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9.突然の来訪者その1


「今日はユイさん遅いですね」


 そう言って、ジークは店の扉の方を見る。

 ダンジョンへ2人で行ってから数日、ユイはよほど暇なのか、毎日ように開店と同時にやって来て、飽きずラルドに告白し、振られ、何でもないかのように店を手伝う。そんな日々が続いていた。

 しかし今日は開店から数時間たっても、ユイの姿は未だにない。

 何かあったのかと心配するジークに対し、ラルドはため息をつきながら答える。


「そんな毎日早々に来られてたまるか」


 仮にもユイは勇者である。世界を救う勇者が当然忙しくない訳がなく、むしろ今まで毎日のようにこんな小さな鍛冶屋に通っていたことが驚きなのである。

 と、事情を知っているラルドは思うが、事情を詳しく知らないジークにはラルドが強がりを言っているように聞こえたのだろう。


「また、そんなこと言って」


 そう言って、少しだけジークは笑う。それにラルドは顔をしかめた。

 いっそのことジークにもユイが勇者であると言った方が良いだろうか。いや、ユイが自分から言うならまだしも他人がどうこう言うのもおかしいか。

 そんなことでラルドが悩んでいるとも知らず、ジークは思いついたようにあっと声を上げる。


「そう言えば、ユイさんって、噂の勇者様によく似ていますよね」

「っ!?」


 まさにラルドが今考えていたそれである。

 ジークはそうとも知らずに話を続ける。


「黒髪に黒い瞳と言えば、今や勇者様ですもんね」

「そ、そうだな」


 そう言いつつもジークはユイが勇者であることには気づいていないようだった。

 それもそのはずである。噂では勇者は黒髪、黒目の男性ということになっているからだ。

 ユイに以前、何故男性なのか聞いたら、ユイも知らないと言っていた。


「勇者と言えば、男性みたいのがあるんじゃないですか?」


 ユイはそう言って笑っていた。その噂を訂正する気はなさそうな態度だった。ユイに言われれば、たしかにそんなものかと思い、本人が否定しないのなら別にいいかと思っていた。

 しかしその噂はあっという間に広まり、今では勇者と言えば、黒髪、黒目の容姿の男性というのが当たり前になっていた。

 黒髪、黒目はこの国では珍しいが、異国ではあり得ない容姿ではないらしい。

 その為、勇者によく似た容姿をしているものもなかにはいて、この国では優遇されていると聞いている。


「ユイさんって、異国の方なんですか?」


 ジークは何も知らずに笑顔でそう聞いてくる。それにラルドはそっと視線を逸らした。


「まあ、そうじゃないか。俺もよく知らんが」


 異国どころか、ユイは別の世界からやってきたとはさすがに言えなかった。

 ラルドは気まずげに咳払いすると、話を区切り、手元の作業の続きをする。ジークもそれに気づいたのか、今度はラルドが作業しているものへと視線がいく。


「親方、何作っているんですか?」

「ああ、これか」


 そう言って、ラルドは作業中のそれをジークに見せる。金属でできた、丸いわっこのようなものだった。そのわっこの中心にこの前ユイととりにいった鉱石の一部が埋め込まれていた。


「この前の鉱石の余りでちょっとな」


 鉱石を加工して武器を作るが、ときにその残骸がでることがある。その小さな鉱石をそこに埋め込んだのだ。

 ラルドの手の中のものをジークはしげしげと眺める。まだ完成には至っていないもののその形からなにかわかったのだろう。珍しそうにそれを見る。


「ブレスレットですか?」

「ああ」


 鍛冶屋は一般的な武器屋や防具ももちろんつくるがなかには守りが付与された特殊なアクセサリーを作ることもある。


「親方って器用ですね」


 作られたブレスレットを見て、ジークは感心したように言う。それにラルドは苦笑する。


「これぐらい鍛冶屋ならできて当然だ」


 さすがに細かい装飾などはできなくてもブレスレット程度のものならどの鍛冶屋でもあらかた作ることができる。武器や防具に比べれば楽なものだし、見習いが最初に作るのもこういったものが多い。


「まあ、この程度の鉱石だと付与される効果も大したものじゃないがな」


 やはり鉱石の余りで作ったものではせいぜい防御力が気持ち増える程度のものだろう。それではラルドの目指しているものを作るには至れない。

 せめてもう少し効果が強いものでなければ。


「やっぱり、もう少し純度の高い鉱石、いや、魔石が必要か」


 となるとやはり金がかかる。鉱石や魔石の値段は今上昇傾向だ。いや、もしかしたら目的のものを作ろうと思うと金をいくら積んでも作れないかもしれない。

 そう思い唸っているとそれを見かねたのかジークが言う。


「また、ユイさんに頼んでみたらどうですか?」

「あれだって暇じゃないんだ。そうほいほい頼んでられるかよ」


 暇人かと思う時はあるがユイは仮にも勇者である。そんな相手を鉱石や魔石とりの為に毎回連れ出してはさすがにラルドも申し訳ない。


「冒険者ですもんね。ひょっとして今日も冒険に出ているんでしょうか」

「さあな」


 もちろんそれはあり得ることだ。あり得ることだが、いつもならユイはダンジョンに入る前に必ず一言ラルドに言っていたのだ。

 しばらく来られなくなりますと。

 もちろん約束したわけではないし、急に旅立たなければいけない時だってあるだろう。

 そうラルドもわかってはいるが。


「行くなら、いつもみたいに一言言っていけばいいのによ」


 思わずそんな言葉がラルドの口から漏れた。


「え?親方、何か言いましたか?」

「いや、何でもない」


 さすがにすこし未練がましいなと思いなおし、ラルドは慌てて咳払いしごまかす。

 そんなラルドの様子にジークは不思議そうな顔をする。

 と、そんな時、店の扉が開き、来訪者を告げるベルが鳴った。


「いらっしゃいませ」


 ジークはそう言い、店の扉の方を見る、と少しだけ驚いた顔をした。つられてラルドもそちらを見る。

 訪れた客は1人だ。背格好からしておそらく男性だろう。男性かどうか正しくわからなかったのはその客が顔をフードに隠し、見えないようにしていたからだ。

 全身を隠すようなローブにそしてフード。

 なんだか見るからに怪しそうな客だった。

 客は店の中に入ると中を見渡すと、まるで値踏みするような視線を武器や防具に向ける。一通り見た後、ラルドたちの前にやってきた。


「この店の店主はいるか?」


 声はやはり男性のもので、思ったよりも若かった。

 突然のその申し出にラルドは嫌な予感を感じつつ、作業中のものを置き、その客に向き直る。


「この店の店主は俺だが?」

「お前か」


 客は、今度はラルドの顔を穴が開くほど見てくる。

 しばらく見た後に小さく舌打ちをすると客は呟く。


「そうか、お前がユイをたぶらかしたんだな」

「ユイ?」


 聞きなれた名前に思わず反応する。

 それがまた気にいらなかったのか客は再度舌打ちした。

 どうやら相手はユイの知り合いらしい。


「たぶらかしたってどういう意味だよ」


 ラルドが疑問を口にすると相手は怒ったのか拳を丸め、カウンターをどんと強く叩いた。


「そのままの意味だ!どんな手を使ったのか知らないがユイをたぶらかして、貢がせているんだろう!」

「はあ?」


 なんだそれは。

 思わずラルドは間抜けな声をだす。


「おい、そりゃあ、誤解だ」

「言い訳か!?今更見苦しい!」


 言い訳もなにも、そもそもそんな事実はない。

 何がどうなっているのか。

 とはいえ、相手はよほど怒っているのかラルドの話をこれっぽちも聞こうとしない。


「勇者をたぶらかしておいて、無事で済むと思うなよ!」

「え?勇者?」


 突然の勇者という言葉に今度はジークが思わず声を上げ、訳がわからなそうにラルドの方を見る。

 それにラルドは思わず額に手をやる。


「また、ややこしいことに」


 相手はあきらかに何か誤解している。

 そしてその騒動にどうやら巻き込まれそうになっていることを感じ、ラルドの頭は余計に痛んだ。


「あんたが誰か知らないが、文句があるなら直接ユイに言ってくれ」

「はっ、俺が誰だかわからないだと!よくもそんなことが言えるな!」


 相手はそう言い、フードの下からラルドの方を睨む。

 それにラルドは呆れたように答える。


「わからないだろう。そんなふうにフードを被っていたら」

「ああ、そうか」


 ラルドにそう言われ、相手はようやくフードをとった。

 フード下から出てきたのは、まるで絵か何かように整った顔だった。

 金髪に青い切れ長の瞳、女性なら間違いなく見惚れるその顔に思わずラルドも息を呑む。

 まさに美男子だ。これほど整った顔立ちをしている男性をラルドは見たことがない。


「親方、知り合いですか?」

「いや、違うが」


 違うはずだ。しかしどこか見た覚えもある。なんとなく、そう朧げにだが。

 しかしどこで見たのかは思い出せない。

 考え込むラルドに相手は苛苛したような声を出す。


「俺の顔を見てもまだ身に覚えがないと?」

「ああ、すまん」


 ラルドが正直に答えると相手は舌打ちする。


「まあ、いい。名乗りあげてやろう。俺はユーリス・バレンシア・ラシュテン!」


 その名前にはさすがにラルドもそしてジークも聞き覚えがあった。

 ぎょっとする2人に構わず、青年は胸をはり、それに言い添える。


「俺こそ、このバレンシア王国の王子だ!!」


 堂々とそう名乗った青年は勝ち誇ったように笑う。

 それをラルドは呆然と見つめた。


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