俺は笑わない
プロローグを経てここからが一話です。
始業式が終わり、周囲の同級生達は嬉々とこの後遊びに行こうと計画を立てたり、張り切った様子で部活動に行く準備をしたりしている。
これといった友人もおらず、なんの部活動もしていない俺は真っ直ぐ静かに目立たず下駄箱を目指した。
俺が下駄箱から靴を取り出そうとすると、靴の上に一通の手紙が置かれていた。
その手紙には放課後に屋上に来てほしい、大事な話があると言う旨が書かれていた。
無視して帰ってもいいのだが、行かない限り明日からも同じような手紙を何通もおかれている方が面倒だと考えたので、素直に屋上に向かうことにした。
それにしても手紙に書かれていた字はなかなか達筆だったな。そんなことを考えつつ俺は屋上を目指した。
春風吹きすさぶ屋上、夕暮れ前の柔らかな日差しはこんな状況でなければ眠りの世界へ容易にいざなってしまうほどに気持ちが良い。
それとも俺がもし仮に眠りの世界に落ちて行っても眼前の美少女はおとぎ話の王子のように口づけでその眠りから起こしてくれるだろうか。
そんな突拍子もないことを考えてしまうほどに彼女からの告白は突然のものだった。
これまでも恵まれた容姿や家柄、兄貴目当ての女性から何度か告白されてきたが高校生になってからはほとんどなかったので、少々驚いてしまい上手く返答出来ずにいた。
「無言は了承ということでよろしいでしょうか」
「待ってくれ、俺は今誰とも付き合う気はないし、第一俺達初対面だろう?」
俺がそう言うと彼女はそうですかと言い、告白を断られて落胆しているというよりもどこか困った顔をした。
大方彼女も俺の家柄目的かなにかで近づいてきただけで、俺に対しての恋愛感情など皆無だったのであろう。
彼女は困り顔をして、なにか思案していた様子からなにかを決心したようだ。
「それでは、言い方を変えましょう。仮で良いので私の恋人になってください」
「だから言っただろう俺は今誰とも付き合うつもりは・・・ん?仮?」
「ええ、仮です。暫定的で一時的で場当たり的な恋人関係を私は望んでいます」
「いや仮の意味が分からなかったわけではないのだが」
一体彼女はなにを言っているのだろうか。仮の恋人なんてそれこそおとぎ話と同じようにフィクションの世界の話だろう。
突拍子も現実味もなさすぎる。
困惑を隠せてなかったのだろう彼女は申し訳なさそうに返答してきた。
「自分でも突拍子もないことをお願いしているのは分かりますがどうか私を助けると思ってこの話を受けてくださいませんか?」
「こんな突拍子もないお願いをしてくるくらいだから、それなりの事情があると俺は考えているんだが、事情を詳しく説明してもらってもいいか?」
俺がそういうと彼女は再び困り顔した。
まぁ簡単に話せるような事情なら俺が問いかける前に説明し、俺の協力を引き出そうとしてくるはずだ。
つまりおそらく彼女が抱えているなんらかの事情はあまり他人に吹聴するようなものではないのだろうな。
しかし俺は事情をきかない限り彼女に協力する気はないと伝えたし、俺の協力を得たいのなら背に腹は代えられまい。
同じような事を考えていたのか彼女は苦虫を嚙み潰したような顔をして、事情の説明を了承した。
このまま屋上で立ち話というわけにもいかないので俺は馴染みの喫茶店に彼女を誘った。
学校からほど近い路地裏に俺の馴染みの喫茶店はあった。
好意的な言い方をすればイマドキ流行りの隠れ家的な店であるが、大多数はこの路地裏という立地とレトロチックな店構えを見て怪しくさびれた店であるなと思うだろう。
まぁそれもこれも店主の趣味嗜好のもとに意図して演出されているものであるから俺としては文句ないがな。
「おやおや、済人君珍しい今日は女性連れかい。しかもそんなべっぴんさんを」
「まぁなんというか成り行きで」
「そうかいそうかい、となりのお嬢さんもこんな店だけどゆっくりしていってね。あと済人君はいつもこんなだけど心根はやさ」
「あー!マスターそういうのいいから!ほら君も奥に行くぞ」
俺達はマスターのからかいをかわしつつ、奥の席についた。
店の内装はヴィンテージ品で揃えられてどこか異国感がある。
店内は木とコーヒーの香りが漂い、BGMとして静かに奏でられるクラシックも手伝って、心安らぎ、ホッと落ち着ける。
マスターにいつも頼むコーヒーを注文すると彼女も同じものを頼んだ。
「さて、さっそく事情を聞かせてもらおうか」
「その前に自己紹介をさせていただきます。東君はどうやら私が何者かというより名前すらご存知ないようですし」
そういえば告白はされたが自己紹介は受けていなかったな。俺が了承の意味を込めて頷くと彼女は自己紹介を始めた。
「私は西大路彩乃。東さんと同じ二年一組の生徒です。よろしくお願いします。」
「この辺で西大路といえばあの西大路か?」
「ええ、東君が想像している通り、あの西大路です」
「ということはますます話が見えてこないな。あの名門西大路の娘なら、運よく玉の輿にってのは完全にないわけだしな。」
俺がそう言うと西大路は私がそんな理由で男性に交際を申し込むわけないじゃないですかと少し怒ってみせた。
「本題なのですが私が東君に仮の交際を申し込んだ理由を担当直入に申し上げると、お見合い婚の阻止の為です。」
西大路によると、西大路の父が名門西大路家に相応しい結婚相手を用意し、父の選んだ相手と西大路が結婚するという話が出たそうだ。
西大路からしたらよく知らず、自分の選んだわけでもない相手との結婚など論外である。
しかし西大路家で幼少期から施された「当主の言うことは絶対」という教育が身体に染み付いてしまっている事でこれまで父にはっきりと逆らった経験がない。
去年一年は見合い相手を用意されてもあれやこれや理由をつけてのらりくらりと逃げ続けてきた。
しかし先日、遂に次の相手とは何としてでも結婚しろと父に釘を刺され容易に逃げることはできなくなったそうだ。
それでも西大路は結婚したくないということで仮でもなんでもいいから既に恋人がいるという既成事実を作り、次の見合いからも逃げようと考えた。
そして日本でも名の通っている東家の子息で家柄としても問題なく、現在交際相手もいない俺に白羽の矢がたったというわけだ。
「どうして仮の恋人なんて言う突拍子もない話が出たのかはわかった。しかしなぜそんなに見合い婚を嫌がる?今恋愛感情を持っている相手はいないのだろう?」
俺がそう言うと西大路は悩ましいっといった顔をした。
しかしここまで話してきて思ったが西大路は感情が本当に表情にでやすいな。その時の心情でこうも表情がコロコロと変わるというのは見ていて面白い。
暫くして西大路はなにかを意を決したような表情をしたので、俺も何か来るなと身構えた。
「見合い婚が嫌な理由はきちんとあるのですが、その聞いても笑いませんか?」
「俺は人が悩んでいる様を笑ったりしない」
どんな内容であろうが悩んでいるということはその人が苦しんでいるということであると思うからだ。
「私はその、ふっ普通に恋愛がしてみたいのです」
西大路は恥ずかしそうに、それこそ愛の告白をするがごとく頬を赤らめてそう言った。
そんな彼女に「普通に恋愛がしてみたい?」とついオウム返ししてしまった。
「はい、小説や漫画の中のヒロインたちのように私も胸がときめくような普通の恋愛をどうしてもしたいのです」
俺がした唯一の恋愛は心ときめくようなものではなかったが、今どきの女子の憧れる恋愛はなんとなく理解出来る。
彼女は更に自分の想いに語りだした。
「わかっていますヒロイン達のする恋愛が楽しいだけでなく、恋愛には悲しみも苦しみもあると、分かってなお私はその悲しみ、苦しみすらほしいんです」
「苦しみすらか…」
「自分で選んだ心に決めた人のことで私はたくさんの感情を抱きたいんです。それってなんだかうまく言えないけれどとても人間らしいって私は思うから…」
西大路は目を輝かせ、目に強い意志をもって話していた。
しかしその話の直後一転して表情を暗く落とした。
「でもおかしいですよね、そんなふうに思っているのに一度も恋人はおろか好きな人もできたことないんです。」
そのなにかを諦めかけるような顔はどこか見覚えのあるものだった。
「まぁおかしいといえばおかしい。でも西大路はおかしいって思ってもその願いを実現するためにこうして俺の目の前にいるじゃないか。だから俺は西大路を笑わない。」
そもそも俺にこの手の人間を笑うような資格などないしな。俺の返答を聞いて西大路は俯いた顔をはっと上げた。
「不思議ですね。東さんの言葉にはなんだか凄く重みを感じます。」
「まぁ昔似たようなことで悩んでいたから、少し実感がこもっているのかもな。そんなことより俺は今の話を聞いて決めた。西大路が良いなら俺は西大路の仮の恋人になる件を了承する。」
話を聞いてから直感的になんとなくでしかないが、彼女の事をこのまま見捨てたくないと思ったからだ。
「本当ですか!その自分で言い出したことなのですが本当によろしいのですか」
さっきまで断られたことや自分でも無理な要求であることを理解していることから、西園寺も心配そうに聞き返してきた。
「あぁかまわないよ。でもいくつか条件をつけさせてくれ。」
俺の提案した条件は
○この仮の恋人関係はなるべく秘密にしておくこと
○この関係は在学中までであること
○在学中に本気で好きになれる人間を見つけること
の3つである。
仮の恋人なんて聞く人間によってはどんな捉えられ方をされるかわからんかはなるべくは秘密にしたい。
あとは西園寺の本当の願いである普通の恋愛をする為にも仮の恋人ではなく本気で好きになれる人間をさっさと見つけてほしかった。
「その三つの条件全ての了承いたしますので、これからよろしくお願いします」
そう言って西大路は俺に握手を求めてきたので、俺はさしのべられた手をとり、俺たちは仮の恋人関係になった。
そしてこの日が俺の人生の大きな転機になることはまだ誰も知る由もない。
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