7.2人の冒険その2
ダンジョンに入ってすぐに空気が変わった。何というか空気が重く感じられる。
魔素が漂っているからだろうか。なんとなく息苦しく感じられた。
ラルドの先を行くユイは特に何も感じていないのか、軽快な足取りで進んでいく。
とユイの足が急に止まった。
「モンスターがいます」
「え?」
ユイの言葉にラルドは目を凝らす。しかしモンスターの姿はどこにもない。
ユイはラルドにここで待っていて下さいと声をかけると素早く前へと駆けていく。ユイが駆けて行ったと同時に左右の岩場からモンスターが現れた。
それは一瞬のことだった。
ユイが剣を抜いたと思ったら、次の瞬間モンスター達が地面に倒れ伏していた。
何が起こったのか、ラルドには一切わからなかった。
「終わりました」
ユイはそう言うと剣をしまう。
それをラルドは呆然と見つめる。
ユイが実際に戦うところを見るのは実のところ初めてだった。
聖剣に選ばれた勇者だから実力はあるだろうとおもってはいたが、まさかここまでとはさすがにラルドも思っていなかった。
地面に倒れているモンスターの残骸をよけながら、ラルドはユイの元へと向かう。
「すごいな」
「言ったじゃないですか。私はこう見えても強いですから!」
「ああ、たいしたもんだ」
「ふふ、ラルドさんに褒められると悪い気はしないですね」
ユイは笑顔でそう言うとモンスターの残骸を見る。
「モンスターの死骸はどうします?部位によってはお金になるところもありますけど」
「いや、いい。今回は鉱石をとりにきたからな」
「了解です!それじゃあ、先に行きましょうか!」
そこから先も順調だった。
この辺のダンジョンのモンスターは既にユイにしてみれば敵ではないらしい。
出てきたとしてもあっという間に倒していく。危ないとさえ思わない鮮やかな手つきだった。
「ラルドさん聞いてもいいですか?」
「何だ?」
「鉱石ってどこにあるんですか?」
「なっ!?お前、何も知らずに先に進んでいたのかよ!」
「すみません。普段はダンジョンにレベル上げ目的で入っているので鉱石がどこにあるとか気にしたことないんですよ」
「ああ、そうか」
ユイの言っていることももっともである。
勇者のパーティともなればいちいち鉱石をとりにダンジョンに潜ることもないだろう。
どこから説明すればいいかラルドは考え、考えをまとめると話し出す。
「鉱石は基本、魔素の高い場所にできる。ダンジョンはモンスターの巣窟だが、その中にもまたモンスターの巣が何か所かにできている。モンスターがたくさんいればいるほど鉱石もありやすいってことだな」
「なるほど」
ラルドの説明をきき、ユイはうんうんと頷く。
「じゃあ、より下層にいけば、いいってことですね?」
「まあ、そうだが。下層に行けばそれだけ強いモンスターが出てくるぞ?」
「大丈夫ですよ!私がいますから」
たしかに今のところユイの実力をみれば少しぐらい下層に行っても大丈夫そうではある。
ラルドは少し考えてからユイに言う。
「あんまり無理するなよ」
「ああ、ラルドさんに心配されるなんて!やっぱり二人で来てよかった!」
「おい、聞いているか?」
「ラルドさん見ててください!私もっと頑張りますからね!」
「お、おう」
ユイはそう言うと何故か先ほどよりも意気込んでモンスター達の中へ突撃していく。
それをラルドは呆然と見る。
やはりユイは強い。
剣を振るったと思うとあっという間にモンスターは残骸になり地面に散らばる。
全部倒し終えたところでユイはラルドの方を見る。
「どうですか!?私、かっこいいですか!?」
「……ああ、うん」
ラルドはそう言いつつも視線を僅かに逸らす。
確かにユイは強いと思う。かっこいいかと言われればかっこいい。
しかしその様はなんというか異様でもあった。
モンスターの返り血をあび、満面の笑みで振り向くユイ。
正直、かっこいいというよりも不気味だ。
怖いなんてさすがに言えないよな。
自分の為に戦っている相手にさすがにラルドもそんなことは言えない。内心そう思いつつもあえてそのことを言わずに黙る。
ラルドがふと視線をユイからはずし、岩場にやった時だった。その岩場に見慣れたものがあった。
「ユイ、待て」
「なんですか?」
「鉱石があった」
ラルドはそう言うと岩場に近づき、背負ってきたリュックを下す。鉱石をとるための道具を取り出すと鉱石が傷つかないように注意しながら鉱石をとる。
その様子をユイは興味深げに見る。
「へえ、そうやって鉱石ってとるんですね」
「まあ、お前のパーティじゃ鉱石をとったりしないだろうな」
「そうですね。討伐依頼のモンスターを倒した方がお金になりますから」
「そうか」
ラルドは話しながらも手を動かし、鉱石を取り終える。
「その鉱石でどれだけの武器や防具が出来るんですか?」
「物によって違うが、だいたいは鉱石一個で武器一個ってところだな。防具ならもっと鉱石が必要になる」
「結構鉱石いるんですね」
「まあな」
鉱石を大事にリュックにしまうと道具を片付け、再びリュックを背負う。
ラルドのその様子をユイは何か考えながら見ていた。
「ラルドさん」
「なんだ?」
「ラルドさんの店に初めて行った時にもらった防具と武器があったじゃないですか。あれってどれぐらいの価値のものだったんですか?」
「あれか?あれは、そりゃあ、それなりのもんだが」
「それなりと言うと?」
「銀貨2、3枚」
「ええ!?ラルドさん!いくらなんでも返ってくるかもわからない相手にそんなのただ同然であげたんですか!?」
「返って来たんだからいいんだよ」
「そりゃあ、あの店小さいままですよね」
ユイはそう言うとため息をつく。それにラルドは気まずげに目を逸らす。
「本当にお人よしですよね」
「わるかったな」
「でも、そういうところが好きです」
「そうか、そうか」
「もう、すぐ流すんだから」
ユイはそう言いつつ、笑う。
「でも、あの時はありがとうございました。おかげで本当に助かりました」
「そりゃあ、良かった」
口ではぶっきらぼうな事をいいながらユイのその言葉にラルドは僅かに笑った。
どれぐらい進んだろうか。
あれからモンスターを倒しつつ鉱石をとりながら地下へ降りて行った。3層ぐらい地下に降りてきたところで、ラルドはユイに声をかける。
「なあ、そろそろ休憩にしないか?」
地下に潜っているので時間はわからないがそろそろいい頃合いだろう。
「休憩ですか?」
「そろそろいい時間帯だし、昼飯にしようぜ」
「わーい、ご飯!」
ユイはそう言うと周りにモンスターがいないことを確認して、座る。その向かい側にラルドも腰を下ろした。
背負っていたリュックを下すと中から作って来た昼食を取り出す。
ラルドは2つ取り出すとその片方をユイへと差し出した。
それにユイは首を傾げつつ、受け取る。
「これは?」
「昼飯だよ。用意してきた」
「用意してきたって、まさかラルドさんが作ったんですか!?」
「そうだが?」
「優しくて、かっこいいうえ、料理までできるとかラルドさん!どこまで私を惚れさせれば気が済むんですか!?」
「俺は惚れてくれだなんて一度も言っていないけどな」
ユイは恐る恐るといった感じで受け取ったそれを見つめる。
気のせいかその手が何故か震えている。
「おい、そんなに怯えなくてもいいだろう。変なものなんか入ってねえよ」
「違いますよ!これは怯えているんじゃなくて感動で手が震えているんです!ラルドさんの手作りが食べられるなんて幸せすぎて」
ユイはそう言うとラルドの方をじっと見る。
「ほ、本当に貰って良いんですか?」
「いらなきゃ、今すぐ返せ」
「いえいえ、頂きます!」
慌ててユイは渡された袋を開く。中には手作りと思われるサンドイッチが入っていた。
それをそっと取り出し、これでもかといほど眺める。
「これがラルドさんの手作りサンドイッチ」
「何か文句あるのか?」
「まさか!というか、もったいなくて食べられない!持ち帰って永久保存したいぐらいです!」
「するな!さっさと食え!」
ラルドにそう言われても、ユイはサンドイッチを見るのをなかなかやめられない。しばらく見てからようやく口を開き、サンドイッチにかぶりついた。
一口食べた途端、ユイは目を丸くする。
「ラルドさん」
「なんだ?」
「すっごく美味しいです!」
「そうか」
一応口に合うか心配はしていたのだろう。ユイのその返答にラルドは僅かに安堵し、自分の分を食べ始める。
「はあ、幸せ。久しぶりの美味しい食事です」
「そんな大げさな」
「大げさじゃないですよ!」
「普段どんなもの食ってんだよ」
「携帯食とかですかね」
「そんなもんばっか食ってるから成長しねえんだよ」
「失礼な!これでも少しずつは育っているんです!」
ユイはそう言うとむうと頬を膨らませる。
その顔が余計に子供らしく見えたが、ラルドはあえてそのことは言わなかった。
大きめに作ったといっても男であるラルドからすればさほど量はない。あっという間にサンドイッチを食べ終えると袋を片付ける。
ちらりとユイの方を見れば、ユイはまだサンドイッチをそれはそれは大事そうに味わって食べていた。
ふと、ユイの顔を見てラルドはあることに気づく。
「おい、ユイ」
「はい」
「ついてるぞ」
大きめなサイズのサンドイッチだったからかユイの頬にはサンドイッチに入っていたソースがついていた。
ユイは慌てて頬をふくが、ソースのついている方とは反対側をふいてしまう。
それを見かねてラルドはそっと手をのばす。
そして自然な動作で頬についているソースをぬぐう。
「まったく、やっぱりまだまだガキじゃねえか」
そう言ってラルドは笑うがユイは何故か身動き一つとらずに固まっている。
あまりにも動かないのでラルドは心配になり、その顔を覗き込む。
その顔はうっすらと赤くなっていた。
「おい、どうした?」
「ラルドさんが、私のほっぺを」
「ああ、そうだな。なんだ?嫌だったのか?」
「まさか!」
ユイはそう言うと上を見上げながら呟く。
「ラルドさんの手料理を食べて、おまけにほっぺを拭いて貰えるなんて、もう今日死んでもいいかも」
「阿呆か。そんなくだらない理由で死ぬんじゃない」
相変わらずのユイの様子にラルドは呆れ、ため息をついた。