3.おひとよしの店主
「ラルドさん、好きです!付き合って下さい!」
「断る」
ラルドがきっぱりそう言うとユイはむうっと頬を膨らませた。
すねたユイは子供らしいその態度と、外見も相まって、ますます幼く見える。
それにラルドは目を逸らす。
やましいことは何もない。そう思いつつもなんとなく悪いことをしているような気になって、仕方なかった。
「お前もいい加減諦めてくれよ」
「嫌です!絶対諦めません!」
こんなおっさんのどこがいいんだよ。
ラルドは思わず内心でそう思ってしまう。
容姿だって別にいいわけではない。顔は強面で、大抵の子供には何もしてなくても泣かれてしまうぐらいだ。
店主とはいえ、こんな小さな鍛冶屋では稼ぎだってたかがしれている。
年だって親子程離れている。
本来だったら好かれる要素など全くない。
にも拘わらず、ユイは変わらず好意を伝え続けている。
いくら断っても、いくら理由を言っても、彼女は諦めない。
いったいどうすりゃあいいんだよ。
思い悩みながらラルドは大きなため息をついた。
「どうしたんです?ため息なんてついて」
「誰のせいだ。誰の」
「私の事を考えてついついため息ついちゃうなんて、それはもう恋ですよ!恋!」
「どうしてそうなるんだ!?」
どんなに断られても宣言どおりまったくめげないその態度にラルドは呆れを通り越して感心さえ覚える。
本当に大したものである。この調子だと告白はおそらくまだまだ続くだろう。
そう思うとラルドの気は重くなった。
「とりあえず、今日の用件は終わったな。じゃあ、帰れ」
「帰りませんよ!せっかく来たんです!今日は閉店まで居座りますから!」
「居座んな!さっさと帰れって!」
「嫌です!」
何が嫌だ。そんなこと言ってる場合じゃないだろう。
仮にも彼女は勇者である。本来ならこんな店で時間をつぶしていていい人間ではないのだ。だというのにユイはここ数日ほぼ毎日ここに通っている。
「お前本当に暇なのか?」
「暇じゃないですよ。ラルドさんに会うのに忙しいです」
「いや、そうじゃなくて」
そう言いかけて、ラルドは言葉に詰まる。
いっそのことここには来るなと言ってしまったらどうかと思ったこともある。
だが、すぐに思い直した。
勇者がどんなことをしているのかラルドだって詳しく知っている訳ではない。ただその旅が過酷なものなのは知っている。
冒険者の生きる世界は、それは酷いものだ。いつ死ぬかもわからない、そんな過酷な毎日をユイも送っているのだろう。
そう思えばこれもユイにしてみれば一種の息抜きなのかもしれない。
だとしたらそれを禁止するのはいくらなんでもできなかった。
「ラルドさん?」
「何でもない。暇なら掃除でもしてろ」
「はーい」
ユイは慣れたように掃除道具を自分で出してくる。
あれからユイは本当に店の手伝いをするようになった。さすがに鍛冶屋の仕事はできないが、掃除や物の整理や片付けなど、自分でできることを見つけてはせっせとやっている。
正直それはラルドにとっても助かった。
従業員もいない、1人でやっている店なのでそういった雑用だけでもやって貰えるのは非常に助かるのである。ユイの働きぶりにさすがにラルドも申し訳なく思い、給料を払おうとしたがユイはそれを当たり前の様に断った。
「私はラルドさんに会いに来てるだけなんで、会えるだけでいいんですよ」
そう言うとユイは嬉しそうに笑う。
そう言われてはラルドも何も言えなかった。
結局、ユイは今でも鍛冶屋に来ると無償で仕事を手伝っている。
「魔王倒しの旅はどうだ?」
「別に変わりはないですよ。毎回ダンジョンに潜って、モンスターを倒してレベルを上げて、そんな感じです」
なんのことでもないようにユイは言う。まるで天気の話でもするかのような能天気さだ。それが言葉で言うよりもずっと大変なことはラルドもわかっている。
「大変だな」
「まあ、楽ではないですけど、大丈夫ですよ。辛いこともあるけど楽しいことだってそれなりにありますから」
ユイはそう言いながら、箒で床をはく。
その姿からは世界を救う勇者にはとても見えない。見えなくても彼女は間違いなく勇者である。その腰に下げた聖剣が彼女を選んだその時から、彼女は勇者なのである。
「悪いな」
「何がです?」
「異世界から突然呼ばれて、そのうえいきなり勇者だって言われて、世界を救うことになって、そんなのお前みたいな年の子供にさせることじゃないだろう」
そう、本来ならこの世界にいる人間がどうにかすることだ。それなのに全く違う世界から来た、しかも子供に頼るだなんて。
ラルドは思わず表情を暗くさせる。
それを見て、ユイは少しだけ目を細めた。
「ラルドさんはすぐ私を子供扱いしますね」
「子供だろうが」
「違いますよ。ちゃんとこの世界では成人しています」
この世界の成人は16歳だ。ということは、ユイはそれ以上の年ということだろうか。
ラルドは思わず疑う様にユイを見る。
「全然見えないぞ」
「幼く見えるのは生まれつきです。私の生まれた国はみんな実年齢より若く見えるんです」
ユイはそう言うと軽くため息をつき、箒をはく手を止める。そのままラルドの方へやってくるとその顔を覗き込む。
「大丈夫ですよ。ラルドさんのいるこの世界は私が救ってみせますから、この聖剣にかけてね」
ユイはそう言って、胸を張り、腰にさげている聖剣を見せる。
どんな剣よりも美しいその剣は日の光を受け、きらりと輝く。
それをラルドはまぶし気に見つめた。
と、その時からんとベルの音がし、扉が開く。
「あ、お客さんだ!」
ユイはそう言うと客人の方に視線を向ける。つられてラルドも視線をやる。
店内に入ってきたのは青白い顔をした青年だった。防具も武器も何も持っていない。どうやら冒険者ではなさそうだ。
青年はただ唇をきつく結び、思いつめた表情をしていた。その顔を見て、ラルドはなんとなく最初にきたユイの姿を思い出した。
「何をお買い求めですか?」
ユイは気づかないのかいつものように接客をする。
ユイに話しかけられても青年の態度は変わらない。険しい表情のまま、静かに言う。
「あの、武器を」
「武器ですか?どのような武器をお買い求めでしょうか?」
「何でもいいです。これで買えるものを」
そう言って、青年は小さな袋を取り出す。ユイはそれを受け取り、中身を見る。そこには銅貨が数十枚入っていた。
「えっと」
これでは足りない。
ユイは困ったようにラルドを見る。ラルドはカウンターから出るとその袋を受け取り、中身を確認する。
「お前さん、悪いことは言わない。やめておけ」
「え?」
「その金じゃ、一番安い武器も買えない」
「そんな」
青年はあからさまにショックを受けた顔をした。しかしすぐに首を横に振るとラルドに懇願する。
「あの、どうにかなりませんか!その、どうしても武器が必要なんです!」
青年は必死にそう言う。ラルドは静かに青年を見る。
ユイの時のように武器や防具をまけてやることは褒められたことじゃないが出来なくはない。出来なくはないが、ユイとこの青年では決定的に違うものがあった。
「やめておけ。お前さん冒険者には向いてない」
「え?」
「武器を持ったとしてもモンスターを倒せないと思うぞ」
確かに青年は初めてここに来たユイによく似ていた。しかしユイとは決定的に違うものがあった。あの時のユイには覚悟があった。
それに比べこの青年はどこか迷っているように見えた。
「でも、僕は冒険者にならないと」
そう言って、青年は困り果てたような顔をして俯く。
やはり何か迷っている。冒険者になりたい訳じゃない。ならないといけない。それはある種の使命感の様なものを感じられた。
「どうしてそこまで冒険者にならないといけないのか尋ねてもいいか?」
ラルドの問いかけに青年は迷う。そんな青年にユイはそっと笑って、促すように言う。
「大丈夫だから、ラルドさんに話してみて」
ユイに促され、ようやく決心がついたのか青年は小声で喋り出す。
「家に病気の母がいるんです。僕が冒険者になってお金を稼いで薬を買わないといけなくて」
なるほど、そういことか。
ラルドは小さくため息をつく。
冒険者は一般的に金が手に入る職業と思われている。それは当然だ。なにせ命がけでモンスターを倒すのである。それに見合った額が冒険者組合から払われる。
その為、こういった金を必要とする人が冒険者になることはよくあることだ。そしてろくに装備も揃えられず、低級モンスターに倒され、命を失うこともよくあることなのである。
「金が必要なら冒険者じゃなくてもいいだろう」
「今すぐお金が必要なんです。だから」
青年の手が震える。おそらく恐怖からだろう。
これではいくら装備をそろえたところでモンスターと戦うことはできないだろう。
ラルドはしばし思案する。そして何かを決めるとカウンターへ戻り、袋を持って戻って来た。
ラルドはその袋を先ほどの袋といっしょに青年に渡す。青年はそれを受け取り、中身を見る。するとぎょっとした顔をした。
「こ、これ」
ラルドが青年に手渡した袋の中には銀貨が数枚入っていた。
驚く青年にラルドは言う。
「お前、明日からここで働け」
「え?」
「ちょうど鍛冶の助手を探していたんだ。給料は前払いでやるよ」
銀貨数枚は、前払いにしても多すぎる金額だ。
青年ももちろんそれをわかっている。
青年は涙目になり、ラルドに頭を下げる。
「すいません!本当にありがとうございます!」
「いいから、さっさと行って薬を買ってこい。そのかわり明日から頼んだぞ」
「はい!」
青年はもう一度深々と頭を下げると店から出ていく。
ラルドは黙ってその姿を見送る。青年の姿が完全に見えなくなってから、ユイが呆れたように言う。
「ラルドさんのお人よし」
「悪かったな。お人よしで」
「どうするんですか?あの男の子が嘘をついていたら」
「その時は俺の見る目がなかったってことだ」
ラルドはそう言うと苦笑し肩を下げる。
それにユイは笑う。
「そんなことばっかりしているからいつまでたってもこのお店は小さいままなんですよ」
「そうだな」
「でも、ラルドさんのそういうところ、私、大好きですよ」
ユイはそう言うとラルドの腕に飛びつく。思わぬ行動にラルドはよけることもできず、そのまましがみつかれる。
「お、おい!」
「ラルドさんって本当にいい人ですよね」
「わかった、わかったから離れろ!」
「嫌ですよ!」
「こらっ!」
ラルドはなんとかユイをはがそうと必死にするも、どんなに必死にやろうともユイは離れない。
「ラルドさん」
「何だよ!ってか、離れろ!」
「明日からダンジョンに行くのでしばらくお店来られません」
ユイのその言葉にラルドはひきはがそうとする手を止めた。
ユイを見るとユイはいつものように笑顔を浮かべていた。
「またしばらくしたら来ますから、それまでくれぐれも浮気としかしないで下さいね」
「浮気って、お前と俺はそういう仲じゃないだろう」
「もう、すぐそう言って!」
そう言って、ユイはようやく離れる。離れていくその背をラルドはつい目で追う。
冒険者はいつだって命がけである。それは当然勇者であるユイでも例外ではない。
しがみついていた細い身体を思い出し、ラルドはなんとも言えない気持ちになった。
「なあ」
「はい?」
「いや、気をつけていってこいよ」
「わかりました!」
そう言って、ユイは満面な笑みを浮かべる。
いつも通りのその態度にラルドもつられて小さく笑った。