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The World Tree  作者: GUM
track8
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May Storm -Yamato Ver.-

20XX年5月11日 アメリカ CA ワールドツリー警備部社屋


 ASが突如発症した「2行以上の文章を読むと死亡する」病の為、ロンドンから届いた彼宛の手紙を代わりに読むことになった。差出人はルイス・ウェントワース。ASの異母兄だ。

「親愛なるアシュリーへ。元気に過ごしているでしょうか。君がアメリカで「悪魔狩り」の仕事に就いていると知り、とても驚いたと同時に大変喜ばしく――」

「音読しなくていいから!要点だけ教えて!」

 ASが頭を振って怒鳴った。

「まったく、それが人にものを頼む態度かよ。盗人猛々しいとはまさにこの事だな」

 おれが2時間掛けて仕込んだ角煮を勝手に食い尽くした恨みは忘れないぞ。

「食べちゃった物は戻せないんだから仕方ないじゃないか!ねちっこい奴だなあ!」

「日本人のDNAには敵討ちが美談として刻み込まれているんだよ」

「つまみ食いしただけで討つなんて横暴だ!それにここは日本じゃないし、サムライの時代でもないぞ!」

「盗みはいつでも何処でも犯罪だ!」

「オレが食べる予定だった物を前借りしただけじゃないか!」

「人の分まで食っておいて何言ってやがる!」

「名前なんて書いてなかったもんね!」

 まったくああ言えばこう言う……どういう教育をしたらあんな生意気に育つんだ。原因の一端を担ったASの実家の手紙を読み進めると――

「あ!お兄さん、娘さんが生まれたらしいよ!叔父さんになったのか!おめでとう!」

 良いニュースを報告するが、若い叔父さんは「ケッ!」と言ってそっぽを向いた。

「たかが人口が1人増えただけで何がおめでたいんだよ!大体兄貴の所にはもう男のガキが居るからとっくに叔父さんになってら!兄貴の子作りの話はどうだっていいんだ!もっと役に立つ事を教えてくれよ!」

 ああ、こんなのが身内に居たんじゃ大変だなぁ、と会ったことの無いASの兄家族に同情する。破茶滅茶な弟と違って丁寧――を通り越して慇懃無礼に――書いてある文面を読み終えた俺は顔を上げた。

「要約すると、ASの持っている「信号機」の力が必要な仕事内容らしいよ。手紙で依頼するだけあって、緊急では無いみたいだけど。あと、指輪の詳しい使い方を教えるって」

「そうやって呼び出して、オレから信号機を取り上げるつもりなんだ!生まれた娘が指輪の適合者か試してな!」

「その可能性はあるね。てかそもそも信号機は実家から盗んできたんだから、返すって言い方の方が妥当だと思うけど」

「盗んだんじゃないよ!何も告げず拝借しただけ!」

 膨れっ面のASに

「それを盗んだって言うんだよ。それに借りたって自覚してんじゃねえか!」

 と突っ込むと、更に頬っぺたが膨らんだ。フグかこいつは。

「他に信号機を使える奴は居ないんだ!だったら後生大事に宝物庫に閉まっておくより、オレがオーガハントに役立てた方がよっぽど世の中の為になるじゃないか!オレがこいつの後継者、つまりオレの物だ!大体何だよ、使い方って!そんなことわざわざ教わらなくたって分かってんだよ!」

「おれに怒ったって仕方ないだろ?そう思っているならそれをお兄さんに伝えればいいじゃないか」

「オレは実家とその関係者とやり取りすると全身痒くなる不治の病にかかってんの!」

「実家アレルギーってやつか?お前病気多いな。もっと健康に気を使った方がいいぞ」

「じゃあ健康の為にロンドン行きは止そう!」

 パッと顔を輝かせるASに、おれは腕を組んで宣言した。

「いいや、駄目だ。ここで逃げたら、お前が指輪を返すまで付き纏われることになるぞ。この際、誰が指輪の持ち主かはっきりさせた方がいい。言っただろ、日本での借りを返すって。おれも協力するからさ」

「協力って何を……ハッ!まさかオレの実家に討ち入るのか!?よし!一緒に戦おうぜ!サーチアンドデストロイだ!」

「おれは赤穂浪士か!なんでお前はすぐ暴力で解決しようとするんだよ!ついさっき自分で言っていた事を主張すればいいんだ!」

「サーチアンドデストロイ?」

「そっちじゃない!戦争はしない!とにかく、おれがついていれば君のお兄さんも話を聞かざるを得なくなる筈だ」

「人質でも取るの?」

「だからそういう力任せの手段じゃなくて!いいか?ASの実家は名家なんだろ?格式高い家は体面を気にするんだよ。つまり、同じハンターの家柄で、代々受け継がれた道具を使える後継者で、しかも外国からの客となれば無視は出来ない。付け加えるなら歴史はうちの方が古い!」

「なるほど!家格マウントを取るのか!」

「そういうこと!こんな時くらい先祖に役に立ってもらわないとね」

「OK!奴らに赤っ恥をかかせてやろうぜ!」

「目的が変わっているぞ!あくまでも指輪の所持者の正統性を主張して、何より任務を完遂して文句を言わせないようにするんだ」

「えー!つまんねぇ」

 唇を尖らせるAS。ここまで反発するなんて実家で一体何があったんだろう。絶対に話したがらない幼少期の方が悲惨な気がするけど……。

 さっきから静かだなと思ったら、えんちゃんは定位置のソファに座って、騒ぐおれたちには目もくれず、じっと何事か考え込んでいた。目線は納骨堂の写真に注がれたままだ。怖いよ……。こっちはこっちで大変そうだな。

 実は、えんちゃんの帰省の話は隊長から予め聞いていた。何やらきな臭い感じがするから、おれの双子の兄に見張りを頼みたいと依頼されたのだ。おれとASは別の仕事に行ってもらうことになるからと言われたが、こちらも故郷絡みだったとは驚きだ。

 兄が向かった事をえんちゃんに知らせようか迷ったが、それを伝えるとますます警戒心を強めそうなので黙っていることにした。それに、実際に会ったことの無いおれの兄より、共に過ごしてきた時間の長い戦友の方が信頼出来る筈だ。隊長も一緒に行くし問題無いだろう。何事も無ければ、兄には研究所の情報だけ渡して貰ってジエンドだ。それが一番理想的ではあるけれど、どうなることやら……。

 おれの視線に気付いたえんちゃんが顔を向けた。目が合ったおれは何と声を掛けていいか分からず、

「ホロホロ鳥を待っています!」

 とASみたいな食いしん坊発言をしてしまった。

「ああ、そうだったな」

 ついて来い、と合図するえんちゃんに続いて部屋を出ると、ASも

「ごはんだごはんだ♪楽しいディナー♪」

 さっきまでの不満顔は何処へやら、ご機嫌で後を追って来た。

「お前はもう夕飯を食っただろ!」

 えんちゃんに注意されるが、

「夕食は一日一度だけなんて決まりは無いね!」

 と開き直った。

「タイ人みたいだな」

 妙な所に感心してしまった。食べる量が桁違いだけれども。

「さっき言っただろうが!お前の分は無いってな」

「無いなら手に入れるまでよ!」

 えんちゃんの牽制にもめげずに、なんか格好良いことを言っているが、これってつまり奪うってことだよな……。こうやって「信号機」も手に入れたんだろう。味方していいものか迷ってきた。

 しかしあのオーガ探知機はおれたちチームメートにとっても有用だ。奪われれば今後の任務に影響が出る。そして気になるのが手紙に書かれていた「指輪の使い方の詳細を教える」という一文だ。ASは指輪の石の色で対象との距離が分かるという事は知っていたが、それ以上に便利な使用方法があるのかもしれない。でも、もしかしたら実子が指輪の適応者かもしれないのに、わざわざ前任者に正しい使い方を教えるだろうか。隊長の言葉を借りるなら、こちらもきな臭い。この仕事には裏がありそうだ。なんとなくASが実家を避ける理由が分かった気がした。



20XX年5月13日 イギリス ロンドン ウェントワース家


約半日掛けて遥々ロンドンまでやって来たおれたちは、昼過ぎにハムステッドにあるASの実家を訪れた。タクシーに告げた住所で到着したそこには、手入れされた広い庭にレンガ作りの邸宅が建つ、如何にも古典的な金持ちが住んでいそうな佇まいがあった。おれのじいちゃんの家も確かに歴史こそあるが、敷地の殆どは道場に充てられているので、自分達の住居はここまで広くは無い。これは家柄マウントに早くも暗雲が垂れ込めてきたぞ……。

「時間と金が掛かってそうな家だなって思っただろ?」

 おれを横目で見て、ASが言った。何でこいつ偶にとんでもなく察しが良いんだろう……。おれが曖昧に頷くと、ASは視線を前に戻して続けた。

「オレも初めて見た時そう思ったから。元々商人が建てた家を気に入って買い取ったらしいよ。ウェントワース家はハンター業の恩恵で税金は安いし補助金は出るしで、金が有り余っているのさ!」

「じゃあASも実家と仲良くやっていればお坊ちゃんでいられたんじゃないか。あ、結局ハンターはやることになるだろうけど」

「いくら金があっても、こんな監獄みたいな所に住むのはごめんだね!大体ここは兄貴の家であって、オレの家じゃない。この家で良かった思い出と言ったら、紅茶とスコーンが美味いくらいで……あ!そうだ!近くにおすすめのクレープ屋があるんだ!いつも行列が出来るから、さっそく買いに行こう!」

 くるりと踵を返すASの襟首を掴まえて、

「しれっと逃げ出そうとするんじゃない!さあ、開戦だ!」

 門の前に引き摺って行き、扉に取り付けてあるカメラ付きのインターフォンを押した。ここだけ装備が最新式なのは物凄い違和感があるが、防犯の為には仕方がないのだろう。金持ちだし。別に僻んではいないぞ。実家との格差にショックを受けてもいない。お国柄ってやつだろう。

「こんな辛気臭い所に居るより、モチモチのクレープを頬張りたい……甘いのと塩っぱいのを両手に持って交互に食べるんだ……」

 ASは早くも現実逃避している。大丈夫だろうか。

「はい、どちら様で――あ、アシュリー様!お待ちしておりました。どうぞお入りください」

 おれが用件を告げる前に、幻のクレープを抱えてヘラヘラしているお坊っちゃまの存在に気付いた使用人らしき人が言い、電子ロックが外れ、門扉が自動で開いた。確かに玄関からここまで来るのは時間が掛かるだろうが、やっぱり違和感が拭えない。

「お邪魔します。ほら、AS行くぞ!これが終わったらクレープを食べに行こう!」

 途端に目に光が戻る――どころか無数のお星様を輝かせて、大股で玄関へ向かって歩き始めた。そしてこちらを振り返り、歯を見せて笑った。

「面倒事はさっさと片付けるに限るね!サーチアンドデストロイだ!」

「いや、さっき開戦って言っちゃったおれも悪いけど、暴力は駄目だ!話し合って解決するんだ!LOVE&PEACE!」

「余の辞書にそんな言葉は無い!」

「最悪なナポレオンの亜種だな!」

 食べ物に釣られてすっかり戦闘モードになったASを追いかける。玄関ポーチに辿り着くと、暴れん坊が蹴り飛ばす前にドアが開けられた。ここは自動ではなく、室内に待機していた使用人が開けてくれたようだ。よく見るとオーク材のドアには傷を修復した跡がある。これは以前被害にあった事があるんだろう。

「おうおう!アシュリー様のお帰りだ!さっさとくそったれの兄貴を出しやがれ!」

 出迎えた初老の執事に食ってかかるAS。完全にゴロツキだ。おれは慌ててASを押し退けて、

「こんにちは。ワールドツリーから派遣された者です。ご依頼の件でお話を伺いに参りました」

 と丁寧に挨拶をした。

「応接間でご当主様とルイス様がお待ちです。お連れの方もご案内するように申しつかっております。お菓子もご用意致します」

 恐らく長くこの家に仕えているのであろう彼は、ASの扱いも心得ているようで、動じることなく案内に立った。お菓子というワードに反応した卑しい男はにんまりと笑う。

「そういうことは早く言えって!……ん?当主?親父も居るの!?マジクソじゃん!」

 感情の乱高下と言葉の汚さに拍車がかかっているASに、この先が思いやられて深いため息を吐いた。

 ホールを通り、突き当たりの部屋まで案内された。床に敷かれた絨毯がフカフカで、実家の冷たい板敷と無意識に比べてしまい、またため息が出る。いや、いかんいかん!おれがしっかりしなくては!

「こんにちは」

 と、にこやかに入室するおれと対照的に、いつも朗らかなのに今は保護したばかりの野良猫のような目付きで凄むAS。

「久し振りだね、アシュリー。元気だった?」

 おれたちより一回り年上の男性が声を掛けた。隊長と同じくらいの年齢かな。もう一人は初老の男性なので、間違いなくこちらがお兄さんだろう。

「ええ、お陰様で。ここに居た時よりずーっと元気だよ!」

 ASは嫌味たっぷりに答える。

「そうか。君はうちに来る度に壁や扉を破壊していくくらい元気だったから、それ以上となると心配だね。アシュリーはご迷惑をお掛けしていませんか?」

 お兄さんがこちらに目を向けた。弟と同じ琥珀色の瞳だ。顔立ちはあまり似ていないが。ASは母親似なのだろう。

「食べ物の被害以外は今のところは何も」

 正直に答えると、ASが睨んできた。

「お前どっちの味方だよ?」

 味方も何も事実を言っただけなんだが。まあこれ以上場の空気を悪くしてもやりづらいので話題を変える。

「申し遅れました。オレはワールドツリー警備部の東堂です」

 そしてこちらがご存知お宅のどら息子です、とASを紹介しようとしてやめた。別に嫌味合戦をしに来た訳ではないのだ。

「ああ、日本のハンターの一族の方だそうですね。外国の狩人に会うのは初めてなので、色々とお話を聞かせて下さいね。

 私はルイス・ウェントワース。アシュリーの兄です。そしてあちらが私たちの父で、現当主のエドワード・ウェントワースです」

 ルイスさんの紹介に、ASパパはこちらをチラリと見て、

「ああ、どうも」

 とだけ挨拶した。その態度にASがチッ!と舌打ちする。

「相変わらず偉そうなジジイだな。挨拶も出来ねえのか?テメーはハンターの能力も無えくせに何様だよ?」

 気持ちを代弁してくれたのは有難いが、挨拶が出来ない点については自分の事は完全に棚に上げている。いや、ASの場合対人スキルが落ちるのはウェントワース家とその関係者に限られるので、まだマシかもしれない。

「なんだと?」

 パパがASを睨み付けた。そして嫡子に視線を移して、

「ルイス!だから私は反対したんだ!この傲岸不遜な若造と、外国の新参者の力など借りなくとも、いつも通りお前が熟せばいいだけだろう!」

 と怒鳴りつけた。傲岸不遜なのはお互い様じゃないか。それに――

「お言葉ですが、おれ自身は確かにルーキーです。でも、おれの家は800年以上前から「鬼狩り」を代々続けていて、専用の太刀も引き継いでいます。おれが背負っているのがその刀、そして継承者に選ばれたのがおれ――更に祖父は刀を譲って引退したので、東堂家の現当主はおれです。つまり、貴方に舐められる筋合いは無いということだ!」

 おれが言い切ると、ウェントワース家の親子は息を呑んだ。ASまで目をまん丸くしてこちらを見ている。え、そうだったの?と言いたげだ。現当主って言うのは今思い付いただけなんだけど、ここは言ったもの勝ちだ。同じ事をえんちゃんや隊長に言ったところで、ふーん、と流されるだろうが、こういう家系に誇りのある人達にとっては効果的な筈だ。

 おれの意図を察したらしいASも父と兄に向き直って言った。

「そうだ!そしてこいつを拾って教育しているのがオレ!だからこの中で1番強くて偉いのはオレだ!」

 自分を親指で指し、踏ん反り返るAS。いやそうじゃねえよ!まあ目的が果たせれば何でもいいけど……。

「父上、東堂さんの言う通りです。実際、私だけで出来る仕事には限りがあります。真に人々の生活を守る為ならば、ハンターの能力を持つ者同士、国や血筋に拘らず協力すべきです」

 ルイスさんの諫言に、お父さんは口をつぐんだ。

「おや、ご立派だこと!人を便利道具扱いする兄上のお言葉とは思えないね!」

 今度はASがお兄さんを嘲って言った。見事な三つ巴だ。

「アシュリー、誤解しているようだけど、ウェーランドの指輪を使える者はなかなか現れないんだよ。しかも君は身体能力も優れている。ハンターとして優秀な君に期待をしているんだ。それが君にとっては迷惑だったみたいだけれど」

「そう、その指輪だ!あの貴重な家宝を盗み出して、我が家の為に使わない不届き者に持たせておく訳にはいかない!」

 指輪という言葉に触発された当主がまた騒ぎ始めた。

「父上、まだそのような事を仰るのですか。アシュリーはハンターとして指輪の力を役立てています。我が家に眠らせておくよりは遥かに世の為になるでしょう」

 ASと同じ様なことをルイスさんは言った。

「指輪の適合者が此奴だけとは限らないだろう!マーガレットに試してみろ!」

 マーガレットと言うのはたぶん手紙にあった生まれて間もないASの姪っ子のことだろう。

「恐らく意味が無いと思いますよ。ご存知でしょう、指輪を使える者が同じ時代に二人存在した事はない。実際、能力者のお祖父様が亡くなった後に生まれたアシュリーが後継者に選ばれた。その確信があったからこそ父上もアシュリーを認知したのでしょう?」

「それは今までの話だ。今回は分からないだろう!庶子の彼奴に持たせておく訳にはいかない!」

「アシュリーも貴方の息子です。そもそも無理矢理連れて来て、言いなりにさせようとするから彼も反抗するのです。もっと歩み寄らないと――」

「母親の元に居た時から金銭的な支援はしてきたし、不自由な生活をさせた覚えはないぞ!」

「物質では無く、精神的な問題ですよ」

 なるほど、そんな経緯があったのか。しかし親子喧嘩を目の前で見せられるのは気不味い。話題に上っている当の本人は、父と兄が言い争っている間に運ばれてきた菓子を黙々と食べていた。おれにも

「食えば?」

 と勧めてきたが、よくこの状況で食欲が出るな……。しかしASの言っていた美味いスコーンというのは気になる。どれどれ……と頂こうとしていると、当主が立ち上がり末の息子の元へ大股で近付いて来た。

「ウェーランドの指輪を渡しなさい」

 口一杯に食べ物を詰め込んだ指輪の持ち主は、黙って父親を睨んだ。いや、頬がパンパンなので単純に言葉を発せられないだけのようだが……。

「指輪の適合者って、赤ちゃんでも判別出来るんですか?」

 おれの質問に、ASが咀嚼しながら首からチェーンを外し、指輪を差し出した。訳が分からないままとりあえず受け取る。すると、ASが手にしていた時は緑色だった指輪に嵌った石が、乳白色に変わった。驚いていると、

「それがその石本来の色なんですよ。指輪の力が使える者が触れている時だけ、緑色に変化するんです。それは赤子でも同じ、本人が生きている限り確認出来ます」

 アシュリーパパが説明してくれた。東堂家当主という肩書きが効いたようで、まともに会話する気になったらしい。おれの読みは間違っていなかった。

 本人が生きている限り、と言うことは亡骸では反応しないのか。それじゃあ例えば能力者が生きている状態で、指を切り落としたらどうなるんだろう?その指をくっ付けたら変化するんだろうか?と、恐ろしい事を思い付いたが、実行されたら困るので口に出すのはやめた。そもそも、それだと適合者の髪や爪でも有効になるので、生体反応というか、本人の意識が無いと駄目なんだろう。

「そういうことならAS、姪御さんに会って来なよ」

 そう言って、ASに指輪を返しながら、主張するなら今だ!と目配せした。ASは軽く頷き、指輪を握り締めたまま立ち上がった。

「オレも立ち会うよ。ただし、兄貴のガキが適合者じゃなかったら、その時は指輪の持ち主はオレだって正式に認めろよ!」

 よかった、今度は通じた!心の中で拍手喝采する。

「なんだって!?」

 唖然とする父君。

「あれ?自信があるから試すんじゃないの?それともオレを始末して孫娘を後継者に仕立てあげようってか?やれるもんならやってみな!」

 煽るなあ。なんて感心しながら成り行きを見守っていると、ルイスさんがため息を吐いた。

「落ち着きなさい、アシュリー。君を亡き者にするつもりなら、とっくに手を回しているよ。そもそも君がいなくなった所で、後継者になれる保証は無いんだ」

「と、お兄さんは言っているけど気を付けなよ。かの信玄公も自身の立場を確立する為に実父を国外追放し、長男を廃嫡した。家康に至っては嫡男に切腹させているし、伊達政宗は自分を毒殺しようとした弟を返り討ちにしたんだ。名家には血縁の情なんてあったものじゃない」

 ASに耳打ちすると、

「なるほど。やまっちも有能なお兄ちゃんが見つかったことだし今までみたいに安泰とはいかないかもよ?一度助けて貰ったからって油断して寝首を掻かれないようにね」

 と返ってきた。

「君はうちの兄さんを知らないからそんな事が言えるんだ。おれたち兄弟の絆はそんな生半可なものじゃない。えんちゃんに確認してもらえば分かるさ」

「なんでえんちゃんが出てくるの?」

 と言うやり取りをしていると、

「君達は一体何の話をしているんだ?」

 お父さんに突っ込まれた。おっといけない!

「それで、指輪の譲渡の件、了承するの?しないの?」

「それは、孫が適合者なら返すと言うことだな?」

「交換条件ってわけね。いいよー!」

「それなら認めよう」

 当主とASの応酬に

「え、そんなに簡単に決めてしまっていいんですか?」

 と長兄が戸惑っていた。我儘な父と弟の板挟みで苦労が多そうだなぁ。

「男に二言は無いぜ!赤ん坊でもオーガでも連れて来いや!」

「いや、こちらから向かうんだ」

「あっそ」

 ASとパパは言い合いをしながら部屋を出て行った。険悪過ぎて逆に良いコンビに見えてきた……。本人達に言ったら嫌がりそうだけど。

 お兄さんも心配して後を追う。おれも

「一緒に行きますか?」

 と誘われたが、さすがに乳飲み子の居る部屋に入る訳には行かないので廊下で待つことにした。

 AS達が入室して数十秒後、

「HAHAHA!!それ見たことか!」

 というASの大爆笑と、赤ちゃんのギャン泣きが家の中に響き渡った。赤ん坊相手に何しているんだあいつは!

 姪の居る部屋の扉を開け放ち、意気揚々と出て来たAS。その勢いで蝶番が外れかけてドアが傾いだ。また損害を増やしてしまった……。

 勝訴と書いた半紙を持たせたいくらい軽快な足取りでこちらにやって来たASは、壊れたドアも号泣する姪のことも委細構わず、

「正義の勝利だ!これで「信号機」は正真正銘オレの物だ!やまっち、協力ありがとな!クレープ食べて帰ろうぜ!」

 高らかに宣言して立ち去ろうとするASの首根っこを掴まえた。あれ、デジャヴだ。

「待て、その前に仕事の話だ。あと指輪の正しい使い方を聞かないと。半日かけてクレープだけ食べに来た訳じゃないぞ」

「そんな……クレープがオレを呼んでいるんだ……私を食べてと甘く囁いているんだ……」

「クレープも良いけど、おれはウェントワース家のスコーンが食べたいよ。タイミングが合わなくてまだ頂いていないんだ」

「お代わりもございます」

 いつの間にかおれたちの側に控えていた先程の執事が恭しく頭を垂れると、ASはすっと威儀を正し、

「うむ、苦しゅうない。では参ろうか」

 と応接室へ戻って行った。このおじ様、只者じゃないぞ。しかし、そんな彼を以ってしても止められなかった扉の被害が気になり、おれはルイスさんにそっと声を掛けた。

「あの、お嬢さんの部屋の扉は直せそうですか?」

「ああ、大丈夫ですよ。傷付いたのは蝶番の付近だけなので大したことはありません。修理費はアシュリーの依頼費用から差し引いておくので」

 そう言って、ルイスさんはにっこりと笑った。おいおいASよ、この調子で暴れるとお前は無給どころか借金を背負うことになるぞ!

 戦々恐々とするおれを余所に、最初の部屋に戻って来たASは、椅子にドッカと腰掛け、

「さあ、話したまえ。聞いてしんぜよう」

 どっちが主人だか分からない太々しい態度で言った。当主はそんな末の息子を睨んだが、アシュリーくんはわざとらしくウェーランドの指輪に通したチェーンを指に引っ掛けて回して見せた。家宝の指輪を粗雑に扱われても、所有権を譲る約束をした今となっては、何も言う事が出来ない。軽はずみな承諾などするものではないな。

「そういえばアシュリー、君は何で指輪をペンダントにしているんだい?」

 ルイスさんが弟の手元を見ながら尋ねる。

「だってこれ、オレの指にサイズが合わなくて無くしそうだし。それにデザインがダサいじゃん。こんなの堂々と嵌めていたらオレのセンスが疑われちゃうよ!」

 思わず紅茶を吹き出しそうになるおれ。そんな理由だったのかよ!

 怒りでわなわなと身を震わせるお父さんを抑える様に、ルイスさんが

「まあ、400年前の人間に現代人と同じ感覚を求めても仕方がないよね」

 と苦笑しながら言った。そんなお兄さんの気持ちを知ってか知らでか、

「大体指輪の名前もダセェよな。「信号機」の方がずっとしっくりくるじゃん。やまっちもそう思うでしょ?」

 とおれに振ってきた。

「いや、400年前に信号機は無いだろ……」

 おれの答えに、ASは顎に指を当てて小首を傾げた。

「それもそうだな。よし、じゃあ今から改名しよう!今後こいつは「信号機」だ!」

 ぽかんと口を開けて呆然とする父君とは対照的に、ルイスさんは冷静に

「ふむ、それも記録しておくべきかな」

 と呟いた。

「記録?」

 弟からの被害総額を記帳しているのだろうか。

「ええ。指輪の力を受け継いだ者が書き残した、使い方や効果についての記録が存在しているんです。本来は指輪とセットで後継者に渡すのですが、弟は指輪だけ持って居なくなってしまったので」

 タイミングを見計らったかのように例の執事が現れ、一冊の古書をASに手渡した。受け取ったASはパラパラとページをめくるうちに渋い顔になり、おれに放って寄越した。貴重な本になんて事をするんだ!肝を冷やしてASを見遣ると、読んでみろ、と言いたげに顎をしゃくった。手紙の件といい、こいつは人に文章を読ませるのが好きなのか。そっと本を開くと、中に書かれているのは――

「あ、全部ラテン語だ」

 最初のページから、近年記入されたと思われる物まで全部。全て手書きで、書籍と言うより日記帳に近い。

「読める?」

 と聞いてくるASに、

「少しなら」

 と答えるものの、これを全部読んでいたら日が暮れそうだ。

「これはまさに庶民には解読出来まいと驕る暇人共の書いた代物だな」

 フン、と鼻を鳴らすASに、同意とまではいかないが、

「わざと読みづらくしているのは間違いないだろうね」

 と相槌を打った。そもそも血縁で引き継がれている以上、これが読めない者の手に渡る事など無かっただろうから、そういう意味ではASは史上初の人物なのかもしれない。

「だから教養を身に付けておけと言ったんだ」

 と叱るお父さんに、

「いくら賢くなったって、ハンターとして強くなれる訳じゃないもんね」

 ASはにんまりと笑って応じた。まさに水と油、この二人が相入れることは永遠に無いのだろう。

「その中には、指輪は使用者の指に直接嵌めて扱うようにと記載されているんだよ。力を使える者の体に触れていれば石の色は変わるけれど、敵のいる方角や数等の詳細は本来の使用方法でないと分からないらしい。どうも指輪を通してイメージが流れ込んでくるらしいけど、その辺りは素質のある君の方が分かるだろうね」

 このままだと一生記録を読まないと判断したルイスさんが、使用法を掻い摘んでASに伝える。

「そういえば指輪を嵌めた姿を見たことが無いな」

 おれが疑問を口にすると、ASが答えた。

「うん。ここから持ち出してすぐにペンダントにしちゃったから。それからは嵌めたことないや」

「それだけで今までの不便も解消されるなら、任務の間だけでも付けた方がいいね」

 まさかそんな簡単な方法だったとは……通常の指輪として使っていればすぐに解決していた――と言うより疑問にも感じなかった事だ。

「ただし、指輪からの情報が入ってきている間はそちらに意識が向けられるから、戦闘時は注意するようにね」

 お兄さんの言葉にほほう、とASは唸った。

「えんちゃんの能力と少し似ているな」

「確かに複数の情報が処理しづらいっていうのは同じかもね。ただえんちゃんは対象を切り替えられるようになったって言っていたから、慣れるとそういうことも出来る様になるのかも」

「あの子は人間や動物でも練習出来るからいいけどさー、信号機はオーガが近くにいないと使えないんだぜ?ああ、それはやまっちも同じなんだけどさ」

 確かにおれの刀も対オーガの場合のみ効力を発揮する。そこに特化し過ぎて意識が持っていかれてしまうのは困るのだが……あ、そういえば。

「今回の依頼は指輪の力が必要だと伺っているんですが、それはオーガの探索がメインになるという事ですか?」

 おれはルイスさんに質問した。

 どんな任務でも目の前にオーガが飛び出して来ない限りまず探す所から始めるのだが、わざわざ国外逃亡――もとい海外で仕事をしている弟を探し出してまで頼んできたとなると特殊なケースなのだろう。そしてどうやってASを発見したんだろう。狩人の一族だからワールドツリーがオーガハントを引き受けているのは知っているはずだが、所属している隊員の情報は公開されていない。とは言え昨年の日本での金成社長の件のように依頼人に直接会う場合もあるから、根気よく探れば見つけられないこともないが……。

「その通りです。何せ今回は見えない敵が相手なので」

「見えない敵?」

 思わずASと言葉が被る。顔を見合わせると、

「こっちはゾンビじゃなくて透明人間だったぜ!」

 目をまん丸くしたASが言った。

「そう、まさに透明人間なんだよ。被害者は誰も犯人を目撃していない。そしてどういう訳か、襲われるのはピンク色の小物を身に付けた女性だけなんだ。被害額は物によりけりだけれど、物を盗まれるだけで済んでいるから死亡者は出ていない。奪われる時に転んで怪我をした人は居るけどね」

「切り裂きジャックだ!」

 都市伝説が大好きなASは嬉しそうだ。

「いや、切り裂いてないぞ。ひったくり犯だよ!」

 しかもピンクの小物を狙うという小悪党感がすごい奴だ。

「事件もイーストエンドに集中しているから切り裂きジャックの模倣と言えなくもないけど、狙っている物が独特だよね」

 お兄さんの言葉を受けて、

「どうせならもっと金持ちを狙えばいいのにね!この家とかさ!」

 ASはケタケタ笑いながら言ってのけた。そういえばこいつはこの家をあちこちぶち壊し、最終的に家宝を盗んだんだった。透明人間よりよっぽど危険な野郎だ。

「やはりあそこに居るのはろくでもない人間ばかりだ」

 ぼやく父親にASはおやおや?と首を傾げた。

「そのろくでもない所の女に現を抜かした結果生まれたのがオレだよ、パパ?産業革命の時代じゃないんだからさぁ、偏見はいけませんぞ、領主様」

 確かにここまで性格がねじ曲がった上に凶暴な奴はなかなか居ないだろう。

「君も土地勘のある所なら動きやすいだろう?」

 とルイスさんに話を振られて、

「ああ!なるほど!」

 と手を打ったAS。

「お育ちの良いご令息は汚い街には行きたくないってことか!最近は綺麗だよー!中心部は!」

 会話を全部嫌味で返してくれるAIのようになった弟に、兄は肩をすくめて、おれに

「ナッシュビルさんに、情報は君達の持っている端末で共有出来ると伺ったので、送っておきますね。弟のことをくれぐれもよろしくお願いします」

 と頼んできた。ASをお願いって、隊長にも依頼されたな。

「ハンターとしてはオレの方が先輩だし、オレが面倒を見る側なんだけど!」

 ASが口を尖らせた。

「そうだな、ASの「信号機」もレベルアップしたことだし……てか、その透明人間ってオーガなのかな?兄みたいにハンターでも超能力を持つ場合もあるし、オーガじゃなかったら見つけることすら出来ないよね」

「おおっ!その通りだ!よしっ!やっぱりクレープを食べてカリフォルニアに帰ろう!」

 ASがしたり顔で頷く。そんなに会社が好きそうには思えないのだが、故郷に居る方が嫌なようだ。――いや、「秘密基地」に入り浸っているし、文句を言いながらも他の隊員と戯れあっているし、案外気に入っているのかもしれない。

「それを指輪を使って試して欲しいのです。ターゲットを引き付ける方法も考えてあります」

 そう言って、ルイスさんは上品に微笑んでみせた。なんだか嫌な予感がする……。

ASはクレープを、大和はスコーンを食べられたのでしょうか。

そしてASは2行以上の文を読むと天に召される…ということはありませんが、長文を読むのは苦手なようです。

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