とある少女の過去 中編
今回もよろしくお願いします
私は教室に居場所がなかったから昼休みはいつも人気のない校舎の端で過ごしていた。私の通う中学は高台に位置しており、私の過ごす校舎の端からは町とその先に広がる海がよく見えて、私はこの景色が綺麗で結構気に入っていた。校舎の端だから滅多に人が寄り付かないから静かで心も休まった。私の限界ギリギリまですり減っていた精神が唯一休まる時間はここで過ごす昼休みだけだった。ここがなければ私はもっと早く限界を迎えていたと思う。それでも孤独であることには変わりなかったので文字通り気休め程度にしかなってはいなかったと思う。
その日もいつものごとく昼休みを私はそこで過ごしていた。私がいつも通り景色を眺めながらボーとしていたら当然後ろから声をかけられた。
「こ〇%$#&け□な」
ここで話しかけられるのなんて初めてでかなり驚いていたし、まだ日本語を習得していなかった私は最初あの人になんて声をかけられたのかわからなかった。
無視するわけにもいかないので恐る恐る振り返るとそこには全く知らない男子がいた。しかし上履きの色ですぐに上級生であることはわかった。
先輩は話しかけて、目もあっているのにもかかわらず全く返答が返ってこないことをいぶかしんでいたのか困惑した表情をしていた。
私は日本語が話せないことを簡単な英語で伝えた。英語をチョイスした理由はロシア語が通じれば一番いいのだが、おそらく普通に考えて男子中学生にロシア語が通じるわけないから日本語以外で日本人に一番なじみがある外国語を使おうと考えたからだ。ここに通う生徒は総じて学力が高いことは知っていたし簡単な英語なら伝わるだろうという予想もあった。
すると先輩も英語で返答してきたが、先輩の扱う英語は余りにもネイティブで流暢に話すので、中学での授業で習った英語くらいしか扱えない私はまた先輩がなにを言っているのか上手く理解することができなかった。もしかしたら落ち着いて聞けば多少は理解できたのかもしれないが私にとって両親以外との会話自体が久しぶりであり、かなり緊張して、てんぱってしまっていた。
私がまた返答できないでいると先輩はまた困った顔をしていた。そして少し頭を抱えなにか考えて今度はゆっくりと英語で短い単語で何語なら話せるか質問してきてくれた。
私はすぐにロシア語であると答えようと思ったが言い淀んでしまった。なぜなら私の中の常識で普通の日本人しかも中学生がロシア語を扱えるわけがないと思っていたからだ。だからここでロシア語だと答えても先輩はもっと困った顔をすると思った。
返答がない私を見て先輩はまた通じていないと思ったのか、今度は先程よりもゆっくりともう一度同じように何語なら話せるのか聞いてきてくれた。
先輩の態度はこれまで接してきたどの日本人の生徒よりも誠意を感じた。こんなに私のために工夫してくれているのに無視することはできないと思って、私は思い切ってロシア語なら話せると簡単な英語で返答した。
そうすると先輩は私の予想に反して困った顔はせず、寧ろ安心したような表情をした。
『これなら通じるか?』
私は耳を疑った。話せるはずがないと思っていたロシア語を先輩が使ったからだ。
『あの本当にロシア語が分かるんですか?』
私は恐る恐る聞いた。
『この場合運良くって感じだけど、俺の実家の会社が一年くらい前から将来ロシアの会社と取引を強化していく方針を出して、その将来のために俺もロシア語をがっつり勉強させられてさ、英語ほど流暢にとまではいかないけど日常会話くらいなら差し支えないと思うぞ』
『そんな...信じられない...』
『信じられないも何も今こうして話せてることが事実だろ?』
私はあまりの出来事に泣き出してしまった。やっと学校で人と話せて嬉しかったし、相手に自分の言葉が通じることに感動したし、もう色々な感情が爆発してしまった。
別に先輩とまだ仲良くなったわけでも、先輩から慰めの言葉をもらったわけでも、嫌がらせやクラスメイトとの問題が解決したわけでもない。しかし(ただ話せる)それだけのことだけど、ずっと孤独感を感じ続けてすり減りきっていた私の心救われたんだ。なにも前進も解決もしていない。だけどただこの話せる人間がいるだけで私は救われた。他人から見れば些細なことがこの時の私には一番必要だったんだ。
いきなり泣き出した私をみて先輩は凄くあたふたしていた。それはそうだ私が逆の立場でもそうなると思う。
『ごめん!なんで泣いてるのか全然わかんない!俺何かしてしまったか?』
『いえ、先輩はなにも悪くないんです。寧ろ助けてくれたっていうかなんていうか』
『まぁ俺がなにかしたわけじゃないならいいや』
先輩はほっと胸をなでおろした。そして先輩は私から私の後ろに広がる景色に目を移した。
『じゃあ改めて、ここの景色綺麗だよな』
先輩はぶっきらぼうにそう言った。きっと最初に日本語でこんな風に話しかけたんだと思う。
『はい。私もとっても綺麗だと思います。』
私は声を震わせてそう返答した。
それから私は昼休みに毎日先輩と話すようになった。私が毎日来てほしいと頼んだわけではないが先輩はあの日から毎日校舎の端に来てくれるようになったからだ。
先輩の出会い頭の挨拶はおはようでもこんにちはでもなくいつも決まって景色を褒める事だった。その挨拶をした後は別に深い話なんてせずに、今日朝見たニュースの内容だとか季節によって旬の食べ物の話だとか本当に深い思考なんて必要ない他愛のない話ばかりしてた。
そんな感じで話してきてなんとなく気づいたんだけど、先輩はなんだかんだ優しい。
きっと私がなにか問題を抱えていることをなんとなく察してるのに先輩はそれに関して全く触れてこなかったからだ。多分私から言い出さないかぎり今後も言及してくることはないと思う。そうじゃないと昼休みに毎日一人で校舎の隅にいるなんていう異常事態につっこみが入らないわけがないしね。なんでそんなに私に気を使ってくれるのかもなんで毎日毎日来てくれるのかもわからなかったけど私はそれについてあまり深くは考えないようにしていた。
それまでずっとひとりぼっちで過ごしてきた私にとって、昼休みの先輩との会話はまさに生きがいと呼べるものになっていた。
先輩と出会ってからそれまでの生活が大きく変わったわけではない。これまで通りクラスでは除け者にされているし、依然として嫌がらせは続いている。でも昼休みに先輩と話せるこれがあるだけで格段に私は心に余裕を持つことができた。
話し相手がいる。それだけで一人じゃない実感が持てた。いつしかどうせ今日もクラスではひとりぼっちだけど今日も先輩と話せるから学校へ行こうと思うようになっていた。私はすっかり先輩に依存してしまっていたのだ。
そんな状態になってしまったせいで私は先輩がこんなに優しくしてくれているからいつかは話そうと思っていた私の抱える課題を先輩に話すことはできなくなっていた。
なぜなら私が今抱えている問題を話すと、もしかしたらめんどくさがられてもう二度とここにはきてくれなくなるんじゃないかと思ったからだ。私は今の生活で唯一の生きがいとなっていた先輩を失うのがなによりも怖かった。だから自分にとって都合のいい時間が続くことを願って表面を取り繕いどうでもいい会話をし続けていた。
今となっては愛するに至った先輩だけど、この頃先輩抱いていた気持ちは純粋な恋愛感情というより、とにかく【依存】ていう言葉がぴったりくる感じだった。教室での日常が暗く、厳しいものになるほど私の中での先輩の存在感は増していった。とにかくその先輩を失うことをその頃は恐れていた。一度与えられた先輩という幸福成分に酔って、依存していた。それまで愛して頼りにしていた両親に縋れない状況で精神的に限界点を迎えていたので仕方ないとは思う。
だけどある日私の思惑をぶち壊す事件が突然起きた。
今回も読んでいただきありがとうございます。
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