Phantom
俺の父親、スティーブン・ウォルト・エイブラムスは英雄と呼ばれた。
元デルタフォース隊員で、退役後に立ち上げた傭兵部隊、通称「死線部隊」を率いて、南米の小国の民主政権の設立に携わった。数々の作戦を成功させた強者と持て囃されたが、本人は驕ることなくストイックに戦場に居続けた。その姿勢がまた賞賛を呼んで、彼に憧れ入隊を志願する者が後を絶たなかった。アレックスもその一人だ。とは言え「死線部隊」の存在を知る者は政治家や特殊部隊の出身者など一部に限られており、前述の南米での活躍の際にも名前を出さず、表向きはあくまでも民兵組織として動いていた。俺に言わせれば親父は四六時中戦の事を考え、その為だけに動く「戦争狂」なのだが、他の奴の目は渋い男前に映るのだから不思議なものだ。
父は、俺を身籠ったまま北アイルランドの武装組織から脱退し逃げ出してきた母を保護した。結局母は最後まで俺の本当の父親が誰か話さなかったが、言えない事情があったのか、それとも誰の子か分からなかったのか、今となっては真実は知る由もない。狙撃の心得のあった母は、父の下でスナイパーとして従軍した。
かつての戦傷が原因で子供を作れない体質の父は、俺を自分の息子として育てることに決めた。俺が生まれたのはオクラホマにある「死線部隊」の訓練地で、戦争のプロ達に囲まれて育った俺は自然と火器の扱い方を覚えた。それに加えて山深い土地だったので、サバイバルの知識が身に付き、ハンティングで銃の腕も磨かれた。こうして立派な狩人になった俺は、獣だけでは飽き足らず人間を狩る事を所望した。生き物の動きの数秒先読みが出来るという能力のおかげで、子供ながらに戦場でも頭角を現したが、どんなに武功を挙げても俺に付いて回る評価は「英雄の息子」だった。同じ頃母親は敵の狙撃手からライフル弾を食らって半身付随になり、スナイパーの命だった利き目までも失明し、絶望した彼女は療養――と言うより隠遁――をしていた訓練地の管理小屋で、自分の脳味噌に拳銃をぶっ放して死んだ。俺に「あなたのお母さんになれなくてごめんなさい」と書き置きを遺して。
この一件でますます荒んだ俺は、父親を超えると言う一心で更に死に物狂いになって戦った。先読み能力のおかげで殆ど負傷のなかった俺は調子に乗り、全ての敵を引き受ける勢いでリヒト研究所でも暴れ回った。そして、英雄は「子供たち」の一人から俺を庇って死んだ。あまりにも呆気ない幕切れだった。
結局、俺はカイザーの気まぐれで生き長らえ、同じく僅かに生き残った父に心酔する隊員達は俺を次の英雄と祭り上げた。曰く、父を殺したサイキック共の頭が殺すことを躊躇った実力の持ち主だ、そして俺が生還したのは「死線部隊」を引き継げと言う父の思し召しなのだ、と。勘違いも甚だしい。一丁前の男達が14歳のガキに部隊の立て直しを期待するなどお笑い種どころかまるで宗教だ。そもそも父の居ない死に損ないの傭兵集団に仕事を頼む奴など存在しない。
利に聡いアレックスはいち早く手を打ち、かつての仲間や顔馴染みと共に民間軍事会社を立ち上げた。そしてそこに俺や、死線部隊の残党を誘った。父の影が付き纏うことにうんざりしていた俺は当初は突っぱねて、アングラに潜ってカイザーを探していたが、アレックスは根気強く誘い続けた。態度にこそ出さなかったが、彼も思う所はあったのだろう、オーガハントに特化した部隊を編成し、自ら長を率いると聞き、俺は漸く首を縦に振った。
元死線部隊隊員達は、俺が父の跡を継ぐ気が無いことが分かると漸く其々の道を選択した。ある者は古巣に戻り、またある者は違う職業に就く等様々だが、俺はこれで父の幻影から解放されると胸を撫で下ろした。
そう、やはり父は英雄だったのだ。死後もなお、影響を与え続ける程に。
俺はまだ父を超えることが出来ない。幻影に怯えて逃げ続けるちっぽけなガキのままだ。
20XX年5月11日 アメリカ CA ワールドツリー警備部社屋
「終わらない反抗期なんだよ」
したり顔のASの言葉に虚を衝かれていると、
「永遠の反骨精神、決まりきった体制への批判、それがパンク魂だ!」
と熱く語った。なんだ、音楽の話か。腕を組んでそれを聞いていた大和が「ほう」と頷き、
「じゃあお前はそのパンク魂とやらに絆されて、おれの仕込んだ夕飯用の角煮を勝手に食べ切ったのか?」
と睨め付けた。つまみ食いの話だったのか……。
「オレは君の決めつけた夕食になると言う役割からおかずを解放してあげたんだ!彼等もオレの胃袋の中で喜んでいるよ!ところでこれ角煮って言うんだ!美味かったよ!柔らか過ぎて食った気がしないけど」
「ふざけるな!テメー、何時間煮込んだと思っているんだ!一生豚肉を食うな!あと今日は夕飯抜きだ!」
ASの発言に我がチームのコックが切れた。料理が趣味という大和は、俺達の食事も作ってくれている。
「自分の飯を作るついでだし、子供の頃から毎日やっていたから苦じゃないよ」
と言っていたが、毎日食事を作るということがすごいと思う。俺はせいぜい肉を焼くくらいしか出来ないし、ASに至っては大食漢の癖に電子レンジの操作すら危うい。そんな奴が好意に甘え過ぎるとこうなるのだ。
「そ、そんな!やまっちはオレに今夜はピーナツバターとチョコレートソースだけで過ごせと言うの?」
身を震わせるASに
「知らん!お前が全部食っちまったんだろうが!」
と、そっぽを向いた。完全にご立腹だ。しかし、ASが完食してしまったとなると俺のディナーも無くなったってことだ。
「仕方ない、秘蔵のホロホロ鳥の燻製を出すか」
俺の呟きに大和がパッと顔を輝かせた。
「おぉっ!いいね!フレンチだ!あ、パスタにしても良さそう」
「やったぜ!持つべきものは友だ!」
「AS、貴様にはやらん」
「敵だった!」
俺たちが大騒ぎしていると、ASがしょっちゅう蹴飛ばす所為でガタついたドアをノックして、
「ラルフ、居るかい?」
とアレックスが声を掛けてきた。返事をすると中に入って来て室内を見回し、
「また物が増えているね」
と感心したような呆れたような声を出した。ここは、俺がガレージの一角に家具や家電を置き、手作りで壁とドアを取り付けた通称「秘密基地」だ。元々俺専用だったのに、ASがやって来てからと言うもの、奴まで私物を持ち込み居座るようになった。更に大和まで加わり、インテリアがどんどんカオスになってきている。俺が思いも寄らないアイテムを置くので面白がって放置していたらこうなった。ごちゃごちゃしているが、何故か自室より落ち着く。仲間達もそうなのだろう。
「これって不法占拠だよね」
とアレックスに言われたが、何を今更と鼻で笑って見せる。彼も抗議しに来た訳ではないらしく、すぐに本題に入った。
「エリック・ライアンって覚えている?」
「覚えているも何も――」
元死線部隊の隊員で、俺を最後まで跡取りにしようとした奴だ。しつこさではアレックスと良い勝負だ。
「彼がね、大尉のお墓参りに行きたいと連絡して来たんだ」
死線部隊の隊員は軍隊出身者が殆どで、彼等は皆父の事を陸軍時代の階級で呼ぶ。アレックスは確か元ネイビーシールズだった筈だ。まるで軍人には見えないが。それにしても海軍にまで父の噂が伝わっているんだから驚きだ。
「墓参りなんぞ勝手に行きゃいいじゃねえか。別に許可なんか要らないだろ」
呆れ返る俺に、アレックスが困り顔で続けた。
「それがさ、一緒について来て欲しいと言うんだよ。俺と、君も一緒に」
「なんだそりゃ?墓の場所が分からないのか?」
親父の熱心な信者だった奴に限ってそんな訳無いと思うのだが。
「きっとお化けだ!幽霊が出るんだ!それかゾンビになって蘇るんだ!」
横で聞いていたASが騒ぎ出した。
「お前、人の親父をゾンビにするんじゃねえよ」
「えんちゃんのお父さんって、確か研究所の鎮圧の時に亡くなったんじゃなかったっけ?7年経って今更お墓参りに付き合って欲しいって、何か話したいことがあるのかな?」
大和が首を捻る。そういえばこいつの兄貴も7年振りにアメリカに戻ってきた弟に接触して来たんだったな。まさか俺にも兄弟がいるなんてオチじゃないだろうな。
「俺に……と言うより、ラルフの様子を散々気にしていたから、用事があるとすればそっちなんじゃないかな」
アレックスの言葉に、俺は頭を抱えた。
「おいおい、まだ諦めていないのかよ」
「ダメだよ!えんちゃんはオレが倒すんだから!」
勘違いしたASが喚く。お前も諦めていなかったのか。
「モテるねぇ、男に」
アレックスが口の端を吊り上げた。
「羨ましいだろ?可哀想だからエリックはお前に譲るよ」
もう出て行けと手を払ったが、奴はどこ吹く風と言わんばかりににっこりと笑った。
「そういう訳にもいかないよ。君のご尊父の事だし、彼だって君の言う事の方が聞くだろう?」
「聞かないから付き纏われたんじゃねえか。大体、ストーカーに被害者を会わせるなんて何考えてんだよ」
「だから君一人では向かわせない。今回は俺も行くよ」
事も無げに言うアレックスに、俺は目を見開いた。
「珍しいな!出不精なお前が遠出をするなんて!それに、俺達が揃って出掛けて、警備部は大丈夫なのか?」
隊長のアレックスが外出や休暇を取る際は、俺が代役を務めている。元死線部隊の人脈もあるが、警備部は変わった連中ばかりなので、外部とまともに話が出来る奴が居ないからだ。大和がもっと経験を積めば対応出来そうだが、その為には神経質な所を上手く隠せるようにならないと難しいだろう。ASは論外だ。こいつは人に喧嘩を売るのが商売みたいな奴だ。
「今回は俺も指名されているからね。我々の戦友なんだし、無視する訳にはいかないだろう?代理はラプターとクリスに任せるから問題無いよ」
ラプターは情報部の所属で、クリスは俺達と同じ元死線部隊出身者だ。冷静沈着なラプターは兎も角、気が良いが熱くなりやすいクリスは本当に大丈夫なのだろうか?まあ何かあればアレックスに連絡は来るだろうし何とかなるだろう。
「オレは?オレもゾンビを見に行きたい!」
前のめりになってASが言った。その頭を軽く小突いた。
「だからゾンビにするな!」
アレックスがASに顔を向け、
「AS、君にも帰郷してもらうよ。ロンドンでご家族が待っているよ」
と言った。
「は?」
ASの表情が氷漬けになったかのように固まった。懐から赤と青のストライプで縁取りされた封筒を取り出し、アレックスは微笑んだ。
「今時手紙で連絡を寄越すなんて面倒な――失礼、丁寧なご令兄だね。会社宛に届いた分は開封して読ませて貰ったけど、君宛にも来たよ。はい、どうぞ」
ASは受け取らず、警戒心の強い猫のようにアレックスを睨んで唸った。
「会社宛の文面にはなんて書いてあったの?」
「君をご指名で仕事を依頼したいそうだよ。俺たちもだけど、今度から指名料取ろうかな?」
「仕事だって?そんなの呼び出す為の口実に決まってんじゃん!お断りだね!他の奴に頼んでよ!」
なかなかロンドンからの手紙を受け取らないASに痺れを切らしたのか、アレックスはASの上着の首根っこに国際郵便を突っ込んだ。
「わっ!何するんだよ!」
慌てて手紙に手を伸ばすASを見守りながら、アレックスは
「オーガ退治で、しかもホームの依頼なんだから君じゃなきゃ駄目だよ。大和、君はASと一緒にイギリスへ向かってくれるかな。くれぐれもASが無茶をしないように見てやってね、頼むよ」
と言い、大和に目線をやった。これは大変な役目を押し付けられたな……大丈夫だろうか。
「任せてください!日本での借りを返します!」
胸を叩いて引き受ける大和に、ASは手紙を押し付けた。
「じゃあ代わりに読んでおいて!」
「ハア!?何で人の手紙を読むんだよ?」
「オレ、たった今、2行以上の文章を読むと死んじゃう病に掛かったの!」
そう言ってそっぽを向くAS。書簡すら読みたくない程毛嫌いしているのか。果たして仕事になるのか?既に疲れ果てた様子で溜め息を吐く大和と、過去の因縁に悩まされる俺とASに、隊長殿だけは爽やかに
「それじゃあ皆明日の朝出発だからね!準備しておいてね!」
と言い放って退室した。
「これだけ揃って故郷に良い思い出が無いっていうのもすごいね!家族関係も滅茶苦茶だしおれたち家庭運無いのかなぁ」
「感心している場合かよ」
俺は壁に貼られたセドレツ納骨堂の写真を睨んで呟いた。ASがヨーロッパ周遊中に撮ってきたこの写真は、有名な人骨で作られたシャンデリアで、髑髏たちの眼窩と目が合いますます憂鬱な気分になった。幸せな家族写真ではないところが俺達にお似合いなんだろう。
「過去じゃない。未来を作るんだ!その為にもオレは奴等を討つ!」
おとぎ話の勇者みたいな格好良い宣言をするASに
「いや、討っちゃ駄目だから!あくまで仕事!円満解決!」
と大和が諫めた。
ひと月賑やかな奴等と一緒に行動してきたので、離れるのは少し寂しい気もするが、こいつらも俺もそれぞれ課題を解決しなくてはならない。やれやれだ。
20XX年5月12日 アメリカ OK 元死線部隊訓練地
「じゃあね、えんちゃん。ゾンビパパによろしく」
いつもより低いテンションで旅立って行くASと連れの大和を見送り、俺とアレックスも別の便で古巣に向かった。
訓練地のある森に入るとアレックスは
「7年振りに来たよ!懐かしいなぁ」
と郷愁を覚えたようだったが、俺は
「狩りのシーズンでもないのにこんな何も無い山の中に来たってつまんねえよ」
と言い捨てた。
「君の生まれ故郷じゃないか。まったく、君には望郷の念というものがないのかい?」
「まだそんなことを感じる年でも無いんでな」
「はいはい、ジジイで悪かったね」
そんなやり取りをしながら管理小屋を目指す。ここに車を止めて、墓までは徒歩で向かう。木造の建物の三角屋根が見えると、
「ここにこそ幽霊が出るんじゃないか?」
と呟いた。この小屋の裏庭で、母は自ら命を絶った。ちょうど今のように新緑の季節だった。透き通った緑の中に、真っ赤な血を滴らせながら母が倒れていた。緑の対色は赤だと知ったのはこの時だった。死の瞬間は数え切れないくらい見てきたが、鮮やかな天然色で脳裏に焼き付いているのはこの光景だけだ。それからの思い出と言ったらずっとモノクロームだ。父の死ですらそうだった。と言うより、これがきっかけで俺は人の生き死にへの感情が鈍くなった。――いや、元々イカれていたのかもしれない。ただスイッチが入っていなかっただけで。全く、ASの事をタガが外れた奴だなんてどの口が言うんだ。
「不謹慎な事を言うね。まるでASだよ」
ちょうど頭をよぎった人物の名前が出てきて苦笑した。奴はまだ飛行機の中で鬱鬱としているのだろう。その方が大人しくて助かるが。
敷地に車を乗り入れると、小屋の主が出て来て出迎えてくれた。父の親友のウィル――ウィリアム・カーターは死線部隊の設立当初からのメンバーで、親父の死後も訓練地の管理を引き受けている。
「久しぶりだな!元気だったか?」
と再会を喜び合うアレックスとウィルを横目に、俺はウィルの車の隣にもう一台四駆が止まっていることに気付き、親父の信者が既に到着していると知り顔を顰めた。会いに来たのだから居るのは当然なのだが、なるべく接触時間を減らしたい。
「ラルフ、相変わらず無愛想だな!また背が伸びたんじゃないか?」
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、子どもの頃と同じように絡んでくるウィル。
「ああ。あんたも相変わらずだな」
愛想の良くない俺は適当に切り上げようとするが、ウィルは7年振りに再会した親友の息子の成長が嬉しいのだろう、なかなか離してくれない。
「同い年の友達も出来たんだってな!良かったじゃないか!お前は学校にも行かなかったし、相手をするのは野生動物か隊員のおっさんばかりだったから、若い奴と話が合わないんじゃないかって心配していたんだよ」
果たしてチームメートを友達と呼んでいいのか疑問だが――と言うより、アレックスめ、そんな事まで報告していたのか!連絡を取り合っていることは知っていたが、親戚のジジイじゃないんだぞ……勘弁してくれ。
「ところで、エリックはもう墓に向かったのか?」
「ああ、お前達も行くんだろ?少し休んでから行くかい?」
「いや、いい。さっさと用件を済ませたい」
「お前は本当に可愛げが無いなあ。まあ、早く行ってやれよ。スティーブも喜ぶよ」
親父を愛称で呼ぶのはウィルだけだ。しかし親父の喜ぶ姿など想像がつかないのだが……無愛想な所は似たのかもしれない。つっけんどんな態度をとっても何故か嬉しそうなのはそう言う事だろう。
「マリアにも挨拶しておけよ」
マリアは俺の母親の名前だ。形だけとは言え夫婦だった両親は隣り合って埋葬された。そういえばウィルは母さんの死んだ家に1人で住み続けている。そしてこの近くにある物と言えばその墓だけだ。いくら戦友とは言え気味が悪くないのだろうか。
俺とアレックスはウィルに別れを告げると山道を進んだ。いくらホームとは言え、英雄の墓をこんな辺鄙な所に作るなよ。まあ父は一般には知られていないから、墓参りに来る奴は熱心な信者くらいなので構わないのだろうが。
若葉の茂る森を歩くのはなかなか気分が良い。ASに言わせると「空気良すぎ」って所だ。足取りも軽く歩いて行く俺を後ろから眺めて、アレックスがしみじみと呟いた。
「やっぱりラルフは森の中に居るのが似合うねえ」
「悪かったな、野生児で」
「そんなこと言ってないじゃないか。君、引退したら猟師になるといいよ」
「そこまで生きていられればいいがな」
山道が緩やかになり、開けた場所に出て来た。爽快だった俺の心はまた深く沈む。
緑の絨毯が敷き詰められたような空地に墓石が並んでいる。両親の物だけではなく、身寄りの無い隊員の墓もある。ここまで遺体や墓石を運び、獣に掘り返されないよう石室を作り埋葬するのはなかなかの重労働だ。人間は死後も他者に迷惑を掛けるものなのだなと思いながら、父の墓の側に立つ男の元へと歩み寄る。俺達に気付き、男は片手を上げた。俺と違って愛想の良いアレックスは、笑顔で手を振り近付いて行く。挨拶を交わす戦友達の横で仏頂面のままの俺に、エリックが声を掛けてきた。
「来てくれて良かったよ、ラルフ。もう会ってくれないかと思っていたんだ」
「会うつもりは無かったんだがな、こいつに何かあると困るからついて来たんだよ」
そう言って、隣のアレックスに親指を向けた。アレックスは目を見張って俺の顔を覗き込んだ。
「君は俺のナイトだったのか?逆のつもりだったんだけど、そんな風に思っていてくれたなんて嬉しいね」
「お前も勘違いするな。お前が居なくなると警備部が機能しない。そうなれば俺の計画に支障が出る。それだけだ」
じろりと連れを見返す俺を見て、エリックは深く息を吐いた。
「別にお前達に危害を加えるつもりは無いよ。――そうだな、俺もアレックスのように先を見据えて行動していたらラルフにも信用されたのかもな」
「そうとも。わざわざど田舎に俺達を呼び出して、過去の人間の前に引き摺り出すような奴を信じられる訳がないだろ?」
「君の故郷だけどね、ラルフ」
アレックスに指摘されたが、そんな物は無視だ。
「過去の人間か。ラルフ、お前はまだ若いから過ぎた事に囚われたくない気持ちは分かる。でもな、その過去があってこそ今の自分が居るんだ。現に、何でお前達はオーガハントの組織を作ったんだ?そしてどうしてお前はカイザーを追っているんだ?」
エリックがじっとこちらを見据えてくる。
「アレックス、お前どこまで話したんだ?」
「こいつに聞いた訳じゃないよ。お前がアングラで調べ回っていた頃、小耳に挟んだだけだ。まだオーガハントに精を出している所から察するに、奴の足取りを掴めていないんだろう」
俺は舌打ちした。裏社会は広いようで狭い。どこで繋がっているのか分からないものだ。
「大尉の仇がそいつだと知って、俺もずっと探していたんだ。海外に潜んでいる可能性もあるから、伝手も辿ってな。でも何の手掛かりも得られなかった。そもそもカイザーとその側近の姿を目にして生きている人間がお前しか居ないんだから、見つけ出せないのは当然だ」
「……何が言いたい?」
俺が睨み付けると、エリックも見返してきた。
「なあ、そのカイザーって奴は、本当に存在するのか?」
「なんだと?」
微風が若い葉を揺らす。この重苦しい雰囲気には不釣り合いな木漏れ日が、俺達に降り注いだ。
「お前はずっと父親を超えたいと思っていた。そして、「英雄の子」としてしかお前を認めない隊員達に憤りを感じていた。マリアもお前の母親ではなく、死線部隊の隊員として大尉に尽くす道を選んだ。――だからお前は研究所の反乱の時、敵に成りすまして俺達を始末したんだ。目障りな過去を消し去る為に」
何を言っているんだ、こいつは?俺が親父と戦友達を殺しただって?冗談じゃない。目眩を感じる俺の横で、アレックスが静かに口を開いた。
「それは話が飛躍し過ぎじゃないか、エリック。ラルフは先月カイザーと接点のあるNo.28に襲われたし、千里眼の使えるワサビ……No.39も、彼とカイザーのやり取りを目撃している。ラルフが「皇帝」なら彼の不利になるような行動は取らないだろう?」
「No.付き共はカイザーの支配下にあるんだろう?奴が命令すればそのくらいのこと遣って退けるさ」
エリックは口の端を吊り上げた。
「うーん、可愛さ余って憎さが百倍とはまさにこの事だね」
肩を竦めるアレックスを見遣り、
「お前はおかしいと思わないのか?死線部隊の俺達が7年も追い続けて、何一つ情報が手に入らないだなんて」
とエリックは言った。
「それじゃあラルフは7年間も俺を欺きながらオーガと戦い続けたって言うのか?無骨な彼にそんな器用な事が出来るとでも?」
庇ってくれてはいるのだが、なんだか引っかかる言い方だな。
「俺達の知っているラルフなら無理だろう。でも人の心の奥底は誰にも分からない。本人すら気付いていないかもしれない」
「何だそれ?無意識に「カイザー」という人格を作り出したってこと?そしてそれが先月7年振りに都合良く現れて、「子供たち」に命令して自分達を襲わせたと?エリック、君ね、いくらラルフが希望通りに死線部隊を復活させてくれなかったからって、八つ当たりするのはやめなよ。いい歳したおっさんが子供を虐めて、みっともないったらありゃしない!」
ウィルもそうなんだが、アレックスも俺の扱いが7年前から変わらない。子供扱いされる程俺は幼稚ではない筈だ。――ふと、ASの「終わらない反抗期」という台詞を思い出した。嘘だろ、俺はパンクロッカーじゃないぞ、ヘヴィメタル派だ。……おっと、そんな場合じゃなかった。
「アレックス、お前は昔からラルフの肩を持っていたな。同情なのか、自分の娘と重ねているのか分からないが。本当はお前も知っていて庇っているんじゃないか?だとしたら同罪だ。――いや、そういえば大尉が亡くなってからすぐに自分の組織を作ったな。目敏いお前のことだ、部隊が瓦解する機会を狙っていたんじゃないのか?」
「君はいつからそんなに疑り深くなったんだ?君は戦友の俺も、尊敬する大尉の息子のことすら信じられないのか?」
エリックはよろめいて頭を抱えた。
「そうだ、俺にとって最も信頼出来る存在が大尉だった。お前達も同志だと信じていた。それなのにどうして俺を見捨てたんだ」
「いや、ワールドツリーに誘ったけど断ったのはそっち――」
と、アレックスが反論しかけた時、森の中で草木が揺れる音がした。風ではない、もっと質量の大きい何かが動く音だ。同時に上着の裾に手を突っ込んだエリックがその腕を上げる前に反射的に掴み掛かった。手に握られたハンドガンのスライドと、もう一方の手で相手の手首を掴み、股間を蹴り上げて蹲った奴の手から銃を奪い、そのまま腕を捻り上げて地面に転がした。倒れたエリックのこめかみを蹴飛ばして、止めに項を踏み付けて銃口を相手の頭に向ける。
隣でアレックスが感嘆の声をあげた。
「鮮やかだね!さすが現役は違うな!」
「いいから早く拘束しろ!」
「はいはい。もう彼、気絶してるけどね」
アレックスはパンツのベルトを外してエリックの手首を括った。
「森の方からも気配がした。こいつの仲間がいるかもしれない」
と忠告すると、アレックスは
「ああ、それなら心配ないよ。監視役が付いているからね」
何でもないことのように言い切った。
「お前達、大丈夫だったか!?」
山道から散弾銃を担いだウィルが姿を見せた。監視役とは彼のことだったのか。そう思っていると――突然、墓地の入り口付近の何も無い空間に人影が現れた。黒髪の少年が、ぐったりした背の高い男を引きずって立っている。少年が反対の手に持つ、古い型の拳銃のストックと日本刀が一体化したけったいな武器を見て勘付いた。あいつはNo.0、大和の兄貴だ。何でこんな所に居るんだ?そして――
「やっぱりいきなり出て来るとびっくりするな!――って、デイブじゃないか!こいつまで来ていたのか……」
元死線部隊隊員で、母の後任の狙撃手に、ウィルと同じタイミングで気付いた。
「いやー、懐かしい顔触れが揃ったねぇ」
アレックスだけが呑気に微笑んでいる。
「そっちの森の中に隠れていたから、依頼通り捕まえてきたよ」
新顔の東洋人が抑揚の無い声で言った。元スナイパーの手足はロープで絡め取られている。この光景にデジャヴを感じた。――ああ、そうだ。先月のブレードとNo.39を捕獲した時だ。あの時はASがサイキック達を縛り上げていた。捕縛のやり方を教えたのは俺だが、奴はあっという間に自分のものにしてみせた。射撃は未だに苦戦しているのに不思議なものだ。
「本当に殺さなくて良かったの?ここ、埋める所も沢山あるのに」
冗談なのか本気なのか分からない空恐ろしい事を言って、No.0がアレックスに顔を向けた。
「俺達は御国の機関とも繋がりがあるからね。そう簡単にオーガ化していない人間の殺生は出来ないよ」
アレックスの回答に彼は「ふうん」と頷き、
「でもさ、生かしておいたらまた弟の仲間の事を狙って来ると思うよ」
そう言って、俺に目を遣った。
「せめて手足くらいは斬り落としておこうか?」
双子なので顔の作りは大和と瓜二つだが、吐く台詞が凶暴過ぎる。大和もたまにぶっ飛んだ発言をするが、こんな殺し屋みたいな事はさすがに言わない。ASと発想が似ている、と聞いていたがこういうことかと合点がいった。
「心配してくれてありがとう。でも彼等は俺達の戦友なんだ。だからけじめはこちらでつけるよ。それに、ラルフはそう簡単にやられはしないから安心して」
サイコパスのような男にも、アレックスはにこやかに応対した。いや、内容はあまり穏やかじゃないが……。
「わかった」
No.0は案外素直に引き下がった。先刻アレックスの言っていた「監視役」には彼も含まれていたようだ。
「いつの間に連絡を取っていたんだ?」
「大和の頼みでラプターが探し出したんだよ。兄が今までと同じ商売が出来なくなったから食うに困るんじゃないかと心配してね」
大和にしてみれば命の恩人である兄の行く末は気になるのだろう。そしてラプターは裏社会の人探しにも精通しているのか。底知れない奴だ……。
「当面困らないくらいの資金はあるんだけどね。まあ可愛い弟の好意は受けておこうと思って。それにもう一つ頼まれたんだ」
No.0が口を開いた。
「頼まれた?何をだ?」
俺の質問に、大和の兄はこちらに向き直って言った。
「会社に迷惑を掛けたお詫びに、ぼくが知っている研究所の情報を話してやってくれって。特に――ラルフくん、君が一番気にしているからってさ。「皇帝」についてはぼくも知らないけど、管理個体――君たちの呼ぶ所の「子供たち」のことは分かるよ」
そうだ、彼は研究所の衛兵だったのだ。反乱の起こった日の状況も、記憶の曖昧な大和より多くの情報を持っているだろう。研究所に居たNo.付き達の能力も把握しておけば、行き当たりばったりの今までと違って、今後対処しやすくなり有り難いのだが――
「初対面の人間に話しても大丈夫なのか?」
No.0は小首を傾げた。
「もう存在しない研究所に守秘義務は無いよ」
「いや、そこじゃなくて……お前、研究所に良い思い出は無いだろう?お前自身が話して良い気分にはならないんじゃないか?」
実は大和が入社する前、ASに
「研究所の事件は記憶が無くなるくらいなんだから大和にとって相当ショックだったんだ。穿り返すようなことは絶対に言っちゃダメだ」
と散々注意をされた。ASが人の心情を推し量ることなど滅多に無いので、訓戒として記憶に残っている。あいつ自身も幼少期の事は語ろうとしないので、触れて欲しくない覚えがあるのだろう。大和は覚えていないので、トラウマにもなっていないようだが。嫌な記憶は忘れ去った方が本人にも周りの為にもなるという事がよく分かる。
ところがこの男は殆ど一緒に過ごした事の無い弟に頼まれたからと、よく知らない相手に自ら腹を掻っ捌いて中身を見せるような行為を平気でやろうとしている。頼む方もどうかと思うが、引き受ける方もおかしい。
「確かに良い気分では無いけれど、起こった出来事は変えられないんだから仕方がないよ。それより、過去の経験が今後に役立つなら、それを活かした方が得策だよね。彼等みたいに、過去の英雄の幻影を追い続けるよりは、さ」
そう言って、No.0は自分の足元で蹲っているデイブをガラス玉のような目で見下ろした。
幻影か。確かにエリック達は信奉する隊長の姿を本人の死後もなお求めていた。息子の俺にその姿を重ね、理想通りにはいかない俺を元凶なのではないかと思い込んだ。挙げ句の果てには俺の味方をしたアレックスも英雄を利用する悪党だと疑い出した。多分このままいけばウィルも敵だと決め付けていただろう。思い込みでかつての仲間を襲うなどとんでもない奴等だ。
――しかし、俺がそれを馬鹿に出来るのか?結局俺も親父の影響力から逃げ、「皇帝」の影を追いかけている。父を殺め、俺を侮慢したカイザーを倒せば、周りが自分を認め、英雄を超えられると思っている。
「君も過去の因縁に囚われているみたいだけど、逆恨みした彼等と違って、君の場合は正真正銘の敵討ちだ。乗り越えるべき目標を見つけられたのは良い事だよ。前に進めるんだから」
No.0が励まし(なのか?)の言葉をかけて来る。親の仇討ちと誤解されているようだが……まあ、カイザーが最終目標である事には変わりない。一々訂正するのも面倒なので、
「そりゃどうも」
と軽く礼を述べた。
「お前達がお喋りしている間に警察を呼んでおいたぞ。久しぶりに賑やかになるなあ!」
ずっと森の中の一人暮らしで退屈していたらしいウィルが、楽しそうに言った。その言葉を受け、アレックスがNo.0を見る。
「それじゃあゼロくんは面倒事に巻き込まれないように隠れていた方がいいね。デイブはウィルが見つけて捕らえた、と言う事にしておこう」
確かに無戸籍で、子供にしか見えない見た目の男が妙な武器で元傭兵を襲ったと言うのは厄介なことになるだろう。
「わかった。背後から倒したから姿は見られていないし、問題無いよ。それじゃ、また後で」
No.0はそう言い置いて、一瞬でその場から消えた。おお、まさに忍者だ!
「俺がやったことにするのか。やっぱりちょっと面倒だな」
ウィルが愛用のレミントンM870を撫でながら呟いた。俺も面倒事は嫌いだ。そしてそいつは良い銃だ。俺も猟で使っている。――いや、それよりだ。
「ウィル、No.0が居る事は知っていたんだよな?」
先程No.0が姿を現した時、「やっぱり急に出て来ると驚く」と言っていた。やっぱり、と言う事はNo.0がテレポーターだと知っていたのだ。そもそもアレックスから監視役を頼まれていたのなら、仕事仲間の存在も当然了知している筈だ。
「もちろん!お前の友達の兄弟なんだってな!お前と同い年にしては随分子供っぽいが、東洋人は若く見えるんだなあ」
「いや、No.0が特殊なんだよ。あいつの双子は年相応だよ、見た目はな」
中身は兄貴の方がしっかりしていそうだ。口は悪いが。しかしNo.0を見て驚くのなら、ASを連れて来たら腰を抜かすだろう。
大和も兄貴に仕事を頼んだなら教えてくれればいいものを。
「俺だけ除け者かよ」
俺は空を見上げてため息を吐いた。感情の読み取れない兄貴もだが、実は弟もなかなかの食わせ者かも知れない。まあ、ずっと裏社会に潜っていた奴が必ずやって来る保証は出来なかったのだろうが。
さて、兄は頼みを聞いてくれたが、相棒の手綱を握る事は出来るかな?
俺は心配半分、好奇心半分で、仲間達の向かった北東の方角を眺めた。
えんちゃんお墓参りに行く(結局参ってなかった)&攻撃しないって言ったのに!嘘つき!の巻。
今回登場した「秘密基地」はtrack4とtrack5の終盤の舞台となった部屋で、ガレージの一角にあるイメージ。
ガレージ良いよね!大人の秘密基地!
ちなみに食事は食べる方が毎回材料費と手間賃を負担するので作る方は損をしないようにしているそう。




