May Storm -Abrams ver.-
20XX年5月30日 アメリカ CA ワールドツリー警備部社屋
ASと大和のコンビがロンドンで透明人間事件を解決してからおよそ半月が経った。
「親愛なるアシュリーへ。先日は遠路はるばるご苦労様でした。治安維持への協力をしてくれて、どうもありがとう。久しぶりに元気な姿が見られて安心しました。仲間達にも感謝を――」
「だからっ!要点だけ読んでってば!」
また新たにASの兄から届いた手紙を朗々と読み上げる大和を、本来の受け取り主は地団駄を踏んで制止した。
「しかもなんでアクセントまで兄貴に似せているんだよ!」
「臨場感が出るかと思って」
「そういうの何て言うか知ってる?余計なお世話って言うんだよ!」
「ヤマは名優だな」
仲間のやり取りに思わず口を挟むと、大和はにっこりと笑って
「ありがとう。特技が活かせてよかった」
と言い、ASは俺を睨み付けて、
「えんちゃん、余計なこと言わないでよ!こいつ調子に乗るぜ!」
と不満を漏らした。
「その方が楽しいじゃないか」
「えんちゃんってさ、たまに超いい加減と言うか、呑気だよね」
「心が広いんだよ。誰かさんと違ってな」
ニヤリと笑い小柄な仲間を見遣ると、ASは顔を顰めた。
「じゃあその寛大な心でオレの意見も汲み取ってくれないかなあ?」
不平たらたらなASを無視して、大和は咳払いをすると、
「ではリクエストにお応えして――」
と、AS兄の物真似で手紙を読み進めた。
「やめろって言ってんじゃねえかーっ!」
クッションを被って悶えるAS。
「そんなに嫌がられるなんて、一体兄貴はお前に何をしたんだ?」
「多分嫌な事はされていないよ。むしろあの家でASに一番好意的なのはお兄さんだよ」
俺の疑問に答えた大和に反応し、ASも顔を上げた。
「あれは純粋な好意じゃねえよ!アイツは自分の敵を増やさない為に画策しているだけだ。そして優しい声を掛けていい気にさせて、手駒として利用する為にな。それに、今時手書きの書簡で連絡を寄越すっておかしいだろ?文明の利器を使えっての!」
「同感だ。毎度朗読するおれの苦労を考えて欲しい」
「いや、お前楽しんでたじゃん」
「お前が読めって言ったんだろうが」
また口論を始めそうな奴等に、
「それで、お前たちが捕まえた透明人間について何か分かったのか?ASの兄ちゃんもただの嫌がらせで手紙を送ってきた訳じゃないだろう?」
と声を掛けると、
「そうそう!透明人間ちゃんの動機が判明したって!」
大和が手紙を掲げて見せた。
保護施設に入れられた透明人間は、職員に「アリエル」と名乗ったそうだ。
「ちなみに女の子だったらしいよ」
「マジかよ!?汚ねえ……じゃなかった、ボロい服でボサボサ髪だったから分からなかったぜ」
「君も変な格好していたし人のこと言えないけどね」
その姿を思い出したのか笑い出す大和。ASも当時の記憶が蘇ったらしく盛大に舌打ちして
「それより動機を聞かせろよ!」
と先を促した。
「はいはい、えっとね――」
ウェントワース家長男の報告によると、透明人間こと「アリエル」は、北部の小さい町の出身で、自分を置いて出て行った母親を探してロンドンまでやって来た。イーストエンドには母親と似た雰囲気の人間が多く居た為、あの辺りを徘徊していたらしい。ピンク色の小物を狙っていた理由は、母親が好きな色でよく身に付けていた為、収集するうちに目的の人物まで辿り着けると思ったからだそうだ。
「よく分からない理由だな」
母親が好む物を所持している他人を襲ったところで、ターゲットに繋がる情報が手に入る訳では無いのに。
「8歳の子どもの考えることだからね。そんな行動力があるなら、直接聞いて回った方が早かっただろうに。それかもっと手っ取り早く警察に行くとかね」
「しかも母親がロンドンに居るとも限らないのにな。まあ今更何を言ったところで後の祭りだが」
大和と俺が会話していると、ASは自身の寝転がったハンモックを揺らしながら呟いた。
「なあ、アリエルちゃんのママが失踪したのって男絡みなのかな?」
「そこまでは書かれていないけど、なんでそう思うの?」
「子どもを捨てて居なくなる理由なんて、色恋沙汰か金のどっちかだろ」
「そうかあ?」
俺と大和が同時に首を傾げた。俺の母親も拳銃で自らの命を経ったので息子を捨てたとも言えるが、要因は男でも金銭でも無い。仕事が出来なくなったことが引き金になった。銃だけに……流石にこれは不謹慎か。
大和の両親は自分たちの子どもの一人を気に入らないという理由で出生届も出さず研究所に送り、もう一人も自らの願望の為に手放そうとしたかなりぶっ飛んだ思想の持ち主だが、これもASの述べたどちらにも当てはまらない。
「ああ、君たちの親は責任感と言うか、使命感が強過ぎるが故の行動だったね。有り過ぎても、全く無くても困るな」
「確かにな。いずれにせよ迷惑を被る訳だ。アリエルの母親は、責任感が無さ過ぎるパターンってことか」
「多分ね。オレの母さんと似ているんじゃないかな。もしそうなら――アリエルちゃんがいくら望んだところで、お母さんの愛は得られないよ。男に捨てられたら一時的に戻ってくるかもしれないけど」
そう言って、ASはクスクス笑った。こいつの母親がどういう人物だったのか少し分かった気がする。
「彼女のお母さんはまだ見つかっていないみたいだしね。これだけ騒ぎになれば母親も気付きそうだけど……逆に名乗り辛くなるかな」
「もし駆け落ちだとしたら自分の幸せ優先って事だもの。娘なんて眼中に無いよ」
「……酷い親が多過ぎじゃない?」
「親だって人間なんだし、皆が皆善良って訳にはいかないさ」
眉を顰める大和に、何故か得意げに語るAS。
「それにさ、別に親の愛が全てって訳じゃない。大切に思える存在は、他にも必ず現れるよ。誰だって幸せになる権利はあるんだから」
おお、ワールドツリーの壊し屋とは思えぬ良い言葉を言うじゃないか。大和も感心した様子で頷いた。
「成程ね。じゃあアリエルちゃんにそう伝えるように、ルイスさんに返事を書きなよ」
途端に渋い顔になるAS。たった今良い台詞を言った奴とは思えない。
「なんでそんなことしなきゃいけないんだよ。やまっちが書けよ!」
「それこそ何でだよ」
実家が絡んでくるとあれやこれやと難癖を付けるASを見て、俺はロンドンへ旅立つ前に本人が口にした言葉を思い出した。
「終わらない反抗期ってやつか」
「おおっ!まさにそれだ!」
大和が膝を打った。
「甘えているだけだよ。つまりウェントワース家では可愛がってもらっていたってことだ。我儘を言える場所があって良かったじゃん!でももうそろそろ大人になりなよ」
「勝手なことを言うな!オレは大人だーっ!」
クッションを振り回して大騒ぎするAS。どう見ても大人の振る舞いではない。
しかし、ASが子どもっぽいままなのは、実家に引き取られる以前の、彼が決して触れたがらない過去に原因がある気がする。実母が亡くなったことか、或いはそれ以前か。
俺は親父と比較されることが嫌で、早く力のある大人になりたくて反抗していたが、逆に大人になりたくない理由とは――いや、もう考えるのは止そう。深堀りしても仕方がない。
ただ俺は、過去に囚われるのは良くないが、だからと言って無理に切り捨てる必要は無いと思っている。治りかけた傷跡を強引に引っ剥がそうとすれば、また新たな血を流す。結局のところ、どんなに不快な物であっても、今の自分を作ってきた一部なのだ。それに、その当時の自分は踠きながらも必死で乗り超えてきた。それを否定したくはない。せめて自分自身だけは。
その辺りは、過ぎた事と割り切れる東堂兄弟より、ASの方が意見が合うかもしれない。
「あ、そうだ!もう一つ重要な事が書いてあった」
「なんだよ?」
再度手紙を広げる大和を、ASはハンモックの上から覗き込む。
「姪御さんの部屋のドアの修理費は、ASの依頼料金から差し引いておいたって。あと、アリエルちゃんのお迎えを待っている間に、おれを追っかけ回して周りの道や建物を壊しただろ?その分も合わせて請求するってさ」
「……なっ!?」
絶句するAS。
「何でお前、任務と関係無い所で器物破損しているんだよ」
呆れて目を遣ると、件の人物は足場の悪いハンモックの上で器用に立ち上がった。なかなかのバランス感覚だ。
「こいつがオレを見て笑ったからだ!あ、笑ったと言えばえんちゃんもだな!クソッ!お前らも同罪だ!連帯責任だっ!」
「ごめんごめん、悪かったって」
「もっと心を込めて謝りな!オレは深く傷付いたんだ!」
踏ん反り返る姿は傷付いた人物とは程遠い。
「大体兄貴もケチ過ぎるだろ!呼び出しておいてそのくらいの費用も負担出来ないのか?金持ちの癖に!あーっ!胸糞悪い!だから実家には行きたくなかったんだ!」
「いや、壊す方が悪いんじゃん――うわっ!」
ASにクッションを投げつけられた大和。
「……まるで嵐だな。メイストームだ」
そう言って、持ち主にクッションを投げ返した。受け取って眉根を寄せるAS。
「あ?なんだそれ?」
「日本でな、春の嵐のことをこう呼ぶんだよ。君は暴れ回って物を壊して、暴風みたいな奴だ」
「言い得て妙だな。でもこいつは5月どころか一年中暴れ回っているぞ――おっと!」
今度はこっちにクッションが飛んできた。
「暴力にしか訴えられないとは野蛮な奴め」
「野蛮で結構!っていうか、煽ってくんのそっちじゃん!」
しゃがみ込んで舌を出すAS。小憎らしい奴め。大和の言う通り、やはり少しは大人になった方が良いのではないだろうか。……いや、他人に期待しても何も変わりはしない。ここはこちらが大人の対応で――
「ねえ、オレのクッション返してよ!」
「お前が投げてきたんだろうが!」
思わずぶん投げたクッションはASの顔面を直撃した。おっといけない、つい力んでしまった。
「いいフォームだったぜ、えんちゃん!」
大和が爽やかな笑顔を向けてくる。対照的にASは目を見開き、わなわなと震えた。
「オレの顔になんてことをするんだーっ!」
しまった!顔は奴の聖域だった。飛びかかってきたファイターを躱しながら、
「当てたのは悪かった。でも怪我してないだろ?」
と言うが、ASの怒りは収まらない。
「そういう問題じゃねえ!オレの顔は人類の至宝だ!」
「人類って、言ってるの自分だけでしょ?」
ツッコミを入れた大和を睨んで、
「いいや!オレは母さんに「顔だけは良い」って褒められたんだ!」
ASは胸を張った。
「それは褒め言葉なのか?」
大和は首をひねる。確かに他は駄目だと言われているようなものだが、関心を向けられたことの無い人間にとっては、注目されたそれ自体が重要なのだ。
「……可哀想だな、君は」
「なんだって?可哀想だと?強くて可愛い、ワールドツリーの花形のこのオレが?」
眉間に皺を寄せるAS。そうだ、こいつは同情されることも大嫌いだった。刺激してはいけない箇所が多過ぎる。地雷原か、こいつは。
「オレが可哀想な奴かどうか分からせてやるよ。覚悟しな!」
今度は大和に襲い掛かる。
「何で怒ってるんだよ!」
逃げる大和を追撃するAS。奴が動く度に何かが崩れる。なるほど、こうやってイーストエンドの一角は破壊されたのか。いや、感心している場合ではない。
「おい!やめろ!ガレージごとぶち壊す気か!?」
ドタンバタンと大暴れするASを止めようとするが、ひっくり返った家具が邪魔をして前に進めない。しかも色々な物が落ちたり飛んで来たりする。まさにストームだ。
もうじき5月も終わろうと言うのに、ワールドツリーの嵐は止みそうになかった。
メイストームの意味が明らかになりました。
例の如く「秘密基地」で過ごしていた三人組。
さて、ASがガレージを完全破壊する前に止めることが出来るのでしょうか?




