May Storm -AS ver.-
20XX年5月13日 イギリス ロンドン イーストエンド
「AS、それじゃあおれは隣の部屋に居るから――プハハッ!」
大和がオレの姿を見て吹き出した。もう何度目だよ。
オレはしかめっ面で、不躾な弟子を手を払って追い払い、姿見の前に立った。そこには、桃色のワンピースにフリルの付いた白いエプロンをして、頭にでっかいこれまたピンクのリボンを付けたオレが居た。更に首にはハート型のピンクトルマリンのペンダントをぶら下げ、仕上げにバッグとストラップ付きのパンプスもエナメルでテカテカのピンクだ。
ピンクの小物を持つ女性を狙う透明人間を引き付けるため――とは言うものの、別に服までピンクにする必要は無いんじゃないか!?それにリボンは要らないだろ!クソ兄貴め、何処でこんなお遊戯会みたいな服を見付けてきたんだよ!
1時間程前、えんちゃんから連絡があった。画面に映ったオレを見てまず驚愕し、続いて大爆笑された。喋ると大和と一緒になってまた笑われた。失礼な奴らだ。
オクラホマに向かったえんちゃんと隊長のチームは、戦友の逆恨みで警察沙汰になり、処理に追われていたそうだ。そして何と、助っ人に大和のお兄ちゃんが現れたそうだ。残念ながらゾンビはいなかったらしいが、ニンジャを見たかったなぁ。
「機会があればまた会えるだろ。No.付きの情報収集も引き続き頼んでいるからな。それよりヤマに何かあったら許さねえと言っていたぞ。あいつはとんでもねえブラコン野郎だ。お前も気を付けろよ、ピンクちゃん」
「誰がピンクちゃんだ!」
言い返すが、哄笑しながら通信を切られた。腹は立つが、えんちゃんがここまで笑うことはあまり無いので許してやろう。問題はやまっちだ。あの野郎、笑い過ぎて呼吸困難になっていた。まったく、これから一緒に任務に就くというのにあんな調子じゃ、切り裂きジャックならぬピンクジャックを捕まえられるのか?
オレはポーズを決めて鏡の中の自分を覗き込む。チームメートは大笑いしていたけど、こうしてみると意外と似合っているじゃないか。そこいらの女子供よりよっぽど可愛いじゃん。
しかしこの辺りは夜は人通りが殆ど無くなるとはいえ、このファッションで出歩くのは目立つなぁ。いや、目立った方が都合は良いんだろうけど、もし知り合いに会ったら別の意味で大騒ぎになる。
室内で被害にあった件もあるらしいが、シェアハウス内で大捕物を繰り広げる訳にもいかないので、覚悟を決めてヘッドセットを装着し、外に出る。
「やまっち、出発するよ。とりあえず東に向かうから距離を空けてついて来て。位置情報を共有するのを忘れるなよ」
大和に呼び掛けると
「OK、ピンクちゃん!」
と笑いを堪えた声で返ってきた。
「お前、後で覚えておけよ!」
「おれに危害を加えたら兄さんが黙っていないぜ」
「お前の兄貴がなんぼのもんじゃい!」
とは言ったものの、自己回復能力があってテレポートが使える、アングラで活躍中の超人だ。オレのライバルと呼べる存在はえんちゃんしかいないが、東堂兄も張り合いのある相手かもしれない。思想にはだいぶ難ありだけど。
「なあ、AS」
薄暗い煉瓦の通りをしばらく歩いていると、今度は大和が通信機越しに声を掛けてきた。人が近くに居たら警戒されるので、通りを挟んで離れて移動している。
ちなみに通信機はワイヤレスイヤホンで、一見ヘッドセットをつけているようには見えない。つまり全身ピンクの女がブツブツ独りごちながら彷徨っていると思われるはずだ。怪し過ぎる。
「なに?スリにでもあった?」
さすがに銃を持った奴に遭遇することは無いが、軽犯罪は多い地域だ。日本人なら尚更狙われるだろう。でかい刀を背負った奴をわざわざ襲う事はまずないだろうけど。
「いや、そうじゃなくて。スカートを穿いているんだからガニ股は如何なものかと。女性だと思われなきゃ狙われないだろ?」
オレは盛大にため息を吐いた。
「はいはい、ご忠告どうも!ピンク大好きな下品な女って設定でいいんじゃね?」
「下品な女はそんな格好しないだろ……いや、下品だからこそするのか……」
「好き勝手言いやがって!お前もこれ着てみろよ!」
「おれが着たら変質者になるって。あ、兄さんなら違和感無かったかも」
そういえば東堂兄はオレと同じくらいの体格らしいな。サイキック相手でも引けを取らないし、兄貴の方が適任だったんじゃないか。
「やまっち、優秀な兄を持つと苦労するな」
「お互いにね、AS」
「うちは兄貴が優等生じゃないと、オレに御鉢が回ってくるんだから困るよ」
ウェントワース家に伝わるオーガに対抗すら道具は二つあって、一つはオレの「信号機」、そしてもう一つが槍に斧や鎌が合体した中世の武器、ハルバードだ。オレは体格的に大型の武器には向かなかったし、そもそも自分でぶん殴った方が破壊力があるので、ハルバードは適性のある兄が引き継ぐことになった。そのおかげでウェントワースの跡継ぎは兄貴に確定し、オレは晴れて自由の身となったのだ。それでも「信号機」を使えるオレには御家の為に働いて欲しかったようだが、そんな虫のいい話があるかってんだ。
街の中心部から離れると、古いアパートが目立つようになる。それもウェントワース家のように管理されたものではなく、小汚い治安の悪そうな建物ばかりだ。母親と暮らしていたのがこの辺りで、あまり良い思い出の無いオレはうんざりしながら通り過ぎる。
母さんがオレを生んだのは、親父から金を巻き上げるためだった。生活に困らない額を貰っていたのだからもっとお洒落な所に住めばよかったのに、わざわざ吹き溜まりを選んだ理由は、男と薬に貢いで身を持ち崩したからだ。ついでに、力のコントロールが出来ずにあちこちぶち壊すオレに、口喧しく教育を求める連中が居ないということがあったのだろう。オレにとっても良家で雁字搦めになるより、気ままに過ごせるここでの生活の方が合っていたし、それなりに楽しかった。母さんが欲を出して、オレにイカれた奴らの相手をさせようなんて画策するまでは。
まったくどいつもこいつも人を利用することしか考えていない。両親も、地下闘技場でも、何なら今だってそうだ。何だよこのフリフリは!これじゃオレが変態じゃないか!思い出してムカムカしてきた。
「AS、信号機に反応はあった?」
また大和が呼び掛けてきた。オレは親指に嵌めた信号機に目を落とす。それでもすっぽ抜けそうなので、チェーンを付けたままにしてそいつを手首に巻き付けている。信号機の石は見慣れた若草色の光を放っていた。
「変化無し。気になることでもあったの?」
「思い付いただけなんだけど、今回のターゲットはやっぱりオーガだと思う。被害者は揃って夜間に一人で居る所を狙われているんだよね。この薄暗がりでピンク色を見分けられるのは、夜目が効かないと難しいよ」
「なるほどね。だから、ピンクハンターが接近していたら信号機が反応すると」
「そういうこと。それに、噂が広がり始めて皆ピンク色の物を持たなくなって、ここ一週間は被害が出ていないから、フラストレーションが溜まっているだろうし、釣られる可能性は大きいと思う」
「それにしたってこんなピンクの洪水みたいな格好じゃ罠だって丸わかりだろ。つーかこんな方法で捕まえられるなら警察で対応しろよ」
「引き付けることは出来ても捕獲は難しいんじゃない?何せ透明人間だからね」
「そんなこと言ったらオレたちだって対処法がある訳じゃ……」
『何処に居るの?』
「ん?やまっち、何か言った?」
「いや、何も。どうしたの?」
「何か聞こえた気がしたんだけど……」
『置いていかないで』
「やっぱり誰か喋ってるぞ!」
「え?おれには何も聞こえないけど、誰か近くに居るの?」
オレは辺りを見渡すが、通りに人影は無い。部屋の中から漏れてきたのか?それにしては随分はっきり聞こえたけど。
手元の信号機はグリーンのままだ。ということは、オーガが接近してきた訳ではないのか。
そう思っているといきなり目の前の風景とは違う通りの映像が流れてきた。擦り切れた古い映画のような画面が映る。
『会いたいよ……』
さっきの声が聞こえる。なんだこりゃ?オレは薬なんてやっていないぞ。頭がおかしくなっちまったのか?
でも、この道は見覚えがあるな。この少し先の路地だ。あ!もしかしてこれが信号機経由のイメージ映像なのか?
「やまっち、オーガを見つけたかもしれない。兄貴の話していた映像が見えた。相手はまだ気付いていないけど、こっちに向かって来ているみたいだ」
この辺は子供の時に色んな奴から逃げていた……もとい遊んでいたので庭のようなものというのもあるが、信号機を通して伝わってきた情報に、相手が北東方向に居て、オレの方に移動していると確信出来た。実際に見た訳じゃないのに言い切れるなんて自分でも不思議だ。
「え?それって今回のターゲット?」
「分からねえ。オーガ自体の姿じゃなくて、そいつの視界が見えたんだ」
「おれが兄さんの見た景色を共有出来たのと同じ様な感じか」
あ、先月大和が兄ちゃんを発見した時か。兄弟ならまだしも、オーガとシェアするなんて嫌だなあ。
オレは端末の位置情報で大和の現在地を確認すると、向かって来ている奴と鉢合わせしないで、オレの姿が確認出来る場所に相方を誘導した。
「そこで見張っていて。奴を待ち伏せする」
「了解。引っかかってくれるかな?」
「来てくれなきゃこんな恥ずかしい格好をした意味が無えよ」
「へえ!君でも羞恥心を感じる事があるんだね!」
目の前に居なくても、薄笑いを浮かべる大和の様子が手に取る様に分かる。コイツ最近生意気になってきたよなあ。出会った頃の素直な大和くんはどこに行ってしまったんだ。……いや、これがありのままの姿なのか。気さくだけれど神経質という複雑な性格のやまっちは、隊長や他の隊員には心なしか気兼ねした態度なので、心を開いてくれたことは嬉しいけれど、もう少し先輩に対して敬意を払って欲しい。そう、夕飯のおかずをつまみ食いした程度で文句を言わず、自分の分を差し出すくらいの度量は持たないと。
ふむ、ここらでひとつ、オレの実力を見せつけてやるべきかもしれない。
「見てろよ、やまっち!透明人間を捕まえて月面みたいにボコボコにしてやるからな!」
「透明じゃ見えないって」
「口答えするんじゃない!」
「お前にだけは言われたくねえ」
可愛くない奴め!こうなったら意地でも捕獲してやるぜ!
信号機からのリアルタイム配信は途切れ途切れに続いている。道の真ん中に仁王立ちしているのも不自然なので、オレは煉瓦の壁に寄りかかり、ターゲットを待つ事にした。しかし可愛い女子が人気の無い道に一人突っ立っているのもやっぱり違和感がある。何か女の子らしい仕草をしなきゃ……そうだ!オレはバッグから板チョコを取り出して食べた。
「おい、何サボってんだよ」
早速大和から突っ込みが入った。
「オレは今、可愛い女の子になりきっているんだ」
「可愛い女の子が夜の屋外でチョコレートを貪り食うのか」
「貪ってなんかいないよ。いつもよりゆっくり上品に味わっている」
「食べ方の問題じゃなくてだな……そんな怪しい女に近付く奴が居るのか?」
「そもそもピンクのフリフリキラキラな出で立ちで夜の街を徘徊する時点でおかしいだろ」
「まあそれもそうか」
あっさり納得された。つまり大和くんは変だと思っていながら戦友を送り出したということか。オレは不満をチョコにぶつけて、パキッと威勢の良い音を立てて口で割ってやった。
「そんなに甘い物ばかり食べていると虫歯になるよ」
「さっきから小言ばっかりうるせえなぁ!」
「AS先生に似たんだよ」
「反面教師にしろっての!」
「それ自分で言うなよ」
まったく、うるさいのは生徒だけじゃなくて、ぶつ切れで入ってくる信号機通信もだ。続けるんだか止めるんだかはっきりして欲しい。当の信号機は接近するターゲットに合わせてアンバーに変わった。
「オーガが近付いているのは間違いないね。信号機の色、警戒色に変わったよ。一応言っておくけど、勝手に抜刀しないでね。そっちには行かないはずだから」
大和に報告すると、
「わかった。だけど武器無しでどうすればいいの?」
と心細い声が返ってきた。
「だからオレが捕まえるって言ってんじゃん。師匠を信頼しなさいよ」
「でもさ、先月だって見学していればいいって言われていたけど、ブレードと斬り合いになったじゃん。またおれの方に敵が現れる可能性もあるよね?」
もう、この子はうざったいくらい心配性だな!
「今回は狙われるのは「ピンク」って決まっているんだから大丈夫だって!それに刀を構えていたところで、相手の姿が見えないんだから意味無いでしょ?あとさ、透明人間くんは攻撃する力は持っていないと思うよ。あくまでもオレの勘だけどさ」
「その勘は当てになるの?」
まだ疑り深く尋ねてくる大和。親から愛情を与えられずに育つと人を信じられなくなると聞いたことがある。可哀想に!……あ、オレもか。
「任せときなって!強くて可愛い最強のハンターが付いているんだ、君は何も心配することは無いぜ!」
胸を張るオレに、
「格好は心配だけど」
と相棒は小さく呟いた。高性能のマイクが音を拾っているんだ、聞こえているぞ!
「……そういえば」
ふと思い出した様子で大和が言った。
「ブレードもリヒト研究所に居た管理個体じゃなかったけど、今回の透明人間もたぶん違いそうだよ」
「なんでそんなこと分かるんだよ?」
「兄さんからの情報」
そういや東堂兄は研究所の衛兵だったんだっけ。No.付きの情報も隊長に渡したと聞いた。
「やっぱりお兄ちゃんが来た方が良かったな」
「おれもそう思う」
「いや、お前仮にも当主を名乗ったんだからプライドを持てよ!」
肩書きに興味は無いが、家宝を受け継いだのならハンターとしての実力はあるということだ。もっと自信を持って欲しい。じゃないといつまで経ってもお守りをしなきゃならなくなる。大和の兄ちゃんからしたらそれは願ったり叶ったりなんだろうけど。
「改めて思うけどお前たち変な兄弟だな」
思わず口に出した感想に、
「人の事言えないでしょ?」
と返ってきた。
「オレは兄貴と半分は他人だもの」
オレの言葉を受けて大和はうーん、と唸った。
「ずっと疑問に思っていたんだけど、なんでそんなにお兄さんのことを嫌っているの?裏はありそうだけど悪い人ではないよね。嫌がらせをされた訳でも無さそうだし」
「裏があって良い人なんている訳無いだろ?それが答えだよ!一見親切を装って人を良いように使おうとする奴が一番質が悪いんだ」
「なんだか隊長みたいだな」
「そういや似てるな、あの二人」
でも隊長のことは嫌いでは無い。はぐらかされてむかっ腹が立つことはあるけど。一体何が違うんだろう?完全な他人かそうでは無いか、或いは対価の有無か。結局のところ、人間関係なんて計算尽くで、皆自分に都合の良い奴が好きなんだろう。だから母さんだって、ただの子どものオレには見向きもしないのに、役に立つと知った途端目の色を変えたんだ。
透明人間くんも誰かを探している様子だが、彼も誰かに利用された口なんだろうか。ピンクの物に固執するのも、そこら辺に理由があるのかもしれない。
そうこうしているうちに、信号機が赤い光を放った。いよいよご対面だ。いや、透明だから見えないんだけど。
ピンクマニアが居ると思われる方向にチラリと視線を送ってみるが、やはり静かな街並みが広がっているだけだ。元々この辺りは母さんの様な夜のお仕事の連中の縄張りなのだが、通り魔騒動のせいで人払いがされて人っ子一人居ない。迎え撃つには好都合だ。
「これならうっかり道や建物を壊しちゃっても問題無いな」
「いや、大問題だよ」
と大和。おっと、心の声が漏れていたようだ。
それにしてもオレはピンクのアイテムをいくつか持っているけど、どれもオレの体に密着している。さて、どうやって盗っていくつもりなんだろう?
「……あ、そうだ」
両脚の間に布が無いだけで、風通しのやたら良いスカートを見下ろす。この下のパンツは何色だったっけ?ピンクだったら大変!乙女のピンチだ!
オレが下着を確かめようと下を向いてモゾモゾしていると、一陣の風が吹き、頭に付けたリボンが引っ張られた。スカートが煽られて裾からペチコートが覗く。よかった、白だ。純潔は守られた。
「やまっち、リボンを追え!……って、あれ?」
引っ張られた方向に目を向けるが、そこにリボンは無かった。けれども信号機は未だ赤く輝いている。これは透明人間が触れている時はその物もスケルトンになるということだろうか。
しかし慌てることなかれ。オレのピンクコレクションには、全て発信器が取り付けられているのだ。
オレはスマホを取り出して追跡用の地図を開いた。離れて行く2番と番号の振られた緑色の点にほくそ笑む。うちの通信部のエースは良い仕事をしてくれるぜ。
「かかったぜ!やまっち、発信器の2番を追うぞ」
「了解!」
道を挟んで、大和と共にターゲットを追う。挟撃か、それとも隠れ家まで案内してもらうか。いずれにしても見えない敵をどうやって仕留めるかという問題がある。
「足音もしないしにおいも無かった。ヒントになるのは信号機の映像くらいだけど、これもぶつ切れで当てにならないんだよなぁ」
接触時の状況を呟くと、
「気配も無いの?」
大和が尋ねてきた。
「そういや奴の動きに合わせて風は動いたな」
「物を奪える訳だし、物理現象は起こるってことか。じゃあ接近すれば何とかなるのかな」
「そうだけど、姿が見えないからな。当てずっぽうで攻撃したら、オレもやまっちも手加減出来ないで殺しちゃうかもしれないじゃん」
「あれ?生け捕りするつもりだったんだ?」
意外そうに言い表す大和に、オレはフンと鼻を鳴らした。
「オレは無駄な殺生はしないの!ターゲットは子どもなんだから尚更だよ!今までだってそうだったろ?」
「言われてみればサイキックは保護しているね。ぶん殴ってはいるけど」
「だろー?やまっちやえんちゃんよりよっぽど平和主義者だぜ!」
「それって今まで当たった敵がたまたま攻撃力の無い奴だったってだけじゃない?」
うーむ、こいつたまに鋭い発言をするよな。
「本当に穏やかな人間ならもっと丁寧に物を扱うし、皆の分のメインディッシュを食べ尽くすなんて事もしない」
まだ言うか!
「過ぎた事をグチグチ言うんじゃない!ほら、それより発信器から目を離すなよ!」
「はいはい。……ったく、都合が悪くなると話を逸らすんだよなぁ」
後半は独り言のようだが……やっぱり聞こえてるっつーの!
しっかしこの靴走り難いなぁ。律儀に衣装に合わせずいつも通りスニーカーにしておけば良かった。硬いし、足音も響くし、いっそ投げつければ武器になるんじゃないか。――そこでふと思い付いた。
「なあ、やまっち。お前の刀ってさ、鞘から抜かなくても武器になるよな?」
「勿論使えるけど……あんまりやりたくないなぁ。差したまま叩くと刃が歪みそうだし」
「でもこれで君のお兄ちゃんと同じ技が使えるんじゃない?」
「峰打ちってこと?いや、この場合鞘当てなのか。透明人間だから正確に当てられるか分からないけど」
「大丈夫!倒せなくても、ターゲットの位置さえ分かればいいんだ」
「分かった、やってみる」
「よし、じゃあ次の交差点で控えていて!オレが合図をしたら左側に打ち掛かるんだ」
「OK!」
元気に答えて、先回りするため走り去る大和くん。結局協力を仰ぐことになってしまったが、これも彼の経験値になるのだ、良しとしよう。
オレも加速してピンク泥棒との距離を詰める。追われていることに気付いたらしい盗人も足を速めた。今まで追われたことの無かった――今回の様に発信器が無い限り追い掛けようが無いのだが――彼は相当焦っている筈だ。背後のオレに気を取られているうちに、大和が待ち伏せする交差点に差し掛かった。
「今だ!」
オレの掛け声で、建物の壁に張り付いていた大和が飛び出して、鞘を振り下ろした。ゴッ!と鈍い音がする。ちょっと可哀想だけど、本人の為でもあるんだ、我慢してもらおう。
「手応えあり!」
大和が叫んだ。相棒がヒットさせた先に手を伸ばすと、質量のある物に触れた。柔らかくてくすぐったい感触のこれは後頭部だろう。丁度良い塩梅に掌に収まった頭部を煉瓦敷きの地面に押し付けた。勢いは殺したつもりだがやっぱり硬い物がぶち当たった音がした。前頭部は頭蓋骨の中でも頑丈に出来ているから死にはしない筈だけど、診察は受けさせた方が良さそうだ。
何も無かったオレの掌と道路の間に、栗色の髪の子どもが現れた。意識を失うと能力が解除されるのは、去年日本で出会ったイサミくんと同じようだ。
見えている間にバッグから取り出した拘束具で後ろ手に縛る。これはえんちゃんのライフル弾と同じく、対オーガ用の武器に使われている金属を練り込んで作った特注品で、アンチサイの効果もあるから、こいつを付けている間は能力を使えない。この後連れて行く保護施設内はアンチサイ電波が流れているので、これにて透明人間騒動は一件落着だ。
「お疲れさん!あっさり片付いてよかったねー!きっと日頃の行いが良いからだな!」
こちらに歩いてくる大和に声を掛ける。
「うん、お疲れ。でもやっぱり子どもに攻撃するのって良い気持ちがしないよね」
ご機嫌なオレと対照的に、大和はすっきりしない顔をしている。
「まあそうだけど、大勢の人に迷惑を掛けていたのは事実なんだし、おいでって言って素直について来はしないんだから仕方ないよ。それにほら、また保護出来たんだぜ!生け捕りは君のお兄ちゃんの専売特許じゃないってことだ。オレたちもかなり優秀じゃん!」
「確かに。優秀かどうかは兎も角、命を奪わないで済んだのは嬉しいよ」
そう言って繊細な青年は安心したように微笑んだ。
「それにしても、なんでこの子はピンク色雑貨の収集をしていたんだろうね?それもわざわざ人が身に付けている物を奪ってさ」
「さあねえ?ま、その辺は施設の職員の方が上手に聞き出せるでしょ。盗品も――まあ大した金額じゃなさそうだけど――取り返さなくちゃね」
オレはピンク好きなオーガちゃんに奪われたリボンを拾い上げて言った。
「うーん……リボンを選んだってことは、この衣装は役に立ったってことなのか?」
「そういうことだな。いっそずっとその格好でいたら?」
大和は思い出したようにまた吹き出した。
「お前、そうやってすぐ調子に乗るんじゃねぇよ!」
リボンで失礼な後輩を小突くが、大和はずっと笑っている。保護施設の迎えが来るのを待つ間も笑い続ける野郎を追い回しながら、春の夜は更けていく。
今回のターゲットの行動理由は分からないが、誰かを探していた――或いは待っていた様子だった。彼が子どもというのもあるが、その相手は母親なのではないか。なんとなくだけど、そう思う。
オレは最後まで母さんに愛されなかったけど、あの子は――会いたい人に会えますように。この事件がきっかけでも良い、少しでも関心を持って貰えますように。
人の幸せを願えるようになったのだから、オレも善良な人間になれたのかな?
AS女装編…ではなく透明人間騒動解決編。
身長や顔は違和感が無いけれど筋肉質なのと喋り方で仲間に笑われたASくん。何故下着が盗られると思ったのでしょう…。




