㐧10の獄 お前たちの知ってるあたりにようやく来たんじゃないか?
さて北米にて産まれたスラッシュメタルにあるが、やがて海を越え欧州へと渡ることとなる。そうして築かれた拠点が西ドイツにあり、いわゆる『ジャーマン・スラッシュ』がその名を轟かせるに至る。
これらドイツ勢の重鎮となる存在が、『ジャーマンスラッシュ三羽鴉』と謳われた、『クリーター』、『ソドム』、『デストラクション』、『タンカード』にある。──三羽鴉なのに4つある! これにはすこしばかり理由があり、この4つのバンドは北米のスラッシュ四天王のごとくすべて同期にある。その中よりクリーター、ソドム、デストラクションの3つがとくに名を売っていたと云う次第にある。
しかしながら、クリーターが一時期インダストリアルロックに傾倒したり、ソドムが(おそらくU2あたりの悪影響から)捕鯨問題を理由に反日発言をして本邦での人気が急落したり、デストラクションが音楽性の違いから仲間内で揉めて失速したりと、いろいろケチがついて頂点より落ちていた時期があり、その空いた穴をタンカードが埋めるかたちとなっていたがためでもあった。──なお現在はいづれも勢いを取り戻し、晴れて『ジャーマンスラッシュ四天王』を名乗るに至っている。
しかし当時のドイツ勢と申せば、スラッシュメタルよりも隆盛を誇っていた勢力を無視するわけにはゆかぬであろう。
『パワーメタル』勢にある。
大元をたどればロート兄弟を経てスコーピオンズに遡れるが、さらに源流をめざすと『レインボー』に行き着く。ディオとリッチーの築いた中世的様式美の世界が、ドイツ式哀愁のメロディにて彩られたかたちとなる。それ故に、この一派が世界に知られた際はドイツ勢で占められており、当時は『ジャーマンメタル』と呼ばれていた。
この時期のドイツ勢の中で最もその名を轟かせたるは、何と云っても『HELLOWEEN』にあろう。これを抜きにパワーメタルは語れぬ。
当初は速さ重視のスラッシュメタルのような(後にスピードメタルと呼ばれる)スタイルにあったが、専門のヴォーカルの人マイケル=キスクを据えてより疾走する速さはそのままに美しくも哀愁漂うメロディを奏でるというパワーメタルの様式がここに定まるに至った。──この頃が黄金期のひとつにて、連作『守護神伝』の完成度の高さにそれが見てとれよう。
しかしながらここでギターの人カイ=ハンセンが脱退。独立後の彼は新たなるバンド『ガンマレイ』を結成するに至る。これも後にパワーメタルの重鎮となり、さらにそこから新たなるバンド『アイアンセイヴィアー』が誕生するに至る。
さて本家HELLOWEENのほうはキスクが抜け(ゲストとしてガンマレイに参加しふたたびカイとキスクがタッグを組むに至ったりしていた)、低迷期に入っていたが新たなるギターの人ローラン=グラポウと新ヴォーカルの人アンディ=デリスにてその穴を埋め、満を持して出したる『マスターオブザリングス』にて、完全なる復活を遂げるに至った。
このマスターオブザリングス、カイ&キスク在籍時の名盤『守護神伝』の路線に回帰したるも、しかし新たにクラシックの要素を備えて帰ってきた。──このクラシック要素こそ、新たなる進化『ネオクラシカルメタル』の精神にあった。
今までにもクラシックからの影響はつよかったが、ヘヴィメタルが積極的にクラシック世界へとなぐりこんだはこれがはじめてにある。──この世界を追求したるは北欧のリッチーブラックモアとでも云うべき、イングウェイ=ヨハン=マルムスティーン伯にあろう。──ローラン=グラポウはそのイングウェイにシビれるに至り、思いきり意識しまくった『グラポウスキーズ・マルムスウィート』なる名曲を産み出していたりする。
そしてそのままHELLOWEENを抜け、新たなパワーメタルの世界を追求すべく『マスタープラン』を結成するに至る。なおここにもキスクがゲストで参加したり、ガンマレイからやってきたウリ=カッシュがいたりと、まことHELLOWEENの血統を直で継いだバンドはじつに多い。
またこのマスタープラン、北欧勢も参入してきており、EUROPEの流れを汲む叙情的なメロディがドイツに持ち込まれ──欧州全体に、そしてパワーメタル全体へと波及してゆくのであった。(※注)
無論、ドイツから北欧へとも流れてゆき、故に北欧はこれらパワーメタル勢が非常に多い。ときに北欧勢の代名詞ともなる『メロディックスピードメタル』とは、云うなれば初期HELLOWEENへの回帰要素、すなわち力強い速さ重視の疾走感を加えたようなものにあり、つまりはパワーメタルの一派にある。
かくしてパワーメタル勢は一大勢力を築き、独自の進化を遂げてゆく。北欧が総本山のごとくとなるが、南米もまたこれらの牙城のひとつにある。また本邦にてもこれらが絶大なる人気を博し、『ANTHEM』らが結成されたもこの頃にある。
英国もまた例外ではなかったが、この頃これらとは別にメロディ性を重視せぬ、勢いと疾走感をさらに重視した──すなわち単なるスピードメタルを演る者がじわじわと人気を上げていた。『ヴェノム』である。バリバリのヘヴィメタル勢にはあるがかつてのパンク勢のごとき勢い重視であったこのバンドは、後にさらなる別方向への進化へとメタルを導くこととなる。
さてかくのごとくして分裂進化を遂げたメタルにあるが、パワーメタル勢はともかくとしてスラッシュメタル勢の勢いはここで鈍りをみせる。その理由についてはいろいろあるが、ひとつはあまりにも隆盛を極めたため数多くのスラッシュ勢が産まれ活気づいたはよいが、それ故に飽和状態となってしまっていたというものである。
いかに上等なステーキとて毎日毎食そればかりでは飽きて胃もたれを起こす。ついには慣れてしまい、すこしでも味が落ちると嫌な気分になる。──それと似たようなことがスラッシュメタルでも起きたということであり、事実、低質とされたバンドは見向きもされなくなった。
そのような中、決定的なことが起こった。
'91年にメタリカが出した己の名を冠する『METALLICA』──通称『ブラックアルバム』が、スラッシュメタル隆盛時代に終わりをもたらす。
なるほどこのアルバムはいかにもメタリカらしくメタリカ然としたものには違いない。だがそこにあったは今までのようなたたきつけるような激しさではなく、重く、より硬く、そして何よりもテンポ()とノリ()がよかった。いわゆるグルーヴメタルというもので、後に続く『NU METAL』の一派にして始祖となる。
これら一派としてはメタリカに続くかたちにてスラッシュ勢より転向した『パンテラ』や『セパルトゥラ』などが代表格にあろう。とくにセパルトゥラは5枚目アルバム『ケイオスA.D.』でこのジャンルを固め、さらには続く6枚目『ルーツ』にて民俗音楽を取り入れさらなるメタルの進化の道筋をつくった重要な位置にいる。
しかしいづれにしても、スラッシュメタル黄金期は終わりを迎え衰退期に入る。──スラッシュメタルはメタリカにより産まれメタリカにより隆盛を極めメタリカにより殺されたのである。
さてこのようにスラッシュ黄金期の終わりを迎えた'90年代初頭にあるが、北米に於けるメタルそのものの黄金期を終わらせる一派がその勢いを増していた。
『グランジ』勢である。
グランジをひと口で語るのはむずかしい。パンクの影響がつよいとはされるがしかしハードロックの影響がつよい『パールジャム』のようなバンドも存在するが故のことにある。──しかもグランジ自体はすぐに廃れ『オルタナティヴロック』の一派として組み込まれるに至った。それ故に『グランジ/オルタナ』などと、ひと括りに語られることがよくある。
ただ、グランジにせよオルタナティヴにせよどちらにせよ、'80年代を支えた『産業ロック』勢が嫌いであると云う点には共通点がみられる。面と向かって或いは公式に、それらの悪口を云うことすらあった。──すなわち基本的に反商業主義にあり、いわゆる『魅せる』ギタープレイを嫌う傾向がみられる。それ故に速弾きギターソロや複雑なリフなどのテクニカル要素はさほどみられぬ。
ファッションとしては『うすぎたない』の名が示す通り、よれよれのシャツや破れて色の抜けたジーパンといった──わかりやすく云うとファイナルファイトの主人公コーディーを2週間くらい風呂に入っていない浮浪者にしたようなものである。──もっともこれはグランジの特徴にて、オルタナティヴロックはもうすこしこぎれいである。
このいかにも貧乏くさく、きたならしい野良犬みたいな連中は、瞬く間に人気を博してゆくこととなる。
このあたりの理由はわしにはわからぬ。グランジ及びオルタナティヴロックのよさはビタイチわからぬのである。──しかし独断と偏見に満ちた紹介は公正とは云えず、またオルタナティヴロックファンに対し失礼にあたる──故にここではなるたけ主観を避けて客観的に事実のみをしるす。
この時期もっとも名をそしてアルバムを売ったグランジ勢は、何と云っても『ニルヴァーナ』にあろう。2021年現在話題となっておる銭に釣られた赤児が泳いでおるジャケで有名な『ネヴァーマインド』を出したバンドにある。──これと対をなすが、社会派バンドで知られる『パールジャム』にある。
ただでさえ衰退期に入っていたスラッシュメタルはここでトドメの一撃をもらうかたちとなり表舞台より消えてゆく。──それほどまでに、当時のグランジ人気はすさまじかったのである。
彼らは攻撃的であった。とくにニルヴァーナは。産業ロックに、ハードロックに、メタル勢に──とくにL.A.メタルに対しての反感はものすごいものがあり、ほぼ人権剥奪寸前のような勢いにあった。果ては同じグランジ勢のパールジャムにまで悪口雑言の限りを尽くし唾を吐いた。──当然ながらパールジャムとは犬猿の仲にあった。
と、ここまで聞くときたならしくどうしようもない世紀末ヒャッハー集団のようにみえるやもしれぬが、今現在本邦の『新しい部類に入る』ロックバンドはかなりの数がオルタナティヴロックの影響下にある。たとえばフリッパーズギターやアジアンカンフージェネレーションなども、オルタナティヴの一派にある。
つまり平成産まれの方のうちかなりの多数にとって、耳馴染みのあるロックであると云えよう。
話をグランジに戻すと、グランジそのものはこの後急激に失速する。中核を担った両翼のひとつニルヴァーナ。そのリーダーたるカート=コバーンが──
大人気の絶頂にて、散弾銃で自分の頭を撃ち抜いて自殺してしまったのである。
※と、云うよりもここからEUROPEのサウンドとほぼ変わらぬ、或いはその発展型または延長線上にあるものとパワーメタルが化してゆく