4.出かける約束その1
「親方終わりました」
そうラルドに声をかけた青年は以前この店を訪れ、武器を買い求めたあの青年である。
名前をジークと言った。あの後、ラルドのいうとおり、この店でラルドの助手として働くことになったのだ。
冒険者としての素質はなかったが、鍛冶屋職人としての素質はあり、最近では武器を磨くのを任せられる程度にはなってきた。
ジークの磨いた剣をラルドは受け取り、剣の磨かれ具合をチェックする。ジークはその様子を緊張した顔で見守る。しばらく見てから、ラルドはそっと剣を置いた。
「悪くないな」
「ありがとうございます!」
ラルドの言葉にジークはほっとしたような表情を浮かべる。
ジークはあのことに感謝しているのかよく働いた。
おまけに性格が真面目な為か、ラルドの教えることは熱心に聞き、覚えも早かった。
いい助手を持ったものだ。
少し高い掛け金だったが、これなら上々だろう。
ラルドがそう思っているとジークがあのと声をかけてくる。
「なんだ?何かわからないことでもあるか?」
「いえ、それは大丈夫なんですが」
ジークは少し迷う表情をする。言ってみろとラルドが促すと意を決したように言う。
「あの、前にいた女の人って店員さんなんですか?」
前にいた女の人。この店で働く女の人と言えば、思い当たる人物は1人しかいない。
ユイのことである。
「あー、あれか、いや、違う」
とはいえ、どんな関係かと言われると難しい。
ユイが来たら嫌でも説明しなければいけないが、今はすくなくとも説明する気になれなかった。
「まあ、暇なときに店を少し手伝ってもらっているんだ」
「そうなんですか」
ラルドの返答に何故かジークは残念そうな顔をする。
それをラルドは不思議に思い、尋ねる。
「あの子がどうかしたか?」
「え、いや、その、可愛い子だったので」
ジークは少し顔を赤くして答える。
その態度からジークがユイに気があるのがなんとなくわかった。
確かに顔は可愛いよな。
少し幼く見えるが、この国の人間とは違うその顔立ちは非常に可愛らしく見える。
もっとも性格はあれだが。
普段のユイの様子を思い出し、ラルドは僅かに顔をしかめる。
あれで態度ももう少し可愛らしければいいんだが。
ラルドはそう思いながら、ため息をついた。
「冒険者の方なんですか?」
「まあ、そんなもんだな」
「すごいな。僕には到底できないや」
ジークのその言葉は本心であろう。
そもそもジークは性格が大人しい。冒険者としてはそもそも気性もあっていないように思えた。
「まあ、人には向き、不向きがあるからな」
そう言いつつ、ラルドはふと窓から外を見る。
そういえば、最近ユイの姿を見ていない。
前はしつこいくらい店に通っていたというのに。
ダンジョンに行ってくると言っていたので、未だにダンジョンにいるのだろう。
何事もないならいいが。
街の近くのダンジョンであればそれほど強い魔物が出てくることはないが、魔族の地域に近づけば近づく程、ダンジョンの難易度が上がり、出てくる魔物の強さも上がる。
この前、ユイに聞いたら既にこの辺のダンジョンは行きつくしたと言っていたから今は遠くのダンジョンに言っているのだろう。
つまりそれだけ危険度が上がる。
勇者であるユイがそう簡単にやられるとは思わないもののやはり心配は心配である。
そう思っている時、店の扉が開き、客人が訪れた合図のベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
ジークがそう言う前に入って来た客人は店の中へと飛び込んでくる。
それだけで誰が来たのかラルドにはわかってしまった。
案の定、店に入ってきたのは黒髪、黒い瞳をした見慣れた少女だった。
「ラルドさーん!愛しのユイが会いに来ましたよ!」
「帰れ」
「酷い!久しぶりにあったのにこの冷たさ!でもそこもいい!」
相変わらずのテンションである。
ラルドは素早くユイを見る。
見た目からは怪我しているように見えない。
どうやら今回のダンジョンも無傷で終わったらしい。それに内心安堵しつつ、いつも通りやや冷たい態度をとる。
下手に心配すればユイの性格上、喜ぶのは目に見えてわかっていたから、あえて心配したとは言わなかった。
「あれ?今日はラルドさん一人じゃないんですね」
ユイのその言葉にはっとする。
そう言えばもう一人いたのだ。
慌ててジークの方を見るとジークは何とも言えぬ表情で固まっていた。
「おい、ジーク。大丈夫か?」
「親方、その、えっと、愛しの人って?」
ジークが恐る恐るといった感じでラルドに尋ねる。それにラルドは慌てて首を振る。
「ち、違うからな!そういう関係じゃないからな!」
「ええ、今はまだ。いずれはそうなる予定ですけど」
「そんな予定ねえよ!」
余計なことを言うんじゃない。
ラルドはユイを責める様に見るがユイは慣れているのかそれに笑って返してみせる。
「えっと、じゃあ、今はどんな関係なんですか?」
「それは」
ジークのその質問にラルドは言葉に詰まる。
ユイとラルド。その関係を言い表すのはなかなか難しい。
ラルドがなんて返せばいいか困っているとユイは笑顔で言う。
「簡単に言うと私がラルドさんに片思いしていて、毎回告白して振られているそんな関係です」
「どんな関係だ!」
だが、ユイの言葉は間違っていない。
しかしほかにいい言い方がないのだろうか。
そう思って探すもいい言葉がでてこず、結局ラルドも諦めた。
「でも、まあ、そんな感じだ」
ラルドのその言葉にジークは驚いたようにえっと声を出す。
「告白、えっと、親方に?」
ジークはじっとラルドを見る。その視線にラルドは居心地の悪さを覚える。
「そんな目で俺を見るな」
「すみません!」
とはいえ、ジークの言いたいこともわかる。
可愛いと思っていた子がまさかおじさんといっていいほど年の離れた相手に好意を伝えていると知って、少なからずショックを受けただろう。
悪いことをしたな。
ラルドがそう思っているととうのユイはそんなもの気づきもせず、ジークの方を見る。
「へえ、ちゃんと働いているんだ。えらい、えらい」
ジークを見て、この前来た客人だと気づいたのだろう。ユイはそう言って、ラルドに笑いかける。
「やっぱりラルドさんの目は本物でしたね」
「たまたまだよ」
「また、謙遜しちゃって」
謙遜ではない。本当にたまたまである。
こういう人助けはほとんどだまされることが多い。それでもやめられないのだからラルド自身しょうがない性格だとも思っていた。
「それで、今回はずいぶんと時間がかかったんだな」
「まあ、そうですね。ラルドさんに会えなくて、私はもう、毎日胸が張り裂けそうでした」
ユイは大げさにそう言い、悲し気な表情で胸を押さえて見せる。
それにラルドは少し呆れてそうかよと答える。
「そんなにダンジョンが大変だったのか?」
一応心配してラルドがそう尋ねるとそれにユイはいえと答える。
「実はとあるメンバーが魔法を暴走させて、ダンジョンを崩しかけて偉いめにあいまして」
「どんな仲間だよ!」
思わぬ返答にラルドは額を抑える。
勇者の噂も絶えないが、仲間たちの噂も当然聞いたことがある。
勇者の仲間は7人いる。誰もかれも優秀な剣士や魔法使い、果てには聖女なんかもいる。さらに極めつけはこの国の王子もその仲間に入っている。
王子の噂は他の仲間よりも多く広まっている。
剣士としても優秀だが、その容姿は美男子で女性なら誰もが目を奪われる程の整った顔をしていると言う。
そんな仲間がいるにも関わらず、何故よりによって俺に告白するんだよ。
ラルドはそう内心突っ込まずにはいられない。
「まあ、無事でよかった」
「はい!」
ユイは満面の笑みで答える。
心配されたのが嬉しいらしい。
「まあ、私にはスキルで超回復という、怪我してもすぐに治ってしまうというチートスキルがあるので怪我なんてする訳ないんですが」
それは初耳である。だからこそいつ見ても無傷なのだろうか。
「そんなスキルあるのかよ。心配して損したな」
「あ、そんな!もっと心配して下さい!大事にしてください!」
ユイはそう言うとラルドに泣きつく。それにラルドはやれやれと首を振る。
とユイとそんなやりとりをしているとジークがじっとラルドとユイのやりとりを見ていた。
「どうした?」
「いえ、親方とその仲いいんだなって」
「そうなんですよ!仲いいんですよ!」
「こら、調子にのるな!」
ラルドはため息をつきながら、ユイの方を見る。
「ユイ、こっちはジークだ。店で俺の助手をしている」
ラルドが紹介するとジークが慌てて頭を下げる。それにユイは笑って答える。
「初めましてユイです。たまに、というかダンジョンにいないときはここでお店の手伝いをしています」
「そうなんですね」
「ついでに将来はラルドさんと結婚する予定です」
「え?」
「そんな予定はない!」
まったく油断も隙もない。ラルドは慌ててそう言うとユイは悪びれもない顔をする。それにラルドはため息をついた。