Coming Up ーAS Ver.ー
主人公3人(AS、大和、エイブラムス)の一人称で話が進みます。
タイトルの〜ver.に書かれているのが語り手の名前です。
20XX年7月20日 日本 東京
「やあ!ファーストクラスのフライトは楽しめたかな?」
オレの到着報告にムカつくほど快活な声で隊長が答えた。
こちらは正午を少し過ぎたところ。なので時差でカリフォルニア州にあるPMSC(private military and security company)ワールドツリーの警備部社屋近辺は真夜中の筈だ。にも関わらず相変わらずビシッと決まったヘアスタイルに制服まで着込んでいる。
クソッ!プライベートを妨害してやろうとしたオレの嫌がらせをスルーしやがって!この人いつ寝てんの?ワーカーホリックなの?
「ええ、ええ!それはもう大変快適でしたとも!振動でお尻がシックスパックになりそうなくらいにね!」
オレも負けじと満面の笑みで嫌味を返してやった。
軍用輸送機の硬いシートに半日も座らされたオレの恨みは深い。その後の革張りシートで広々としたリムジンでのお迎えで帳消しにしようかと思ったけど、車は依頼主が用意してくれた物で、飛行機は隊長が手配したのだ。何でも軍の上層部に「よく知った間柄」の知り合いが居るらしく、民間機だと難しくなる「手続き」を迅速且つ簡略化出来るので海外への移動でお世話になることがままあるそうだ。出入国審査とかどうしてるんだろう?…まあその辺りの裏の手続きは知らない方がいいかもしれない。
「それは良かった!ちゃんと帰りの座席のチケットも予約してあるからね!」
スルーされた。やっぱりムカつく。って言うかそうか、復路も同じ方法じゃなきゃ帰れないのか!
もうこのまま日本に居座っちゃおうかなぁ、オレの幼気なお尻がこれ以上傷付かない為に…と誘惑に揺れ動く若者の心を阻止するかの如く
「そうそう、オーガの目撃情報や調査範囲についての詳細は依頼主から説明を受けると思うけど」
爽やかな笑顔のまま我らが隊長殿は宣った。
「それ以外にもう一つ、こちらから頼みたいことがあってね」
「なに?お土産?追加で手当くれるならいいよ?」
「それは君のセンスと運次第かな」
「え?そんなレアなお土産希望なの?」
オレが大袈裟に驚いて見せると、隊長は苦笑しつつ言った。
「土産になるかどうかも確認してみないと分からないんだけどね。まあ任務のついででいいから気楽に頼むよ。
それで、君のタブレットに送った依頼人や関係者の情報は読んでくれたかな?」
派遣が決まると、担当者に支給されているモバイル端末に任務に関する情報が送られてくる。これは個人情報も多く機密性が高い物なので、閲覧は端末の所有者しか出来ず、また一定時間が経つと消去される。ちなみに国家機密に関わるような最重要事項は社内で直接伝えられる。まあオレみたいなペーペーはそんなやばい情報に関わることはそうそう無いけれど。
「フライト中にチェックしたよ。時間だけはたっぷりあったからね」
オレの憎々しげな返事に隊長は満足そうに頷いた。彼のスルースキルは尊敬に値する。
「その中に同行する通訳者の情報もあっただろう?」
「あー、ハイハイ、ヤマト・トードーくんね。オレと同い年の学生さん」
なるべく接触する人数を減らす為、少数言語を話す相手でもない限り基本的に通訳は端末を使用するので、日本の民間人、それも学生が付くというのはかなり珍しいから印象に残っている。大和くんは自動車整備専門学校の2年生で、14歳までアメリカで暮らしていたらしいから英語は喋れるみたいだけど、通訳が本業という訳でもないバリバリの民間人が付いてくるというのは異例過ぎる。そもそも依頼人は先祖代々「鬼退治」を生業にしていた一族なので、整備の資格は関係無いし、インターンシップにしてはだいぶハードだ。
「そう、その大和くんなんだけど、実は彼――」
そこまで言うと隊長は、他に誰が聞いている訳でもないのに声を潜めて続けた。
「リヒト研究所の生存者なんだよ。正確には附属病院の方だけどね」
――リヒト研究所。かつてユタ州ソルトレイクシティで難病の治療薬を研究開発するバイオ企業だったが、6年前に大規模な火災が発生し、更に隣接していた附属病院にも延焼して、当時在籍していた職員の殆どが死亡するという大惨事を引き起こした。気密性の高い建物で逃げ遅れた者が大勢居たことや、コントロールや警備を機械が行っていた為火災の発見が遅れたことが被害者を増加させた要員で、直接の原因も機材の誤使用若しくは故障と発表されている。ただ、最新の設備の整った施設でこれだけの火災が起きるというのはどうも怪しい、そして同じく死傷者の出た病院も、患者は職員の関係者だったり身寄りの無い者のみで詳細が語られなかった為、本当はテロ事件だったんじゃないかとか、政府が後ろ暗い事を隠しているんじゃないかとか色々陰謀論も出てきて、当時は大きなニュースになっていた。と言ってもオレはその頃はまだ学生で母国に居たので、対岸の火事くらいにしか思っていなかったけれど。
「事故の体験談を聞きたいってこと?それならオレよりえんちゃんの方が適任――あ、ダメか」
えんちゃんことエイブラムスくんはオレをこの会社に引っ張ってきた男で、リヒト研究所の事故の被害者でもある。そしてこれがきっかけで今の仕事に関わり始めたのだ。
「うん、彼に任せると大和くんに詰問してしまいそうだからね……」
確かにえんちゃんの「皇帝」への拘りは半端ないから、大和くんが事故の生き残りだと知ったら捕虜への尋問並みに情報を聞き出そうとするだろう。そんな事をすれば任務自体も上手くいかなくなる。何せ大和くんは依頼人指定の通訳なんだから。
「それに大和くんは事故のショックで当時の記憶が殆ど無いらしい。それどころか子供の頃の記憶自体も所々消えているそうなんだ」
「それは気の毒に。てかそれも依頼人からの情報なの?」
だとしたら依頼人と大和くんはどんな関係性なんだ?
「そう、出元は大和くんのお祖父さんからなんだけど」
そういえば14歳からお祖父ちゃんに引き取られて日本で暮らしているって事前情報に書いてあったな。事故の後ってことか。
隊長は続ける。
「大和くんのお祖父さんも「鬼退治」を引き受けていて、元々は依頼人とはライバル関係らしい。力のある一族同士だから昔は利権を取り合っていたそうだよ。君の実家と似ているかもね」
「あー、うちは一族内で派閥化していたけどねぇ」
「懐かしの我が家」を思い出して苦虫を噛み潰したように顔を顰める。権力に関わると本来の存在理由が薄れてくるのは古今東西共通しているようだ。
オレの実家も所謂「悪魔狩り」を生業にしていて、名門の家としては珍しく長子相続ではなく実力者が当主になるのだが、素質のある者がなかなか生まれなかった為、誰を後継者にするかで揉めていた。何せ家業の恩恵で税金も優遇されるし、それどころか寄付金も貰えるような特別待遇だったので、皆是が非でも手に入れたい椅子な訳だ。父は本家の当主で妻との間に息子も居たし、本来なら婚外子のオレが出てくる幕ではないんだけど、当主自体が「ハンター」としての能力が不足していたのもあって、兄弟や外縁に仕事を頼った結果、次期当主には協力を惜しまなかった自分やうちの子を!と詰め寄られることになり、オレの母親が亡くなったのをきっかけに子供を引き取って自分の勢力に加えようとした。残念ながらその当ては外れた訳だけれども。
「でも親戚どころかライバルにまで協力を頼むなんて、依頼主さんも随分人手不足に困っているみたいだね?」
世界各地にドラゴンやモンスターを倒す英雄譚があるように、かつてはそれぞれの土地に人ならざる者を相手に戦う専門の集団があった。それは一族で脈々と受け継がれてきたり、外部から才能のある者を集めて育て上げたりと様々だったけれど、時代が進む毎に段々と減少していって、特に先進国では教会や寺社が引き受けるか、それかオレの実家みたいに裏稼業として対応するくらいで、殆ど見かけなくなった。そもそもそういう能力を持った人間が生まれにくくなったし、そんな力があっても好きな人生を選んで生きていける時代になったので(わざわざ妖怪退治専門なんて如何わしい職業に就きたいと思わないものね)当たり前の流れではある。
とは言え普通の人間が対処出来ない厄介毎は起こるもので、需要が無くなった訳ではなく、特にここ5、6年で「ウィンディゴ症候群」のような現象が多発するようになった。共通している症状はまずひどく落ち込んだ状態が続き、他者との接触を避けるようになる、その後攻撃的になり周囲の人間に危害を加える。知能の低下と共に身体能力は向上し、皮膚の硬質化や骨格の変形など徐々に元の人物からかけ離れた姿に変わっていく。そして「変化(オーガ化と呼ばれる)」してしまった者は姿も記憶も二度と元には戻れない。救う方法としては「殺害」するしかないが、完全にオーガ化してしまった者は通常の刃物や、拳銃など威力の弱い火器では傷付けることが出来ない為、警察や軍の特殊部隊を投入するか、オレたちのような専門家に任せることになる。そんな訳で需要が拡大しているにも関わらず、対応出来る存在が少ないということで、どこも人材不足に頭を抱えているのだ。
「そうだね、何百年と続く名家が海外の新米集団に助けを求めてくるくらいだからね」
全くだ。実家からもそのうち依頼が来るんだろうか。あの家業に対するプライドだけは摩天楼並みの連中がどう頭を下げてくるかは見ものだけど。
「それで大和くん、ね。事故のことじゃないならオーガ化する兆候でもあるの?」
リヒト研究所ではオーガ化の治療薬も治験していたそうだ。附属の病院に居たということはもしや?と思ったのだが。
「いや、記憶が欠けていること以外は6年前から問題無く、今も毎日元気に通学しているそうだよ。「鬼退治」の専門家が間近で見守っているんだから間違いないだろうね」
身内だから庇っている可能性が無いとは言えないけれど、6年間も変化が無いなら本当に問題無いのだろう。
「――ただ、彼は研究所の事故現場で発見された時、複雑骨折に内臓破裂という重体だったそうなんだが、それがたった3日で完治したそうなんだ。もちろん後遺症は一切無い。いくら若いとは言え回復が早過ぎるだろ?」
「そりゃすごいね!」
オーガ化で回復力が高まるという話は聞いたことが無いけれど、身体機能の異常さという点では無視出来ない。
「それから彼のお祖父さんの指南している剣道場で門下生と手合わせをしてみたら、初心者なのに有段者を打ち負かしたそうなんだ。ただそれもルールを守った上での綺麗な勝ち方じゃなくて、足技を使ったりとかなり荒っぽい方法で、とにかく殺気が尋常じゃないってことで問題視されて、それからはお祖父さんとだけ稽古をしているとのことだ」
「ほう!じゃあオレたち寄りなのかな!」
「とも思うんだが、お祖父さんもいつまでも孫を監督する訳にもいかないし、どうも後継者を残す気も無いそうなんだ。だから危険性があるかどうか見極めてほしい、と。そして可能であれば本人の望む道を歩かせてやりたいのだそうだ」
「ふーむ」
オーガ化する可能性は低いとしても、危ない奴と判断された時自分の孫を手に掛けるのはやっぱり難しいんだろう。そして大和くんの夢があるのであればそれを叶えられるように力の制御を教えてやって欲しい、と……
「ん?待て待て!丸投げされてんじゃんこれ!」
状況を察したオレに隊長はまた綺麗な歯並びを見せて微笑んだ。
「それじゃあオーガの調査と大和くんの監視を頼んだよ!good luck!」
プツン!――そして通信は切られた。
「うおぉい待てコラー!オレはまだ返事してないぞーっ!」
呼び出しボタンをタップしたが何度やっても通話画面に切り替わらない。
「くそーっ!横暴だ!暴君だ!権力の乱用だ!労働監督官に訴えてやるーっ!」
そう叫んでチェックインしたホテルのベッドにダイブしてバタバタと暴れた。フカフカのベッドの上で布団と枕がオレの動きに合わせて踊る。
「……でもなぁ」
布団の波が静まるとオレの心も凪いできた。
大和くんのお祖父ちゃんが跡継ぎを育てないのは多分孫を不毛な権力争いに巻き込ませたくないからだろう。海外で生まれ育って、記憶を失うくらいの大事故に巻き込まれた孫に家業の責任まで負わせたくないというのは分からなくも無い。ただ、それはあくまでもお祖父ちゃんの思いであって、大和くん自身の意思はどうなんだろう?お祖父ちゃんの弟子からも危険人物扱いされて、そのうち世話を見きれないからとほっぽり出されるんじゃまるで――
「オレそっくりじゃん」
そう考えるとまだ会ったことの無い大和くんに対して親近感が湧いてきた。同情とも言うかもしれない。
「まあメインの仕事のついでだし面倒見てやりますか!」
オレは跳ね起きて、窓から見える東京のビル街を眺めて伸びをした。
なんだか隊長に良いように利用されている気がするが、オレは結構善良な人間なのだ。