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㐧6の獄 お前たちの大正義ってここじゃないか?

前回述べたように、'70年代はハードロック黄金期であったと云える。だがそれと同時並行にて、別系統の進化を遂げたロックも存在していた。ひとつは前回述べたプログレッシブロックである。そしてもうひとつは──


『ガレージ・ロック』である。


一部の熱狂的な支持者の類である──どちらかと云うとマニアックな部類に入る──顧客向けにつくられた組み立て式模型のことを『ガレージキット』と呼ぶが、これは車庫ほどのスペースがあれば充分につくることができるとの意味でつけられた名前にある。


それとは多少意味合いが異なるが、車庫でつくられたと云うことには変わりはない。──つまりは街のスタジオでつくられたものではなく、車庫、つまり自分の敷地内でつくられたロックと云うことである。


これはロック本来の姿のひとつであると云える。誰でも手軽にできる音楽、高いスタジオ使用料を払わずとも自分らの手持ちでつくることの、演ることのできる音楽というものである。


こうしたガレージロック勢の中から、この方面で進化を遂げた者らがいた。


それが、今回取り上げる『パンク・ロック』である。



ガレージロックよりパンクが産まれたはアメリカのことにあるが、しかしながら賢明なる読者諸兄らは、「パンクはイギリス産まれ」との認識をもっておるものと思われる。──これは間違いに非ず。後に世界中へ影響を及ぼす、今現在皆の知るパンクのスタイルが産まれたは、紛れもなく大英帝国にあることは明白にある。


混乱を避けるため、ガレージロックより進化しパンクがアメリカにて産まれたところより時系列を追ってしるす。──これはかつて黎明期ロックがそうであったように、北米大陸より海を越えて英国へと渡るに至ったという流れにある。


この、「英国へと渡った」というが大きいのである。──いやむしろ、『当時の英国』と呼ぶべきか。


'70年代の英国は、不幸のどん底にあった。──すでに'60年代に於いて南ア、ローデシアなどアフリカ植民地を多数独立で失っていた上に、エジプトではスエズ運河の権益をすべてぶん取られるに至っていた。これにより中東戦争が起こるに至っていたが、国際的な非難を浴びて英国は戦争より手を引かせられるに至っていたのである。


その結果が、'71年のバーレーン、カタール、アラブ首長国連邦の独立である。──これらすべては旧英国領。ここに英国は香港以外の植民地を喪失するに至ったのである。


中東戦争にて血と銭を流しただけで何らの実入りもなく、どころか大損失を被るに至っていた英国であるが──さてその頃、海の向こうのアメリカでは。


当時のアメリカでは反戦平和運動の真っ最中にあった。ビートルズを脱退したレノンが、嫁ヨーコと組んでイマジンを唄っているような時代にあった。──何やかんやでこの当時もアメリカはその国力を大きく保ったままにあり、つまりはフラワーチルドレンとかいった『生活に余裕のある者ども』が、『銃口に弾薬ではなく花を』などと世迷言をのたまっていたのであった。


これに英国はキレた。


この当時の英国民の、とくに下層階級にある者らの気持ちは、


“ アメリカの連中がフラワー・チルドレンのムーヴメントではしゃいでる頃、俺たちはその日を生きることで精一杯だった。あんなのくそ喰らえだ!”


との、オジー=オズボーン(ブラックサバスのヴォーカルの人)魂の叫びがすべてを語っていると云えよう。──事実、オジーは泥棒にて生計を立てており、同じくサバスのギターの人トニー=アイオミも弦を押さえるほうの指2本を喪う事故を起こしてでも製造工場で日銭を稼がねばならなかったほどの有様にあった。


そうした者らの心の救いは、ロックにあった。本来ならば。──だが今や一大産業となったロックは、それら英国下層階級の手の届かぬものと、今やなり果てていたのである。


そこに飛び込んできたが、「3つコードを覚えたら誰でもできるインスタントな音楽」たる本来のスタイルをもった『新しいロック』であったから──


これはもうたちまち爆発的な人気を博したのである。


かくのごとくして、ここに英国流パンクが誕生するに至った。云うなればこれが、今現在皆の知るパンクのスタイルとなった。──歴史を改変するまでの勢いがあったという証にある。


こうした、それまでの下層階級民の怒りと苦しみを代弁するがごとく、これら英国流パンクのスタイルというものは、


反権威主義


手作り精神


不服従しかし直接行動礼讃


反差別──つまり人種差別及び性差別に対する反対


反ナチ、及び反ネオナチ


反戦平和!


ニヒリズム及びアナキズム支持ないし礼讃


大正義社会主義支持


反軍国主義


反資本主義、及び反商業主義


反民族主義


環境保全主義礼讃


と云ったものが挙げられる。──はてさて? 今現在本邦にてロック支持者を自称する者らが礼讃しておるスタイルではないか?


──左様。あやつらの云うは、これら'70年代のロック、しかもパンク・スタイルのものと共通するのである。


なるほど本邦のロックの原点にあるはビートルズにあるが、そこより派生しレノンの云うイマジン・スタイル。そこに、この英国流パンクのスタイルの合わさった──つまりは'70年代の思想が、根底にあると云えよう。


話がそれた。'70年代英国へと戻る。


ちょうどこれらパンク勢が台頭してきたは、'70年代も中期にある。これはハードロック勢──とくにQUEENら英国勢の全盛期と重なりをみせていた。


これらハードロック勢に、パンク勢は真っ向より嚙みついたのである。


無謀な戦のようにみえた。


中産階級はおろか上層階級、果ては王族にまで支持されたプログレッシブロックや磐石なる黄金期ハードロックらと下層階級中心の新興勢力パンクとでは戦う前から勝負がついている──そのように思えた。


だが、この勢力争いに勝ったは、パンクのほうであった。


彼らの武器はなるほど単純さにあった。わかりやすく攻撃的な歌詞は誰にでも理解ができた。──高度な深みを追求したがため難解となったプログレッシブロックは、見事その弱点を突かれたかたちとなった。


そしてもうひとつはその攻撃性故の激しさにあった。ハードロックの売りはなるほどたしかにその美しくも怪しく妖しい流麗な演奏にはあったが、やはりそこはロック。激しさ、熱さもまた求められるところにあった。


そこを、単純な、誰にでもやれそうな、たった3つのコードのみにてうわまわられたのであるから、これはもうハードロックの大敗北と云えた。


これが、英国にてパンクが勃興してよりわずか1年のできごとなのであるから、これはもう信じられぬ電撃戦にあった。


これら英国パンク勢の頂点にあったが、『白い暴動』クラッシュ、『地獄に堕ちた野郎ども』ダムド──とくにダムドは、他のバンドと比較して政治的メッセージ色こそかなりうすかったが、しかしその演奏の速さ激しさの勢いでハードロック勢を圧倒するに至った連中にある。


そして何よりもその名が知られたは、『怒りの日』セックスピストルズにあろう。──彼らの起こしたさまざまな問題行為、世界そのものに中指を真っ向より突き立てた行動、とくにベースの人シド=ビシャスの破滅的な生き方は、非常に『ロックである』とされた。


これらが英国で産まれたはだいたい'76年前後にあり、彼らに大きな影響を与えた『激情』ラモーンズがアメリカにて誕生してよりからも1年ほどしか経っておらぬ。──まこと、その勢いの速さたるやすさまじきものがあったが、このことよりもわかるであろう。


かくのごとくして、ハードロック勢は英米より駆逐されるに至った。ある者は表舞台より撤退し、ある者は己のスタイルを大きく変えざるを得ぬ状態となり、ある者は解散の憂き目をみた。またある者らは、まだ見ぬ未知の世界、日本へと進出と云う名の撤退に追い込まれるに至ったのである。


新たなロックの覇者となったパンク勢はさらなる進化を遂げ、自らを新しくすばらしきもの(ニュー・ウェイブ)と名乗るに至った。そしてプログレッシブ勢やハードロック勢を、古くさい時代遅れ(オールド・ウェイブ)と呼び、さらなる追撃を加え徹底的にやっつけてしまったのである。


ここに英米に於いて、大正義パンクは絶対的な勝利を収めるに至った。彼らの掲げる主張が御大ジョン=レノンの提唱する思想と大きく合致したことも、その理由のひとつであった。


これに逆らうオールドウェイブはまこと、人民の敵!──ロックはかくのごとくして、ロック自身に殺されるに至ったのである。


嗚呼、かの磐石なる黄金期を築いたハードロックも、今や兵どもが夢の跡。盛者必衰の理からは、逃れることはできなかったのである──


そのようなオールドウェイブ勢を尻目に、パンクは表舞台にて進化を遂げてゆく。パンク・ファッションは大流行し、ついにはオシャレ文化の頂点、パリコレにて紹介されるほどの大隆盛となった。


音楽的な進化も止まらぬ。ロックとは別に流行しつつあったレゲエの要素を取り入れ、パンクの枠にとどまらぬ勢いにてこのニュー・ウェイブはロックを席巻してゆくのであった。



パンクよ……よくぞこのハードロックを倒した。──だが、光ある限り、闇もまたある──


わしには、見えるのだ。ふたたび、何者かが闇より現れよう……


──だが、その時は……お前は年老いて生きてはいまい! わはははは…………ぐふっ!



この──なんとも不吉な──オールドウェイブの断末魔を聞いた者らは、果たして当時どれほどいたであろうか。


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