13.街へおでかけその1
「親方、おはようございます」
ジークはそう言って、店の扉を開ける。と同時に扉についているベルが鳴る。ところが、声をかけ、ベルまで鳴ったというのに、ラルドは顔を上げない。
ジークはそれに不思議に思い、ラルドの方を見る。
ラルドは酷く難しい顔をし、真剣に目の前に並べられていたものをじっと見ていた。ジークはそっとラルドに近づくと目の前に置かれたそれらを見る。
大量に置かれた甘いものを提供する店のびら達。最近出来た新しいものまである。よくこんなにそろえたなと思うほどのびらの数にジークは素直に感心する。
気になるのはそれをどうしてそんなに難しい顔をして見ているかということだが、それにもジークは覚えがあった。
「ユイさんと出かける場所、まだ決まってないんですか?」
「うわっ、お前、来てたのかよ」
ジークに話しかけられ、ラルドは思わず声を上げる。
どうやら本当にジークの存在に気づいていなかったようだ。
それほど真剣に考えていたのだろう。
そう思うとジークはどこかほのぼのした気持ちになった。
「ずいぶん前からいましたよ。声もかけましたよ」
「そ、そうだったか」
ラルドはそう言いつつびらの山をそっと片付ける。
今更のそれにジークは苦笑する。
「それでユイさんと出かけるところ決まったんですか?」
「いや、まだだ」
ラルドは渋い顔をしてそう答えた。
数日前、ラルドはユイにある頼みごとをした。鉱石と呼ばれる武器や防具をつくる為に使用する資源をダンジョンに一緒にとってきてほしいという内容だ。ユイはもちろん喜んでそれを引き受け、結果、大量の鉱石を安く手に入れることが出来た。
それは良かったのだが、問題はそのお返しである。
「ラルドさん、あの約束かなえてほしいんですけど」
「あの約束って今度お前の行きたいところに付き合うってやつか?」
そう、ラルドはユイに鉱石をとりにいくお礼としてそんな約束をした。本当はもっと金銭的なお礼も用意していたのだが、それをユイが頑なに受け取ろうとしなかった為、苦肉の策でそんな提案をしたのだ。
ラルドにとっては大したお礼ではないと思っていたがユイにとっては違ったらしい。
それはそれは嬉しそうにその約束のことを口にする。
それにラルドはなんとなく嫌な気がした。
「で、どっか行きたいのか?」
「はい!一緒に街に行きたいです!」
「買い物か?」
「それもいいですけど、美味しいものとか食べたいです」
「美味しいもの?」
「はい、甘いものとか」
「甘いもの?」
「はい、ケーキとかスイーツみたいな、とにかく甘いものが食べたいです」
「お前……」
ラルドは思わず黙り込む。
ケーキとかいうものがどういうものかラルドにはわからなかったが、甘いものとなれば砂糖が使われているものだと推測がついた。ユイがいた世界では知らないが、この世界で砂糖は高価なものだ。それを使用したものを提供する店となれば、それなりの店になる。
そんな店がある場所など、それこそ平民街の中でも裕福な層が暮らしている場所に限られる。当然、そんなところラルドは行ったことがなかった。
「店のあてはあるのか?」
「行って決めればよくないですか?」
その返答でユイが何も考えていないことがラルドにはわかった。
もちろんユイのその考え方もなくはない、ないが、とにかく裕福層の街は広い、歩いて一軒ずつ見て回るなどそれこそ疲れるだけだろう。そのうえ、店によっては法外な値段をふっかけてくる店もあるし、中には貴族御用達で紹介状がなければ入れないような店もある。つまり事前に店も決めずに行くなどラルドには考えられなかった。
そしてこの世界に来てまだ日が浅いユイはそこまでの考えに至っていないようだった。
「どうしたんですか?ラルドさん」
ユイが不思議そうな顔をする。
指摘するのは簡単だ。店を決めてから言ってこいとそう言うことはできる、出来るが、嬉しそうにしているユイに水を差すような真似をラルドはしたくなかった。
「店は俺が決めてもいいか?」
「え?ラルドさんが選んでくれるんですか!もちろん、いいですよ!」
ラルドのその言葉に何故かユイは目を輝かせる。
それにラルドは何故かわからず、首を傾げる。
「あと、いつもよりももう少しいい恰好で来いよ」
「え?」
裕福街では身なりは皆それなりの上等なものを着ている。へたすれば身なりが悪いだけで店を入るのを断られる時だってある。
そう思いラルドはそのことを口にしたのだが、何故かユイは赤い顔をして固まる。
「おい、どうした?」
固まるユイを不思議そうに見ているとユイがぽつりと言う。
「それ、本当にデートみたいじゃないですか」
「っ!?ち、違うぞ!ただ、その店がな!」
ラルドは慌ててそう言うがユイは既に聞いていなかった。それはそれは嬉しそうににんまりと笑うと帰ってデートの服を決めなきゃと言い、店から出ていく。
それをラルドは呆然と見送ることしかできなかった。
「行きたいところに付き合うなんて言わなきゃよかった」
ラルドはそう言うとため息をつく。それにジークは笑う。
「ユイさんはきっと親方と一緒ならどこでもいいと思いますよ?」
「だから余計困るんだよ」
そう、ユイならラルドが選んだ店に文句など言わないだろう。それだけになおさら店を選ぶのが難しくなる。
「甘いものなんか食ったことねえから、どんなのがうまいかわからねえよ」
「そう言えば親方、服はあるんですか?」
「ああ、商談用の一張羅が一応はある。ユイはまあ、あの気合のいれようなら下手な服は着てこないだろう」
金銭的にはユイの方が裕福なので着てくるものに関しては心配していない。問題はユイのあの言動である。
「デートって、こんなおっさんとないだろう」
誰に言う訳でもなくラルドはそう呟く。それにジークは少し呆れたような顔をする。
「まだ、そんなこと言ってたんですか?」
「そんなことって、どういう意味だよ」
「親方、もう諦めた方がいいと思いますよ。ユイさんたぶんそんなこと気にしてないだろうし」
「あいつは気にしなさすぎるんだよ」
ユイの普段の言動を思い出し、ラルドはまたため息をつく。
「というか、ジーク。お前はそれでいいのか?」
「え?」
「最初はユイのこと少し気になっていただろう」
「ああ、そんなときもありましたね。でも、もういいというか。ユイさんと親方の様子見てたら諦めるしかないというか」
「諦めんなよ」
そう言えばとラルドは思い出す。先日来た王子ことユーリスの存在である。
諦めないとは言いつつも、泣きながら立ち去った彼を思い出し、ラルドは何とも言えない気持ちになる。
「本当に俺のなにがいいんだか」
「親方?何か言いましたか?」
「いや、いい。早く、開店の準備するぞ」
そう言って、ラルドは何食わぬ顔をし、今日もこの場に来るであろう相手を思い、またため息をついた。
 




