表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/14

2.聖剣に選ばれた少女


 からんと扉についたベルが鳴る。と同時に勢いよく黒髪の少女が店の中へと入ってきた。


「ラルドさん!愛しのユイが来ましたよ!」


 そう言って、少女は店の店主に向かって、満面の笑みを浮かべる。

 それに店主であるラルドは大きくため息をついた。


「また来たのか」

「来ますよ!毎日だって来ますよ!ラルドさんのいるところどこだって私は行きますから!」

「お前なら本当に来そうで怖いんだよな」

「そんなに喜ばないで下さいよ。照れちゃうじゃないですか」

「喜んでない!」


 何故こうなったんだ。

 ラルドは額に手を当て、真剣に考え込む。

 そもそも、この少女と初めて出会ったのは数カ月前のことだ。

 ろくに装備を買うお金も持たずに少女はラルドの店を訪れた。ほっとくことが出来ず、破格の値段で防具や武器を用意してやり、その旅立ちを見送った。

 それだけのはずだったのに。


「どうしてこうなったんだ」

「どうしたんです?そんな難しい顔して。あ、もしかして、そんなに私に会えたのが嬉しいんですか?」

「どうしてそうなる!」


 少女が旅立って数カ月後、再びこの店を訪れた時、彼女はずいぶんと様変わりをしていた。立派な防具で身を包み、腰には見たこともないほど美しい剣を下げていた。

 最初に訪れた時とのあまりの変わりように別人かと思った程だ。

 そしてこの態度である。

 何があったのかわからないが、彼女は何故かラルドにそれはそれは強い好意を抱くようになっていた。


「それで、今日は何の用だ?」

「用なんて決まってるじゃないですか」


 少女ことユイはそう言うとびしっと親指を立てる。


「もちろん、ラルドさんに会いにきたんです!」

「何で」

「何でって、決まってるじゃないですか!ラルドさんに会いたかったからですよ!」


 ユイのその言葉にラルドは僅かに眉を顰める。

 会いたかった。そう言われてもちろんラルドだって、嫌な気はしない。

 しないが、だからって用件もなく毎度毎度来られてはたまったものではない。

 ラルドはまたため息をつくと、追い払うように手を振る。


「そうか。なら用件はすんだな。さっさと帰れ」

「嫌ですよ!まだ話が終わってないですって!」

「もう十分話した。続きはまた今度聞く」

「今聞いて下さい!」


 ユイはそう言うと、店の中にずんずんと入っていく。そしてラルドの目の前までくるとその目を真っすぐと見つめる。

 さっきまでとはうってかわった真剣な表情に思わずラルドも息をのみ、ユイを見つめる。

 しばらく見つめ合った後、ユイはふっと笑い、そしてそのまま言う。


「好きです。付き合って下さい」


 唐突な告白。

 また始まったか。

 ラルドは再びため息をついた。


「またなのか」

「ええ、またですよ。ラルドさんがいいって言うまで、私は言いますよ!」

「いいなんて言うと思うのか?」

「ええ。いつかは絶対に言わせてみせますよ。そしてゆくゆくは結婚して子供をつくって、2人は幸せに過ごすんです」

「勝手に妄想するな」


 そう、ユイがラルドに告白するのは今日初めてのことではない。再びこの店を訪れてからそれから毎回、もはや日課と言ってもいいぐらいの頻度でここにくるとユイはラルドに告白する。


「何でだよ。お前さんぐらい若ければ俺以外の相手がいくらでもいるだろが」

「言ったじゃないですか!あの日助けてもらった日からラルドさんのことが好きになっちゃったんですよ!」

「訳がわからん」


 たしかに助けたのは事実だ。ラルドはあの日、ユイを助けた。しかしそれがどうして好きという思いに繋がったのかラルドにはどう考えてもわからなかった。


「そもそもラルドさんはどうしてそんなに難しい顔するんですか?若い女の子が好きだって言ってくれてるんですよ。そこは喜ぶところじゃないですか」

「若いって、若すぎるんだよ」


 ラルドは今年36になる。対してユイはどう見ても十代。実年齢は知らないが、その容姿からはずいぶん幼く見えた。


「何なんですか。もしかしてラルドさん熟女趣味なんですか!?」

「違う!そうじゃない!」


 もちろんそうではない。とはいえ、いくら何でも幼い子供を恋愛対象にできるような趣味でもなかった。


「とにかくだめだ!俺のことは諦めてくれ!」

「嫌ですよ!私はラルドさんがいいんです!絶対諦めませんから!」


 ユイはそう言い切ると胸を張る。告白を断られたというのに少しもへこたれた様子はない。

 この様子ではまた告白してくるだろう。

 ラルドは何回目かわからないため息をついた。


「話はこれで終わりだな。じゃあ、帰れ」

「ちょ、何でそんなに追い払おうとするんですか!」

「営業妨害だからだよ!俺には仕事あるんだ!」

「そんな!ラルドさんは私と仕事どっちが大事なんですか!?」

「仕事だ!いいから帰れ!」

「冷たい!でも、そういうクールなところも好き!」


 全く話が通じない。

 年齢が違うせいか、それともユイが特殊なのか、ラルドがいくら言おうとユイには通じない。

 どういう理解力しているんだと突っ込みたくなるぐらいである。

 どういえば、ユイを説得できるかラルドは頭を悩ませる。そんなラルドを見て、ユイはわかりましたと呟く。


「じゃあ、仕事を手伝います」

「はあ?」

「だから仕事を手伝いますって、それなら一緒にいてもいいでしょう?」

「よくねえよ。ってか、お前、そんな暇あるのかよ」

「ありますよ。ラルドさんの為ならいくらでも」

「あのな」


 ちらりとラルドはユイの腰に下げられている剣を見る。その腰に下げられている剣はただの剣ではない。

 聖剣。この国に古くからあり、勇者にしか抜けないとされていた伝説の剣。

 それが今、ユイの腰に下げられている。

 それがどういうことなのか、ただの鍛冶屋の店主であるラルドにも当然分かった。


「仮にも勇者なんだ。そんな暇あるなら、世界を救ってくれ」


 勇者の話は風の噂でラルドも知っていた。ユイがこの店を訪れて一カ月もせず、その噂は国中に広がった。異世界からこの世界を救う為にやって来たという勇者は聖剣を抜き、魔王を倒すべく仲間たちと旅をしているらしいと。勇者はこの国では珍しい黒髪に黒い瞳をしていると。

 その噂を聞いた時、ラルドはまさかと思った。そしてその答えはユイが再びこの店に来た時にわかった。   

 その腰に下げられている聖剣が、彼女が勇者であることを証明していた。


「ラルドさんの目は本物でしたね。今や私は一流の冒険者ですから」

「一流の冒険者どころじゃないだろう」


 勇者なんてなりたくたってなれるものではない。

 当然、ユイと初めて会った時、ラルドだってその少女が勇者になるなんて夢にも思っていなかった。


「魔王退治はいいのかよ」

「そんなすぐに倒せる訳ないじゃないですか。魔王ですよ、魔王。ゲームでいうとラスボスですよ。今は経験値を集めているところです」

「げーむ、なんだそりゃあ?」


 異世界の言葉だろうか。

 聞きなれない言葉にラルドは首を傾げるとそれにユイは笑う。


「つまり、そう簡単にはいかないってことです。今はこの街を拠点にして、いろんなところにあるダンジョンを巡っているんです。つまり、ここにいる時は私の休息時間です」

「なら、しっかり休めよ」

「だから元気を貰いにきたんですよ。大好きなラルドさんに会ってね」


 ユイはそう言って、笑う。その顔があまりにも嬉しそうなのでラルドはもはや何も言えなかった。

 平民街にあるなんの変哲もない鍛冶屋の店主とそこに通う勇者。なんとも奇妙な関係だ。いったいこの関係がいつまで続くのだろうか。

 そう思いながら、ラルドは部屋の奥から雑巾とバケツをとってくる。


「ほら」

「なんです?」

「仕事手伝うんだろう?それで掃除でもしてろ」


 ラルドはそう言って、雑巾とバケツを差し出す。それをユイは嫌がりもせず、満面の笑みで受け取る。


「了解!ぴっかぴっかに磨き上げて見せますね!」


 ユイはそう言うとバケツに水を汲み、腕まくりをすると雑巾を絞り、掃除を始める。

 その姿に思わずラルドは苦笑いを浮かべる。

 勇者が店の掃除か。

 他の人が聞けば何をさせているんだと言われるだろう。

 だが、本人が望んでいるのだから、仕方ない。


「本当にしょうがねえ奴だな」


 ラルドは誰に言うでもなくそう呟くと自分も仕事にとりかかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ