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The World Tree  作者: GUM
track5
14/20

No.0 -Yamato Ver.-

caution!!


一部センシティブな内容が含まれています。

表現は控えめにしましたがご注意ください。

20XX年4月29日 アメリカ CA ワールドツリー警備部社屋


「流れのハンター?何だそりゃ?」

「なにそれ!めっちゃカッコいいじゃん!」

 首を傾げるおれとラルフとは対照的に、ASは目を輝かせて食いついた。

「いいね!ハードボイルドだぜ!」

 あー、そういえばクリント・イーストウッド作品を一気見していたっけ……。ここ暫く物真似に付き合わされて大変だった。

 えんちゃんは

「10歳の子供の相手をしていると思えば余裕だ」

 と度量が広い事を言っていたので、おれが

「見た目も精神年齢もそのくらいだけどASはおれたちと同い年なんだぞ」

 と伝えたところ、

「思い出させないでくれ……」

 頭を抱えていた。

 仲間を苦悩させている事など露知らず大はしゃぎするASに、この話を振ってきた隊長が言った。

「そのカッコいい奴が俺たちの名前を語って、オーガの違法取引に関わっているらしいんだ」

「マジか!ますますハードボイルドじゃん!」

 アウトローに憧れる時期があるのは分かる。分かるけれども……

「お前、ついこの間チャイニーズマフィアに関わったこと忘れたのか!?」

 おれが思わず口を挟むと、ASはこちらをまじまじと見ながら、

「それはやまっちが1人で大騒ぎしていたんじゃん。結局あれから何にも起こらなかったでしょ?」

 と言い返してきた。

「そうだけど、これから何かあるかもしれないじゃないか!それか、水面下で事が始まっているのに気付いていないだけかも……」

「やまっちって生きづらそうだよね。かわいそう!」

 微塵も可哀想と思っていない口調でASは言った。おれは憎たらしいニヤニヤ顔を睨みつける。

「おれは思慮深いんだよ。いつもヘラヘラしてる誰かさんと違ってね!」

「誰だか知らないけどご愁傷様!」

「おい、お前らいい加減にしろ!」

 ASと遣り合っていると、えんちゃんに怒られた。おっといけない、隊長のお話中だった。隊長は、仲良しだねぇ、と笑いながら言葉を継いだ。一体今のどこを見れば仲良しに感じるんだろう?あ、また話が逸れてしまう!

「ちなみに、オーガは殺害しても罪にはならないことは周知の事実だと思うけど、これには条件があるのは知っているかな?」

「はい。公的機関へオーガの存在を連絡済じゃないと無効なんですよね」

 おれは元気に応えた。ASに「もっと勉強しろ」と突かれてから、自分なりにオーガ関連の事を調べている。

 オーガの殺傷を無条件に承認してしまうと、それを利用した犯罪が起きてしまう。よって、罹患が疑われる時点で公的機関(主に警察)に通報しなければならないのだが、施設に収容される為大抵の人は隠したがる。治療方法が無い為、死ぬまでそこに隔離されることになるからだ。周りに知られれば身内への差別にも繋がる。隠したところでオーガ化してしまえば結局は処分されてしまうし、周囲への被害を増やすことになるのだが、未来より現在の状況を優先してしまうのは人間の性なのかもしれない。

 しかも厄介なことにオーガは遺体どころか切断や剥離した体の一部や血液すら残らないので、一般人がオーガを倒した場合その証明が非常にややこしくなる。そこでおれたちの様な専門機関に任されることになる。

「へー!知らなかった!」

 ASが目を丸くした。お前は人に勉強不足って言っておいてそれかよ!と睥睨すると、

「冗談だよー!」

 と舌を出した。こいつは人を苛立たせる天才だな!

「えんちゃん、こいつ一発殴っていい?」

「後でな。今は相手にするな」

 お、後でならいいんだ!よーし!

「暴力反対っ!」

 と騒ぐASを無視して、隊長は話を続ける。

「そう、つまり原則は専門家じゃないとオーガの殺傷は出来ないんだよ。そもそも身体能力が桁違いだし、知識や道具が無いと抵抗すら出来ないんだけどね」

「その流れ者は関係者ってことか。俺たちが対オーガの専門組織と知っている時点で堅気じゃないよな。しかもそれをわざわざ使ったという事は、商売をやりやすくする為か、それとも俺たちに喧嘩を売っているのかのどちらかだな」

 ラルフの言葉に隊長は頷いて、

「そのどちらの意味もあるのかも」

 と苦笑した。

「隊員と名乗った人物は、拳銃のような刀のような変わった武器を持っていたらしいんだけど――顔が大和にそっくりなんだってさ」

「やまっち反抗期なの?」

「お前誰かに恨まれているのか?」

 揃っておれに顔を向けたASとえんちゃんが口々に言った。――だが、おれは別の可能性に気付き血の気が引いていくのを感じる。

「違う。これこそがマフィアの報復なんだよ。ブレードとワサビちゃんを引き渡さなかったから、おれに成りすましてうちの隊の評判を落とす気なんだ」

「ワサビ?誰だそれ?」

 えんちゃんが首を傾げる。

「No.39のこと。名前が無かったからおれが付けたの」

「クールだな!」

 チームメートは太鼓判を押してくれたが、隊長は

「もしかして名前が気に入らなかったことがターゲットにされた原因だったりして」

 と苦笑いした。

 そういえば、おれが不便だからと命名した時、ブレードは複雑な顔をしていたが、当のNo.39本人が受け入れたので彼も渋々了承したようだった。名前を気に入ったと言うより、名付けられたこと自体が嬉しいらしい。ブレード自身も自分の名前をふざけていると言いながらも使い続けている所から察するに、寄る辺無い彼等にとっては大事なアイデンティティなのだろう。自分の本名すら忘れる大食らいの生意気な野郎とはえらい違いじゃないか。

「まあ、彼等は保護施設に居て外部とは接触出来ないから関係無いだろうね。それに潮幇ティオ・パンに大和が関わったことを知る人物は居ないし、万一面が割れたとしてもわざわざ大して影響力の無い新人を狙うとは思えないよ」

 隊長殿……悪気は無いんだろうけどまあまあ刺さることを言ってくる。ASはそれを聞いてまたにんまりと笑った。

「だよねー!可愛くて強いワールドツリーのアイドルのオレならともかく、バーサーカーになるのと怪我が治るのがちょっと早いだけの大したことないぺーぺーじゃ利用する価値も無いもんね!」

 この野郎!隊長の言葉の都合の良い所だけ引っ張ってきやがって!やっぱり後でと言わず今すぐぶん殴ってやる!と向かっ腹を立てていると、隣のえんちゃんが

「別に個人を狙った訳じゃないだろ。要は社名を使われたことが問題なんだよ」

 と冷静に訂正してくれた。流石だ!……あれ?でもさっき少し疑われていたような……冗談だったんだよな?

 隊長は大きく頷いた。

「その通り!だから任務に就く時は必ず社員証を携帯して、依頼人に会う場合は提示を徹底してね。という訳でこれは注意喚起」

「は?」

 3人揃ってぽかんとする。

「え、おれのそっくりさんを探せって仕事じゃなかったんですか?」

 おれの質問に仲間達が点頭した。

「まさか!だっていつ何処に現れるかも分からない相手だよ?もしかしたらもう姿を見せない可能性もあるし。もちろん解決出来ればベストだけど、今のところは気を付けるしか無いよ。オーガの取引に関わっている以上犯罪だから、調査はするけどね。君たちの仕事はこっち」

 と言って、タブレットに表示されたオーガの目撃情報を指点した。

「何でお前は毎回回りくどい話し方をするんだよ!先に用件を言え!」

 えんちゃんが語気を荒らげた。

「そうだそうだ!オレの時間を返せーっ!」

「おれのエネルギーもだ!」

 初めて意見が合って騒ぎ立てるおれたちを

「やっぱり仲良しじゃないか」

 と微笑みながら見守る隊長。この人も折れないな……。



20XX年4月29日 アメリカ CA


 1


「隊長はああ言っていたけど、勝手に社名を名乗られるって結構まずいよな」

 任務に向かう車中、おれは誰にともなく呟いた。

「そうだな。アレックスが言うには依頼人に対してのみ答えていたそうだが、そもそも依頼者に接触している時点で問題だ」

 おれたちは隠密部隊という訳ではないが、世間一般にオーガハントを引き受けていると知られるのは色々と面倒が増えるので避けている。依頼は基本は公的機関や、同じハンターやその関係者から(日本での金成氏のように)来る。稀に先日の潮幇ティオ・パンのように外部の組織から来る事もあるが、あれは超レアケースらしい。

「なんで依頼人まで知っていたんだろうね?やっぱりやまっち、何かやましいことしてない?」

 ASが自分の顔くらいあるでかいクッキーの陰からこちらを覗いてくる。

「お前、仲間を疑うのか?大体おれの偽物が現れた日は、おれたちは揃って仕事中だったじゃないか!」

 だからおれへの嫌疑も晴れた訳だが。

「そうなんだよね。完全犯罪なんだよな。君はどう思うかね?」

 こいつはまだ信じてくれない。偉そうに隣のえんちゃんを突いて振り払われている。

「ヤマにそんな根性がある訳無いだろ!」

「そうだそう……いやそうじゃねえ!」

 失礼な奴らだ。

「もういい!もう知らん!好きな所で糞垂れてりゃいいんだ!」

 ASはハッとしてえんちゃんに目をやった。

「ねえ!この子う◯こって言ったよ!汚い言葉を使うなんてやっぱり悪いやつなんだ!」

「お前が人の事を言えるのか?一々煽るんじゃねぇよ!ああもう面倒臭えな!」

 まったく、こういう時は「俺たちは誰が何と言おうとお前の事を信じているぜ!」という展開になるのが定石なんじゃないのか?捻くれた連中だな。

「これじゃあとてもヒーローになんてなれやしないな」

「何の話だよ?」

 おれがそっぽを向いて吐き捨てると、前席の二人が首を傾げた。

 ヒーローと言えば、おれにとっては7年前に研究所の附属病院から助け出してくれた存在だ。あの日、風邪を拗らせて肺炎で入院していたおれは、事件に巻き込まれて瀕死の重傷を負っていた。火災が発生した建物から連れ出し、更に輸血をしてくれたのは同じ年頃の少年だったそうだ。そういえば彼はおれと瓜二つだったので、兄弟なのかと思われたそうだが、おれはひとりっ子だったし、救世主もいつの間にか立ち去ってしまい、結局正体は分からず終いだ。病院に居たのだから関係者だと思うのだが、該当する人物は居なかったし……

「ああ!そうか!」

 突然大声を出したおれにASは肩を跳ね上げた。

「なんだよ!やまっち、さっきから情緒不安定だよ!」

「おれのなりすましの正体、分かったかもしれない!」


 2


「なるほど、つまり君の命の恩人が今回の犯人かもしれないということだね」

「そうです。まあ、当時助けてくれた人物の顔も、今回のなりすまし犯の顔も見ていないから推測の域を出ないんですけど……だからお前自分の食えよ!あ、失礼しました!」

 おれは休憩がてら入った店の駐車場で、ASから自分のフレンチフライを死守しながら、隊長に画面越しに報告した。

「自分のはもう食べちゃったんだよ!」

「じゃあまた買ってくればいいだろ!」

「向かう途中で飢えて死んじゃう!」

「じゃあ死んどけ!」

「なんてひどい!君には慈愛の心が無いのか!」

「お前に対しては無い!」

 また小競り合いを始めたおれとASを他所に、隊長がえんちゃんに話し掛けた。

「年齢的に研究員ではなさそうだよね。入院患者でもないなら――「子供たち」の中に日本人って見かけた?」

「いや、俺は見なかったな。大体、No.付き共が怨敵の息子を助けるとは思えないが」

 えんちゃんがASの口にハンバーガーを詰め込むと大人しくなった。これで数十秒は静かになるだろう。

「でも君の例もあるからねぇ。まあ、君の場合は「子供たち」じゃなくてカイザーの判断だけど」

 隊長の言葉に、えんちゃんがフンと鼻を鳴らした。やめてくれよ隊長殿、えんちゃんまで不機嫌になったら仕事を続けられなくなるぞ。

「おれに似ているってだけで日本人とは限らないよ。東洋人の顔の見分けなんてつかないでしょ?」

「お前それ自分で言うなよ……」

「実際おれもクラスメートの顔と名前、最後まで覚えられなかったし」

「それは別の問題じゃね?やまっちも人に興味を持てないタイプなの?」

 自信満々に胸を張るおれに、差し入れを完食したASが茶々を入れる。

「「も」って?誰のこと?」

 おれが思わず尋ねると、ASが答える前に

「チッ!10秒か」

 と舌打ちしてえんちゃんが次の燃料を補給した。ASの燃費の悪さは伊達じゃなかった。

「そうなるとそもそも大和に似ているという前提が崩れるよね」

 それだともうお手上げじゃないか。

「犯人の顔を見たのも依頼主だけだしな。捕獲して連れ去られたオーガも行方知れずだろ。オーガは闇市で取引されるから尻尾を掴むのも難しいだろうな」

「大和の言う通り例の恩人が犯人だったとしても、何故そんな危ない橋を渡っているのかも謎だよね。俺たちの仕事内容を知っていたこともそうだし、自分が救った人物が在籍していることだって知っていたのかな。――まあこればかりはいくら考えたって結論は出ないんだけど。とりあえず7年前に大和が緊急搬送された時の状況を調べてみるよ」

 隊長の言葉におれは目を丸くした。

「そんなこと出来るんですか?」

「昔のことだから、どこまで拾えるかは分からないけどね」

「よかったじゃん!これで「お礼」が出来るかもよ?」

 もう2個目のハンバーガーを平らげたASが、こぼれるような笑顔で言った。目線はえんちゃんの手元を捉えている。これは愛嬌があって可愛らしい――とは思えない。こいつはハイエナだ。飢えて餌にたかる猛獣だ。こっちにターゲットが移る前に自分の分を食べ切ってしまおう。食事を巡る攻防を繰り広げるおれたちの様子を察したのか、

「何か分かったら連絡するから、君たちもお仕事頑張ってね」

 と言って、隊長が通信を終わらせた。その途端

「これは俺の分だ」

 と、手にしたハンバーガーを食べ始めたえんちゃんを、ASは世界の終わりのような絶望した表情で見つめていた。

「だから自分で買ってこいよ。ついでに置き去りにされればいいのに」

「良い考えだな」

 おれのぼやきを、えんちゃんが首肯した。

「ああ、どうして君たちみたいな悪漢が生き残ったんだろう。世に正義は無いのか?」

 自分の悪事を棚に上げて、手で顔を覆うAS。

 確かに、ヒーローは何故おれを助けたのだろう。偶然なのか、それとも初めから救うつもりだったのか。輸血を申し出たことからも、相手はおれを知っていたのだろうが、こちらは何処の誰かもわからない。いや、もしかしたら忘れているだけなのか?

 隊長の言う通り、考えた所で答えなんて出ないが――「既に知っている」気がするのは何故だろう。そして恐らく近いうちに答えが判明する。

「ご都合主義、なのかなぁ」

 窓の外を眺めて呟いた。


 3


 いつも通り――と言ってもおれは入隊してから5回目の出動なのだが――サクッと終わる任務の筈だった。

「こんな簡単な仕事に3人もいらないよ。あ、そうだった!お守りが必要な坊やがいるんだった!」

 とASに嫌味を言われ、

「そうだな、俺一人でやればもっと早い。でもな、これは教育なんだよ。お前は人を育てることを学ぶべきだな」

 とえんちゃんが更に(ASに対してだけど)追撃してきて、肩身の狭さを感じるのが常だった。

 オーガが現れたというとある町の郊外にやってきたおれたちは、ASの「信号機」ことオーガ発見機の指輪が反応した雑木林を捜索していた。

「なんでオーガは森林の中に逃げ込むんだろうな?餌の人間も少ないのに」

「都市部だと路地裏とか地下に逃げ込むことが多いよ。薄暗い所が落ち着くのかな?狩る方としては神経を使わなくていいから助かるけどね」

 ASと物騒なやり取りをしていると

「お前ら静かにしろ」

 えんちゃんに叱られた。ここまでは普段と変わらなかった。ところが――

「あれ?」

 信号機に目を落としたASが首を傾げた。

「あれれれれ?」

 そのまま信号機を掲げて周囲を彷徨く。

「ASがおかしくなった!いや元々変だけどもっとイカれちゃったよ!」

 戦くおれをASは睨め付けて、

「違うよ!おかしくなったのはオレじゃなくて、信号機の方!」

 そう言って見せつけてきた信号機は、接近を知らせる赤からセーフティの緑に戻っていた。

「探知範囲から外れたの?」

「一瞬で?そんな訳ないじゃん!移動したならまずアンバー(黄)に変色するはずだよ」

 確かに、今まで感じていたオーガの気配――風が凪ぎ無音になる――が消えた。こんなことは初めてだ。それはASも同様のようで、

「もしかしてサイキックだったのかな?」

 と呟いて辺りを見回した。

「通常の成体型のオーガだそうだが、この間のマフィアの一件の様にNo.付きが絡んでいる可能性もあるな。とりあえず情報部に連絡して、俺達はもう一度付近の捜索をしよう」

 えんちゃんの言葉に頷いた――その時、脳裏に水辺の映像が過った。砂利の多い岸辺に、流れの無い暗い蒼い水を湛えている。そういえばこの近くに湖があった筈だ。何故か其処に行かなくてはならない、そんな気がして、

「おれは湖の方を見て来る!」

 と言い置いて駆け出した。

「あ!おい!待て!」

 仲間に呼び止められたが振り返らずに走る。後で怒られるかもしれないが、今はそれどころでは無い。なんでこんなに焦っているのか自分でもよく分からないまま、一心不乱に木立を抜け湖畔に出ると、さっき一瞬見えた風景を探して水際を走った。

 景色の中に見覚えのある浮島が見える。近付いていくと、岸辺に横たわる岩のような大きな生き物が居た。あれは――オーガだ。消えていない所を見るとまだ生きているようだが、気を失っているのか地面に突っ伏したまま動かない。その側に、細身の男が立っていた。タッパもASより少しあるくらいで、少年と言った方が良さそうだ。彼は骨董品の様な拳銃の銃把と打刀の柄を合体させた見た事の無い武器を携えて湖を眺めていたが、やって来るおれに気付いてこちらを向いた。その顔を見て、思わず立ち止まった。そこに居たのは「おれ」だった。それも7,8年間の姿で、真っ黒な瞳でこちらを見ていた。虹彩まで黒い目は日本人でも珍しいらしくて、犬みたいな目だなんて失礼な事を言われたりもしたが、まさかこんな所でお目にかかれるなんて思いもしなかった。目だけに……いや、ふざけている場合ではない。

「やあ、来てくれると思ったよ。君に会いたかったんだ」

 無表情のまま、14歳のおれが言った。まるで嬉しそうには見えないのだが……。身構えたままのおれを見つめて、彼が続ける。

「ぼくはNo.0。君と会うのは初めてじゃないんだけど、多分覚えていないだろうな。死にかけていたからね、君」

 No.0。会ったことがある。死にかけのおれ。情報が一気に入ってきて混乱する――が、一つの答えに行き着いた。

「研究所でおれを助けてくれたのは、君?」

 当時のおれと同年代の、そっくりな人物が助けてくれた、しかも研究所の関係者だったとなれば間違いないだろう。No.0はこくりと頷いた。正解のようだが、だとするとまた疑問が湧いてくる。

「なんで君は歳をとっていないんだ?」

 7年前に同年代だったのだから、おれと同じくらいの年齢になっていないとおかしい。目の前の彼はどう見ても10代前半から半ばくらいにしか見えない。若作りというレベルではなく、骨格自体が少年そのものなのだ。

「君の仲間も、随分子供っぽく見えるけど」

 ASのことか?知っているのかとぎょっとするおれに、

「一つ研究の成果を教えてあげるよ。鬼狩りの一族で肉体を酷使する能力のある者は、身体の成長が10代前半で止まってしまうんだ。そっちに栄養分が取られちゃうんだろうね。ちなみに君みたいに武器の媒体があると体への影響は無いみたいだよ。意識は持っていかれちゃってるけどね」

 おれの背中の「鬼斬丸」を指差して淡々と語るNo.0。どこまで知っているんだ。でもそうか、No.0と言うことは――

「君もハンターなんだよな?それなら何故おれたちの邪魔をするんだ?」

 リヒト研究所で研究対象となっていたのは、番号を割り振られたサイ能力を持ったオーガの幼体達、そして彼等の抑止力としてナンバーの無い存在――つまりハンターも囚われていた。彼がそのハンターなら、オーガを倒すことは分かるけれども、わざわざ捕獲して裏社会に流すというのは理屈に合わない。

「邪魔をしたつもりはなかったんだけど。ただ利用させてもらっただけだよ。理由なんて簡単さ。生活、つまり金の為だよ」

 自分によく似た少年が、自分がまず言わない黒い台詞を吐くのを聞き目眩がしてくる。

「生計の為なら何もアングラに身を置かなくても……ハンターなら正式な機関からいくらでも仕事は貰えるじゃないか」

 しかも後ろで伸びているオーガを見る限り、難しい生捕りをこなしているのだから彼はかなりの腕利きだ。

「大事に育てられてきた君には理解出来ないだろうけど、ぼくは戸籍も名前も無ければ体だって不完全な、オーガと変わらない存在なんだよ。そんな奴が日の当たる場所で生きていけると思うのかい?ぼくは日影者だし、それが性に合っているんだ。君に説教をされる謂れはないね」

 いや、おれたちだって人様に堂々と名乗れる仕事って訳じゃないんだけど……。ただ、彼の言いたい事は分かった。つまり彼は、ブレードやワサビちゃんみたいな生き方を選ばざるを得なかったということだ。ここにも両親の悪行の犠牲になった者が居た。一体何人の人生が狂わされていったのだろう。

「それに君は、ぼくのやっている事が悪だと断罪出来るの?君たちだって元人間のオーガを害獣のように駆除しているじゃないか。ぼくの仕事と何が違うのさ。保護施設だって、衣食住の保証をされるだけで、結局は檻の中で飼われる動物と変わらないよ」

 先程から表情一つ変えず語る彼の奥底に眠る暗い感情の根深さを感じる。怒りや恨みはとっくに通り越して、諦めや絶望に支配されている。

「君とぼくは表裏一体。因果から逃れられないんだ」

「……何を言っているんだ?」

 困惑するおれの顔を見て、No.0は小首を傾げた。

「まだ分からないの?君は体は立派に成長したのに、おつむはてんで駄目だねぇ。今まで自分の身に起きた事を思い返してごらん。例えば今、何故ここに辿り着けたのかとか、どうして経験の無い剣術が息をするように出来たのかとか、怪我の治癒が早い理由とか――ああ、それより何でぼくらが同じ顔なのか考えた方が早いね」

 同じ顔の理由?二人とも同年代で、研究所に居て、鬼狩りの血を引いていて――あ!まさか!

「クローン!?」

「君は本当に残念な頭だね。よく考えろと言ったじゃないか。コピーなら体質も同じ筈だろう?何故君だけ成長出来たんだい?」

 なんだかASと話しているような気分になってくるが、No.0は人形のような目でこちらを凝視してくるので、心理的な圧迫感が凄い。

「仕方ない。そろそろ君の友達が迎えに来るだろうからヒントをあげよう。ぼくらはお互いの感覚を共有出来るんだよ。例えばぼくが見た物を君も同じように見ることが出来たり、経験した技能を引き継いだりね」

 そう言って、No.0は自分の刀を軽く揺すって見せた。なるほど、剣術は彼の技術だったのか。そしてさっき見た湖畔の映像も彼の見た景色だったんだ。

「ただ、残念ながら全てを共有することは出来ないし、情報を選ぶことも出来ない。あくまで断片的だし、受信も送信も選べない気紛れなものなんだけど」

「それって、おれの聞いた事もそっちに伝わっていたのか?」

「そうだよ。まったく、いくら社員同士だからって、違うチームのメンバーに行き先を告げるなんて不用心な連中だね。コンプライアンスはどうなっているの?」

 やっぱりそういうことか!実は、おれのそっくりさん事件が発生する前、おれたちのチームが任務に出発しようと駐車場に向かった時、なりすましに巻き込まれることになるチームも偶々居合わせていて、挨拶がわりの会話をした際隊員の一人が行き先を漏らしていた。何故か相手のリーダーではなくえんちゃんにその人が叱られるという出来事があったので、印象に残っていた。

「だけど、どうしてそんな事が出来るんだろう?」

 当たり前のように受け入れかけていたが、全然当たり前なんかじゃない。

「さあね。双子の神秘ってやつじゃない?あ、答え言っちゃった」

 双子だからってやっぱり当たり前の能力じゃないだろ……って、ん?

「双子!?おれ兄弟いたの!?」

 仰天するおれを意に介さず、No.0は相変わらず然有らぬ顔で話す。

「やっぱり知らなかったんだね。まあ当然か。ぼくたちは生まれてすぐ引き離されたんだ。君は両親の元で普通の子供として育てられた。そしてぼくは研究所でオーガの監視役兼研究対象として過ごしてきたんだ」

 あっさりととんでもない真実を暴露された。

「どうして君だけが研究所へ送られたんだ?」

「二人とも送らなかったのはリスク回避の為じゃないかな。どちらかが病気なり死亡するなりした際の予備として離していたんだろうね。多分どちらでも良かったんだと思うよ。ただぼくのほうが欠陥品だったから、普通の子として育てるには不向きと判断したんだろうね」

「欠陥?」

 人に対して使う言葉じゃない。両親の所業もとても人の親とは思えないが。

「見る?」

 おれの返事も待たずに、No.0は自分の着ているジャンプスーツのジッパーを下ろした。

「うわっ!」

 おれの兄弟は露出狂だったのか!?前をはだけるNo.0を止めようと一歩踏み出したおれはそこで硬直した。彼――いや、彼女?の体は女性でもあり、男性でもあった。

「男と言っておいた方が何かと都合が良いからそういうことにしているけど、ぼくはどちらでもないんだよ」

 相変わらず感情の読めない顔で告げる片割れに

「わかった、わかったから。風邪をひくから服を着て」

 と言って目を逸らした。

「そんなに恥ずかしがらなくても、殆ど同じ遺伝子なんだから自分みたいなものじゃないか」

 何でもないことのように振る舞う彼――で良いんだよな?本人もそう言っていたから――に薄ら寒いものを感じる。別に服を脱いで寒そうだったからではない。自分を蔑ろにしてまるで平気な様子が恐ろしいのだ。そして、これが理由で自分達の子供を研究所送りにしたのだとしたら、欠陥品なのはおれたちの親の方だ。

「とにかく服を着て。それから二度と同じ事をやらないで。……もう着た?」

「はいはい。もう着ましたよ。君が真っ当に育ってくれて嬉しいけどつまらないな」

 どういう神経をしているんだよ。

「そうだ、もう一つ教えてあげる。君の回復力だけど、それは多分ぼくが輸血したからだと思う」

 また突拍子も無い事を言い出す我が同胞。――でも、元々しょっちゅう体調を崩していたおれが健康体になれたのは、研究所の事件以降だった。

「他の人にはどうか分からないけど、やっぱり兄弟だと血液の相性も良かったんだね。君が瀕死の重傷を負った時はどうしようかと思ったけど、ちゃんと能力を受け継いでくれて良かったよ。これが本当の「血を分けた兄弟」だね」

 真顔で何を言っているんだ。あ、おれもさっき似たようなことを思っていたな。こんな所は似なくてもいいのに……。

「あ、そうそう。疑われたままじゃ可哀想だから、この獲物は君に譲るよ。それから君の所属する会社名ももう使わないようにする」

 オーガの元に歩み寄り、その体を軽く叩いて兄弟は言った。その姿に、雀を仕留めて、それを得意げに持って来た実家の猫を思い出した。

「それじゃあそろそろお暇するね。たくさん話せて楽しかったよ」

「え、どこに行くの?」

「それを君に言う必要は無い」

 いきなりシャットアウトされた。距離感が分からない。

「別に知りたくなくても君の情報は入って来るから――ぼくは受信することが多いみたいだね。ということはやっぱり気になっているのかな。――また会うこともあるかもね。何せ「ご都合主義」だからさ」

 そう言って、彼は少し目元を緩ませた。

「またね、大和。お元気で」

 名前を呼ばれてハッとした――次の瞬間には、兄弟の姿は掻き消えていた。

「え?あれ?どこ行った?おーい!」

 辺りを見渡すが、もう何処にも彼の姿は無かった。

「乱破かな?」

 首を傾げるおれに、

「おーい!」

 と返事をして現れたのは、忍者ではなく格闘家だった。

「やまっち意外と足速いね!びっくりした……って、おおっ!オーガじゃん!捕まえたの!?」

 No.0のお土産のオーガに喫驚するAS。サイズ感も同じくらいで、人を小馬鹿にする所も似ているが、喧しさは段違いだった。

「いや、捕まえたのはおれの兄ちゃん」

「ハァ!?」

 ASは意味が分からんと眉根を寄せる。今まで能面のような人物と会話していたので、コロコロ変わる表情にちょっと安心してしまう。

「えんちゃん!脱走兵を見つけたぜ!ついでにオーガも発見したんだけどさ、やまっちが訳分かんねぇこと言ってるから来て!」

 通信機越しにリーダーに助けを求めるAS。

「いや、脱走はしてないから!銃殺されちゃうじゃん!」

「やまっちが撃ち殺してくれって!いよいよヤバいぜこいつ!」

「だからそんなこと言ってねぇって!」

 仲間が来た途端大騒ぎだ。これで「いつも通り」だ。


 4


 その後、双子の兄について報告し、お土産のオーガを献上することで、まだ少しおれに向けられていた疑いを払拭することが出来た。ありがとうお兄ちゃん!いや、その原因を作ったのも兄さんなんだが……。

「やまっちのお兄ちゃんがNo.0で、しかもニンジャだったなんて驚きだね!」

「ああ、それに20年間ハンターとして過ごしてきたんだろう?大ベテランじゃないか。オーガを「ミネウチ」で眠らせるなんて聞いたことが無いぞ」

 巻き込まれた本人を置いて盛り上がるチームメート達。何故か迷惑を掛けた筈の兄の評価が鰻登りで、素直に喜べない。十中八九「忍者」ワードに反応しているんだろうけど。

 兄が忍者のように姿を消したのは、テレポートの能力者なのだろうと隊長には言われた。ASの信号機からオーガの反応が消えたのも、兄がオーガをあの場から瞬間移動で連れ去ったからだと。だから湖の辺りにオーガと一緒に居たんだろう。

 そして、わざわざ自分の存在をちらつかせてあの場でおれを待っていたのは、本人の言う通り「会いたかった」からだと思う。7年間離れていた弟の成長を見たかったのか、自分を認識して欲しかったのか、根本の理由は本人に聞かないと分からないけれど。

 因みにサイキックは幼体オーガ固有で発現する訳ではなく、一般人やハンターにも現れる。ただ、ハンターはどちらかと言うと身体能力に特化する場合が多いので(ASの筋力の強化やえんちゃんの動作の先読みの様に)レアではあるらしい。身体で言うと兄はおれに与えた自己回復力の高さも持っていた。剣術の心得もあるし、スーパーヒーローじゃないか。

「でもさ、不思議だよね。なんでテレポートが出来るのに、研究所の反乱が起きるまでずっと止まって居たんだろう?さっさと逃げ出せばよかったのに」

 そう言ってASが、チョコレートの袋を開けて中身の粒をザラザラと口に流し込む。それは一つずつ食べる物だと思うのだが……まあいいか。

「多分おれが居たからだよ。研究所の事件で初めて、大怪我をしたおれを助ける為に使ったんだと思う」

 隊長が調べてくれた情報によると、事件の日、おれたち兄弟は救急病院に突然現れ、そして処置が終わると兄は目を離した一瞬の隙に居なくなったらしい。当時は研究所からの患者が大勢運び込まれて大忙しだったから、有耶無耶になってしまったようだが。

「兄が言っていたんだ。おれたちが別々に育てられたのは、片方に何か起こった場合に備えてたって。もし自分が居なくなれば、弟が犠牲になると思ったんじゃないかな。おれは当時何の能力も無い普通の子供だったから、こいつには耐えられないと思われていたのかも」

 ASがうーむ、と唸り眉を顰めた。

「尚更よく分からないよ。ただの子供を自分が耐え続けて助けることに何のメリットがあるの?しかも自分の存在すら相手は知らないんでしょ?」

 おれは中空を睨んで答えた。

「自己犠牲ってやつかな。兄は自分のことを無価値だって考えているみたいだった。自分は欠陥品とか、日陰者だとか言ってね。彼にとっては普通の子供の方が余程価値があったんだと思う。実際はどちらが大事かなんて、比べるものじゃないんだけどね」

「やっぱり分からないけど、とんでもない教育をされていたんだってことだけはよく分かったよ。大体、もし研究所の事件が無ければ一生その生活を続けたってことでしょ?信じられねぇ!」

 ASが身震いした。

「おれも嫌だよ。おれの目を通してでしか、価値を見出せない人生を送る人が居るなんて。だから兄が声を掛けてくれて本当に良かったと思う。そうじゃなきゃ何も知らないままだったよ。まあ会社を巻き込んだのは困るけどね」

「でもまた潜っちゃったんでしょ?」

「そりゃ、人はそう簡単には変わらないよ。しかも、オーガの売買に関わっていた犯罪者だからね……。隊長は、これまでの証拠も無いし、今回はうちの隊員から情報が漏れてしまったという経緯があるから、今後罪を重ねなければ追求しないとは言っていたけど。

 でも生きていてくれて良かった。これからもただ生きていてくれればいい。おれが思うのはそれだけ」

「ふーん」

 ASがすっきりしない表情で、食べ終わったチョコレートの袋を丸めてゴミ箱に放る。角に当たって失敗し、更に顔を顰めた。後でちゃんと拾えよ。

「俺は、ヤマの兄貴は格好良いと思う。人間、耐えることって難しいんだぜ。そして文句も言わずに助けて黙って立ち去ったんだろ。ハードボイルドだよ」

 これまで黙っていたえんちゃんが口を開く。

「おおっ!そういうことか!クールだな!」

 これは「ハードボイルド」に反応したのか。ASが相好を崩した。

「ありがとう。おれも兄さんは格好良いと思うよ。だっておれにとってはヒーローだからね!」

 おれは晴れやかな気持ちで兄を思った。またきっと会える。その時こそ感謝を伝えよう。

 だからその時まで、兄さん、どうぞお元気で!

track4でASが戦ったオーガを捕獲していた犯人も彼(彼女?)です。

ちなみに大和は彼の秘密(と本人は思っていなさそうだけど)は誰にも明かしていません。

そしてクラスメートの名前と顔が覚えられないのは作者自身です…

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