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The World Tree  作者: GUM
track4
12/20

ROCK CITY -Abrams Ver.-

20XX年10月1日 アメリカ NY


 ニューヨークに地下格闘技場がある。そこでは毎夜違法な掛け試合が行われている。

 その話をアレックスから聞いたのは3日前のことだ。

「なんだそりゃ?映画か、ドラマか、どっちに影響されたんだ?」

 それが俺の最初に抱いた感想だった。眉根を寄せる俺に、

「オーガよりは現実味があると思うけど」

 と冷静な答えが返ってきた。まあそれはそうなんだが……。

「オーガハントを引き受けている奴がそれを言うなよ……」

 俺がため息を吐くと、隊長殿はニヤリと笑った。

「怪しげな地下闘技場に、更に怪しいオーガが関わっていると言ったら君は信じる?」

「なんだ、「狩り」の依頼か」

 こいつの話はどうにも回りくどい。劇作家にでもなるつもりだろうか。

「まったく、君は付き合いが悪いねぇ。少しは会話を楽しむ余裕を持たなくちゃ駄目だよ」

「悪いな、俺は仕事の早い男なんだよ」

「はいはい。じゃあ早速そのお仕事内容なんだけど、この地下闘技場のオーナーのジェイ・トンプソンという人物が、オーガの取引をしたと情報が入ったんだ。報告では3体、臓器や人身売買を専門にするアングラ組織から買い取ったそうだ。上位個体が含まれているかは未確認だ」

 俺はアレックスの説明を聞きながら、タブレットに送られてきたトンプソンの情報に目を通す。

「この男、ニューヨークの一等地にホテルやビルをいくつも持っているぞ。例の地下闘技場はもちろん公にはされていないが、そこにオーガを隠したと言い切れるのか?そもそも使い切れないほど金を持っている奴が、わざわざリスクを冒してまで違法行為をする理由があるのか?」

 俺の疑問に、アレックスはふむ、と唸り人差し指を立てた。

「まず一つめ、オーガが地下闘技場に居る理由だけど、ここで人間の選手と戦わせるつもりらしい。試合のルール自体が、武器の使用と殺人を禁じるだけで、ドラッグでキメた選手たちが闘うやばい物なんだけど、ここ3ヶ月無敗の強者が現れたらしくて、人間じゃ太刀打ち出来ないからオーガを充てがうことにしたみたいだね。掛け試合だから一人勝ちされちゃうと困るんだろね。

 ちなみにこの選手の情報は断片的にしか手に入らなかったけど、イギリス人でASと名乗っているらしいよ。ちなみに君と同い年だそうだ」

「じゃあ18か19歳ってことか。その年でギャンブル場に出入り出来るのか?……ああ、そもそも違法試合なのか。ん?待てよ、まさか俺に出場しろとか言い出すんじゃないだろうな?」

「その方が良ければ手配するよ?もしかしたらそっちの方が早く解決するかもね!新王者になればオーガと対戦出来るんだし」

「お断りだ。俺は目立つ行動はしたくないんだ」

「そう?残念だなぁ。君の力なら近接戦闘の一騎討ちなんて余裕なのに」

「余裕かどうかは相手によりけりだ。有利なことは間違いないがな。で、二つめの回答は?」

 アレックスはピースサインを作りまた話し始めた。

「二つめは簡単さ。トンプソン氏は裏社会でも影響力を持ちたいんだ。実際武器や薬物の売買にも関わっているらしい。まあ裏と繋がっておけば何かと便利なのは間違いないからね」

「なるほど。それで俺は、この闘技場に忍び込んでオーガを探せばいいんだな」

「方法は任せるよ。一番の問題はどうやって武器を持ち込むかだね。会場は観客用と従業員用、後は選手用の出入り口があるそうだから、どこかから侵入出来れば良いんだけど。調べられた範囲での闘技場の見取り図を送るから参考にしてね」

 お言葉に甘えて、早速端末と睨めっこする。違法賭博の舞台なので、入り口は偽装されて分かりづらくなっている。当然観覧も誰でも自由に入れる訳ではなく、会員にならないと立ち入りが出来ず、そこに加わるには現会員の紹介が必要らしい。ボディチェックもあるようだし、観客に紛れるのは難しいだろう。

 では選手として、若しくは従業員として入り込むか。アサルトライフルは分解してケースに入れるとして、それを自然に持ち込むには工夫が要るな。

「そういえば、オーガはどうやって会場内に運び込むんだ?まさか大人しくついてくる訳では無いだろうし、ケージごと搬入となるとそれなりに広い入り口は必要になる筈だ」

「そうだね、搬入口もあるのかもしれない。闘技場内自体が観客が行き来出来る箇所意外は複雑な作りになっていて分からづらいけれど、もし見つけられたらここが1番入りやすいかもね」

「監視が甘ければな」

 こういう時、自分がもう少し小柄なら目立たないし相手も警戒しづらいのにと歯痒く思う。無い物ねだりをしても仕方がないのだが。

「とりあえず現地に行ってみるしかなさそうだね」

「お前も行くのか?」

 皮肉混じりに聞くと、アレックスは

「冗談じゃない!」

 とかぶりを振った。

「寒いし空気も悪いし人も多いし、俺の体質に合わないよ!」

「元傭兵が言う台詞じゃないぞ……。大体それを言うなら俺はもっと大自然の中の出身だ」

「そうだよね。体調を崩さないように気を付けてね」

 アレックスは笑顔で手を振った。こいつ、意地でも動く気は無いようだ。まあ警備部長という立場上、司令塔を離れる訳にはいかないのだが。

 そう言う訳で、俺は一人で東へ向かうことになった。チャンピオンにオーガとの対戦カードが回ってくるまでに解決出来れば良かったのだが――

 闘技場周辺の人の流れを観察してルートを突き止め、内部に潜入した俺は、色めき立つ会場の様子が気になり覗いてみた。果たしてそこには探していたオーガのうちの一体が巨大なガラスケースに入れられて、リングの上で猛り狂っていた。鉄格子に囲われたリングでオーガと対峙しているのは亜麻色の髪の小柄な少年だ。オーガの餌になる運命しか見えない彼の事を観客が「AS」と呼んでいるのを聞き、それが無敗の王者である事を知った。アイツが俺と同じ年齢と言うのは信じられない――身長如何ではなく、顔立ちや所作に幼さがある――が、引き締まった俊敏そうな体つきをしているので、強いと言うのは本当なのだろう。但しそれはあくまで人間相手の場合であって、オーガに通用する訳では無い。火力の弱い銃は効かないくらい硬い鱗で覆われているオーガに素手で挑むなど自殺行為だ。

 当の本人は怖気付くどころか、憧れと期待の入り混じった眼差しでオーガを見つめている。そして、観客の野次を受けガラスの扉を開けさせると、解き放たれたオーガと大立ち回りを演じた。頭頂部に痛恨の一撃を与えたASは、なんとオーガの解体ショーを始めた。アレは相当「ヤバイ奴」だ。オーガとの肉弾戦を制するなど未だかつて聞いた事が無い。自分の肉体を上手くコントロールする術を心得ているだけではなく、恐れを知らない性格も相俟って凶器と化している。対オーガ人員としては願っても無い逸材だが、あの竜巻の様な奴を味方につけるのは至難の業だろう。

 俺は誰にも被害が出なかったことに安堵しつつ、何処かに隠されている筈の残りの二体の捜索に戻った。

 発見した搬入口から、あのデカいケースを運べる通路となると限られている。隠し通路がある可能性もあるが、恐らく搬入口からリングに至る進路のどこかにあるだろうと検討を付けて探っていく。廊下が入り組んでいることが幸いして、スタッフに遭遇することなく探索が出来た。

 リングの裏手にあたる長い廊下にドアが1つも存在しないことが気に掛かり、壁伝いに辿ってゆくと、タイル張りの壁にほんの僅かだが周囲より盛り上がっている箇所を発見した。試しに押してみると手応えがあり、そのまま押し込んで内開きの隠し扉を開けた。人の気配は感じられないので中に入ると、扉は音も無く閉まった。

 部屋は通路と同じくらいの光源がある。広さもリングのある会場の半分近くありそうだ。部屋の内側から改めて確認すると、今見つけた入り口の横に並んでもう一つドアがあった。両方開け放てばオーガの檻の搬入も可能だろう。

 ハンドガンも持っているが、オーガの対処を踏まえて、分解して運び入れたSCARを組み立て、部屋の奥に向かった。資材から食料、怪しげな品まで雑多に積まれている間を潜り抜けると、奥まった一角から生物の息差しが聞こえた。棚の影から覗き込むと、鉄の檻に入れられた2体のオーガが呻き声を上げている。それぞれ体を傷付けないように、鎖で手足を固定されていた。ビンゴだ。

 ケージの置かれたスペースには監視カメラがあり、まずはこれを壊すかレンズを塞いで、その後手早くオーガを片付けて脱出しよう――と、作戦を練っていた俺の視界の端で空気が動いた。咄嗟に銃口を向けると

「わっ!待って、撃たないで!」

 と間の抜けた声がした。ついさっき通り過ぎた時は誰も居なかった場所に立っている人影に照準を合わせたまま、周囲の気配を探る。どうやら現れたのはこいつ1人のようだ。しかし一体何処からやって来たんだ?入り口は俺の見つけた隠し扉だけの筈だが――他にも通路があったのか?

「もー!なんでそんな物騒なもん持ってんのさ!武器は持ち込み禁止だぜ?」

 俺の戸惑いなどどこ吹く風で、そいつはブーブー文句を言っている。そういえばこの声、聞き覚えがあるぞ。

「お前、さっきの試合に出ていたイカれたファイターか?」

 暗がりに佇む人物に声を掛ける。

「そんな通り名あったかなぁ?」

 奴は呑気に首を傾げる。

「てかさ、こっそり近付いたのにばれちゃった!兄ちゃんやるじゃん!何者?新しい選手って訳でもなさそうだよね?」

 今度ははしゃぎ出した。銃を突きつけられているというのにマイペースな奴だ。これは「イカれファイター」で間違いない。

「お前、俺の入ったドアから来たのか?」

「うん、そうだよ。お兄さんが入っていく所を見かけたから追っかけてきちゃった!まさか小銃を持っているとは思わなかったけどね!」

 そう答えて肩を竦める「ファイター」。待てよ、それじゃあこいつは少なくとも俺が隠し扉を見つける所から後を付けていたということだよな。さっき「こっそり近付いたのにバレた」と言っていたが、俺がここまで気配に気付かなかったのだからやはりこの男は只者ではない。

「ところでお兄さん、そろそろその銃下ろしてくれない?怖いんだけど。あ、大丈夫だよ!付いてきたのはオレ1人!他の奴らは誰も気付いていないよ!」

 奴もオーガと戦わされたある意味「被害者」ではあるから敵とは言えないのかもしれないが、それでも闘技場に在籍している選手である以上油断は出来ない。そもそも何で俺を付けて来たんだ?

「お前の目的は何だ?」

 まだ銃を構えたままの俺にため息を吐きつつ、

「それはこっちの台詞だよ。君こそ何をしに来たの?」

 と聞き返してきた。

「それをお前に言う必要は無い」

「だったらオレも言わないもんねー!」

 そう言ってASはそっぽを向いた。何だこいつ。

「……なんちゃって!本当はオレ、君の目的わかっちゃってるんだなぁ!ズバリ、オーガちゃんでしょ?」

 一瞬驚いたが、さっき物陰からオーガの様子を探っていたのだから見当はつくだろう。しかしそれなら尚のこと、俺に接近して来た目的が分からない。

「オーガを盗むの?それとも殺すの?――何にしても」

 そこで奴の声色が変わった。

「オレの対戦相手を奪わないで欲しいな」

 暗闇に爛々と光る金色の瞳が見える。そうか、奴の目的も俺と同じ、オーガだ。それもこいつの場合はもっと個人的な快楽の為だ。力を持て余した奴特有の凶暴性――イカれた野郎と言う俺の認識は間違っていなかった。

「君は楽しい?」

 突然意味不明な質問をされて思わず

「は?」

 と首を捻る。

「オレはつまらない。退屈なんだ。せっかく楽しめると思って来たのにこれだもの。我慢我慢で気が狂いそうだよ。だから、ね?オレの楽しみを取らないでよ。ああ、それとも――」

 ASが目を細めた。

「君はもっと楽しませてくれるのかな?」

 奴が動くのが「視えた」。俺が引き金を引けば小柄なファイターは血と肉の詰まった頭陀袋になる筈だった。でも撃たなかった――いや、撃てなかった。

 あいつを殺すのは簡単だ。それが一番手っ取り早い。けれどそれは最終手段だ。俺は奴を止めなきゃいけない。何故なら俺には奴の気持ちが分かってしまうからだ。こいつは昔の俺だ。常に苛々して敵を探している、自分の力を誇示したくて堪らない頭のぶっ飛んだクソガキだ。誰かが救ってやらなきゃならないんだ。アレックスが俺を見放さなかったように。

 ASは俺が逡巡した一瞬の間に眼前に現れた。正しく目の前だ。ジャンプで飛び出した奴は俺の顔面を狙って空中で蹴りを仕掛けてきた。どういう身体構造をしているんだよ。俺は横に避けてこれを躱した。避けられたことが分かると同時に体勢を変え、体を捻ると向き直って着地したASは、その勢いのまま床を蹴り今度は低い重心で突っ込んで来た。

 こいつ銃が怖くないのか?いくらすばしっこいとは言え、ライフル弾を躱すことは出来ないし、シューターがその気になっていれば今頃奴は穴だらけだ。しかし彼は止まらない。体を起こすように突きを食らわせてくるのと同時に、足払いを掛けてくる。先刻のオーガ戦より切れが増しているようだ。これは「視えて」いなければ回避出来なかっただろう。

 ASも、俺が軽々と身をかわすこと、そして何故か銃を使わないことに疑問を感じたようだ。流れるように連打を繰り出してくるが、様子見なのか多少威力が落ちている。

 このまま体力を消耗させようと思っていたが、その前に俺の能力に気付くかもしれない。まあ気付いた所でどうにか出来るものでもないんだがな。俺は相手の動きの数秒先が「視える」。日常生活では殆ど役に立つ事は無いが、こと戦場に於いては1秒の差が生死を分けるので重宝する能力だ。但し、集中力が必要なので意識が一方に持っていかれやすいことと、複数の動きを同時に見るとブレるという弱点もあるから、ずっと使い続けるのは難しい。逆に言うとASのような一対一で格闘技を仕掛けてくる相手には有利だ。どんなに早くて強い攻撃でも当たらなければ意味が無い。

 ASは何かを悟ったのか、飛び退いて距離を取り、壁を蹴って跳躍すると俺の斜め前方にあった棚を蹴り飛ばした。棚の中身諸共吹っ飛び、避ける為に後退した俺を追って、奴は倒れる棚の縁を伝って飛び出した。なるほど、視界を奪おうとしたのか。目の付け所は悪くないな。でもまだ甘い。俺の力は確かに視力からの情報が多いが、それだけで「視えて」いる訳じゃない。音や息遣い、空気の動きなど、他の五感のデータも総合して判断をしている。

 俺は突きを放ってきた相手の手首を掴み、横の壁に体ごと叩きつけた。勢いがあった分、背中を強かに打って仰反るASをそのまま床に落下させると、後ろ手に捻り上げて腰を俺の膝で押さえつけた。

「惜しかったな。でもな、今のお前じゃ俺には擦りもしねぇよ。それでも良ければまだ続けるか?」

 床に突っ伏して苦しそうに息をするASを見下ろして、俺は尋ねた。あの状況で咄嗟に頭を庇ったのは称賛する。後頭部を打ち付けていたら意識が飛ぶか、下手をすれば死んでいたかもしれない。

「……わかった。わかってる。オレの負けだ。クソッ!」

 悔しそうに吐き捨てるAS。とは言え、こういう野生動物みたいな奴は自分が敵わない事を本能で悟る。

「理解が早くて助かる」

 そう言って解放すると

「痛えよぉ……」

 と唸りながら体を縮こませた。身体は丈夫そうだが、それでもダメージはそれなりに食らうようだ。今まで負け知らずだった分、精神的な衝撃もあるだろう。

「敗北を知るのは良い事だ」

 これで自分に叩きのめされてきた奴の気持ちも理解出来るようになる筈だ。

 俺は本来の目的を果たす為、今一度オーガ達の方へ足を向けた。

「……ちょっと待ってよ」

 苦しげに半身を起こすASに呼び止められて、俺は横目で奴を見た。

「何だ?まだオーガを殺すなとか言うんじゃないだろうな?」

「違うよ。そっちはもういい。もっと楽しそうなこと見つけたからさ」

 そう言って、ASは口の端を吊り上げた。

「喧嘩で負けたのって初めてなんだ。オレは君のことがすごく気になっているんだよ」

「……気色の悪い事を言うな。そういう趣味は無い」

 顔を顰める俺を、ASはきょとんとして見つめる。

「ん?いやだなぁ、そんな意味じゃないよ!ただ自分より強い奴が気になるってだけだよ!――ねえ、君はさっき、今のオレじゃ勝てないって言ったよね?つまりオレがもっと強くなれば勝てるってことだよね?」

「降参したばかりなのに随分自信があるんだな?」

「君ほどじゃないけどね。……ああ、わかったかも。警備員さんの言っていた、負けて泣き叫ぶ姿が見たいって意味」

 含み笑いをするASに嫌な予感がする。

「オレ、君について行くよ!君と一緒なら退屈しないで過ごせそうだからさ!」

 ……嫌な予感が当たってしまった。いや、救いたいと思ったのは本当だ。ならばこれはある意味成功と言えるのかもしれない。自分を倒したいと思っている奴について回られることが代償になるとしても。

「お前、知らない奴について行くなと教わらなかったのか?」

「もう知らない人じゃないよ!拳を交えればみんな友達さ!」

「何言ってんだお前」

 これは予想以上にやばい奴に気に入られたようだ。

「あ、でもオレ君の名前知らないや!オレはAS!本名は……えーと、なんだっけ?」

 ごそごそと自分の胸元を探るAS。IDを探しているのだろうが……

「自分の名前を忘れるなんてことあるのか?」

「いやー!最近使ってなかったからさー!すっかりASで定着しちゃって!あ、あったあった!アシュリー・シーウェルだって!そうそう、思い出したよ!リングネーム登録する時面倒臭いからイニシャルだけ書いたんだよね」

 こいつには2文字までしか書けない呪いでも掛かっているのだろうか。

「もうASでいいんじゃないか?俺はラルフ・エイブラムスだ」

 俺の名前も略されるのか。

「了解!えんちゃんね!よろしく!」

 略された。それも変なあだ名で。

「お前のセンスはどうなっているんだ?」

「まあいいじゃない!名前なんて個体識別の記号みたいなものなんだし」

 こいつの思考回路にはついて行けそうもない。俺は早々に諦めて話題を変えた。

「それじゃあAS、俺は自分の仕事に戻るぞ」

「うん、オーガのことだね!もしかしてえんちゃんもハンターなの?」

「オーガハントを知っているのか?」

 も、と言うからには他のハンターの事を知っているのだろうか。驚く俺に、ASは何でもない事のように言った。

「もちろん!だって俺の実家が「悪魔狩り」の一族だったからね。ほら、これ」

 首に下げたチェーンに通した古金の指輪を掲げて見せる。指輪に付いた石が赤く光っていた。

「家からこっそり頂いてきた物なんだけど、これオーガ発見機になってるんだ。距離によって石の色が変わるんだよ。今は赤色だからすぐ近くにいるってこと」

 待て待て!情報量が多過ぎるぞ!

 とりあえず一つ分かったことがある。奴がオーガと戦えたのは、元々弱点を知っていたからだ。そして解体をしたのも効果を探っていたのだろう。いや、これは単に好奇心かもしれないが……。

 そして、こいつなら俺たちの隊に違和感なく加われるということだ。寧ろ適任だろう。オーガへの対処法も知っているし、恐怖心も無い。しかもオーガを発見出来る道具も持っている。思想がぶっ飛んでいるのが気になるが、俺についてくると言っているのだから近くに居れば対処は出来る筈だ。

「よし、ついて来いAS!」

「え?いきなりどうしたの?」

 張り切る俺に戸惑うAS。立場が逆転したようだ。

「あ、そうだ!えんちゃん、オーガのことなんだけど、せっかく生捕にされているし、殺さずに運び出すのはどう?ほら、ケージは2つだし、1人1個ずつ運べば持ち出せるでしょ?」

「だから何言ってんだよ、お前」

 さも名案と言わんばかりに胸を張るASに呆れ返る。また立場が戻った。やっぱりこいつの常識にはついて行けない。

「オーガと檻の重量を合わせたら1台で400ポンドくらいあるぞ。どうやって1人で運ぶんだよ」

「あっ!そうか!敵地なんだし護衛が必要だよね!しょうがないなあ、オレが2個運んであげるから、後で食事奢ってね!」

 こいつ人の話聞いてんのかよ!

「よーし!そうと決まれば準備開始だ!まずは運び出した檻を載せるトラックが必要だよね。1個は押して移動するとして、そこを保護する鉄板と、後はもう1個のケージを引っ張る鎖と、ああ、台車があれば楽なんだけどなぁ。えんちゃん、搬入口までのルートは分かるよね?」

「ああ……って、何で運ぶことになっているんだよ!」

「前方はえんちゃんが見張るから良いけど、後ろがガラ空きになるなぁ。……あ、そっか!後ろのケージにも鉄板を付けて盾にしちゃえばいいんだ!いいね!トレーラー作戦だ!」

「いや、何が良いんだよ!何だその滅茶苦茶な作戦は!作戦とも呼べねぇよ!」

「あ、もしかして1人で護衛するのが心配?大丈夫だよ、えんちゃんここまで1人で潜入したんだし、ヤバそうならオレも助太刀するから!相手は人間なんだから大したことないって!」

「俺もお前も人間だけどな」

 話が通じない。どうなっているんだ。しかしこいつが運べると言うからには問題無いのだろう。トラックは情報部に連絡すればすぐに手配出来る。今回はオーガの始末が目的なのだから最悪オーガを撃ち殺して逃げればいい。……俺もASに毒されてきていないか?

「よっしゃ!トレーラー作戦開始っ!」

「いやだから作戦じゃねぇって」

 元気に拳を突き上げるASに俺は頭を抱える。でも楽しいと思ってしまう自分の存在が否めない。やっぱり俺もおかしくなってきているんだ。



20XX年4月6日 アメリカ CA ワールドツリー警備部社屋


「――という事件が2年前に起こったんだ」

 俺は、保護センターから戻ってきた大和に思い出話を語っていた。

「へえ!」

 と目を丸くして話を聞く大和。

 ブレードとの戦闘で負傷した彼は、サイキック達の搬送がてら保護センターまで赴き、医務室で治療を受けて来たが、なんと既に傷口が塞がっていたらしい。大丈夫と言う本人の言葉に嘘は無かった。ASは化け物だが、こいつも別の意味でとんでもない奴だった。

 治療の必要が無いので帰されたものの、一応安静にするようにと言われたので、暇そうな後輩に口演童話を行っていたという訳だ。

「それで、その作戦は上手くいったの?」

 なかなか食い付きがいい。良い聞き手だ。

「結論から言うと成功だ。オーガの生体が二体も引き渡されたことでトンプソンの悪事も白日の下に晒された。ASが一体を屠ったことは、強制的に戦わせられたという事と、俺達の仲間に加わった事で不問になった。まあそもそもオーガを殺しても罪にはならないんだがな」

「いいね、ハッピーエンドだ!」

 大和はにっこりと笑って言った。

「いや、俺はハッピーじゃないぞ」

「ああ、そうか!えんちゃんはASに屈辱を晴らさんと、虎視眈々と狙われているんだっけ……」

 そういえばこいつも俺の事を「えんちゃん」と呼ぶようになったな。ASの影響力は馬鹿に出来ない。

「無理矢理従わせている訳じゃないんだけどな」

「うん、本人も恨んでいる雰囲気は無いけどね。ASのことだからもう忘れていそうな気がするけど」

「どうだかなあ……あいつはよく分からない奴なんだよ。飄々としているようで意外としつこかったりな」

「それは分かる。でもこの話を知らなかったら2人はすごい仲良しに見えるけどね」

「冗談だろ!?勘弁してくれよ」

 天を仰ぐ俺を、大和は面白そうに見つめている。俺はちっとも面白くない。

「それにしても」

 と、大和は首をひねった。

「オーガを3体も捕獲したのって誰なんだろう?」

「さあな。売買した組織の連中は仕入れただけだそうだが、持ち込んだのはどうやら同一人物らしい。何せ組織自体もアウトローだからな、それ以上は追えなかったが」

「そうなんだ。表社会にも顔の利く奴が1番ダメージを受けたってことか」

「そういうもんだろ。顔が広けりゃ目立つし、格好の的だ。敵も多いだろうしな」

「お金でしか繋げない関係なんてそんなもんなんだろうね。清く正しく美しく生きないと!」

「どこかで聞いたような台詞だな」

 そんな会話をしていると――

「ご機嫌好う。皆様お揃いで」

 と挨拶をしながらドアを蹴り飛ばしてASが入室した。台詞と行動が噛み合っていない。

「お前にはドアを蹴って開けなきゃいけない決まりでもあるのか?」

 俺でももう少し品良く振る舞えるぞ。狼藉者を睨むと、

「仕方ないだろ!手が塞がっていたんだから!」

 と言って、大量に抱えた食料をテーブルの上に置いた。

「なんだこりゃ!?」

 目の前の山と積まれた食べ物に唖然とする大和に、ASが笑いかけた。

「やまっちのバースデーパーティーだよ!ほら、昨日はバタバタしていて何も出来なかったでしょ?だから遅くなっちゃったけど今日お祝いしようと思って、ご馳走を用意したんだ!」

「なんて良い奴なんだ!」

「そう、オレは良い奴なんだよ!」

 感動する大和に胸を張るAS。

「良い気分をぶち壊して悪いが、こいつは祝い事に託けて自分の食いたい物を買い込んだだけだぞ。見てな、殆どこいつの胃袋に収まるから」

 調子の良い男を顎でしゃくると、

「そんなの食べない方が悪いんだもんね!」

 と言って早速ピザの箱を抱え込んで食べ始めた。

「いや、逆にこの量を1人で完食する所を見てみたい気がする」

 興味津々で食事風景を見守る大和に

「任せときな!」

 と張り切って平らげていくAS。こいつら、趣旨がずれていることは気にしないのか。

 しかしこうして見ると普通の若い奴らなんだよな。いや、この食事量は普通じゃないが、昨日オーガと殺し合いをしていた連中とはとても思えない。本人達が望んだこととは言え、こんな戦いに巻き込んでしまってよかったのかと少し後ろめたく感じる。アレックスも似たような気持ちなのだろうか。そして、俺の亡き両親も。

 少しずつ、本当に少しずつだが目標に近付いている。もどかしさを覚えるが、一つずつ解決していくしか無い。多分それは、俺も、ASも大和も同じ事なのだろう。

「すげー!もうピザが無くなった!」

「当然だぜ!次のやつを寄越しな!」

 大騒ぎする仲間の声をBGMに、やっぱり同じ様に信じられないくらい平和に流れていく青空に浮かぶ雲を眺めていた。

ASの名前の由来と、仲間になった理由が明かされます。

えんちゃんの能力もやっとお披露目出来ました!

能力についてはもう少し補足があるのですがそれはまたの機会に…。

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