が欲しいのです」

「安心感? だから支援金を出すと言っているだろう」

「そうじゃありません。

女が子供を作る、産むということには様々なリスクがあるんです。男の総理にはお分かりにならないでしょう。

家庭を持って子供を作ったけれど、夫のDVを被るかもしれないし、浮気して逃げられる可能性もある。それがなくても結局育児の負担は女一人がしょい込むことになったりするんです。今の社会の仕組みではとかく女が払うコストが高過ぎるのです。

まず最初に手を入れるべきはそれらに対するケアです。お金を出して良しなんていう考え自体が既に種を蒔いたら後は知らないっていうオスの発想なんです」 

「黙れ、佐伯君。秘書官ですらない君がおこがましいだろう」

「いいえ、黙りません。秘書官とかそういう立場ではなく、一人の女、いいえ、人として言わせてもらいます。あなたは総理失格です。今すぐ退陣されるべきです。財源の当てすらない安易でいい加減なお金のばらまきが異次元の政策などとそれこそおこがましいです」

「異次元だと?!」


 『異次元』という単語を聞いた瞬間、景渕総理の表情が一変する。紅潮していた顔がすっと引いて、むしろ青白くなった。いからせていた肩の力もだらりと抜ける。


「異次元か、佐伯君。異次元はもうやめたんだよ」


 景渕総理はまるで独り言のように静かに言った。。その豹変ぶりに狂気じみたものを感じ、冴子の背筋に悪寒が走った。


「これからは異世界だよ。異世界。異世界の少子化政策だ!」

「異世界?」


 正直意味が分からなかった。異次元も異世界も従来の常識ではないという意味合いだろう。であれば意味は変わらない。


「異次元を異世界と言いつくろっても同じです。そんな言葉遊びで誤魔化せると思うなんて国民は馬鹿にするのにも程があります!」

「誤魔化す? そんな気は毛頭ない。私は考えたのだよ。

なにをやっても子供作らないっていうのなら、強制的に作らせばいいとね」

「強制的に作らせる……」


 言っている意味が今一つ理解できない。あちらこちら話が飛んで全体像がつかめない。総理は精神に変調をきたしてしまっているのではないのかと冴子は本気で疑い始めた。

 だとしたら二人きりでいるの危険だ。今すぐ部屋から出て人をよぶべきだと冴子は思った。ようやく膝に力が入るようになったので起き上がって歩くことは問題なさそうだった。

 問題なのは部屋のドアの前に総理が立ちふさがっていることだ。これをどう切り抜ければいいか、と考えを巡らせる。

 と、変な匂いに気が付いた。

 ロウソクの燃える悪臭とはまた別の臭い。

 微かな栗の花の臭い。

 臭いは冴子の後ろから漂ってくるようだった。

 振り返ってみたがにわかには異臭の元は分からなかった。背後にあるのは壁だけ。そして、さっきの謎の穴だけだった。

 だがすぐに臭いはその穴から漂ってくることに思い当たった。

 冴子は墨よりも黒いその穴を見詰める。

 と、漆黒のカーテンに2つの光が現れた。

 それは暗闇に光るケダモノの眼だ。アッと思う間もなくもう一対が闇の中に現れた。

 そして、その横。

 また横に。さらに斜め上。斜め下に、とみるみる増殖していった。一息つく間もなく穴全体が不気味な光を放つ眼に覆われた。


「異世界から召喚したのだよ」


 背後で景渕総理の乾いた声が響いた。それを合図にするように穴から異形の生き物が姿を現した。

 人の形をしていたが肌はまだらな緑色。大きさは小学生高学年ぐらいだが顔は悪鬼の如く醜悪。が、それ以上に醜悪なのは股間に屹立した――


「ひっ!」


 それを目撃した冴子の喉から悲鳴が漏れる。


「ゴブリンだよ、佐伯君!」


 総理のどす黒い歓喜に満ちた声が冴子の悲鳴を上書きする。


「異世界の精力絶倫の種族だ!」


 穴からゴブリンたちがわらわらと涌き出てくる。

 さき程の異臭がぐっと濃くなり、冴子は激しくむせ返った。穴から出てきたゴブリンたちは冴子を見つけると奇声を上げて近づいてくる。

 本能的に危険を察知した冴子は慌てて逃げようとするがすぐに捕まり床に組伏せられた。小柄だが力は恐ろしく強い。


「止めなさい! 止めて」


 あっという間に複数のゴブリンたちに手足を捕まれ冴子は身動き取れなくなる。大声を上げ命令するがそもそも言葉を理解できるかも分からない。


「総理、助けてください!」


 僅かに動く首を景渕総理に向け助けを求めるが、総理は冷たく見下ろしたまま、まるで動く気配を見せなかった。

 ゴブリンたちの手が襟元やスカートに掴む。ビリビリの布が破れる音が部屋中に響いた。


「メスを見つけたら見境ない連中だ」


 冷ややかな景渕総理の声。

 一方、冴子は大声を上げ渾身の力でもがく。しかし、次々とのし掛かってくるゴブリン達になすすべもない。


「止めて、止めなさい!

こ、こんなこと絶対に許されませんよ。

総理! 今すぐ止めさせてください」

「落ちつきたまえ冴子君。

まあ、話は子供のひとつも産んでから聞くとしよう」

「やだ! 止めて、止めて。ひぃ!!」


 体を無数の手が撫で回す嫌悪感に冴子は悲鳴を上げる。その声を聞きながら景渕総理は満面の笑みを浮かべた。


「どうだね。異世界な少子化対策の()()

後は彼らが勝手にやってくれる。我が国の出生率は飛躍的に増大するぞ!

財源を必要としないところなどまた素晴らしいだろ?

あははははは

あははははは

あはははははははぁ」

 

2023/06/05 初稿


これはフィクションであり、実在する人物や組織とは何の関係もありません

また、あらゆる犯罪行為を肯定することも、助長する意思もありません

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