ENCORE お前たちの知らない世界じゃないか?
199X年、世界は、ヒップホップの嵐に包まれた!
R&Bは失速し、メタルは凍り、あらゆるロックが絶滅したかにみえた。
だが、ヘヴィメタルは死滅していなかった!
「ロックは死んだと云ったな、あれは嘘だ」
初手から茶番のようであるが、事実なのだから仕方がない。──なるほど、全米チャート、Jポップチャートともにヒップホップ勢に席巻された2000年代にあるが、しかしそこでロックが絶滅したわけではなかった。
無論、ヘヴィメタルに至っても。
よく生半可な者が、「ベースなんて聴こえない楽器」などと云っているが、あれは「そうと聴こえていないが聴こえている」ものであり、知らぬうちに聴いているのである。──この時期のハードロックについて、同じことが云える。
この頃はメタル氷河期に突入したる頃にあるが、しかしそれはチャート上位のみに眼をやった話にあり、そこではひっそりと──どころか堂々とハードロックが生き続けていたのである。
それは、『アニメソング』にある。
もともと、アニメや特撮の主題歌と云うものはハードロックとの親和性が高く、すでに'80年代初期にはその萌芽がみられる。たとえば『電撃戦隊チェンジマン』の主題歌を唄っているのはハードロックバンド『LAZY』のヴォーカルであった影山ヒロノブにて、曲調もハードロックのそれである。
そうした曲が'80年代の中期から後期にかけてじわじわと増え、'90年代にもなればかなりの数を占めていた。歌詞に題名が入っておらぬものも増え、アニメの曲かそうでないか、そうと知らなければ区別がつかぬまでにもなった。──創竜伝の主題歌『willing』などまさにそうしたもので、ヴォーカルの声質もあってヘヴィメタルクイーン浜田麻里の曲と云っても通るほどのものにある。──って、これ唄ってるの妹の浜田絵里じゃないか! 道理で……
他にもデビルマンのOVAではANTHEMが参加していたり、そのANTHEMのヴォーカル坂本英三はアニメタルのメンバーであったりと、この時期のアニメを観て主題歌を聴いて育ってきた人たちは知らぬうちにハードロック、ヘヴィメタルの洗礼を受けていたというわけである。
さて海外に眼を向けてみると、ドイツ、北欧諸国といった欧州にてはメロディアスハードロック、パワーメタルの牙城が築かれていたがため、氷河期に入ってもなおその勢いは失われぬままにあった。
北米はと云えば、この時点にてはロックはいよいよ凍てついた氷河の中にあった次第であるが、しかしそれでも全米を氷に閉ざすことは、さすがのヒップホップの嵐とてできなかったのである。
これは黒人衆のR&Bは彼らのルーツに根源をもっていたがためということもあったが、ヘヴィメタルがさらなる進化を遂げ、まったく別方向にて勝負を決めていたがためでもあった。
その、さらなるメタルの進化系とは──
『デスメタル』である。
'80年代末期に勢いを失ったスラッシュメタルにあるが、しかしそれより派生したるが、このデスメタルにある。──始祖が誰であるかには諸説あるが、『ポゼスト』或いは『デス』が、始祖であるとされる。
これら両バンドはともにスラッシュメタルをやっており、とくにポゼストはかのベイエリアスラッシュ勢のひとつにあった。──だが彼らはメタリカとは他なる方向への進化を選んだということである。
メタリカは重くグルーヴのあるメタルへの──いわゆるラウドロックと呼ばれる──方向へと向かったが、ポゼストらは重さこそ同じなるもしかしより激しく、より攻撃的な方向へと向かったのである。『極地』を目指したとも云ってよいであろう。
まこと、『極地』と云うがふさわしいと述べるは、その音楽性の特殊さ、極端さ、及び超絶技巧に於いてである。──ふたりのギターの音を重ねてコードを奏でるスタイルや、急激に変動する曲調、及びそれらを繋ぎ止めるリズム隊と、その技術は極めて高いもの。
しかしながら各々方がデスメタルと聞いて思い浮かべるは、『歌』のほうであろうか。──いわゆる『デスヴォイス』と呼ばれる低くくぐもった咆哮のごとき歌声(※注1)と、陰鬱なる死や残虐性、非道極まる不条理なる歌詞の印象はつよいものであろう。
しかしながら必ずしもそれがデスメタルのすべてではなく、デスメタルとはかくあるものと云うわけでもない。極端なことを云えば──デスメタルはこれまで述べてきたロックと同じほど、多岐に渡る極めて広いものであると云えるやもしれぬ。
たとえば、先ほど述べたようにその発祥地はアメリカにて、始祖はベイエリア勢にあるが、しかしながらアメリカに於けるデスメタルの根拠地がひとつは、フロリダにある。これは始祖がひとつ『デス』の拠点がここであったが理由にて、『オビチュアリー』や『モービッドエンジェル』など、今や伝説級となったバンドらを産み出した土地にある。
この聖地フロリダを拠点としたバンドに、『ディーサイド』と『カニバルコープス』がある。このふたつのバンドはデスメタルを表舞台へと押し上げた功労者にて、商業的にも充分に成功を収めたる者にある。──もっともディーサイドは有名になったがためか、過激派動物愛護団体に爆弾テロをやられるという代償を支払いもしたが。
この『カニバルコープス』は、デスメタルそれ自体の進化にもひと役買っている。──先ほど、『低くくぐもった咆哮のごとき歌声』と述べたが、しかしこのバンド、当初はそのような歌声ではなかった。
汚泥の泡の弾けるようなと申すか、排水溝へと流れ落ちる汚水のごとくと申すか──いわゆる『下水道ヴォイス』と呼ばれる歌唱法(※注2)を、初期は用いていたのである。こうした歌唱法はさらなる激しさ、残虐性、或いはきたならしさを追求した『ブルータルデスメタル』や『ゴアグラインド』らで多く用いられることとなる。──いやそもそもが、カニバルコープス自体がブルータルデスに絶大な影響を与えたと云ってもよいであろう。
さて今述べた『ゴアグラインド』にあるが、これは正確にはヘヴィメタルの範疇には含まれぬ。──『グラインドコア』の一派にて、つまり『ハードコアパンク』のひとつ。
そう、以前述べた通り、パンクは独自の進化を遂げていたのである。より極端に、より攻撃的に、より激しく──メタルとは異なる方向にはあるが、しかし彼らもまた極地を目指していたのであった。
このハードコアパンクの一派『グラインドコア』にあるが、特徴としては超高速ドラムにてリズムを刻む『ブラストビート』が挙げられる。その速さ激しさたるや、さながら機銃掃射のごとくである。
グラインドコアの起源を遡るはこれまた非常にむずかしいが、此度は敢えて『ナパームデス』を挙げる。世界一みじかい曲のギネス記録保持者であるこのバンドは、デスメタルにもつよい影響を及ぼしているのである。
それは何と云っても、『リヴァプールの残虐王』カーカスの創設者ビル=スティアーを輩出したことにあろう。
カーカスの音楽性は特殊である。当初はナパームデスらと同じくグラインドコアの一派であったが、この頃のカーカスは後の『ゴアグラインド』の始祖と呼べる存在であった。記念すべき1枚目のアルバム『腐乱屍臭』からすでにトバしている。ジャケは本物の死体写真の盛り合わせセットであり、まこと残虐王の名にふさわしい。──こうした死体写真ジャケ、『悪性の下痢』などと云う曲名に代表されるような情け無用な歌詞及び曲そしてスタイルそのものが、ゴアグラインドのスタイルとなる。2枚目アルバム『真・疫魔交響曲』の時点で、それは固まったと云えよう。
しかしながら3枚目アルバム『屍体愛好癖』にて、彼らはデスメタルへと転向す。──ここから、デスメタルは別方向への進化をはじめるのである。
『屍体愛好癖』はすさまじいアルバムである。ジャケこそおとなしくなったものの、裏ジャケには相変わらず人体組織の写真が貼られており、『屍体で花をさかせましょう』だのと相変わらずの残虐王振りのやりたい放題である。──しかしながらギターの音色に、一種の美しさがみられたのである。
『メロディックデスメタル』の、はじまりである。
残虐非道なデスメタルに美しいメロディを加えると云うまったく新しい試みにあるが、しかしこれは同時多発的に起きた出来事ではある。北欧勢もまた、この試みをやってのけたのである。
カーカスのそれとはやや毛色が異なり、『ディスメンバー』や『エントゥームド』、『エッジオブサニティ』のアルバムなど聴いてみればわかるが、これら北欧勢の特徴はチリつくような高音ギターのうなりにある。激しくも美しい、新たなる音楽の幕開けにまことふさわしいものであったと云える。
これら北欧勢に対抗し、カーカスは続くアルバム『ハートワーク』にてひとつの完成形をたたきつけた。英国の伝統──アイアンメイデンらに代表されるN.W.O.B.H.M.勢の得意とした和音の美しさを加えたのである。
北欧勢も負けてはいない。英国に伝統あらば、北欧にも伝統あり。その代表格が『アモルフィス』にあろう。彼らの名盤のひとつ『テイルズフロムザサウザンドレイクス』にて、祖国フィンランドの伝統『カレワラ』の世界を持ち込んだのである!
カレワラとはフィンランドの一大叙事詩にて、書籍によっては神話のひとつともされるもの。──云わば民俗的要素を取り入れたと云える。
この、民俗的、或いは民族的な要素を取り入れると云うは、後のメタルそのものの進化にも関わってくる重要な要素にあるが──今それを述べるは早すぎる。また、アモルフィス自体もそれを取り入れるはやや早急がすぎたとみえ、続くアルバムからはデスメタル要素が消えて民俗音楽寄りとなり、ファンを失ってしばらくの間活動を休止するに至ってしまう。
だが、デスメタルそのものが大きく盛り上がったことは慥かなことにて、この激しく聴く者を選ぶ音楽は世界中に広まることとなる。商業的にも、大きく成功したと云えよう。
この頃になるとかつて'70年代ニューウェイブ勢の掲げた思想はだいぶ薄れており、とくに歌詞の面に於いてはデスメタルと云う音楽そのものが過激な要素を含むがため、反戦平和だの環境保全礼讃だのニヒリズムやアナキズムだのと云うものはほぼ失われたか、或いは完全に消え失せたと云ってよいほどともなっていた。
だが、反商業主義の思想は未だ残っており──
やがてその思想を掲げ、デスメタルに反抗する者らが出てくるのである。
※1:『グロゥル』と呼ばれる。
※2:『グァテラル』と呼ばれる。