Dance of the Far East ーintervalー
20XX年7月21日 日本 関東某所
ASと大和の待機する集落から5キロ程降った山の麓の町に、オーガの被害を受けた村から避難してきた人々が居た。公民館や学校等の公共施設に身を寄せ合っている中、1人の少年が小学校の体育館の片隅に蹲っていた。
村人たちは誰も一人で居る少年に近付こうとしない。この町や、他所から来たボランティアが、飲料や食料の配給にも来ない彼を心配して声を掛けるものの、少年は俯いたまま顔も上げない。
「ここに置いておくからね。後で食べるんだよ」
皆困ったようにそう言って、持ってきたパンや水を少年の近くに置くと立ち去っていった。それでも彼は塑像の様に動かない。
そんな中、ドタドタと足音を響かせて彼の前に同じ年頃の少年達がやって来た。
「おい!人でなし!」
先頭の気の強そうな、大柄な少年が怒鳴る。他の子供たちは後ろから恐る恐る様子を伺っている。
「お前の父ちゃん、化け物になったのに逃げ出したんだってな!お前のせいで俺たちも、周りの村の奴らも皆迷惑かけられてんだよ!分かってんのかよ、なあ!」
ガキ大将然とした少年の怒号にも全く反応しない少年に、カッとなった大柄な少年が蹲ったままの彼を横から蹴り飛ばした。よろけた弾みに少年は強かに壁に頭を打つ。
騒ぎに気付いた大人たちが慌てて止めに入るが、大柄な少年は肩を弾ませて叫び続けた。
「俺の父ちゃんも母ちゃんも怪我したんだぞ!2人ともまだ目を覚まさないんだ!責任取れよ!」
大人たちは暴れるガキ大将を引き摺るように奥に連れて行き、その後ろを子分のような少年たちが怖々とついて行く。蹴られた少年には一瞥をくれて怪我がないことだけ確かめると、皆声も掛けずに去って行った。
オーガは身近にいた人間に感染はしないが、それでもオーガ化した存在に親しい者を傷付けられた人々は、オーガ化した者の家族に対しても差別や侮蔑の感情を持つことが多かった。唯一の身内だった父親が発症し、孤児になった少年に対しても周囲は冷たかった。少年の父親が近所の人々と折り合いが悪かった事も、閉鎖的な村社会の中では影響が大きいのかもしれない。
少年は壁に頭を凭せ掛けたまま、高い位置にある大きな窓から覗く月をぼんやりと眺めていた。東から登ってきた満月が暮夜の訪れと共に光を増していく様を見ながら、彼は父の言葉を思い出していた。
「知っているか?満月は月毎に呼び名が変わるんだぞ」
そう言って、月の別名と由来を教える父親。そして最後に
「これを友達に教えてやれば、お前もただのぼんやりした奴じゃなくて本当は賢いんだと見直されるぞ!」
と言って笑った。
――今は7月だから月の名前は
「バックムーン。それかサンダームーンだっけ」
少年の呟きに気付いた者は居ない。けれども雲が晴れて月光が差すように、少年の目には少しずつ光が戻ってきていた。彼は満月の日は必ず父と並んで月を見上げていた。人付き合いが苦手で孤独な親子にも、月は温かく光を降り注いでくれた。そして今、彼の脳裏に月を1人で眺める寂しげな父の姿がありありと浮かんだ。
「お父さん、寂しくないよ。今行くからね」
少年は静かに立ち上がり、避難所を出て行った。まだ出歩く人も多く居る時間だが、誰も彼の動向を気にする者は居なかった。不思議と父が何処に居るのかが分かり、迷いの無い足取りで山を目指す。月が沈む前に会わなくてはいけない――その一心で。