ROCK CITY -AS Ver.-
20XX年10月1日 アメリカ NY
退屈だ。
クソみたいな実家のしがらみから逃げ出し、楽しいことだけをやって生きていきたいと思い各地を渡り歩いていたオレは、そろそろこの生活にも飽きが来ていた。
刺激的なのは間違いない。普通の人間からしたら、ね。
3ヶ月前、路銀が尽きて仕事を探していたオレは、アングラの情報屋からニューヨークの地下にある格闘技場の試合に出場してみないかと誘われた。格闘技なんて経験が無いと伝えたら、試合と言っても銃や刃物などの得物を使わない、殺人はしないというルールしか無く、ストリートファイトみたいなものだと言われた。ファイトマネーは観客からの掛け金で決まるらしく、勝ち続ければかなりの額を稼ぐことが出来るようになるらしい。ただ、選手はクスリでキメて参戦する奴ばかりで、直接の殺害行為は禁止しているものの、中にはエキサイトし過ぎて死んでしまうケースもあるようだ。だから生き残るのは至難の業だとのこと。
喧嘩なら得意だ。というか、特殊体質のおかげで負けたことが無い。オレは迷う事無くその話に乗って、初出場以来無敗の絶対王者になった。
そう、いくらヤクで強化しようが、結局は血と内臓の詰まった脆い人間の体なのだ。スピードだって限界がある。それこそ止まっている的に当てるのと変わらない。殺さないように、壊し過ぎないように。細心の注意を払いながら戦うことに楽しみなんて見出せない。
「ああ神よ、オレを怠惰の罪からお救いください」
オレは天に祈りを捧げるが、神様が暇潰しの相手になどなってくれないことは百も承知だ。せめて張り合いのある相手を、力を出し切れる、思いっきり壊せる相手が欲しい。力を持て余した若者がそう願うのはごく自然なことだろ?
今夜もオレは結果の分かりきった試合に出る。ああ、退屈だ。
食事代わりのチョコレートバーを食べ終わると、上着を羽織って滞在しているホテルを出た。数分歩き、とある商業ビルに入る。地下に続く階段を降り、奥にある警備員室を目指す。オレの姿を認めると、ガードマンは
「よう、AS!調子はどうだい?」
と気さくに声を掛けてきた。3ヶ月通い続けたのだからもうすっかり顔馴染みだ。
「いつも通りさ。なーんにも変わりゃしないよ」
「結構なことじゃないか」
「そういうものかねぇ?」
「そうそう、オーナーが控え室で待ってるぞ」
ガードマンの言葉に顔を顰めるオレ。
「またわざと負けろとか言い出すのかな」
「まあお前じゃ賭けにならないからな。エンターテイメントとしては面白いけどな」
「博打だって娯楽じゃないか。まったく、だったらオレに勝てる相手を見つけてこいっての!」
オレは呆れながら、警備室の奥の扉を開けた。この先が選手控え室と会場に繋がっている。
「俺もお前が負けて泣き叫ぶ姿を見てみたいよ」
「悪趣味だなぁ」
扉の奥に姿を消すオレを、ガードマンは手を振って見送った。
「ま、今日も頑張れよ」
「それは相手次第だね」
と言い置いて、オレは自分の控え室に向かった。地下の窓の無い薄暗い廊下にオレの靴音が反響する。トンネルみたいだ。
鉄製のドアを開けると、ベンチに腰掛けていたオーナーが立ち上がり、上機嫌で話しかけてきた。
「AS!今日は君にとっておきのニュースがあるんだ!」
彼はジェイ・トンプソン、裏社会だけでなく、真っ当な世界でも幅を利かせる不動産王だ。この上にある商業施設や、オレが宿泊しているホテルも彼の持ち物で、それだけでも十分食っていける筈なのだが、人間の欲望には限りが無いらしい。アングラの違法賭博や、ドラッグの売買にも手を染めている。地下格闘技場のオーナーも彼だ。まあ別にトンプソン氏がどんな手段で稼ごうがどうでもいい。問題はそんなに金があるのになんでオレの対戦相手すらろくに探し出してこられないのかということだ。オレは恰幅の良い相手を睨んで言った。
「何?今度は手足ふん縛って猛獣の檻にでも放る?」
前の試合で、目隠しをして対戦するというのをやったが、造作も無く勝ってしまったので、どんどん過激になっていくんだろうなという予想はしていた。トンプソンは赤ら顔をにやりと歪めて笑った。
「いいや、もっと面白いぞ。今日の君の相手は――」
勿体ぶって言葉を溜めるオーナー。
「オーガだ。知っているかい?」
オーナーの言葉に、オレは自分の頬が引きつるのを感じた。知っているも何も、オレの人生を狂わせたのがまさにそれだ。オーガハントなんて家業が無ければ、実家の連中もオレの存在など端から気にもしなかっただろう。
オレは母親の姓を使っているし、それすらここでは名乗っていないからオーナーが知る由もないが、目の前の男に父親の姿がダブって見えて思わず頭を抱えた。
「ああ神様、まさかこんな形で願いを叶えてくださるなんて!」
首にぶら下げたチェーンに通した、実家から頂戴してきた指輪を翳すと、自分の瞳と同じ色に変化していた。オーガとの距離で色が変わるというのは本当だったんだな。まるで信号機だ。
「どうしたんだね?」
オレの様子を不思議そうに眺めていたトンプソン氏が尋ねてきた。
「何でもない。やるよ。でもさ――」
オレは花が綻ぶような笑顔を向けてやった。
「オーガなら殺しちゃってもいいんだよね?いくら掛けたか知らないけど」
怖気付いたとでも思っていたらしいオーナーは、驚いて見つめ返してきた。変な顔だ。――いや、今のは比喩だ。可愛過ぎるオレがいけないんだ。比べたら気の毒だ。
オーガは民間での飼育や売買は禁止されているものの、裏社会ではこっそり取り引きされている。とは言え餌が人間だから飼い続けるのは難しく、こういう見せ物としてか、敵を始末するのに使われることが多い。当然貴重だし、安くはない。そもそも生捕にすること自体が難しいのだ。
「観客は死闘を期待しているんだ。問題無い。それに、オーガは3体手に入れた。1匹くらい壊しても構わないさ。但し、君が餌になってしまっても責任は取れないけどね」
オーナーはニヤリと笑って言った。オレは肩をすくめる。
「ご心配なく。てか人が目の前で食われるかもしれない状況を楽しむなんて、皆頭イカれちゃってるね。オレはそっちの方が怖いよ」
「それでも大事なお客様だ。もてなしてやってくれ」
オレの肩を軽く叩き、オーナーは部屋を出て行った。
やれやれ、人間って奴はどこまで残酷になれるんだろう。オーガだって元々自分たちと変わらない人間なのに、それとこんな美青年が殺し合う姿を見たいだなんて。
それにしても、オーガを3体も仕入れただなんて、もしオレがやられたら他の選手に宛てがうつもりなんだろうか。そうなったらもう格闘技というよりコロシアムだ。殺害は禁止というルールも無くなるかもしれない。
オレは戦闘服――と言ってもボクシングパンツなんだけど――に着替えると、会場に向かう。リングに近付く度、異様な熱気が伝わってくる。すっかり慣れた道だが、今夜はオレも久し振りに胸を高鳴らせていた。だって、今まで散々手加減してきたんだ。本気を出していい相手なんて、そうそうお目にかかれるものじゃない。
薄暗い通路から照明のある会場に出ると、歓声と野次に迎えられた。オレは愛想良く手を振って応える。観客席側は照明が抑えられているので顔ははっきりと見えないが、裏社会の住人らしき怪しい雰囲気の奴が多い。それに混じって見かけはひどく真っ当な、普段はビジネス街や公的機関でエリートとして振る舞っているであろう連中も一緒になって騒いでいる。こんな奴らが社会を回しているのだから世の中は案外まともじゃないのかもしれない。
リングの真ん中には布で覆われたデカい箱が置いてある。あの中にオーガがいるんだろう。
「皆様、お待たせ致しました!今宵はいつにも増して特別な舞台をご用意致しました!無敗の猛者の相手を務めるのは人間でも獣でもありません!その上をいく存在――究極の人類「オーガ」です!世にも珍しい決闘をお楽しみください!」
騒ぎが少し落ち着いたタイミングを見計らってアナウンスが流れた。今日はまるでサーカスみたいなノリだ。あのアナウンス、オレもやってみたいとオーナーに交渉したけれど、
「お前は余計なことを言うから駄目だ」
と、けんもほろろにあしらわれた。人を見る目が無い奴だ。
箱を覆っていた黒い布が取り払われると、ガラスケースの中で暴れるオーガの姿が晒された。防音になっているのか、声は聞こえない。ただ、体をガラスに体当たりさせる衝撃で、重量のある箱が揺れていた。よく見るとヒビも入っている。常に空腹と戦っているオレには分かる。そう、あいつは腹ぺこだ!試合の為に何日も食事を与えられていないんだろう。なんてストイックなんだ!
心を打たれているオレとは対照的に、観客達は大興奮で、早く檻から出せ!と喚いている。放っておいてもそのうち自分でガラスを割って出てきそうなのに、せっかちな連中だ。それに、リングは鉄格子で囲われているとは言え無防備過ぎやしないか。まあ真っ先に襲われるのは1番近くにいるオレだから、自分たちが危険な目にあうとは夢にも思っていないのだろう。
今夜の主役は完全にオーガちゃんに持っていかれてしまった。さしずめオーガが猛獣で、オレがピエロってところだろう。まったく、昨日まで散々オレを祭り上げていたというのに、人の心変わりは残酷だ。仕方ない。ピエロらしく盛り上げるとしようか。
布を引っ張り上げたスタッフに目配せをすると、彼は頷いてリモコンを操作した。ガタン!という音と共にガラスケースの前面が外れた。ボタンを押すと開く仕組みになっていたようだ。
ちょうどオレの正面のガラスが開き、オーガが雄叫びをあげながら飛び出してきた。おおっ!凝った演出だ!今回は気合いが入っているなぁ!
オレは横っ飛びに飛んで突進を躱し、オーガの背後に回り込むと振り向きざまにパンチを叩き込む。背中に右手が吸い込まれる――が、硬い外殻が割れただけで、大したダメージにはならなかったようだ。オーガもこちらに向き直りながら鉤爪で凪いでくる。これをすんでのところで避け、オレは距離を取りつつ考えた。
こいつにダメージを与えるには、全力で叩き込むか、同じ所を集中して狙うしか無い。ただ、全力技だと溜めが大きいからその間に攻撃を食らうし、デカい図体の割にすばしっこい奴の同じ箇所に当て続けるのは難しい。
「さて、困ったことになったぞ」
言葉とは裏腹に、オレはにやついた顔のままだ。こんなに楽しいのは久しぶりだ!あの素敵な獲物をどうやって狩ろうか?
そういえば、オーガは光に弱い筈だ。正確には視力を奪われるので動きが鈍るのだ。けれど、オレのパートナーはオレにしっかり狙いを定めてくる。絶食していたから聴覚や嗅覚も敏感になって、魅力的なオレのことを逃すまいと懸命になっているんだろう。ほら、今も。
ほぼジャンプする勢いで向かってきたオーガのタックルをこちらも跳んで回避する。観客から
「避けるんじゃねえ!」
と野次が飛ぶが、避けなかったら死ぬのはオレだ。テメー、オーガに幾ら賭けたか知らねえが人の命を何だと思っているんだ!思わず声のした方に中指を立てるが、そこでふと閃いた。そっか、避ける必要無いじゃん!
オレは全力疾走し、リングの端に退いた。多分観客には一瞬で移動したように見えた筈だ。
しつこくオレを追い掛けてきたオーガちゃんを飛び跳ねてすり抜け、リングを囲う鉄格子を踏み台代わりにして蹴り、重力に引っ張られるまま真下のオーガの頭に踵落としをぶち込んだ。装甲が頭蓋骨諸共割れた感触が伝わってくる。急所に必殺の一撃をお見舞いされたオーガは、その場に昏倒した。素足のオレの美脚も無傷とはいかなかったが。オーガ相手の場合はシューズとグローブは許可して貰おう。
構えが出来ないのなら、必ずオレを追ってくる可愛い子ちゃんを待っていればいい。そうすれば自ずと機会が訪れる。それがオレの作戦だった。
地上に降り立ったオレはオーガを見下ろす。確か、オーガは死ぬと肉体が消滅するとクソジジイ……おっと失礼、クソ親父が言っていた。こいつは未だに存在している。つまりまだ息があるのだ。
オーナーはさっき何て言っていたっけ?――そうだ、お客様は殺し合いを望んでいる、それから、1体くらい殺したって問題無い、そう仰っていた。
オレの心に仄暗い感情が芽生える。脳を損傷したんだ、どうせ長く保つことは無い。だったら壊してもいいよね?
オレは意識を失ったオーガの頭を持ち上げて、顔面に右ストレートを叩き込んだ。殻に守られていない目を狙ったので、眼窩骨折をしたのか鼻血が吹き出した。頑丈になっても、体の構造は人間の時と変わらないようだ。執拗に顔面の殴打を繰り返し、顔が滅茶苦茶になったのを確認すると、次は右腕を捻り上げる。無理矢理ねじると、鈍い音がして骨が折れた。オレはここで
「うーん」
と首を傾げる。刃物があれば切り落とせるだろうが、力技で捩じ切れるものなのだろうか。まあ、物は試しだ。オーガの肩に足を掛け、硬い表皮を掴んで引っ張る。バキッ!と小気味良い音と共に鱗が砕けた。やっぱり理想通りにはいかないものだ。
砕け散った外殻は光の粒となって空気に溶けた。なるほど、本体を離れたオーガの肉体は消えるのか。見ると流血した跡も無くなっている。そう、これが確かめたかったんだ。
もう飽きてきた……じゃなかった、好敵手をこれ以上痛ぶるのは失礼なので、オレはオーガを仰向けにひっくり返し、
「ありがとう、楽しかったよ。君は最高だ!」
と餞の言葉を送り、心臓のある位置に踵を振り下ろした。脚が肉体に食い込む感覚、まるで杭を打つかのように止めを刺した。
サラサラと粒子になったオーガが消えていく。光の粉のような姿に思わず
「綺麗だなぁ」
と呟いた。
オーガを看取って舞台を去るオレに、興奮冷めやらぬお客たちが囃し立てる。いや、オレより残酷な彼等のことだ、まだ物足りないのかも知れない。
賑やかな会場を後にして、トンネルを通り穴蔵のような控え室に入る。
「神様、罪を償う機会を頂けたことに感謝致します。本当に助けて欲しかったガキの頃には何もしてくれなかったのに、「こんなこと」で救ってくださるなんて」
ズキズキと痛む足を眺めながら目を細めた。
「これで少しは「善良な人間」になれたかな?ねえ、母さん?」
オレよりも神様に近い所に居るであろう亡母に呼び掛ける。
「いや、あんたが居るのは地獄かな。だってオレを壊したのは――ううん、もう昔の事はいいや。許すよ。きっとオレもあんたと同じ所に行くんだろうから、仲良くしなきゃ」
楽しい思いはほんの一瞬、辛い事の方が遥かに多いのが人生だ。だからオレは今確かに生きているんだ。例え自分を、そして他人を傷付けることになろうとも、生きる実感が欲しい。もっと血が見たい、流したい。ああ、分かっているんだ。オレは決して善き人になんてなれないってことは。
AS、病み期。
エイブラムスと出会う話です。(track3の1年半前のエピソード)
毎度ASが語り手になる話の締めの言葉が「善良な人間」ですが、これも過去の経験から来ており、自分の中に善意は残っていると主張したい気持ちと、本当に善人になんてなれやしないという屈折した考え方が絡んでいます。
面倒臭い奴だな…AB型なのかな…




