ENCORE:3:元をたどればデスメタルだって?嘘だそんなことーーッ!
ブラックメタルが進化を遂げると並行して、それらに一方的に敵視される関係にあったデスメタルもまた、新たな進化の途上にあった。まことこれらはスラッシュメタルという親より産まれた兄弟とでも呼ぶべき関係にある。
ひとつは、ゴシックメタルである。これはパンクより派生したゴシックロック──いわゆる『ゴス』とは共通するところ多く、また影響があるも事実なれども、しかしその根源はやや異なるところがあった。
ヘヴィメタルの始祖ブラックサバスの流れを汲んだ一派に『ドゥームメタル』というものがある。これは初期サバス──1枚目アルバムの『黒い安息日』や2枚目の『パラノイド』に顕著にみられた、「速度は遅いが暗く、そして重い」という方面を追求した一派にある。始祖としては、『パラダイスロスト』及びその流れを汲む『ナイトフォール』などが挙げられる。
このドゥームメタルの方面へと進化の舵をとった連中が、デスメタルの中から現れたのである。──デスメタルの精神は保ち続けられつつも、より暗く、より重く……そこには一種の美しさがみられた。メロディックデスメタルとはまた違った、頽廃的で耽美な美しさである。──その、暗く重く頽廃的な、耽美さを追求する流れにて産まれたが、『ゴシックメタル』である。
こうした流れ故に、ゴシックメタルには必然的にもとデスメタル勢が多い。『ティアマット』などがそれであり、3枚目アルバム『クラウズ』の時点ですでにそうした傾向がみられたが、その方面への針路変更を決定づけたは、なんと云っても4枚目の『ワイルドハニー』にあろう。
ワイルドハニーは名盤には違いない。初手から妖しい雰囲気に包まれている。危険な香りが漂うがしかし離れ立ち去ることができぬ──そうした類の妖しさである。その香りの消えぬうちに、デスメタル特有の咆哮がはじまる……
しばらく聴き続けていると、なにか違う香りがする。デスメタルからの脱却──我らのよく知るデスメタルより徐々に遠ざかり、頽廃的な世界は広がってゆく。最後を飾る『ア・ポケットサイズサン』など、完全にゴシックの世界に爪先から頭上40呎まで浸かっており、デスメタルの成分はどこにも感じられぬ、というものである。
間違いなくデスメタル初心者にはおすすめできない。だがデスメタルからゴシックメタルへの転換の何たるかを知るには、最良のひとつと云えよう。
別なる方向よりデスメタルからゴシックメタルへと転向したものと申せば、『センテンスト』も挙げられる。もともと、独自の路線にてデスメタルからメロディックデスメタルへの道を歩んでおり、『ノースフロムフィア』や『アモック』などの名盤を世に出していたが──北欧名物兵役休止が明けてより、ゴシックメタルへの道を進みはじめた。
ティアマットが頽廃的な耽美さの追求ならば、センテンストは冷たく荒涼とした死の匂いの追求である。そもそもセンテンストとと云う名前そのものが『死』を意味する言葉である。その名に恥じず、生命の産み出す熱量を感じさせるティアマットと比較して、センテンストはどこまでも死の冷気を感じさせた。ときに『ノーザン・メランコリック』或いは『自殺メタル』と称される、どこか暗鬱なる音を出していたは新たなヴォーカルの声質もあるも、当初より続く冷たく重たくそして美しいサウンド面も大きなものであった。──最終的にバンド自らに死を与えるかたちにて解散消滅してしまったは、じつに残念極まることである。
さてティアマットにせよセンテンストにせよ、ヴォーカルはひくい声の厳ついお兄さんであったが、今現在知られるゴシックメタルには女性ヴォーカルがかなりの割合を占めている。しかしながら女性ヴォーカルを擁しているメタルバンドこれすなわちイクォールゴシックメタルというわけではないことを留意されたし。──例えば『スカイラーク』や『セラフィム(六翼天使)』などはパワーメタルであり、陰陽座などはアイアンメイデンの流れを汲む正統派のヘヴィメタルである。『アークエネミー』はゴリゴリのデスメタルをやっており、『ウィッシングツリー』に至ってはプログレッシブロックの流れを汲むフォークロックである。
ではゴシックメタルの定義とは何ぞやと申されると、これがなかなかにむずかしい。ゴシックメタルそのものもまた独自に進化の道を歩むとともに、別なる方向より進化を遂げたものらと混ざるをはじめたからである。
『セリオン』というバンドがある。北欧勢であり、その名前からもわかる通りセルティックフロストの流れを汲んだデスメタルをやっていた。当時の北欧にての流れに乗りメロディックデスメタルへと移行した次第にあったが、4枚目アルバム『レパカ・クリフォス』あたりから方向性が変わってゆくこととなった。
前作『シンフォニー・マッシーズ』の頃よりドゥーム、及びゴシック色のつよさという萌芽はみられていたが、まことこの『シンフォニー』こそが後のセリオンの進化を示す言葉にあった。レパカクリフォスから次作『セリ』に於いて、セリオンは新たな進化『シンフォニックメタル』へとその舵を切ったのである。
これが'90年代も半ばを過ぎて後期に差しかかった頃である。これより'90年代末期にかけての流れはいよいよもって加速がものすごい。セリオンと同じくデスメタルからゴシックメタルへの流れを汲む『ウィズインテンプテーション』と、パワーメタルからの派生である『ナイトウィッシュ』とが結成されたが'97年のことである。
ときにナイトウィッシュはゴシックメタルの範疇に含まれて紹介されることがあるが、これは同時期のバンドに影響を受け或いは混同されての面が大きい。'90年代後期から末期にかけての、ゴシックメタル及びシンフォニックメタルの流れというものは先に述べた通り加速がものすごく、また今現在のようにインターネットも広く一般に普及していなかったがため、混同もまた存在したのであろう。
すこし後のこととなるが2000年代に入り世界的に売れた『エヴァネッセンス』との混同もまた事実にあろう。すくなくとも本邦にてナイトウィッシュが広く知れ渡った時期は極めて近いが故に。
しかしながら、今現在各々方がシンフォニックメタルに対する印象としてもっとも持つであろうは、何と申しても『ラプソディオブファイア』であろう。『RPGメタル』とも呼ばれる一大ハイファンタジー絵巻は、シンフォニックメタルとパワーメタルの融合したひとつの完成形と呼べる。ファンタジーファンはぜひいち度は聴いてみることをおすすめする。気に入ったら買えい! 買う価値は充分すぎるほどある!
こうした独自の進化と互いに影響を与え合いときに融合するなどして、デスメタル、ゴシックメタル、そしてシンフォニックメタルはかなり幅が広い派閥となった。故にこれがこうと云う定義を決めるは、事今現在に至ってはもはやむずかしいの極みとなった。深く知りたくば、アルバムを買ってその世界に飛び込むが唯一となるほどに──
さてラプソディオブファイアは北欧勢に非ず。北米勢でも英国勢でもない。イタリア勢にある。古くから『ラビリンス』や『アルテミス』などのパワーメタル勢がこの地より産声を挙げていたが、ラプソディの進撃とともにイタリアの大躍進がはじまる。『カレドン』や『シドニア』など知る人ぞ知る名、或いは迷バンドが後に続くかたちとなり、世界にその名を知らしめてゆくこととなった。
その中でも特に知られるは、『フレッシュゴッドアポカリプス』にあろう。原点回帰と申すか暗黒回帰と申すか──シンフォニックメタルとデスメタルとを組み合わせた美しくも荒々しく荘厳なるも攻撃的な、圧倒的な力を世界に見せつけた。ブラックメタルの御株を奪うがごとき──否、永き時を経て溜めに溜めた、デスメタルの底力をブラックメタルに知らしめたとでも呼ぶべきか。「兄よりすぐれた弟など存在しねえ!」と、云わんばかりに。
さてしかし、この時すでに世は2010年代。かつてのごとくにブラックメタルはデスメタルを必ずしも敵視はしていなかった。
それは、何故か?
ブラックメタルはかつての信念を失ってしまったのか?
答えは『否』である。だが、『是』でもある。
その理由は──デスメタルと同じくブラックメタルもまた、独自の進化と発展を遂げていたためであった。