そのお菓子、猛毒につき
私の目の前に綺麗な球体があります。
大きさは親指の先ほどでしょうか。
夕焼けのような茜色をしたそれは、芳しい香りを放っています。それはもう、涎が出るほどの……しかしこれは食べたものを死に至らしめる、恐ろしい猛毒のお菓子なのでございます。
◇
「世界中の美味を全て凝縮しても、到底敵わないほどの味だ!」
このお菓子を食べた最初のパティシエはそう叫ぶと、次から次にお菓子を口に放り込み最後は喉にお菓子をつまらせて死んでしまいました。
このお菓子はどこに売られているわけでもなく、ある日突然、目の前に現れます。
「得体の知れないものを口にしてははいけない」
そんなこと、どこの家庭でも口を酸っぱくして注意されてているもねかです。
なのに、誰もそのお菓子が放つ妖しい魅力から逃れられない。我慢できず口にしたが最後、そのあまりの美味に我を忘れ、やがては狂い死んでいってしまうのです……。
しかし、そうやって死んでいく者を目にしても、人々はまだあのお菓子を口に運び続けます。
もちろんあの菓子を再現・表現しようとした痴れ者も少なくありません。
ある者は言葉で表現しようとして言い表せずに舌を噛み切り、絵で表現しようとした者は絵筆を自らの喉に突き刺し絶命してしまいました。
このお菓子は美味ですが、それゆえに人々を狂わせ精神をズタボロに破壊してしまう。そんな猛毒のお菓子なのでした……。
そして私の前には今、そのお菓子の最後の一個があります。
隣にはこのお菓子を奪おうとした憎き息子が、ものいわぬ死体となって転がっていました。
息子だけではありません。妻も友も、私の愛する人はみんなこのお菓子を奪い合い、殺し合って私だけが残ることとなりました。
私はお菓子を真っ直ぐに見つめ、考えます。
ーーあぁ、この日をどんなにか待ちわびたことでしょう。
このお菓子は猛毒のお菓子です。食べた人を狂わせ、死に至らしめる恐ろしいお菓子なのです。でももう、このお菓子は世界で私だけのもの。もう誰にも渡しません。私はこのお菓子を世界で最後に食べた一人として歴史に残り、後世で唾棄される存在になるかもしれない。でも私は、そんなこと構わないのです。ただこのお菓子の味を存分に味わい、幸福の中で生涯を終える。それだけでもう、満足なのです。
私は茜色の球体を口に入れ、じっくりと租借します。そしてその想像を絶する味に幸福感を味わいながら、ゆっくりと死へ飲み込まれていくのでした……。