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The World Tree  作者: GUM
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Break out of the Cage ーYamato Ver.ー

20XX年4月3日 アメリカ CA ワールドツリー警備部社屋


 ASと仕事をした日から8ヶ月後の現在、おれは海辺の小さな町にある民間軍事会社の前に居た。愛車の隼と、爺ちゃんに譲ってもらった「鬼斬丸」も一緒だ。どちらも輸出手続きをして受け取って来たが、正直持ち主より金と時間が掛かった……。

 社屋は郊外の丘の上に建っていて、周りに建物が無いので太平洋が一望出来る。物々しい有刺鉄線の取り付けられた背の高い塀が無ければ、レゲエでも聞こえてきそうな雰囲気だ。ゲートに近付くと隼の排気音に合わせて重低音が響いてきた。流れていたのはラテン音楽じゃなかった……。

 ゲート入り口の詰所の屋根に寝っ転がってご機嫌でパンク・ロックを歌っていた人物は、おれに気付くと跳ね起きて手を振った。おれも片手を上げて応える。rockerは身軽に屋根から飛び降りると、

「久しぶり!本当に来ちゃったんだねぇ!」

 と歓迎してくれているんだか迷惑がっているんだかよく分からない挨拶をした。

「AS!元気そうでよかった!」

 フルフェイスヘルメットのシールドを上げて戦友に笑顔を向ける。初めて来た地で知った顔に会うのは嬉しいものだ。

「そうだね、まだ元気に生きていてよかったね!死んじゃってたら君の教育担当がいなくなっちゃうところだったし!」

 ……仕事内容が危険を伴う物なので、強ち冗談とも言えない。実際命を落とした隊員も居るようだし。

「さてと、それじゃ私めが案内役を務めさせて頂きますよ。おっちゃん、ゲート開けて!」

 ASが窓を叩いて、詰所内に控える警備員に声を掛けた。

「ワールドツリーへようこそ!てかお前らさっきからブンブンガンガンうるせえよ!さっさと行ってくれ!」

 警備員は窓を開け、こちらも歓迎なんだか捨て台詞なんだか分からない台詞と共にゲートの開閉ボタンを押した。踏切の親玉のようなゲートが開くと、ASが

「まずは駐車場を教えるね!後ろ乗っていい?」

 と、隼のリアシートを指差してきた。頷くと左右のステップを下ろして「失礼しま〜す」と言いながらヒラリと飛び乗った。おや?モーターバイクは持っていないらしいけど乗り慣れてるな。

「ゲートを通ったら右に真っ直ぐ進んで!突き当たりにでかい倉庫があるからその端っこに停めてね」

 ASの指示通りに進む。ここは会議室や事務室などの業務を行う社屋の他に、食堂や隊員の個室などの生活スペース、そしてトレーニングルームや武器庫、射撃場なんてのもある。そんな訳で敷地は広く、ゲートからASの言った倉庫に辿り着くまで800メートルくらいあった。これは移動が大変そうだ。

 倉庫はガレージも兼用していて、社用車と思しきハンヴィーやグラディエーターが置いてあった。その角に隼を停めると、整備士欲が疼いて近付こうとしたが、ASに

「車は後で!申請すれば貸して貰えるからその時好きなだけ眺めて!」

 と怒られたので、しょんぼりしながら着いて行った。項垂れるおれに同情したのか面倒になったのか、景気付けにASが言った。

「モーターバイクは屋根のある所に置いた方がいいと思うからさっきの倉庫を使っていいよ、ってえんちゃんが言ってた。よかったね〜!車も弄れるよ!」

 弄っていいのか!?チラッと見ただけだけど道具も揃っていそうだったし……っていかんいかん!さすがに社用車を弄りまわしちゃ駄目だろう。

 倉庫の前は駐車場になっていて、社員たちの車が停められていた。クラシックカーからスポーツカーまで揃っていてここも興味津々だったが、また案内人に怒られるので名残惜しいが通り過ぎる。

 隣は居住区で、社員寮が2棟並んでおり、ジムと食堂を挟んで管理棟が建っている。管理棟が警備部本部で、所謂「会社」部分なのだそうだ。その先には射撃場と備品室(武器倉庫)があるらしい。

 ASは管理棟内に社員証をかざして入ると、事務室におれを招き入れた。

「ここが管理部。備品を借りたり荷物を受け取ったり、何か困ったことがあればここに来てね。まずは手続きをして社員証を貰って。そうしたら1人でも移動出来るから。じゃあオレは社内にいるから何かあったら呼んでね」

 そう言ってASは去って行った。一日中付き合わせる訳にはいかないので仕方がないが、こう広いと迷子になりそうで心配だ(おれが)。

 とりあえず入隊手続きをして、社員証(これが自室の鍵にもなるらしい)や制服、通信用端末等を受け取ると、寮に移動して自分の部屋に荷物を置いた。おれの荷物はバックパック1つに収まる量なのですぐに片付いた。今日は自由に過ごしていいと言われているものの、上司には挨拶をしておくべきだろうと思い、制服に着替えるとまた管理棟に向かった。

 制服の着用は強制では無いが、汚れることが多いので私用で出掛ける時以外は着ている隊員が多いようだ。実際すれ違った隊員も、事務方以外は皆制服姿だった。と言ってもこの時間は殆どの人員が出払っているらしく、数名しか見かけなかったが。制服は黒一色の作業服で、基本は上着とパンツのセパレート型だが、ツナギもあって、学生時代に実習で毎日着て馴染んでいたのでこれを選んだ。そういえばASはハーフパンツだったので、数種類バリエーションがあるらしい。ファッションに拘りのある人が居たのだろうか。

 制服と一緒に貰ったタブレットに館内図が入っていたので、それを見て施設長室にやって来た。ここが警備部部長の部屋だそうだ。いきなり部長に挨拶と言うのもどうかと思ったが、そもそも警備部には部長以外の役職が存在しないので――個人や少人数でのミッションが多いので上下関係を付けづらいからだろう――上司はこの人しか居ないのだ。そんな訳で給料は階級ではなく任務の数や成果によって評価される。営業職みたいだ。

 アポイントを取っていないので在室しているか不明だが、とりあえずノックしてみた。

「どうぞ」

 と返事があった。いらっしゃるようだ。

「失礼します」

 と言ってドアを開ける。職員室に入る生徒の気持ちだ。そういえば高校生の時、体育教官室に入るときはドアの前で学年とクラスとフルネームを名乗るのが決まりだった。まるで軍隊だ。なんて懐かしい回想をしていると、

「大和くんだね?遠い所から来てくれてありがとう。実際に会うのは初めましてだよね」

 と、教官とは正反対の柔和な笑みを浮かべて部長が声を掛けてきた。

「アレクサンダー・ナッシュビルです。一応警備部の部長だけど、みんなアレックスとか隊長とか呼ぶから君も好きに呼んでね」

「東堂大和です。じゃあ隊長と呼ばせてもらいますね」

 入社にあたってやり取りしたのはASだが、給与等の条件は隊長と話をした――但しビデオ通話越しだったが。その時も感じたけれど、元傭兵だったとは思えない爽やかな人だ。部下は歴戦の猛者ばかりだろうから舐められやしないか心配になってしまう。まあ大丈夫だからここに居るんだろうけど。

「お!それが噂の刀だね!」

 隊長はおれの肩越しに覗く「鬼斬丸」の柄を興味深く見つめた。日本でASに同行した時と同じく、剥き出しはさすがに目立つのでカバーを掛けてスリングで背負っている。それでもやはり目がいくようだ。ASのキャディバッグみたいにおれもギターケースの方が良いだろうか。ただ、それだと取り出すのにもたつくんだよなぁ……。

 おれは「鬼斬丸」を背中から降ろすと、カバーを外して鞘に収めたまま隊長に見せた。このケースは爺ちゃんと試行錯誤しながら作った特注品で、背負ったままワンタッチでボタンを外して抜刀出来る様になっている。本当はそれを披露したかったが、いきなり刀を抜いたらイカれた奴認定――どころか場所が場所だけに射殺されそうなのでやめておいた。

 隊長は太刀を受け取って

「あれ、意外と重たいんだね!」

 と言って驚いていた。

「コイツのせいでASが迷惑を被ったから持ってくるのは迷ったんですけど……」

「いやいや、ASも迷惑だなんて思っていない……訳でもなさそうだったけど。まあ彼は文句が挨拶みたいなものだからあまり気にしなくていいよ」

 隊長は笑顔でさらりと毒を吐いた。この人も一癖ありそうだな……。

「君とASの一件以降体制が変わって、必ず2人以上でチームを組むことになったんだ。イレギュラーな事態が発生しても対応出来るようにね」

 そう話しながら、隊長はおれに刀を返した。

「ASとコンビを組んでいるのがラルフで――ASは「えんちゃん」って呼んでいるね――ASをうちに連れてきた子なんだけど、君は一先ずそこに加わってもらうことになるよ。ラルフは無愛想だし取っ付き難いかもしれないけど、実質副隊長と言ってもいいくらい経験も実力もあるから学べる事は多いよ。みんな同い年だし仲良くやってね」

 ASから度々話は聞いていたが、隊長の所属していた傭兵部隊のボスの息子が「えんちゃん」で、3度の飯より戦が好きな戦争屋だそうだ。――大丈夫だろうか、おれ。経験を身に付ける前に天に召されやしないだろうか。

「大丈夫、君も俺とASが認めた実力者だ!きっと上手くいくさ!」

 おれの気持ちを察してか、隊長は励ましてくれた――が、ASがおれを評価してくれているのかは疑問だ。入隊したいと志願した時嫌がっていたからなぁ。自分のタスクが増えるのが面倒なだけかもしれないが。

 兎に角えんちゃんとも会ってみるべきだろう。

「えんちゃん……ラルフは今日社内に居るんですか?」

「車もあるし居る筈だよ。多分射撃場か武器庫に居るんじゃないかな。ここに呼ぼうか?」

 淀みなく答える隊長。隊員は60名くらい居るが、全員の行動を把握しているのだとしたら余計な事は出来ないなと実感した。

「いえ、社内の様子も見たいし自分で行ってみます。ありがとうございました」

「OK!頑張れよ!」

 笑顔で手を振り、保育士のように送り出してくれる隊長と別れ、おれはまず射撃場に向かった。

 射撃場はハンドガンやサブマシンガン用の近距離(10〜100ヤード)、アサルトライフル用の中距離(100〜500ヤード)、スナイパーライフル用の長距離(600〜800ヤード)と3箇所ある。近、中距離は屋内の設備で、どちらも固定的と移動的があるそうだ。長距離はオープンレンジになっている。なんでこんな軍隊並みに射撃場が充実しているんだ……。そして管理棟から繋がる長い廊下を歩きながらはたと気付く。おれ、ラルフくんの顔知らないじゃん!やっぱり隊長に呼んで貰えばよかった……。

 困った時はもう1人の先輩に頼ろう!と言う事でASに電話を掛けた。

「はいよっ!どうしたっ?」

 と何故か威勢よく出てくれたASに

「一緒にえんちゃんを探して!」

 と泣きついた。

「え、マジでどうしたの?えんちゃんならすぐ側に居るけど……」

「よかった!今何処にいる!?」

「第2射撃場。500ヤード射場だけど、場所分かる?」

「OK!すぐ行くからそこを動かないで!」

「Aye, aye, sir!」

 まるでえんちゃんが指名手配犯かのようなやり取りをしながら第2射撃場に向けてダッシュする。

 射撃場の近くに着くと、ASがドアから顔を覗かせていた。

「おー!本当に来た!早いねー!ご苦労ご苦労!」

 と言いながらイヤマフを渡してくる。おれは受け取りながら

「遠いよ!」

 と嘆いた。社内の移動でも車かモーターサイクルを使った方が早そうだ……。

「体力つけられていいんじゃない?てかそんなに急がなくても誰も逃げないよ!」

 ASはケタケタ笑いながら場内に入って行った。おれもイヤマフを装着してついて行く。場内にはダン!ダン!と銃声が響いていた。

「よく電話に気付いたね?」

 とASに声を掛けると、

「オレはモニタールームに居たから」

 と、隣のガラス張りの小部屋に顔を向けた。てっきりASも射撃練習をしていたのかと思ったが、モニター前の椅子に腰を下ろして、もう一脚の椅子の上に置いた箱からチョコレートバーを取り出してムシャムシャと食べ始めた。床には包装が散乱している。相変わらずだなぁと呆れながら画面を覗くと、射撃の標的に弾が穿たれる様子が映し出されていた。殆ど――と言うより全てが円のほぼ中心に当たっている。

「すごいよねー!これ距離500ヤードで、アイアンサイトで撃ってるんだぜ」

「スコープ無しで!?こんなに当たるものなの!?」

 驚いた!おれも10歳くらいの頃、父親と射撃場に行って拳銃を撃ったことがあるが、全然当たらなくて結局ターゲットを目の前に移動してもらったという切ない思い出がある。これは大人がやっているし、使っているのも小銃だからレベルは違うが、それを加味してもおれにはとても真似出来ないだろう。

「これ撃ってるのがえんちゃんだよ。ほら、あそこ」

 と言って、射座に立つ大柄な男を指差した。ちょうど撃ち終わったらしく、マガジンを外してからこちらに歩いて来た。眼光鋭い男が、弾が抜かれた状態とは言えライフルを抱えて近付いてくるのはかなり威圧感がある。ハンズアップをすべきか、敬礼をすべきか……。

 ASは片手を上げて

「おつー!」

 と言った。その気軽さが羨ましい。

「やまっち来たよー!」

「東堂大和です。初めまして。」

 ASに適当に紹介されたのですかさず訂正する。

「よう。俺は――」

「えんちゃんだよー!」

「ラルフ・エイブラムスだ。よろしく」

 ラルフくんは割り込んできたASを睨んで名乗った。ここでシンパシーを感じて固く握手を交わした。ある意味緩衝材になってくれたASには感謝だ。

 シューターはモニター画面を見て自分の記録を確認すると、

「外したか」

 と呟いた。

「どこが?バッチリじゃん」

 とASが問うと、8点の枠に入った一発を指差し

「ここだ。中心から4インチもずれている」

 と不満そうに答えた。

「え?」

 思わずハモるおれとAS。

「500ヤード先の的だよ?4インチなんて誤差でしょ?」

 ASはおれの言いたいことを代弁する。

「静止した的だぞ。中心に当てるのが当然だ」

 さもありなんといった顔で断言するラルフに

「えー!オレは黒いとこ(中央の10点部分)に当てるだけでも難しいけどなぁ」

 とASが言った。おれも頷く。そこでおれの存在を思い出したらしいラルフが、

「お前、銃は使えるか?」

 と聞いてきた。

「いや、子供の頃に22口径を撃ったことがあるけど悲惨な結果だったよ……」

 当時の恥ずかしい記憶を再び掘り起こされて俯くおれ。

「初めてならそんなもんだろ」

 とラルフに言われたが

「そうなのかなあ?」

 としか答えられない。少なくとも才能は無さそうなんだが……。

「とりあえずお前も接近戦タイプか」

 ラルフはおれの背中の大太刀を見て腕を組んだ。

「オレと被るねー!」

 ASがチョコレートバーを頬張りながら言う。そういえばASは格闘技が得意なんだっけ。この間はロケットランチャーをぶっ放していたけど。

「コイツもうちに来て銃火器の使い方を覚えたんだ。お前も慣れれば使えるようになるよ」

 と言ってASを突いた。

「え、そんなんでいいの?」

 もっと海兵隊の訓練並みにビシビシ鍛えられるものだと思っていたので拍子抜けする。あ、でも確かにASはそんな厳しい訓練に耐えられそうなタイプじゃないよな。

「俺たちはオーガ退治がメインだからな。どうせ威力の弱い銃じゃ歯が立たないし、無理に覚える必要は無ぇよ。使いたきゃ教えるけどな」

 おやおや?

「なんだ!ASが「戦争屋」なんて言うもんだから、もっと怖い人かと思っていたけどそんなことないな!」

 おれはほっとして笑みをこぼした。

「ほう、そんなことを言っていたのか?」

「え?いやだなぁ!言葉のあやだよ!」

 ラルフに睨まれてASは慌てて手を振った。

「そういえば俺には「大和は普段は大人しいがいつ暴発するか分からない不発弾みたいな奴」とか言っていたな」

「なっ!?お前失礼過ぎるだろ!何だよ不発弾って!」

「まあまあ、落ち着けって!オレたちこれからチームになるんだし仲良くしようぜ!な!」

「お前が言うな!」

 2人に怒られてしょげるAS。自業自得だ。



20XX年4月5日 アメリカ CA サンフランシスコ近郊


 ラルフの運転するハンヴィーの後部座席に揺られて、真っ暗で何も見えない車窓をぼんやり眺めていたおれは、ふと腕時計に目を落とし、蛍光塗料でぼんやりと光る文字盤を見て思わず呟いた。

「あ、日付変わってる。今日おれの誕生日だ」

 それを拾った前席のラルフとASから

「マジかよ!おめでとう!」

 と祝言を頂いた。ASは

「Happy Birthday to You♪」

 と歌いながら自分の足元に置いたバックパックをごそごそと漁り、運転席のラルフも上着のポケットを弄っている。そして

「はい、プレゼント!」

 と言ってASから渡されたのはプロテインバーとコンバットレーション、ラルフからは7.62×51mmNATO弾のマガジンとスタングレネードを貰った。なんでこんな物ポケットに入っているんだよ……。

 この組み合わせ……やっぱり戦争に行けということか。戦争、と言うかオーガハントはおれ自身が望んだことだから構わない。むしろ今回問題なのはその依頼主の方だ。


 3時間程前、眠りかけていたおれに隊長の呼び出しがかかった。同じく呼び出しを食らったASも眠い目を擦りながらぶつくさ文句を言っていた。

「子供かよ、お前ら」

 そんなおれたちを見て、ラルフは呆れて言った。

「ワーキングプアには規則正しく生活することの尊さが分からないんだぁ」

「ん?もしかしてワーカーホリックって言いたいのかな?」

「それっす」

 隊長の指摘に素直に頷くAS。まだうとうとしていて文句にも覇気が無い。いや、張り切った文句も嫌だが……。

「良い子のねんねを邪魔してしまって申し訳ないんだけど、急な依頼が入ったんだ。大和も入隊したばかりなのに申し訳ないね」

「俺たちに回すということはオーガか?」

 ラルフの台詞におれはハッと目が覚めた。こんなに早く初仕事が来るとは!

 元々傭兵だったラルフは警護はもちろん戦地への派遣も対応出来るオールラウンダーだが、おれやASはハンターとしての能力はあるものの、戦場に行ったことなど無い民間人だ。なのでおれたちに割り当てられる仕事は必然的にオーガ関係の物になる。そう考えるとラルフの足を引っ張っている気がして申し訳なく感じるのだが、彼自身も個人的な事情でオーガを追っているらしく、そもそもうちの会社自体がハンターの素質のある者を集めており、当然やってくる仕事の多くがオーガに関わる物なので問題は無いらしい。

「そう。それも今回は子供のオーガの成長した姿が見られる特別版だ!」

「は?どういうことだ?」

 隊長の言葉に首を傾げるラルフとおれ。

「つまりだね、子供の頃にオーガ化してサイ能力を持った人物が成長して、能力を保持したまま大人になった――勿論人の姿で知性や感情を保ったまま――その例を間近で観察出来るってことだよ」

「ええっと、それってつまり、成人した勇くんに会うということと同じ様な意味ですか?」

「そうそう、正にそれだよ。貴重な機会だよね!」

 おれの答えに満足そうに微笑む隊長。

 高野勇くん――8ヶ月前に日本でASが保護したオーガの子供は、現在関東にある保護施設で生活している。今のところ自分と対象物にシールドを張ると言う能力以外は発現せず、性質も大人しい子なのでこのまま問題が無ければ隔離部屋から出られるかもしれないそうだ。今までと同じ様にとはいかないけれど、せめて少しでも自由に暮らしてくれれば嬉しい。

 と言うのも子供のオーガは短命で、大抵が成人する前に亡くなってしまう。体が力に耐えきれなくなることが原因らしいが、だからこそリヒト研究所で反乱を起こした「子供たち」が自由と延命を求めたのだろう。自分の両親がこんな研究に携わっていたと聞かされた時はショックだったし、ますます勇くんに顔向けが出来なくなった。

「で、その珍しいオーガをみんなで見に行くってこと?今回の任務は遠足ってことでOK?」

 勇くんの名前を聞いてようやく目が冴えたらしいASが、いつもの調子で隊長に食ってかかった。勇くんの父親の命を絶ったことに彼なりに責任は感じているようだ。オーガが元人間である以上、背景を知ってしまうといつまでもしこりが残る。全く因果と言うか、長生き出来なさそうな商売だ。

「残念だけど見るだけじゃ駄目なんだよ。逃亡したオーガを見つけて捕獲して欲しいと言うのが依頼主からの要望だからね」

「逃げ出したって、討ち損ねたの?イサミくんパパと同じ状況?」

「だとしたら捕獲しろとは言わないだろ」

 とラルフが言った。おれは確かに、と頷いて続けた。

「めちゃくちゃ恨んでいて、自分たちで止めを刺したいのかな?それか確実に死んだことを確認したいとか……」

「冴えてるね、大和!今回の依頼人との交渉は君に任せた方が良いかもね!」

 やたら褒めてくれる隊長におれは一抹の不安がよぎる。

「……依頼人って誰なんです?」

潮幇ティオ・パンって聞いたことある?」

「中国人?地名ですか?」

「惜しいね。個人名では無くて団体名だよ。香港系のマフィアで、この近くだとサンフランシスコのチャイナタウンでブイブイ言わせている大御所だよ」

 チャイニーズマフィアだと!?およそ生涯のうちに関わることの無い――と言うか関わりたくない――単語に開いた口が塞がらない。

「えーっ!犯罪組織の依頼なんか受けていいの?まあオレも地下格闘技場に居たから人のこと言えないんだけどさ」

 ASの言葉におれは思わず奴の方に目を向ける。そういえば「えんちゃんに誘われて入隊した」と言っていたが、その前に居たのがアングラ闘技場だったのか……。前言撤回。こいつはおれと同じ「民間人」ではない。

「犯罪に加担する訳じゃないから大丈夫だよ。我々が受けるのはあくまでもオーガに関する仕事だから」

 涼しい顔で答える隊長。いやいや、依頼金が発生する時点でまずいだろ!入金はフロント企業を通して行うとしても、隊長は国の組織との繋がりもあるみたいだし(空軍の輸送機に隊員を紛れさせたり)面倒な事になりそうなんだが。傭兵時代のスタンスなんだろうか……。

「そもそもなんでマフィアがオーガの捕獲を依頼してきたんだよ?自分たちで仕留められない程手を焼く奴を今までどうやって管理してきたんだ?」

 ラルフが尤もな疑問を口にする。

「発症した子供を引き取って、生活や教育の支援をしていたらしい。まあそれは表向きの理由で、実際は抗争や犯罪に利用していたみたいだけどね。それで、嫌気が差したのかトラブルがあったのか、その子供が――今は大人だけど――同じ境遇の仲間を連れて逃げ出した上に、構成員を10名殺害したそうだ。だから彼等は血眼になって追っているって訳さ」

「なんだ、じゃあもう好きにやらせておけばいいじゃん。別にマフィアの連中がどうなろうと知ったこっちゃないし、逆に人数が減って平和になるんじゃない?」

 隊長の説明にASがあっけらかんととんでもないことを言った。

「俺もそう思ったんだけど」

 隊長が顎に手を当てて答えた。あんたも思ってたんかい!まあ確かに自業自得だし、マフィアの手助けなんて御免蒙るが。

「追跡が長引けば一般人が巻き込まれる可能性も高くなるし――何より逃亡した片割れがリヒト研究所から流れてきた「子供たち」らしい」

 それを聞いてラルフの顔色が変わった。

「それを先に言え!そいつらの情報を端末に送っておけ!行くぞ!」

 と言って、ラルフはさっさと部屋を出て行ってしまった。

「あーあ、だから言いたくなかったんだよなぁ」

 とぼやく隊長に、

「いや、どうせ伝えなきゃいけないんだから仕方ないでしょ。それより逃亡したオーガは何体いるの?居場所は突き止められているの?」

 とASが冷静に尋ねた。メンバー内でリヒト研究所の事件に巻き込まれていないのはASだけだから、今回1番落ち着いて行動出来るのは彼だろう。

「対象のオーガは2体。どちらもサイ能力を発現した最上位個体で、逃亡を企てた方が20代前半の男、もう1人が10代後半の女性だそうだ。写真は端末に送っておくよ。

 居場所については関係者が包囲網を張っているので、おおよその把握は出来るらしい。今のところフリスコ近郊に居るそうだ」

 隊長の回答に顔を顰めるAS。

「片っぽ女子なのか、やりにくいなぁ」

「ちなみにどちらもチャイニーズで、能力に関しては男が自身の骨を硬質化して武器に変える物、女は遠隔透視とのことだ」

「了解。対処法は向かいながら考えるよ。じゃあえんちゃんのこと追いかけるね」

「うん、よろしく。気を付けてね」

「おう!ほれ、行くよやまっち」

 顔面蒼白のおれを引き摺るようにしてASも退室する。

 駐車場に着くとハンヴィーをぶっ飛ばしてきたラルフに

「遅い!」

 と怒鳴られた。

「人の話は最後まで聞かなきゃダメだよ、えんちゃん」

 と言いながら、装備とおれを後ろの席に押し込むと、自分は助手席に乗り、ラルフに行き先を指示した。道中送られてきた情報を見ながら話し合ううちにラルフは落ち着いてきたようで、ASは胸を撫で下ろしてこちらを振り返った。

「いやー、散々な初陣になっちゃったねぇ、やまっち」

 魂が抜けた顔で頷くおれを見て、

「ありゃ、問題はこっちもか」

 と苦笑いする。

「誰が問題だ!」

 運転席のラルフが怒ると、ASは肩をすくめた。

「自信が無さ過ぎるのも困るけど、有り過ぎるのも問題だね。オレみたいにクールにならないと」

「お前が?……いや、確かに今日はお前が1番冷静だな」

「今日だけじゃないけど!まあいいや。今回は捕獲したいって言われているし、やまっちには不向きだから見学してなよ。先輩方の華麗な活躍を目ん玉かっ開いて叩き込んでおきな!」

 ASは自分をビシッと指差し胸を張る。

「まあ最も――生け捕りが絶対条件では無いからさ、この間みたいにオーガが向かってきたら殺っちゃっていいからね!ほら、正当防衛って言うでしょ?」

 無邪気に恐ろしいことを言ってのけるAS。勇くんの件を引き摺っている奴と同一人物とは思えない……。

「……殺したら過剰防衛じゃない?」

 俺の呟きにASはニヤリと笑った。

「大丈夫、そんなの分かりっこないんだから。それにマフィアに引き渡したらそれこそ殺されるより恐ろしい目にあうかもしれないよ?」

 なんて奴……お前の血は何色だ!

「そうかもしれないけど……人間の姿をしているのを斬るのは流石に無理だって。せめて角とか尻尾が生えていればいいのに」

 隊長の送ってきた写真を見たが、逃亡したオーガ2体はごく普通の東洋人の男女だった。しかも女の子はちょっと可愛い。同じ人種で歳も近い人たちを平気で斬り殺せるような鬼畜にはなれない。特に女子は無理。絶対無理。

「数ヶ月前に子供を斬ろうとしてたじゃん」

 勇くんのことか。

「それは言わないで……」

 グズグズ言うおれを見て、

「おいAS、あまりからかうな」

 とラルフが止めに入った。

「えー!だって本当のことじゃん!このくらいで音を上げていたらどうするのさ、この先!」

 ASが拗ねてブーブー言う。

「誰もがお前みたいに薄情になれる訳じゃないんだ」

「酷いなぁ!こんな心優しい青年を捕まえて!大体人でなし度合で言ったらえんちゃんの方が上じゃん!」

「俺は人に期待しないだけだ」

「そこだよそこ!無関心は最大の罪って言葉知ってる?」

 2人が言い合っているのを横目に、おれはまた静かに思いを巡らせる。ASの言う通り、今後も最上位個体のオーガが現れる可能性がある以上、人の姿をした者に攻撃は出来ないと逃げてばかりはいられない。何より自分をコントロール出来るようにする為に入隊したのだから、戦闘を逃げていては本末転倒だ。とにかく自分に出来ることをやらないと。

 ……でもなあ。やっぱりチャイニーズマフィアと関わるのはちょっとなぁ……下手したらオーガよりそっちの方が面倒な気がする。だって1人と喧嘩したら30人でやり返してくるような連中だぞ。

 悶々とした思いを抱えながら、夜は更けていった。

大和くん社会人になりました。

マフィアをゴッキー扱いしないで!

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